彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十一話

 午前十一時過ぎ。

 時間もお昼ごろにつれて客足が増えてくる翠屋。

 そんな中、裏口から一人の男性が現れた。

 

「今帰ったぞー」

「あら? お帰りなさい士朗さん」

 

 男性――――高町士朗を真っ先に出迎えたのは妻である桃子であった。

 彼の手には数種類の果物の入ったカゴを携えている。

 

「このぐらいでいいか? 頼まれたものは」

「十分よ。ありがとう――――美由希、ちょっとこっちに来て」

 

 丁度裏に来た美由希を手招きする。

 美由希はこちらに歩み寄ると、士朗の存在に気がついたようだ。

 

「あれ? お父さんお帰り……って何その果物は?」

「ああ、桃子に頼まれてな。用事のついでに買ってきたんだ」

 

 お母さんが? と小首を傾げる。

 視線を桃子に向けてみると、笑顔の状態でグッと親指を立てていた。

 

「手ぶらじゃ失礼だから、これを持っていきなさい。……後、店の手伝いはこの辺でいいから」

「お母さん……で、でもこれから忙しくなるのに――――」

 

 遠慮気味に答えると、横にいた士朗が疑問を口にする。 

 

「そういえば、コレはどうするんだ?」

「それはお見舞い用にって買ってきてもらったのよ」

 

 桃子が答えると士朗は納得したようで、果物カゴを美由希に渡す。

 

「そういうことなら行きなさい。店は私たちで大丈夫だから」

「……お姉ちゃん。はやてちゃんにお大事にって言ってね」

 

 後ろから現れたなのはにも言われる。

 自分が一番行きたいだろうに、と美由希は思う。

 が、ここまで皆に言われてしまうと断る理由はなくなってしまった。

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……行ってきます」

 

 ゆっくりと手をあげて答えると、果物を受け取りそそくさと準備を始める。

 そんな彼女を他所に、士朗はある疑問を桃子に投げかけた。

 

「ところで、お見舞いは美由希の友達なのかい?」

「えぇ、そうよ。美由希の男の子のお友達(、、、、、、、)♪」

 

 ウィンクしながら言う桃子に対し士朗は目を見開き、「なん……だと…」と驚愕していた。

 だが、忘れないで欲しい。相手はその男の子の”妹”だということに。

 

「お母さん……」

 

 その様子を見ていたなのはは、苦笑と共に内心そんなツッコミを入れていた――――

 

 

 

 

 さて、一方の八神家はというと、

 

「こんにちは。秋人くん」

「どうも、石田先生」

 

 秋人は自宅に訪れた石田幸恵を出迎えていた。

 理由はもちろんはやての熱による。流石に特異な病状をもつ彼女をおいそれと外出させるわけにはいかなかった。

 そのことを先ほどの電話で話した所、こうして幸恵自らが赴くことになったのだ。

 さっそく上がってもらうと二人は迷わず秋人の寝室へ向かう。

 

「はやて……先生が来たぞ」

 

 ドアを開けて入ると、こちらを背にして寝息を立てているはやてがいた。

 秋人は彼女に近づくと、その身体を軽く揺する。

 

「ん……にい、ちゃん?」

「ごめんな。寝てる時に……先生が来たぞ」

「こんにちは、はやてちゃん」

 

 秋人の横に幸恵が来て挨拶をする。

 少しの間ボーっとしていたはやてだが、意識が覚醒すると薄ら笑みを浮かべ始めた。

 

「……せんせいやー。こんにちはー」

「はい、こんにちは――――結構熱があるわね」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるが、次の瞬間にははやての頬に触れる幸恵はその熱さに驚いていた。

 秋人は体温計を取ると、それを幸恵に手渡す。

 

「熱はさっき測ったら38℃近い熱でした」

「あらら……見た感じ普通の熱かもしれないけど。少し診ましょうか」

「お願いします。俺はちょっとリビングにいますんで」

 

 一先ずこの場を幸恵に任せた秋人は、部屋を出てリビングに向かう。

 

