彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十話

 

「来い、美由希」

「――――うんっ!」

 

 言われて美由希は全力で踏み込み、師範代である彼に握っている木刀を振り下ろす。

 しかしその一撃は、彼に読まれて軽くいなされてしまう。

 美由希はそのままつんのめった身体を無理矢理ひねり、返す刀でもう一撃加えようと試みる。

 だが、

 

「くっ……」

「焦るな。それとその動きは危ないからやめろ、美由希」

「わか……ってるよ! お兄ちゃんっ」

 

 美由希は一度体勢を直してから再度突撃する。

 普段の彼女からは想像のつかない眼光を彼――高町恭也に向けて木刀と共に放っていた。

 そのまま何度か打ち合いが続く。

 

 激しい打ち合いの中でも恭也は、呼吸一つ乱さずに美由希の一撃を受け止めていた。

 逸らし、弾くその様はまだまだ余裕といった様子に見える。流石は師範代といった所か。 

 

「……呼吸を整えろ。何時如何なる時も冷静に物事を考えて、次どう動けば良いのか考え続けるんだ」

「はぁ、はぁ…り、了解っ」

 

 美由希は木刀を退けて、呼吸を整える。

 恭也はその様子を尻目に、木刀を何度か素振りをして調子を確かめていた。

 

「お前はもう少し周りをよく見るんだな。目先にばかり注意がいって他が留守になってる」

「……中々うまくいかないんだよね。癖みたいになっててさ~、もうお手上げっ! みたいな」

 

 兄にダメだしされて溜息をつく美由希。

 その間に恭也は喋りながらも、常人では捉えられない速度で木刀で空を斬っていた。

 相変わらず凄いなぁ、と彼に尊敬の眼差しを向けつつ、床に置いていた木刀を握りなおす。

 

「癖だろうと何だろうと努力して治すんだ。お前はいずれ”御神流”の正統後継者になるんだから」

「もぅ……そのセリフは聞き飽きたよ」

「なら、頑張れ。もう一本、やるぞ」

 

 ビッ! と剣尖を美由希に向けて言い放つ。

 それを見た彼女は今度こそ一本とってやる、と内心意気込みながら今日も剣を振るう。

 

 それが彼女――高町美由希の日常だ。

 

 

 

 

「うぅ~……今日も疲れた」

 

 朝の鍛錬が終わりシャワーで汗を流した後、美由希は自室のベットに横たわっていた。

 クッションに顔を埋めてうんうん唸りながら先ほどの稽古を思い出す。

 

(最近お兄ちゃん稽古厳しいな……ついていくのがやっとだよ)

 

 そう。ここ数週間の間に鍛錬の量が少しづつ増えてきているのだ。

 理由はよく分からない。が、恐らく自分の成長があまりにも遅いから……と彼女は考えてた。

 

(まぁ、実力不足なのは自分が一番分かってるけどね。……”御神流”、か)

 

 父である高町士朗、そして兄である高町恭也。

 共に”御神流”の後継者であり、美由希はそれに続く”見習い”として席をおいている。 

 ちなみにもう一人後継者候補がいたのだが、こちらに関しては本人が”継ぐ気は無い”と明言していた。

 

「……そうだ、八神くんに電話しなきゃ」

 

 気だるい体を起こし、机に置いてある携帯電話を手に取る。

 パチッと二つ折りの携帯を開き、慣れた手つきで操作していく。

 

 ――――八神 秋人。

 

 その項目までいった所で手が止まる。

 この瞬間が美由希にとって、少しばかりの勇気を必要としていた。

 

「……落ち着け私。いつも通りにお話するだけなんだから」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 別に美由希はデートに誘うわけではない。

 ただ単に今日は約束していた日曜日、それに関しての確認の電話を少々するだけだ。

 

 コールボタンを押す。

 

 携帯に耳を当てると、呼び出し音が流れ始めて彼が出るのを待つ。

 その瞬間が美由希にとって異様に長く感じられる時間――――だったのだが

 

『――もしもし?』

「っ! や、八神くん! ごめんね、朝から電話してっ」

 

 予想外に早く出た彼に美由希は驚き、早口で話してしまった。

 しまった、と彼女は慌てて秋人に謝罪すると、軽く深呼吸して自分を落ち着かせていた。

 

『お、おう……それでどうしたんだ? ってのもおかしいか』

 

