彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十二話

 あの後は、昼食を食べ終わったはやてに薬を飲ませてから寝かしつけることにした。

 はやてはもっとお話したかったようだが、流石に病人に無理させるわけにはいかないため、今日の所は諦めてもらう。

 キチンと療養してまた次に、という事で納得してもらった。 

 こうして部屋を出た美由希は、空になった食器を手にリビングへと足を運んだわけなのだが、

 

「おう、ありがとうな高町。食器はこっちに置いといていいから、先に俺たちも昼飯食べよう」

「い、いつの間に……」

 

 彼女が目にした光景は、テーブルに並べられた幾つもの料理。

 と、いっても彼女がスーパーから買ってきたものが殆どなのだが……。

 美由希はキッチンの方へ足を運ぶと、秋人は野菜を切っている最中だった。

 

「何を作ってるの?」

 

 秋人の横に並び訊ねる。

 

「高町が買ってきた物が何か偏ってるみたいだからさ、一品ぐらい作ろうかと」

「あ~…ごめんね。八神くん男の子だからお肉好きかなー、なんて思って」

 

 苦笑を浮かべながら、テーブルの方に視線を移す。

 フライやらハンバーグなど、見事に食卓が茶色で統一されてしまっている。

 

「肉は好きだから全然平気だけど、緑が少ないからな。サラダでもあれば少しは華やかになるだろ」

「そ、そうだね」

 

 話しながらも秋人はせっせと切っていき、二人分の皿にサラダを盛り付け美由希に手渡す。

 

「コレ頼むよ。あとはもう大丈夫だから先に座っててくれ」

「わざわざごめんね」

 

 受け取った彼女は頷き、テーブルの方へと向かう。

 そして先に座ってしばらく待つと、秋人もこちらに来て椅子に腰掛けた。

 

「食べるか」

「じゃあ――――」

 

 いただきます、と二人は両手を合わせて食事を始めた。

 

「……うん。市販の弁当を食べるのは久々だから新鮮だ」

 

 食べ始めるなり、秋人は感想を言い始めた。

 

「八神くんは学校でも手作りのお弁当だもんね。あれは自分で作ってるの?」

 

 美由希はフライを口に運びながら問いかける。

 彼女の知る限りだと、秋人は持参の弁当を持ってきていた。それもほぼ毎日で、これといって市販の弁当やパンやらを見た事がない。

 

「自分で作る時もあれば、はやてが作ってくれることもある。でもまぁ、殆どははやてかな? あいつは弁当とか作るの好きだから、俺はそれに甘えさせてもらってる感じ」

「……やっぱり凄いな。しっかり者さんだね、はやてちゃんは」

 

 美由希は感心したような表情を浮かべる。

 それもそのはず、自分よりも幼い彼女が毎日欠かさずに弁当を作っているのだ。素直に尊敬できる。

 

「”しっかり者”ね……正確には、”そうなるしかなかった”の方が正しいかもよ」

「えっ?」

 

 ポツリと零した一言に、思わず箸を止める。

 対して秋人は、美由希と目が合うなりテーブルをトントンと指先で叩く仕草を行なう。

 

「環境(ばしょ)のせいかもな。細かい事は省くけど、やっぱりそれが一番大きいと思う」

 

 それは口にはしなかったが、恐らくは家族――――今は亡き両親の存在のことを言っているのかもしれない。

 家族……その言葉の重要さを改めて考え始める。

 それは数年前のある出来事――――父である、高町士朗が瀕死の重症を負ったときの話だ。

 

 あの時に美由希は初めて”大切な人を失ってしまう”ということを知った。

 最初はあまりの唐突さに理解が追いつかなかった。

 しかし実際に父の姿を見て、現実なものとして理解してしまった。

 理解したくなかった。

 これが夢であって欲しかった。

 

 その時の感情は今もハッキリと覚えている。

 そのせいで自分や家庭環境が不安定になってしまったことも記憶している。

 

 だが、彼等はどうだろうか?

 

 結果的に士朗は一命を取り留め、長いリハビリを経て今の日常を取り戻している。

 美由希は家族を失わずに済んだ。それにどれだけ安堵したことか。

 しかし彼等はその逆……”失ってしまった”のだ。

 

「八神くんは……寂しくないの?」

 

 自然に口から言葉が漏れる。

 失礼なのは承知の上で訊ねたのだが、秋人は迷わずに告げる

 

「もう慣れた」

 

 と。美由希は即座に返されたため、表情が固まる。

 

「”慣れた”ってどういう……」

「そのままの意味。親の居ない環境に慣れたんだよ。俺は、だけど……」

「そう、なんだ……」

 

 そして互いに無言になってしまった。

 

(…って違う違う! こんな話するために来たんじゃない……えっと)

 

 今も無言で箸を進める秋人をチラチラ眺めつつ、何か話題はないかと思考を巡らせる。

 

「……そういえば」

 

 美由希が考えると同時に、秋人が何かを思い出したかのように呟く。

 その表情は真剣そのものだった。

 

