Guilty Bullet -罪の銃弾-   作:天野菊乃

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【episode05】

「……本当に後悔しないんだな?先生は例に漏れず超が付くほどの変人だぞ?」

「問題ない。世界最高峰の頭脳に会えるなんて、光栄だもの」

「……みんな、会う前はそう言うんだよ」

 

 夜な夜な何処かに向かっていることに気づいたいのりは、本日は待ち伏せしており、着いてくると言い出したのだ。

 集はやめるように行ったのだが、一度言ったら中々首を縦に倒さない彼女のことを思い出して、着いてくることを許可したのである。

 不気味な大学病院の前でいのりはポーカーフェイスを保っているものの、その小さな手は集の袖を掴んでいる。

 葬儀社の一員で歌手とはいえ、いのりはどこにでも居る普通の少女。怖いものは怖いだろう。

 大学病院の受け付けを顔パスして進み、立て付けの悪い階段を下る。

 

「おーい。先生来たぞ」

 

 扉を開けずとも仄かに香ってくる死臭に、いのりは顔を顰める。

 引き返すなら今だよ、と言うといのりは首を横に振ってそれを拒否した。

 集は懲りないねえ、と呟いて扉を開ける。

 

「───おい、先……」

「ばあ」

 

 死体を人形のように動かしながら脅かしてくる様子はまるでホラー映画のワンシーンのようであった。集はその死体を無心で横に殴り飛ばすと、その裏で笑う菫の頭蓋を容赦なく掴んだ。

 

「……先生。呼び出したのであればとっとと要件言ってくれないか?」

「なあ、疑問に思ってたんだが、君は昼間は学校、そこの彼女と家でも一緒だよな?健康なヒト科のオスとして溜まったものをいつ処理してるんだ?聞かせてくれ」

「このままあんたの頭を握りつぶしてもいいんだぞ」

「そいつは困った。まだ解剖していない死体が山ほどあると言うのにあいたたた」

 

 ふと、いのりの方に目を向けると一歩、また一歩と後ずさっていた。それが普通の反応であるため、大分彼女に感化されてきているのだなと思うと、集は何だか悲しくなってきた。

 その一瞬の隙を菫が逃すはず無く、するりと抜けるといのりの肩に手を置いて鼻息を荒くした。

 

「さて、楪いのりさんだったかな?突然だが、私は君のことが大好きだ。解剖室で愛しあわないか?」

 

 瞬間、乾いた発砲音。壁に愉快な銃痕が刻まれた。

 

「……ねえ、集。これ、なんなの?」

「……出来れば僕が聞きたいよ」

 

 信じられない物を見る目で菫を見るいのり。ついでに菫を『これ』扱いした事に関しては、集は何も言わなかった。

 天才は空前絶後の変態という。それの典型的な例が目の前にいるこの女ということ以外は何もかもわからない。

 

「ちなみにいのりさん、そういう行動に出て正解だ。この人は死体愛好家(ネクロフィリア)で空前絶後の変態だから、僕達の常識が通用するような相手じゃないんだよ」

「え?」

 

 顔を青ざめて菫から遠ざかるいのり。

 

「本当にいつか自ら死体調達してこないか心配だ」

「ほう?なら、君の困った顔が見たいから今度君の母親と親友をさらって解剖でもしようかね」

「やってみろ。あんたに天童式格闘術の実験台になってもらうからな」

「おお怖い怖い」

 

 肩を竦めて笑う菫に舌打ちをする集。

 

「ところでいのりちゃん。君はこの桜満集くんに何かイタズラはされなかったかい?主に性的な」

「胸を見られたくらい」

「だからあれは不可抗力だって……」

「でも、集はそういう行為を働かない人だってことは分かってる」

 

 少しムッとなって言ういのりを見て感動する集。

 

「おや、信じられないかい?でもね、この男はすれ違いざまに女児の尻を撫でること数十回、小学校に潜入して女児の検便や検尿を盗むこと数百回。毎年のように中務省が陰陽師を派遣しようか迷ってる程だよ。今度和英辞典を開いて調べてみるといい。逢魔の横に桜満集(OUMA SYU)がある。意味は空前絶後のロリ専用の変態って意味だ」

