Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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メリーロストクリスマスイブ。怪我して暇なので書き上げました。


【Episode:04】

 集が意識を失ってから数時間後、事態は急転直下で収束に向かっていた。

 谷尋は祭による応急処置と、急いで駆けつけた菫の止血処置により、かろうじて一命を取り留めていた。しかし銃創は深く、集の攻撃がそれだけ殺意に満ちていたことを物語っていた。

 そして、当の集は急遽空き教室に作られた仮眠室のベッドに寝かされていた。菫はまず谷尋の処置を優先した後、集の異様な状態を調べるために、彼を簡易な検査機器に繋いでいた。

「……」

 

 いのりは自分の傷が完全に塞がっていないにもかかわらず、集のそばを離れようとしなかった。彼女は集の顔を見つめて時折、彼の手を握りしめた。集の冷たい肌に触れる度にいのりの胸には、あの時の集の冷たい殺意が蘇っていた。

 

「集……」

 

 いのりは、集の額に流れ落ちた汗を拭った。呼吸は深く、均等だが、その表情は安らかとは言い難かった。どこか苦しげで、今にも泣き出しそうだった。

 やがて集の瞼がぴくりと震え、ゆっくりと開いた。

 

「……起きた?」

 

 目を覚ますと、知らない天井があった。見慣れない白色の天井。どうやら、気を失っていたようだ。全身の脱力感と、重い疲労感がまとわりついている。

 体をゆっくり上げようとして、鋭い痛みが腹部に走る。見れば、腹部から脇腹にかけて厚い包帯が巻かれていた。そこでようやく、自分が戦闘中に負傷したことを思い出す集。

 集は顔だけを動かして、枕元の簡易な椅子に座っているいのりの顔を見た。彼女の顔色もまた蒼白で、心なしか疲弊しているように見える。彼女もまた、集を庇って脇腹を切り裂かれたはずだというのに、まさかずっと自分を見ていてくれたというのか。

 

「ありがとう」

「ううん、気にしないで」

 

 いのりのその発言に深く頷いてから、再び天井を見やった。

 

「……俺は、どれくらい寝ていた?」

「半日くらい。脇腹の傷は、運んだ時にはもう塞がり始めていた。私も祭に手当てしてもらったから、今はもう大丈夫」

 

 いのりはそう言いながら、自分の腹部を軽く押さえた。集の瞳が、彼女の顔から、自身に巻かれた包帯へと移る。

 

「あと半日休めば集の完全に傷は癒えると思う───すごい再生力ね」

 

 彼女の言葉はどこか平静を装っているように聞こえた。集は天井を見つめたまま、思考を整理しようと試みる。

 

「そう、か」

 

 喉が渇き、声が掠れた。戦闘の激しさ、湧き上がる衝動、そして脇腹を貫かれた激痛。そこまでは鮮明に覚えている。だが、その後の記憶が一切ない。まるで、ビデオテープの一部がカットされたかのように、記憶が途切れていた。

 

「……潤くんは、どうなった?」

 

 数秒の沈黙。集の呼び掛けに、いのりは小さく、しかしはっきりと口を開いた。

 

「……何も、覚えていないの?」

 

 戦いの最中、いのりが横薙ぎにされたところまでは記憶にある。だが、そこから先の記憶がないのだ。

 強烈な怒りの奔流、自分のものではない黒い感情。あの瞬間、何かが自分の中で弾けた気がした。

 まるで、人格そのものが乗っ取られたかのような感覚であった。しかし、それで理解した。暴走した潤を、誰かが殺害した。その誰かというのは───

 

「───俺が、やったんだな?」

「……うん」

 

 数秒の沈黙のうち、いのりが答える。

 

「すごく冷たくて、とてもこわかった。まるで、人を殺すことに何の感情も持たない、機械(マシン)のようだった」

 

 集は何も答えなかった。脳裏に、理性を失う直前に感じた、純粋で禍々しい殺意が蘇る。あれが、本当に自分のものだったのか。確証を持てない。

 

「そうだ。谷尋はどうした?俺が潤くんを殺したのなら、謝らないと」

 

 集は自らの右手を握りしめ、まるでその手がまだ誰かの命を絶った感触を覚えているかのように見つめる。そして、懺悔の言葉を口にする前に、自らの記憶の空白を埋めるように問いかけた。

 その問いに、いのりは顔を伏せた。彼女の表情は、怒りとも悲しみともつかない複雑な色を帯びていた。

 

「……集、谷尋のことも、何があったのか、覚えていないの?」

 