 対して秋人は、若干美由希のテンションに圧されながらもいつも通りの会話を続ける。

 

「う、うん。えっと……今日が約束の日でしょ? だから何時に家に来るのかなぁーと」

『あぁ、それなんだけど……俺も高町に電話しようと思ってたんだ』

 

 堪らずえっ、と声が漏れる。何かあったのだろうか。

 

『ちょっとな……はやてに関してなんだけど』

「どうしたの? ……まさかっ! はやてちゃんに何か――――」

 

 美由希ははやての事情を理解している一人である。

 だからこそ、実の兄である秋人から何かあった(、、、、、)ような口調で話されたら嫌な予感しかしない。

 

『落ち着いてくれ。多分、高町が想像しているような事じゃない』

「そ、そうなんだ……よかった。じゃあ何があったの?」

『それがな――――』

 

 秋人は口にする。

 同時に美由希は目を見開き、驚愕する。

 

 

 

「……美由希、遅いわね」

 

 場所は変わって翠屋。

 そこの厨房で洋菓子を作り終えた高町桃子は、娘である美由希が何時まで経っても訪れないことに疑問を抱いていた。

 桃子は美由希から恭也との稽古が終わったあと、すぐに店の手伝いをすると聞かされていた。

 休日の翠屋はかなり混雑してしまう。現に今も客足は増え続けていて、すぐに手伝いとして入って欲しい所なのだが当の本人は一向に現れない。どうしたものか。

 

「おかーさん! 注文はいったよ」

 

 と、ホールの方からひょこっと顔を出したのはもう一人の娘である高町なのはだった。

 

「はいはい。……ねぇなのは、美由希から何か連絡きてないかしら?」

 

 注文の品を用意しながらなのはに訊ねる。

 

「お姉ちゃんから? ……うーん。わたしは聞いてないよ、何かあったの?」

 

 どうやらなのはも聞かされていないらしい。

 これは一度家に電話してみようかと考えていると、唐突に裏口の扉が開いた。

 そこから現れたのは、

 

「ご、ごめんなさいお母さん。遅れちゃって……っ」

 

 バタバタとなにやら慌てた様子の美由希が入ってきた。

 何事だ、と桃子となのはは呆然とその様子を眺めていると、美由希は二人の姿に気がつきその場で立ち止まる。

 

「どうしたの二人とも? ボーっと突っ立って……お店混んでるんじゃないの?」

「……そ、そうだったわ。はい、なのはこれお願いね」

「あ、うん! まかせてっ」

 

 トレーを受け取ったなのはは、一度姉に視線を向けてからホールへと戻っていった。

 それを見届けた桃子はさて、と美由希に向き直る。

 

「いったいどうしたの美由希。もしかして稽古の後寝ちゃったとか……?」

「あー違うよ。ちょっと八神くんと連絡取ってただけ……」

 

 どこか歯切れの悪い様子だ。

 

「ふーん。そういえば今日八神くんが家に来るって聞いてたけど?」

「…………今日はナシになっちゃったんだよ。残念なことに」

 

 と、肩を落としながら美由希は告げた。

 桃子は試しに彼の話題を振ってみたらところ、見事に的中していたようだ。

 

「あらら、八神くん用事が出来ちゃったのかしらね」

 

 しかし彼がドタキャン? するとは。

 桃子の知る八神秋人は、その辺りはキチンとしているイメージがあったので内心少しだけ驚いていた。

 

「えぇ! 今日無しになっちゃったのお姉ちゃん?!」

 

 と、そこに丁度よくなのはが会話に入り込んできた。

 なのはは心底驚いている様子で、両サイドに結んである髪が今の彼女の心境を表すようにぴょんぴょん跳ねていた。

 

「ごめんねーなのは。ちょっとはやてちゃんが体調崩しちゃったみたいでさ」

「うぅ……はやてちゃんに会いたかったのに」

「まあまあ、取りあえずコレを運んでちょうだいなのは」

 

 宥めるような口調で話す桃子の手には、洋菓子の乗ったトレーがあった。

 はーい、と返事するなのははすっかり意気消沈といった様子だ。

 美由希は内心謝罪ながら、小さく溜息をつく。

 

「それで美由希……はやてちゃんが体調崩したって言ってたけど?」

「うん、八神くんが言うには”熱”が出たとか……それでね、お母さん。私お見舞いも含めて八神くんの手伝いをしに行こうって思ってるんだけど、お店の手伝いが終わったら行ってもいいかな?」