「あっ、高町のやつ……何時に来るのか聞きそびれたな」

 

 リビングについた秋人は今更ながらに思い出す。

 メールで訊くか、とテーブルに置いてある携帯を手に取り操作する。

 

 ――――『何時に来るんだ?』 

 

 手早く打ち込み送信ボタンを押す。

 これで後は連絡を待つのみだが、その前にやらなければいけないことがある。

 携帯を置き、取り掛かろうとしたところでリビングのドアが開いた。

 

「秋人くん。はやてちゃんに水分補給させたいんだけど」

「あっはい。スポーツドリンクで平気ですか?」

 

 そこから顔を出して訊ねてきた幸恵に、秋人はキッチンに向かいながら答える。

 

「平気よ。あと、はやてちゃんの服を着替えさせたから洗濯機の場所教えてくれないかしら?」 

「あー、わざわざすみません。洗濯はこっちです」

 

 案内しながら二人はリビングを後にする。

 同時に秋人の携帯電話が振るえていたのだが、彼は気がつかないまま時間が経過する――――

 

 

 

「……返事が返ってこないよ」

 

 美由希は携帯片手に困惑した表情を浮かべ、スーパーのお惣菜コーナーで佇んでいた。

 それは彼――――八神秋人から連絡がないためである。

 彼から「何時に来る?」とメールが着たので、丁度いいと思った美由希は「お昼ごはん買って行こうか?」と返信したのだが、いくら待ってもこない始末。

 

(はやてちゃんにばかり気にかけて自分の事を忘れていると思ったんだけどなぁ……)

 

 んー、と頬に人差し指を当てて考える。

 

「一応買っていこう……うーん、男の子だしお肉でいいよね? あっ、これ美味しそう――――」

 

 こうして買い物を済ませて美由希はスーパーを出る。

 

 

 

 

「あはは、何かいっぱい買っちゃったよ……」

 

 乾いた笑みを浮かべる美由希は、歩きながらそう呟く。

 片方には家から持ってきた果物カゴ、もう片方は先ほどのスーパーの袋。

 ちなみに経費は全て母親持ちである。曰く、「一緒にご飯でも食べなさい」とのこと。

 

「ありがとうございます、お母さん……そして此処が八神くんの家かー」

 

 美由希は本人から場所を聞いていただけで、こうして足を運ぶのは初めてである。

 ましてや同年代の異性の自宅に、だ。外見からでは判らないが、内心では中々に緊張していた。

 

(……で、でも細かく言ってしまえば用があるのははやてちゃんなんだよねー…ねー)

 

 他人(よそ)の家の前で四苦八苦していると、不意に玄関の扉が開いた。

 

「――――じゃあ、はやてちゃんをよろしくね? 秋人くん」

「はい、まかせて下さい」

 

 中から現れたのは秋人と、美由希の知らない女性だった。

 だ、誰っ? と驚愕していると、振り返ったその女性と目が合う。 

 

「あら? この家に用かな」

「えっ、えと……」

 

 突然話しかけられて混乱していると、奥にいる秋人がこちらに気がついた。

 

「どうしたんですか先生? って高町じゃないか」

「や、やっほー……八神くん」

「秋人くんのお友達?」

「そうですよ」

 

 幸恵の問いに秋人は頷き返す。

 

「こ、こんにちは! えと、八神くんの友達の高町美由希です。きょ、今日ははやてちゃんのお見舞いに来まして――――」

「これはご丁寧に……私は海鳴大学病院の石田幸恵です。はやてちゃんの主治医をやらせて頂いてます」

「はやてちゃんの……せ、先生でしたか」

 

 ホッとする美由希。

 その様子を見た幸恵は微笑を浮かべる。

 

「それはそうと、秋人くんも隅に置けないわねー……まさかガールフレンドがいるなんて」

「んなっ!?」

 

 幸恵は秋人に向かって言い放ったのだが、真っ先に反応したのは美由希だった。

 