 集は小さく、しかし明確に首を横に振った。その瞳には、先ほどの狂気的な色はなく、ただ戸惑いが浮かんでいる。

 

「潤くんを殺した後の記憶が、すっぽり抜けている。誰か別の人間が俺の体を使って必要な行動を遂行した───そんな感覚だ」

 

 いのりはきつく奥歯を噛みしめ、集から視線を逸らした。あの夜の集の姿───それは彼女が知る桜満集ではなく、ただの冷徹な破壊者だった。彼女は、集がその『空白の行動』を二度と知ることのないように、この場で全てを隠し通すべきか激しく葛藤した。長い葛藤の末、いのりは震える声でつぶやいた。

 

「谷尋は、集に銃で撃たれて、重傷。今は祭に応急処置をしてもらって、別の部屋で寝かされている」

「俺が、銃で?」

 

 集は自分の右手を見た。銃を構えて躊躇なく引き金を引く自分の姿が、まるで他人の記憶のように脳裏によぎる。確かにあの時、自分の腕は銃を握っていた。しかし、その感情は、集自身のものとはかけ離れていた。

 

「集は寒川潤の暴走と、あなたが私を傷つけた責任を追及していた。そして、谷尋が隠し持っていたナイフが、寒川潤を助けるのではなく、いつか殺すためのものだったことも暴いたの」

 

 いのりはそこまで言うと、深く息を吸い込んだ。

 

「集は、谷尋を殺そうとしていた。ううん、私が止めなければ、本当に殺していたと思う。私が声を上げたら、あなたは意識を失って倒れたの。まるで、私の声が引き金だったみたいに」

 

 集は静かに、瞼を閉じた。自分の中で何が起きているのか、理解できない。いのりを傷つけられた怒りがあそこまでの殺意を引き出したことは理解できる。しかし、その後の殺意を谷尋に向けたのは理解出来なかった。

 

「……ごめん。いのりに、怖い思いをさせた」

「気にしないで。集は、私を守ってくれた。だけど、あの時の集の目は、怖かった」

 

 集の謝罪にいのりは優しく微笑みかける。

 しかし、集の心の中は後悔でいっぱいだった。いのりを怖がらせてしまった。その申し訳なさで心がいっぱいだったのだ。

 

「二度と、いのりをあんな目に遭わせない。そのためなら、俺は───」

 

 その時、集の病室のドアが開き、祭と颯太、そして医師である菫が入ってきた。菫の顔は疲労感はあったものの、どこか満足げだ。祭と颯太は、集の顔を見るなり、ほっとしたような表情を浮かべた。

 

「集!良かった、目が覚めたんだね!」

「大丈夫かよ、集!お前、すげえことになってたんだぞ!」

 

 騒ぐ二人を菫が静かに制し、集の脈を測った。

 

「ああ、桜満くん。やっと意識が戻ったのか」

 

 菫は集の顔をじっと見つめた後、祭と颯太に目配せし、病室から出るように促した。

 

「ここからは医師としての話だ。面会に来たところ笑いが、君たち二人は、少し席を外してくれないか。ああ、いのりちゃんは残っていて」

 

 祭と颯太は不満げな顔をしたが、いのりが目で訴えると、素直に病室を出ていった。

 

「さて、本題に入ろう、桜満くん。いのりちゃん」

 

 菫は集の隣の椅子に座り、いのりにも再度座るように促した。そして、重々しい口調で語り始めた。

 

「君の身体を検査して、わかったことがある。驚かないで聞いてくれるかい」

「……なんだよ」

 

 集の覚悟を試すように、菫は静かに続けた。

 

「君の血液がいのりちゃん同様、アポカリプスウィルスの進行を抑制する作用があることがわかった」

 

 言っている意味がわからなかった。何故、自分の血液にいのりと同じ力があるのかが。だがこれで、いのりにだけ負担を掛ける必要がなくなったのは大きな進歩だろう。

 

「おそらく、君の『王の能力』が、いのりちゃんのヴォイドを介して、君の体質を変えたのだろう」

 

 集は言葉を失い、自分の右腕を凝視した。いのりは、その言葉の意味を測りかねているかのように、不安げな表情を浮かべた。

 

「……集の血が、私と血と同じ効果を?そんな、どうして……?」

 

 いのりの声には、驚きと自分と同じ「力」を集が持ってしまうことへの心配が滲んでいた。しかし、集にとって、それは何よりも大きな朗報だった。

 

「本当か、先生?」

 