「えと、どうしたの?」

 

 思わず身構えてしまう美由希。 

 

「いや、そういえばもうすぐテストがあるなぁ、と思ったんだけど……っておい、どうした?」

「…………、」

 

 唖然。

 今の彼女にはその言葉がお似合いなほどの表情(カオ)をしていた。

 反対に秋人はどうしたのだ、と小首を傾げる。

 

「んー……あぁ!」

 

 美由希の反応に対してすぐにその意味を理解した。

 

「話が急過ぎたっぽいな。……悪いっ!」

「軽っ! 軽すぎるよ八神くん!!」

 

 片手をあげて軽く謝る彼を見て、思わず声を張り上げてしまう。

 秋人は「いや~」と、変わらず薄ら笑みを浮かべるばかりで、まるで反省していない様子。

 

「悪い悪い、俺ってたまに話が脱線しちゃうみたいでさ~。よくはやてに言われるんだよ」

「行き成り過ぎてびっくりしちゃったよ! もう、真剣なカオで話すから変に身構えちゃったし……」

 

 むぅ、と小さく頬を膨らませて答える美由希。

 

「でもまあ、さっきのはナイスツッコミだったぞ高町」

 

 ビシッと親指を立てて褒め始めた。

 そんな彼らしくない態度に苦笑いするしかない美由希は、ついある言葉が漏れる

 

「なんでやねん」

 

 と……。

 

 

 

◇

 

 時刻は午後三時になろうとしていた。

 二人は昼食の後、しばらくリビングで談笑していたらいつの間にかこの時間になっていた。

 

「あっ、もうこんな時間か……」

「ん…どうする?」

 

 時計を眺めつつ美由希は「うーん」と考え始める。

 その間に秋人は庭に干してある洗濯物をしまおうと窓辺に近づくとポツリ、と水滴が一つ窓に落ちた。

 

「うわ、まず……高町雨が降ってきた!」

「え!? ほ、本当に」

 

 驚きながら近づいてくる彼女を他所に、秋人は窓を開けてすぐさま洗濯物を取り込むために庭に出た。

 

「本当だ……八神くん手伝うよ!」

「頼む」

 

 美由希に洗濯物を手渡し、早々に片付ける。

 そして片付け終わると同時に本降りになってしまった。

 窓辺でその様子を見つめる彼女ははぁ、と肩を小さく落とす。

 

「ついてないなぁ……何時止むのかな?」

「にわか雨っぽいけどなー。止むまでうちにいなよ」

「うん、ありがとう」

 

 お礼を述べると美由希はソファーに身を預けた。

 秋人は一度キッチンに戻ると、すぐに彼女のいるソファーに戻ってくる。

 

「ほい、紅茶でよければ」

「え……わっ、ごめんね! ありがとう」

 

 紅茶の入ったマグカップを手渡す。彼女は一言「いただきます」と言い、ゆっくりと口元に運んだ。

 そして自分は先ほど取り込んだ洗濯物を一まとめにすると、横で衣服を畳み始める。

 

「……手伝わなくても平気?」

 

 ふう、と紅茶の香りと熱を一通り堪能した美由希は、彼に訊ねる。

 

「いいよ気持ちだけで。そこで寛いでていいからさ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 言ってまたカップを口に運ぶ。

 一方で、視線は衣服を畳む秋人に向けられていた。

 

「八神くんは良いお父さんになりそうだよねー」

「何だいきなり……」

 

 思いつきを口にしたら、怪訝な顔で見られてしまった。

 

「だって家事とか得意でしょ?」

「得意とまではいかないけど……まあ、苦手ではないな。高町も別にこういうのするだろ?」

「うん、一応。八神くん程じゃないけどね」

 

 あはは、と微笑みながら答える。

 その間にもテキパキと畳んでいき、あっという間にすべて畳み終えた。

 

「それで良いと思うよ。俺は」

「えっ?」

 

 畳んだ洗濯物を隅に置いて立ち上がる。

 

「”普通”の人はそういうもんだろ。まぁ、まったく出来ないってのもどうかと思うけど……」

「そうだねぇ……うん。普通って何だろう?」

「…………、」

 

 彼女の問いに答える者はいなかった。

 答えられるとしたら、この場に一人しかいないのだが――――彼は答えない。

 それが例え何気ない、他愛のない話だとしてもだ。

 

「――――あっ、雨が止んだね」

 

 何時しか眺めていた外に一筋の光が舞い降りる。

 どうやら雨が降り止んだようだ。美由希は窓辺に近づき、外の様子を確かめ始める。

 

「……じゃあ今のうちに帰った方がいいかもな」

「うん。そうさせてもらうよ」

 

 美由希はくるっと振り向きながら笑う。秋人は頷くと、二人はリビングを出る。

 

「…って、はやてはいいのか?」

「病人なんだから、大人しく寝させないと。本当はもっとお話したかったけど、今日の所は我慢します!」

 

 玄関口でそう述べる美由希を見て「そうか」と納得した。

 靴を履き終えた美由希は、一度こちらに振り返る。

 