「わ、わたし達は……そ、そそそんなんじゃっ」

「そ、そうですよ…先生、変なこと言わないで下さいよ」

 

 口篭る二人を見て更におかしく思う幸恵。

 その様子からして期待通りの反応をしてくれて満足だ、とでも言いたげだった。

 

「そういうことにしておくわ。高町……さんだったかしら?」

「は、はい」

「はやてちゃんのお見舞いありがとうね。それから――――」

 

 お礼と共に幸恵は美由希に近づき、何やら小言で話していた。

 

「あの子、結構控えめだからアプローチするなら積極的にやらないとダメよ?」

「あ、あのっ……わたしは――――」

「ふふ……それじゃあ秋人くん、何かあったら連絡してね」

 

 ひらひらと手を振って幸恵はさっさと行ってしまった。

 残った美由希は呆然とするだけで動かない。

 

「……どうした高町? 先生に何言われたんだ」

「な、なんでもないよ。それより、はやてちゃんは大丈夫なの?」

 

 秋人が訊ねたが、露骨に話をそらされてしまった。

 どうやらこれ以上は教えてくれそうにない、と感じた秋人は玄関の扉を開ける。

 

「……取りあえず上がってくれ」

「うん。お邪魔します――」

 

 二人は中に入っていく。

 

「結構、中はさっぱりしてるんだね」

「まぁ二人暮らしだし……荷物持つよ」

「あ、ありがとう。後これ、お母さん達から」

 

 言いながら美由希は果物の入ったカゴを秋人に手渡す。

 受け取った本人は、どこか驚いている様子だ。

 

「果物……こんなに悪いな。後でお礼の電話入れとかないと」

「うん、あとこっちはお昼ごはんだよ」

 

 ガサッと袋を秋人に見せる。

 

「え? それは――――」

「さっき八神くんにメールしたんだけどなぁ……応答無かったから適当に買ってきちゃったんだ」

「……マジか」

 

 マジです! と答えると、秋人は頭をぽりぽり掻いて申し訳なさそうにしていた。

 

「何から何まで悪い。案内するよ」

 

 秋人に促され彼女はその後ろを歩いていく。

 

「うん、本当だ。着信はいってるな」

「もー……だから言ったでしょ。袋ここに置いちゃうね」

 

 リビングに着くなり、携帯電話片手にばつが悪そうな表情を浮かべる秋人。その様子を見た美由希は、むくれながらも持ってきたスーパーの袋をテーブルに置いていた。

 

「悪い、今度から気をつけるよ」

「そうしてよ。何かあったら困るからね」

「へーい」

「”へーい”じゃなくて、返事は”はい”だよ」

「……高町は俺のオカンか」

 

 何か言った? と睨みを利かせて話す彼女を見て、秋人はやっぱりオカンだろと内心ツッコミを入れていた。

 

 

 

 これは何時の記憶だろう。

 その目に映る先には一人の女性が、こちらを覗き込むように見ていた。

 場所は――――知ってる……多分、自分の家だ。

 

『―――は、大丈夫かい?』

『えぇ、ただの熱で安心したわ。大丈夫? ――――?』

 

 そこに現れた一人の……口調からして男性だろうその人が、こちらを覗き込む女性に話しかけていた。

 どちらの声もやさしく、温かい声色だ。とても……心地がいい。

 

 ――――どうやら私は体調を崩してしまっているようだ。

 

 そしてその二人は、私のことを心配してくれている。

 視線を動かして目の前の二人の姿を追ってみる。が、視界が霞んでしまっていて顔を確認することができない。

 

『……あぁ、心配で来ちゃったの? ア――くん』 

『仕方ないさ、目の前で突然倒れてしまったんだから……なぁ? ――キ』

 

 いつの間にか男の子が部屋の入り口にいた。

 

『―――は、大丈夫なの?』

 

 そして男の子は一言、呟いた。

 恐らく自分の事を言われているのだろう。

 恐る恐る答える男の子を見て、目の前の二人はクスクス笑い出す。

 