 集の顔に、この日初めて安堵の色が浮かべ、すぐにいのりの手を強く握りしめた。これで、いのりにだけ重い負担をかけなくて済むのだ。

 いのりは心配そうな表情のままだったが、集の言葉に菫は小さく頷いた。彼女の体にかかっていた血液提供による重い負担が軽減される。集の安堵は純粋なものだった。

 しかし、そんな集とは裏腹に、菫は検査結果のタブレットを一瞥すると、すぐに厳しい現実へと引き戻した。

 

「君の血液に抑制作用が生まれたのは、君の体が『王の能力』という異物を受け入れ、適応しようとしている証拠だ。それは諸刃の剣でありこの事実を喜ぶことは、同時に君が人間であることから遠ざかったことを意味する」

 

 いのりは不安そうに集を見つめた。集は、菫の言葉の重さを理解して表情を固くした。

 

「よく聞きたまえ。この適応作用は君の体内で急速に発現したものだ。常識では考えられない速度で、君の体は変質している。この事態は、私たちが抱く不安を凌駕するほど異常だ」

 

 菫は問答無用といった様子で集の腹部に巻かれた包帯を軽く叩いた。集は反射的に「何するんだよ」と鋭く呟こうとしたが、その言葉は喉の奥で止まった。

 叩かれた腹部には、驚くほどに痛みがなかった。

 つい数時間前、潤に攻撃された際は身体を抉るような激痛が全身を支配していたはずだ。その痛みが、まるで存在しなかったかのように消えている。集は包帯の下に触れた自分の腹部に意識を集中させた。

 

「その異様なまでの再生速度だ。臓器を抉られるほどの致命傷だったと言うのに、わずか半日で、傷が完全に塞がり始めていた。それどころか、臓器の修復まで始まっている」

「祭の能力を使ったからじゃ?」

「君しか『王の能力』を使えないのに、他の誰が彼女の『癒す』ヴォイドを使うんだい?」

 

 菫の呆れたような物言いに、押し黙るしかなかった。

 集は自分の腹部に、自分の意志とは関係なく、異常な力が働いていることを理解して顔が硬直した。

 

「いいかい、君は人ではない何かになろうとしている。第一の根拠に、力の譲渡が出来なくなっていることだ」

 

 本来『王の能力』は腕に宿るシステムであり、その腕を切り落とすことで、能力は次の継承者へと確実に渡る法則があった。しかし、集の体はその法則を無視し、能力を自己の存在の一部として定着させてしまっていたのだ。

 

「恐らくだが『王の能力』を二つ宿してしまったことにより、体細胞レベルで君の体に『王の能力』が定着してしまったのだろう。両腕を切り落としても力の譲渡ができなかったのはそれが理由だ」

 

 菫は重々しく息を吐いた。

 

「つまり、桜満くん。君の体細胞は『王の能力』という異物を恒久的に受け入れ、そして変質した。君は未来永劫この力から逃れることはできない。この定着は君に異常な再生能力を与えた一方で、その力を行使するたび、君の精神的、肉体的領域は不可逆的に侵食されていく。これが、医学的見地から見た君の現状だ」

 

 集は包帯を巻かれた腹部から顔を上げ、菫をまっすぐに見つめた。

 

「俺の領域にって、どういうことだよ?」

 

 菫は一拍置き、さらに重い事実を口にした。

 

「その肉体的な変質は残念ながら君の精神構造にも影響を及ぼしているようでね。力が体細胞レベルで君の存在と結びついたことで、君の魂を巡る境界が危うくなっているのさ。尤も、精神関係は私の専門外なんだが」

 

 集は静かに息を呑んだ。肉体の異常は理解できるが、魂にまで影響が及んでいるという事実に、背筋に冷たいものが走る。

 

「君が力を最大限に引き出した時、あるいは君の精神が極限まで追い詰められた時、その『境界』は容易に崩壊する」

 

 菫は表情を一段と険しくした。

 

「そして、君の感情が極限に達した時、君が受け入れることのできなかった『里見蓮太郎』が表面に現れた」

「俺が受け入れることのできなかった、『里見蓮太郎』が?」

 

 集は、目を見開きその言葉を理解するのに時間を要した。自分の内側にある魂の境界が失われつつあるという、存在そのものを揺るがす異常性に、言葉を失った。

 その名前は、集の過去に深く関わる、魂の名前だった。

 

「そうだ。あの冷徹な殺意こそが、君が受け入れられなかった魂の本質だ。そして、君の肉体に定着した『王の能力』、さらには君が以前味わった『死』の経験。これらをトリガーとして、桜満集と里見蓮太郎、二つの人格の境界が曖昧になり始めている証拠でもある」

 