 

 本当に殴ってやろうかと思い拳を振り上げて、ふといのりの方を見ると、顔を真っ青にして集から遠ざかっていた。

 

「……そんな恐れ多い方だとは露知らず大変なご迷惑をお掛けしました……」

「信じるないのりさん!全部出鱈目だからな!!」

 

 何故か敬語になるいのりを説得する集の横でゲラゲラ笑いこける菫。

 本当に趣味悪いなと内心毒づきながらもいのりを説得する。

 

「あー久しぶりにこんなに笑った。あ、そうそう。君にお届け物だよ。【支援者M】からだ」

 

 そう言って渡された物は少し大きめの黒色のアタッシュケースだった。集はそれを手に取ると、ずしりとした重さが手に伝わってくる。

 

「……中を確認してもいいか?」

「構わんよ。まあ、君が予想したもので間違いない」

 

 集はアタッシュケースをおもむろに開ける。集が予想していた通り、中に入っていたのは遠い昔、里見蓮太郎としていた時に愛用していたスプリングフィールドXD拳銃が納められていた。黒銀で色を統一しており、昔使っていたものと何ら変わらなかった。

 頭の中で聞き覚えのある声が響き、まさかなと心の中でつぶやく。

 

「それじゃあいのりちゃん。ここからは古い友人同士の話だ。君は帰ってくれると有難い」

「……でも」

「それが駄目なら待合室で待っててくれるかな。大丈夫、すぐに終わるさ」

「……それなら、まあ」

 

 渋々と頷きながら、いのりは待合室へと向かった。

 この場に残ったのは集と菫だけ。

 

「さて、なんについて話そうか」

「この世界の情報だ」

「ああ、そうだったね」

 

 集は無言で目を瞑ると、ゆっくりと目を開く。

 雰囲気が柔和なものから一転、鋭い刃のようなものへと変わる。

 

「───早く本題に入ろうぜ」

 

 そう言って、目につけていたコンタクトレンズ型二一式黒膂石義眼を外し、菫に手渡す。それを受け取った菫は真剣な面持ちで集に訊ねた。

 

「知ってるかい、蓮太郎くん。今この世界ではキャンサー患者と子供が作れるんだよ」

「理論上は、だろ」

「いいや、実証済みだ」

「……って事は実践した馬鹿がいるわけか」

「キャンサー患者に人権なんて無い。と考える輩は大量にいるからね。GHQの思想なんてまさにその物さ。現に児童婚なんていう風習のある国なんてのもある。それに、キャンサー患者は抵抗出来ない。丁度いい機会だ。君にこの世界の現実というものを教えておこう」

「……現実は、見てるつもりだ」

「いいや、見ていないね。ガストレアウィルスが萬栄していたあの世界でも私は言ったが、君は暗い現実から目を逸らしている。この世界の人間を出来るだけ多く、それが無理でも少しでもいい。もし、助けたいと願うなら、一人の人間として今の世界をちゃんと見ろ。キャンサー患者たちは身動きなんて取れないから変態からしたら丁度いい肉便器だ。それに、君は見た事あるかい?切り刻まれて吊るされたキャンサー患者たちを。性行為を強要させられ、レイプさせられて内蔵が破裂して苦悶の表情を浮かべたキャンサー患者たちの姿を。まだまだあ───」

 

 再び、乾いた発砲音が鳴り響く。集がシェンフィールドから発砲した銃弾が床を抉る。

 

「やめろ、吐き気がする」

「……これが、この世界の現状だ。君の住んでいるエリアは比較的他のエリアと比べて待遇は恵まれている。だがな、GHQが動き出してみろ。そうしたら他のエリアと同じくらい。下手したらそれ以上酷いことになるかもしれないぞ」

「その時は、俺が止めてみせる」

「はは、大見得切ったね。まあ、その時は任せたよ。蓮太郎くん」

 

 集は頷くと、再び目を閉じる。しばらくして、集の雰囲気が元の柔和なものに戻る。

 