『あぁ、安心しなさい。アキ――――』 

『あなたもこっちに来なさいアキくん。――ても顔を見たがっているわよ』

『……うん』

 

 名前が……男の子の名前がハッキリと聞こえた。

 アキ――――この呼び名をされるのは、私の知る限りだと一人だけだ。

 

 あぁ、今理解した。この記憶(かこ)は――――私が本当に小さかった時のものだ。

 

 本来なら忘却の彼方に追いやられてしまうはずのもの。

 そんな欠片の記憶を私は今見ている。

 他人事のように今の状況を整理していると、不意に女性が私の頭を撫でてきた。

 

『あら? 怖い夢でも見たのかしらね。よしよし』

 

 

 ――――えっ?

 

 突然の女性の発言に驚いていると、頬に何か熱いものが流れていることに気がつく。

 手が動かないので触れることが出来ないが、恐らくこれは――――

 自分の身体の変化に戸惑っていると、三人が私の両手をやさしく握る。

 その顔は……とても笑顔だった。

 

『もう大丈夫よ。みんな、はやての傍にいるからね――――』

 

 

 

 

 

「はやてちゃんっ!」

「――――ぁ」

 

 意識を取り戻す。

 同時に気だるさと頭痛が襲い掛かり、強引に意識を覚醒させられる。

 

「よかったよぉ、はやてちゃん」

「……みゆきさん?」

 

 すぐに自分の手が彼女に握られていることに気がつく。

 顔を動かして見ると、今にも泣きそうな美由希が目に入った。

 

「なんで、みゆきさんはなきそうなん?」

「だって……はやてちゃん、凄いうなされてたから」

 

 言いながら握る力が強くなる。

 

 ――――温かい手。

 

 それははやてが先ほど見ていた”夢”と同じような感覚だった。

 はやては無意識にその”温かさ”にすがるように、起き上がる。

 

「だ、ダメだよ。起き上がっちゃ……」

「ありがとう美由希さん。でも、大丈夫……寝たら少し楽になったから」

 

 彼女は平気と言うが、美由希にはそうは見えなかった。

 

「でもあまり無理しないでよ。私も八神くんも心配しちゃうんだから」

「もぉ~…美由希さんは心配しすぎや」

「高町の言う通りだ……あんまり困らせるなよ。はやて」

 

 そこにお盆を手にした秋人が部屋に入ってきた。

 その上には小さな土鍋が乗せられており、そこから湯気が立っている。

 

「八神くん……」

「兄ちゃん? それは?」

「お前の昼飯だよ。お粥、作ってきた――――高町悪い。そこにあるテーブル出してくれないか?」

「あっうん。了解」

 

 美由希は立ち上がり、隅にある折りたたみ式のテーブルを運んで近くに組み立てる。

 秋人はお礼を言ってそこにお盆を置いた。

 

「もうそんな時間なんやね。言われるとお腹減ってきた」

「さっきに比べて顔色が良くなってるな」

「先生と美由希さんが来てくれたお陰やねー」

「あほ。そんな行き成り治るもんじゃないだろ……なぁ、高町」

「な、何かな?」

 

 二人の会話を聞いていたところで、声を掛けられる。

 

お粥(これ)、はやてに食べさせてやって欲しい」

「いいけど……って、八神くんは?」

 

 秋人は立ち上がって部屋を出ようとする。

 美由希は不思議そうに小首を傾げる。

 

「兄ちゃんどこに行くん?」

 

 はやても不思議がって訊ねてくる。

 声をかけられた当の本人は、扉の前でこう言った、

 

「後片付けだよ。よろしくな」

 

 パタン、と扉を閉めてさっさと部屋を出て行ってしまった。

 残った二人は顔を見合わせると、クスクス笑い出す。

 

「じゃあ食べようか。はやてちゃん」

「うん、お願いします美由希さん」

 

 美由希はお盆の横にある蓮華を手に取り告げる。

 はやても頷いて答え、昼食を開始した。

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