 集は手の甲に浮かぶ王の刻印を、まるでそれが自分自身を蝕む毒であるかのように凝視する。

 今回、皆を守るように彼は行動した。しかし、次も必ずしもこうとは限らない。もし次彼が現れていのりたちを傷つけるような行動を起こしたら───そう考えると脂汗が止まらなくなる。

 いのりは集の顔の横で、何も言えずにただ手を握りしめることしかできなかった。彼女の目には、集が失っていくであろう『人間性』に対する、深い悲しみが浮かんでいた。

 菫は、集といのりの間に流れる重苦しい沈黙を遮るように、声を張り上げた。

 

「いいか、もう一度言うぞ。よく覚えておくんだ。これは不可逆な侵食だ。力を使えば使うほど、君の肉体は非情な性質に適応し、君の人間的な理性が上書きされていく。それが、君が背負う最も大きな代償だ」

 

 自分の肉体が、自分を裏切って、その冷たい魂に引き寄せられている。

 

「これが医師として、検査結果に基づいて伝えられる事実だ、桜満くん」

 

 菫は立ち上がり、集のベッドサイドから一歩離れた。

 集は何か反論しようとしたが、自分の内に潜む非情な魂の存在を前に、言葉が続かなかった。そんな集の様子を見て、菫は集の父である桜満玄周の友として、表情を大きく変えた。

 

「そしてここからは医師としてではなく、友の息子として君に忠告しよう」

 

 菫は集の手を握り、真剣な眼差しで訴えかけた。

 

「『王の能力』はもう使うな。過ぎた力の代償は大きいぞ。君が人間であることを望むなら、その力を封印しろ」

 

 集は手の平に目を落とした。王の刻印が薄っすらと浮かび上がっている。

 

「……もし、その力を封印したら、俺は───」

「『王の能力』を封印すれば、いのりちゃんたちを守れなくなる、か? だがそれは、本当に彼女たちが本当に望んだことか?」

 

 沈黙が訪れる。

 菫のその言葉は、集がこれまでの行動の正当性として背負ってきた全てを打ち砕いた。自己を犠牲にしてでも守ることと、彼自身でい続けることのどちらが本当に大切なのか、答えを求めていのりを見つめた。

 彼女の瞳には、自分を傷つけた恐怖ではなく、集の人間性が失われることへの純粋な悲しみと、静かな諦念が混ざり合って宿っていた。

 いのりは、集の問いに答えるように、静かに首を横に振った。その動作は、集の自己犠牲を拒絶する、彼女の絶対的な意思表示だった。

 

「集が、集でなくなる方が、私にとっては怖い」

 

 集の胸に、熱いものがこみ上げた。それは、彼女が自分自身の生存よりも、集の人間性を優先してくれたことへの深い感謝だった。同時に、その純粋な願いを裏切らなければならないという、耐え難い苦渋でもあった。

 

「……ありがとう」

 

 集はいのりの小さな手を包み込み、その温かさ、そして彼女の脈打つ命を確かに感じ取った。

 この温かい感触、彼女の揺るがない愛情こそが、自分が守るべき全てであり、『王の能力』が代償として奪おうとしている、彼の最も大切なものだった。

 

「だけど───」

 

 覚悟は出来た。

 たとえ自己の理性が侵食され、冷たい魂に引き寄せられようとも、この温かさだけは、何としてもこの世界に残さなければならない。人間としての自分を犠牲にしても、いのりの笑顔が存在する世界を作らなければならない。

 

「ごめん、俺は力を使わない選択はできない」

 

 集の瞳には、覚悟の光が宿っていた。

 

「力がなければ、君が傷つくのを、俺は見ていることしかできない。さっき、谷尋を撃った時の、あの冷たさ。感情がなくなる恐怖。代償が大きいことは理解した」

 

 窓の外の青空を見つめながら、静かに、しかし力強く宣言した。

 

「だがそれでも、いのりや仲間たちに再び危害が及ぶ可能性があるのなら。いのりたちの命の灯が消えようとしているなら。俺は躊躇なくこの力を使う」

「……集」

 

 いのりは、集のそばに立ち寄り、何も言わずにその背中にそっと触れた。集は、彼女の方を振り返らず、ただ青空を見つめ続けていた。

 いのりは集の手から自分の手を離し、一歩下がった。そして、その覚悟に満ちた背中を、悲しみを湛えた瞳で見つめる。力を使い続けるたびに集の人間性が薄れ、遠い存在になっていく未来を考えると、胸の奥が締め付けられるようだった。

 

「(私は、どうすればいいの?)」

 

 いのりの心の中の呟きは誰にも届くことなく消えていった。

 




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