「本日の話はここまでだ。それでは桜満くん。また明日、この時間に来てくれ」

「義眼の調整、頼んだ」

「任された」

 

 部屋を出て、待合室で退屈していたいのりと合流し、集たちは大学病院を後にした。

 

 

 

 ✧

 

 

 

 翌日の昼休み。

【シュガー捕獲作戦】と名付けられた任務を行うことになった。

 本当なら葬儀社のために行動するのは真っ平御免なのだが、高確率でシュガーに目撃されているということなので、シュガーが心に宿すヴォイドを探さなくてはならなくなったのだ。ちなみに、集はシュガーが宿すヴォイドの形は分からない。

 そして、現在。生徒が学校で自由になるこの一時間で勝負を決めることにしたのだ。

 

「……集、ヴォイドのルール覚えた?」

 

 寝る間を惜しんで叩き込まれたのだから覚えないはずがない。

 

「一つ、ヴォイドは17歳以下の人間からしか出せない。理由は不明。一つ、取り出された相手はヴォイドを取り出される前後の記憶を喪失する。理由はイントロンの記憶へと解放された時のショック……だっけ?」

「うん」

 

 随分、都合のいいシステムだと呟く。

 最後の理屈の部分はさっぱりだったが、要するにヴォイドを取り出されれば取り出される瞬間の事を忘れてしまうらしい。

 

「早速練習したいわけだけど。なにかアドバイスはあるのか?」

「何事も実践あるのみ」

「……へーへー、そうですかそうですか」

 

 なら、自力でどうにかするしかないな。と思った集は何を血迷ったか壁から飛び出し、手を伸ばした。

 しばらくして握ったその感覚は、ヴォイドを取り出す時の感覚ではなく、弾力性のある柔らかい感覚だった。

 

「……やべぇ」

 

 集の左手は女子の胸を鷲掴みしていた。

 しかも最初にターゲットにしていた祭でも無かった。その女子はクラス委員長の草間花音だった。

 

「……委員長。これさ、撮影なんだ。颯太からの依頼なんだ。わかってくれるよな?あんただったら、そうだよな?」

「苦し紛れの嘘を吐くな!!」

 

 廊下に乾いた音と、集の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「いってぇ……平手の内の後に鳩尾に容赦のない前蹴りを叩き込んでくるやつがあるかよ……」

「大丈夫?」

「……もしこれが大丈夫に見えるならいのりさんは眼科に行ってくれ」

 

 失敗した理由は、何も考えず我武者羅に突っ込んだことであろう。

 携帯端末を操作すると、本日の学校のニュースで取り上げられていた。

 情報提供者は魂館颯太。

 

「……殺す」

 

 次の標的は颯太に決めた集。立ち上がり、颯太を探すべく足を動かそうとすると英検の扉を颯太が開けた。

 

「お!ラッキースケベの集じゃないか!!」

 

 次の瞬間、颯太は宙を舞っていた。集は地面を蹴り上げ跳躍すると情け無用のオーバーヘッドキックを叩き込んだ。

 

「天童式戦闘術二の型十一番。隠禅・哭汀……」

 

 白目を向いて気絶する颯太を持ち上げて、無理矢理叩き起す集。

 

「反論していいぞ。時間は2秒だ」

「む、無理に決まってんだろ!」

「ならもう一回寝てろッ」

 

 集の左腕が輝き、颯太の胸の中に手が潜り込んでいく。

 そして、それを引き抜くと手には巨大なカメラが握られていた。

 

「……なぁ、いのりさん」

「なに?」

「涯が言っていたヴォイドはこれか?」

「そんなデザインが微塵も感じられない古ぼけたカメラじゃない。もっとこう、神秘的で実用性のあるデザインじゃないと」

「……やめてやれ。起きてたら泣くぞ、こいつ」

「大丈夫。私たちの声は魂館颯太には届いていない」

「……だとしてもだよ」

 

 集はヴォイドを颯太に戻すと、映像研究会の部室を後にした。

 

 