 

 エプロンを着ながら桃子に伺う。

 

「……ちゃんと連絡はとってあるの?」

「うん、さっき聞いたら大丈夫だって言ってたよ」

 

 桃子の問いに間髪いれずに答える。

 はぁ、と桃子は軽く息を吐くと首を縦に振った。

 

「迷惑にならないようにね、美由希」

「……うんっ! ありがとうお母さん!! じゃあ頑張ってお仕事やるからね」

 

 ぱあ、と明るくなった美由希はさっさと歩いて行ってしまった。

 

「ふふっ……さてと、午後には士朗さんが戻ってくるからそれまで頑張らないと」

 

 娘のささやかな成長を感じながら桃子は仕事に戻っていく。

 

 

 

 

 美由希が店の手伝いに奮闘している一方で、秋人はというと体温計片手に首を傾げていた。  

 目先には顔を真っ赤にしてベットに横たわる妹がいる。

 

 ――――三十八℃。

 

 完璧な熱である。

 はぁ、と溜息交じりの息を吐いた秋人は体温計をベットの隅に置くと、持ってきた濡れタオルで彼女の顔を優しく拭う。

 

「なんともまぁ、タイミングがいいよな……お前さん」

「…………いわんといて、にいちゃん」

 

 おまけに喉もやられているようで、声はガラガラである。

 その様子を見て兄である秋人は、ただ苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

「もう……さいあくや。なんできょうにかぎってねつが――――」

「仕方ないだろ。高町には連絡しておいたから今日は大人しくしておけよ」

「うぅー…」

 

 うな垂れながらはやては涙目でこちらを見上げる。

 秋人はそれをあえて無視し、はやての額にかかった髪を退けて熱さまシートを貼った。

 同時に額に感じる冷えに、気持ちよさそうに目を細めるはやて。

 よし、と貼り終わった秋人はそのままはやての髪の毛を梳くように撫でる。

 

「……まぁ、その高町が後でお見舞いに来るそうだからそれまで寝てな」

「ほんまに?」

 

 予想外だったのか目を見開いて訊ねてきた。

 

「あぁ、本当だ」

「そか……じゃあそれまでおとなしくしてる」

「よし。後で俺が食べられる物持ってくるからな」

「おおきに」

 

 微笑を浮かべてお礼を言うと、はやては目を瞑り始めた。

 それを見届けると秋人は立ち上がり部屋を後にする。

 

 

 その足で次に秋人が訪れたのははやての部屋だった。

 中に入るとそのままクローゼットの扉を開けて服を取り出す。

 恐らく今着ている服は汗のせいで気持ち悪いだろうと思ったために、こうして取りに来たのだ。

 

「あー……まったく、本を散らかしたままにして」

 

 クローゼットを閉じると共に、視界の隅に山積みされた本をみつける。

 普段はこの辺はきちんと整理するはずなのだが、どうにも昨日はそうはいかなかったようだ。

 もしかしたらこの辺から体調が優れていなかった――のかもしれない。

 

(だとしたら、いい加減に一人で抱え込まないで欲しい)

 

 はやての悪い癖だ。

 心配させまいと体調が悪かろうが何だろうが口にしようとしない。

 

「何かあいつが変われるような機会(、、、、、、、、、)があればいいんだけどな……お前もそう思うだろ?」

 

 片付けてる途中で見つけた一冊の本を手に取る。

 

 ――――やはりどこか懐かしい感じがする。

 

 それははやてが一番のお気に入りの本であった。

 その表紙には十字架を象っためずらしいものだ。

 はやてが言うには、「いつの間にか家にあった」と秋人は聞いているが

 

「……俺はこれを知っているような気がするんだけども、思い出せないんだよな……っと?」

 

 言いながら所定の位置に戻そうとする。

 すると、リビングの方から着信音が聞こえてきた。

 どうやら彼の携帯らしく、音に気がついた秋人は片付けるのを後回しにして部屋を出て行った。

 

「はいはい、今出ますよ」

 

 リビングに戻った秋人は、テーブルの上においてある携帯を手に取る。

 迷わず通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

 そこから聞こえてきたのは見知った声。

 

「……あぁ、どうも先生。はい、はやてが熱を――――」

 

 携帯を片手に窓辺に立つ。

 そこから映る空は、突き抜けるような青空が広がっていた。 

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