 それからというもの。

 学校を駆け抜けては抜き取り、駆け抜けては抜き取りの作業を延々と繰り返していた。危険を冒して、花音と祭のヴォイドを取り出したけれど、それも違うものだったという。

 そして、気付けば日は傾き始めていた。

 缶ジュースを持って、いのりのところへと戻ると通信機で誰かと連絡を取っていた。

 

「……涯から?」

「うん。目撃者がカメラで集を撮っていたらしい」

「そうか」

 

 微塵も興味のわかない内容に鼻を鳴らしながら、いのりに缶ジュースを手渡す。

 

「ネットで拡散されたくならいなら早く探せって……涯が」

「……あの金髪野郎」

 

 人の苦労も知らないでと毒づく。

 自分の分の缶ジュースを飲むと、冷たい炭酸飲料が喉を刺激した。小さく息を吐くといのりが集の方を見つめている。

 なぜだろうと思い缶ジュースの方に視線を落とすと未だ開けられていない缶ジュースが握られていた。

 

「……いのりさん、あんた何してんだ?」

「開け方がわからなくて」

「あんたいつの人だ……」

 

 集はいのりからひったくるようにして缶ジュースを奪うと、プルタブを開けて再びいのりに手渡した。

 

「ほら」

「……今は随分と便利なものがあるのね。私、ペットボトルしか知らないから」

「昔っからあるけどな、これ」

 

 苦笑いを浮かべながら飲み干した空き缶を握り潰す集。

 

「いのりさん。涯から聞いてるんだろ?そのシュガーのヴォイドの形を。いい加減教えてくれないか?」

「ハサミだって」

 

 カメラ、双眼鏡、冷蔵庫、鎌、槍、と様々なヴォイドを抜き取ってきた訳だが、ここに来て鋏か。と、そこであることを疑問に思い、その疑問をいのりに投げかけた。

 

「ヴォイドって何が形を決めるんだ?涯は心を形にするって言ってたが」

 

 いのりはその答えを知っていたらしく、缶ジュースを両手で包みながら言った。

 

「ヴォイドの形や機能は持ち主の恐怖やコンプレックスを反映してる」

「だから心の形なんだな……」

 

 例えばあのダリル持っていた万華鏡は持ち主のあの男が何者の善意を弾き飛ばす性格だからあのヴォイドの形を取ったのだろう。

 だがしかし。ここで最大の疑問が残った。

 

 ───なぜ、いのりのヴォイドは【剣】なのだろうか。

 

 と。

 

「いた!桜満集ー!!」

「あんだけ殴ったのにまだ殴り足りないのかよッ!?」

 

 殴られた痛みを思い出し、集といのりは咄嗟に駆け出していた。

 長い鬼ごっこが続くと思われたそれは突然終わりを告げた。

 

「集こっちだ!」

 

 体育館の扉越しに谷尋が声をかけて来た。集は転がり込むようにして体育館に入り込んだ。

 

「……助かったよ谷尋」

 

 力のない笑みを浮かべながら、谷尋に感謝の旨を伝える。

 

「……この前からずっと走りっぱなしな気がするよ」

「ははっ。何言ってんだ。葬儀社に入ったらそんなもんじゃないだろ」

「───」

 

 やっぱりな、と心の中で呟く。

 どこかで否定したかったのだろう、彼の正体を。

 しかし、彼は意識していなかったとはいえ己の正体を今、ここでさらけ出したのだ。

 谷尋と築いてきた関係は一気に崩壊するだろう。しかし、このままにはしておけなかった。

 

「委員長も、しばらくすれば頭も冷えるだろからさ……そしたら謝りに行こうぜ」

「……許してくれると思うか?鋏で指を一本一本切り落とされるかもしれない」

 

 突然の集の言葉に苦笑いを浮かべる谷尋。

 

「 何?映画の話?」

「……前から思ってたんだ。谷尋の趣味ってちょっと変わってるって」

「……どういう意味だ?」

「別に変だって言ってるんじゃないんだ。たださ、人って中身と外見が結構違うよなって言いたいんだよ……なあ、シュガー」

 

 谷尋は何も言わなかったが、纏っている雰囲気が明らかに変わった。

 先程までとは違う、冷たい目をして集を睨み付ける。

 

「やっぱり……見られていたんだな」

「……金のためか?だって、ノーマジーンを使用したあとの症状を出てないから」

「うるせえよっ!お前には関係ないだろ!!お前が俺をシュガーって呼んだ時点でもう全部終わってんだよ! !」

 

 谷尋は突き離し、睨みながら近付いてきた。

 

「お前みたいなのが俺を無害と決め付けるから……俺はそういう奴で居続けなけりゃならないんだ! 」

 

 集の体をつかみ、後ろの柵にぶつけてくる。

 

「俺じゃない誰かを演じ続けなきゃならない!!」

 

 谷尋が集に向かって手を振りかざした。当たる。そう思った時には集の左腕が閃いていた。

 

「ったく……何言ってんだよお前」

 

 集は谷尋が振りかざした拳を簡単に受け止めた。

 谷尋は咄嗟に手を離そうとしたが、集の握る力が強く引き剥がせない。

 

「……っ!?」

「別に驚く事はねえだろ。こんなもん、技術さえあれば子供にだってできる。まあそうだな。とりあえず下に降りろ。クソ餓鬼」

「っ!?」

 

 谷尋の腕を掴みあげ、柵の向こう側へと投げ飛ばす。

 危ういながらもなんとか着地をした谷尋は下から睨み上げた。

 

「……いきなり何をするんだ!!」

「さっきも言っただろ、優等生。下に降りてもらったんだよ」

 

 集もまた、柵を飛び越えて床に着地する。

 谷尋はその光景に腹を立てたのか、鋭い前蹴りを集に放った。

 

「……遅いんだよ。こんなもんかお前の怒りは。お前の悲しみと怒りは。それが本気なら俺には一生勝つことは無理だぞ」

 

 集もまた前蹴りを放ち、谷尋の蹴りを相殺。それどころか続け様に逆の脚で回し蹴りを放った。

 谷尋は集の思わぬ反撃に青筋を浮かべた。

 

「……集ッ!」

「ああ。俺は逃げも隠れもしない。かかって来い。谷尋」

 

 

 それからと言うものの。戦況は集の方に傾いていた。防戦一方で自分からの攻撃を一切してこないが、隙を見てカウンターを叩き込まれていたために、谷尋の身体はボロボロであった。

 ふと空を見上げると、さっきまでは青かった空に赤みがかかっていた。

 

「はぁ……はぁ……よそ見……してていいの……かよ……!」

「お前の攻撃手段はだいたい分かった。ならそのタイミングに合わせてカウンターを叩き込めばいい。それくらいなら俺からしてみれば朝飯前ってやつだ」

「……くそっ!」

 

 谷尋のふらついた一撃が集の頬に当たる。しかし、微塵も痛みを感じないためか集は膝蹴りを谷尋の鳩尾目掛けて叩き込んだ。

 

「ぐふっ!」

「陸戦用か……まあよく聞け、寒川谷尋」

 

 倒れそうになった谷尋の首を鷲掴みにして、地面に倒れさせない。

 集はそのまま谷尋を自分の高さまで持ってくると口を開いた。

 

「───笑わせるんじゃねえぞ。そうやって自分だけが我慢してますみたいな顔してよ。いいか、よく聞け谷尋。人間は自分じゃない誰かを演じ続けなくちゃならねえんだよ。演じられない奴は、世の中から排除されていく。俺はそう言う輩を沢山見てきた……まあ、お前が表沙汰に出ないってんなら話は変わるが」

「……っ!」

 

 谷尋が集に向けて唾を吐く。

 集は躊躇い無く谷尋の頭突きを叩き込んだ。赤い血が谷尋から流れる。

 

「それにな。お前みたいなのが俺を無害と決め付けるから、俺はそういう奴で居続けなけりゃならないんだとか吐かしていたが、お前、その立場を楽しんでるだろ?」

「そんなわけ……!」

「知らず知らずのうちに楽しんでんだよ。もう認めちまえ。その方が楽になるぞ」

「黙れ!黙れ!!」

 

 集の拘束からなんとか逃れようとする谷尋だったが、限界にまで達していた身体が動くことは無かった。

 

「……もう休め。焦りすぎだ」

 

 その瞬間、集の左手が光を発しながら谷尋の身体に潜りこむ。

 谷尋から左手を引き抜くと、集の左腕には谷尋のヴォイドが握られていた。

 

「───こんな禍々しいのものが鋏、か。とてもじゃないが笑えねえな」

 

 いのりはこれをハサミと呼んでいたが、集の手の中にあるそれは、ハサミと呼ぶにはあまりにも巨大で歪だった。

 モノを《断つ》ためにあるのではなく、命を《断つ》ためにあるような断罪の鋏。集は鋏に映る己の姿を見つめると小さく息を吐いた。

 

「……決まりね」

 

 XD拳銃を谷尋に向けているいのり。集は鋏の切っ先をいのりに突きつけた。

 

「───撃つつもりか?させねえぞ」

「彼は目撃者。なら、早々に処分を……って涯が」

「あんたも涯涯うるせえな。もし、その引き金を引いてみろ。その時は俺があんたの首を撥ね飛ばす」

「でも、涯の命令だから───」

「……あんたにも言いたいことがあったんだよ。いのりさん、涯の言うことだけじゃなくて、自分の考えで行動してみたらどうだ」

「……失敗したら、どうするの?」

「そんなもん、失敗してから考えろ……死なない程度にな」

「……!集が、そう言うなら……」

 

 いのりはゆっくりとXD拳銃を下ろした。

 

「ありがとう」

 

 谷尋にヴォイドを戻してから数分の間、いのりと集は無言を貫いていた。

 そして、谷尋が目を覚ました時、集は眼球運動だけで谷尋を見つめた。

 

「おはよう谷尋。気分はどうだ?」

「……おはよう、集。最悪の気分だ」

「そいつは良かった。ひたすらカウンターを叩き込んだ甲斐があったぜ」

 

 谷尋はヨロヨロと立ち上がる。

 

「まだやるか?俺はいくらでも相手になってやるぞ」

「いや、もういい。お前には勝てない」

「なんだよつまらねえな。ところで、谷尋。俺はこの事を外に言うつもりはない」

「……お前」

「だから、お前もこの事を外に言うな」

 

 口約束。いくらでも破ることは出来る。だが、敢えて集は谷尋を野放しにすることを選んだ。

 

「……集」

「ってなわけで。じゃあな……柄にもねえことはするもんじゃねえな」

 

 集はいのりを連れて、暗くなりつつある体育館を出た。すると───

 

「桜満集ー!」

「あんたもしつこいな委員長!いのりさん!駅まで全力疾走だ!!」

 

 集といのりは全力で駅までの道を駆け抜けたと言う。

 

 

 

 

 

 

 大学病院にて。

 

「やあ、動詞短大。里見くん」

「……今よくわからんことを言ったろ?」

「ああ。大正解だ。御褒美にこれをやろう」

 

 一見すると白いお粥のようだが、半固形というかオートミール状になっていて、スプーンで掬うとドロォリとでよ形容すべき擬音が聞こえてくる。饐えたにおいまでするのはこれまた如何に。

 しかし、一度犯した過ちは二度と繰り返さないのが人間である。集は知らず知らずのうちに顔面から吹き出してくる大粒の汗を拭う。

 

「溶けかけたドーナツは二度と食わないからなッ!」

「それを食わんと義眼は返さん」

「……マジかよ」

 

 集はシミだらけの天井を見上げて、それから途方に暮れながらゲロッグを眺めた。まるでこちらを嘲笑うかの如く、表面に気泡が浮かぶ。

 南無三と唱えて口に運ぶ。

 美味いなどと夢のようなオチはなく、刺し貫くような痛みと味覚への暴虐が始まった。

 

「喉が痒い!」

「美味いか?」

「前にも同じようなことを言った気がするが、美味そうな顔してっか?」

「私が写真家なら『苦悶 ───新世界の地獄と煉獄の狭間で───』というタイトルをつけるよ」

 

 菫は両手の親指と人差し指でカメラのフレームを作ると、それを覗きながら不敵に笑った。

 

「あんたこれ証拠品だろ!?」

「担当刑事に食べていいか聞いたら二つ返事で快諾してくれたよ」

「絶対に嘘だ!」

「君は相変わらず細かいな」

「これっぽっちも細かくねえ!」

「おおそうだ。折角新世界に来たんだ。この素晴らしき地下墓所に3人の人間が再び集ったんだ。ここは三銃士のようにいこうじゃないか?『一人はみんなのために、みんなは一人はみんなのために』───ああ、もう既にジャックは死んでるね。くく、くくくくく!」

 

 どうしよう。本気で帰りたい。集は後頭部をガリガリとかくとデスクに目線を落とした。

 

「……コンタクトの調整。もう終わったのか?」

「ああ。勿論さ」

 

 そう言って、菫はコンタクトを渡してくる。

 

「前より、計算速度が上がっているからね。何かと役に立つだろう」

「貴重な時間を使ってわざわざやってくれてありがとな」

「そうだね。お礼は解剖で許してあげよう。早く死体になって私の元に来い」

「俺の一縷の感謝を返しやがれ、この狂った科学者(マッドサイエンティスト)ッ」

 

 

 

 

 ✧

 

 

 

『 いのりんからの報告!目撃者の件は解決 今後は手出し無用……だって。いいの?』

 

 ツグミがモニター越しで涯に報告する。

 涯はその報告を聞き笑みを浮かべた。

 

「好きにさせてやるさ」

 

 涯はツグミにそう答えた。

 ツグミは アイアイ と短く答え、通信を切った。

 涯はしばらく笑みを浮かべたままだった。

 

 

 ✧

 

 

 翌日の明け方。

 集はいのりとともにモノレールに揺られていた。欠伸を噛み殺しながらいつもの如く、次々に変わりゆく風景を眺める。

 

「ねえ、集?」

「んー、なんだいのりさん?」

 

 突然、声をかけてきたいのりの方に集は顔を向けた。

 いのりの顔が赤い。熱でもあるのだろうか。

 

「ずっと……側にいていい?」

「ゴホッゴホッ!?い、いきなりだな……どうしたってんだよ」

「みんなのこと、集のこと。もっと……もっと色々知りたいの」

 

 ニコリといのりさんが笑う。

 その笑顔は、天童木更にも匹敵するほどの綺麗な笑みだった。

 

 ───なんだ、普通に笑えるじゃねえか。

 

 と集も笑みを浮かべようとしたその時だった。

 モノレールの車両が突然急ブレーキをかけたのだ。

 吊革に掴まっていた集は耐えることが出来たがいのりはバランスを崩し、集に思いっきり激突した。結構痛い。

 不審に思い外を見ると、大量のGHQが銃器を持って隊を組んでいた。

 

「……どういう、事だ?」

 

 その時、集の身体がモノレールから突き出された。

 あまりに突然のことに気づかなかったがその突き飛ばした主は確認することが出来た。

 ───谷尋だった。

 

「悪いな、集」

「谷尋」

「……」

「今度会った時、完膚なきまでに叩きのめしてやるからな」

 

 そう言うと同時に、車両のドアが閉まり、発車した。

 車両のドアの窓にいのりが心配そうにこちらを見ていた。

 

「……どうやら約束は守れなそうだ。悪いな、いのりさん」

 

 俺は走り出したモノレールから目を背け、目の前に現れた青年を見る。

 

「桜満集くん」

「……なんでしょうか」

 

 紫色の髪に前髪を真ん中で分け、左眼の瞳が歯車のようになった奇抜な男が携帯を片手に軽やかな足取りで近付いてきた。

 目に取り付けられたそれが、菫の作った旧式の二一式黒膂石義眼だと見抜くのにそれほど時間は掛からなかった。

 

「あなたを逮捕します」

 

 集のすぐ目の前に迫った男は、そう告げた。

 集は青く澄みきった空を見上げると、大きなため息をついた。

 

 ───あったことも無い父さん、母さん。俺、やっぱり呪われてるよ。

救いは(期限:The Everything Guilty Crown 投稿まで)

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