「ねぇ、八神くん」

「なに?」

「また来てもいいかな? 此処に――――」

 

 気恥ずかしそうに言う彼女を見て、不覚にも心臓が高鳴ってしまった。

 いかんいかん、と首を振って平静を装う。

 

「あぁ、是非また来てくれ。俺もはやても楽しみにしてるよ」

「あっ――――う、うん! また来るね。そ、それじゃあ!!」

 

 ぱあっと明るくなった美由希は、「また明日ね」と別れを告げる。

 秋人も「また明日」と小さく手を振りながら微笑み、見送った。

 

「――――ふぅ」

 

 パタン、と玄関の扉が閉まると共に、自然と肺に溜まった空気を吐く。

 

「……俺のバカやろ。にやけ過ぎだ」

 

 近くにあった鏡を覗くと、そこに映っていたのは緩みきった自分の顔だった。

 そんな今の自分を叱るように頬を右手でつねる。

 なるべく表情を崩さずに言ったつもりだが、平気だっただろうか。

 

「はぁ……しかし暗い話ばっかりだったな。せっかく来てくれたのに悪いことした…」

 

 なるべくそういう話にならないようにしたつもりだったが、結局は意味を成さなかった。

 壁にもたれ掛かりながら自責の念に駆られてしまう。

 どういう形であれ、秋人がこの家に人を招きいれるのは初めてだった。そのため余計に負い目に感じてしまっていた。

 

「……一先ず、はやての所に行こう」

 

 重い足取りのまま秋人ははやての下に向かうと、案の定、彼女は寝息を立てて眠っていた。

 ゆっくりと近づき顔色を窺うと、今朝よりも幾らか落ち着いているようで一安心する。

 

「早く治せよ。じゃないと高町たちに悪いからな」

「――――わかっとるよ、兄ちゃん」

 

 独り言のつもりで喋ったのだが、まさか応答があるとは思わず少しばかり驚く。

 視線をそちらに移すと、はやてが布団から覗き見ていた。

 「起きてたのか」とベットの端に腰掛けながら言うと、はやては頷いて答えた。

 

「美由希さんは?」

「さっき帰ったよ。熱が治ったらちゃんと御礼言うんだぞ?」

「うん。それとさっきな……なつかしい夢、見たんよ」

 

 天井を眺めながらポツリと口にする。

 

「何の夢だ?」

「お父さんとお母さんの夢。顔はよう見えんかったけど」

「……そっか。二人はどうだった?」

 

 彼女の額に触れながらどうだったかと訊ねる。

 はやては「うーん」と悩む素振りを見せ始めたが、一瞬にしてそれは微笑に変わった。

 

「正直わかんないんよ。小さい時の記憶なんて無いし……でも胸の辺りがこう、ぽかぽかした」

 

 はやての言葉に秋人は二人の姿を想い浮かべる。

 共に暮らした時期は短いものであったが、笑顔の絶えない、温かい家庭を築き上げていた夫婦だと秋人は感じていた。

 

「それは大事な気持ちだから忘れるなよ? 二人に愛されて育てられた証拠の一つだから」

 

 幼くして両親を失った彼女からすれば、数少ない大切なものだ。

 特にそういう気持ちは忘れないでもらいたい。何時までも。

 

 秋人の言葉を受け取ったはやては、小さく頷く。

 

「うん、いい子だ。じゃあ俺は夕飯の支度するから、それまでゆっくり寝るんだぞ」

 

 目元に薄らと浮かんでいた涙を拭き取ると、立ち上がる。

 そしてドアノブに手を掛けたところで、背後からはやての声が聞こえた。

 

 ――――兄ちゃん、ありがとう。

 

 掠れた声だったが、確かにそう聞こえた。

 秋人は一度振り返り、「あぁ」と小さく微笑むと部屋を後にした――――。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一週間後の日曜日。

 秋人とすっかり熱も引いて完治したはやては、喫茶店『翠屋』に訪れていた。

 理由はもちろん、

 

「やっほー。八神くんにはやてちゃん!」

「美由希さん!」

「いらっしゃい二人とも。今日はゆっくりしていってね」

「桃子さん。今日はありがとうございます」

 

 出迎えてくれた美由希と桃子に、秋人は挨拶を済ませる。

 すると、桃子の隣にいた美由希がはやての下に近づき「じゃあ、中へレッツゴー」と言って、さっさと行ってしまった。

 

 秋人はそのテンションに若干の苦笑を浮かべつつ、桃子に案内されて店内へと足を運ぶ。

 

「ささ、主役が来たよー皆さん!」

「あっ、お姉ちゃん! それにはやてちゃんも!!」

 

 真っ先に反応を示したのが、高町なのはだった。

 喜びながらはやての下に近づいたなのはは、はやての両の手を掴んで微笑む。

 

「初めまして、はやてちゃん。高町なのはです、よろしくね!」

「こちらこそ初めまして。八神はやていいます。よろしゅうな、なのはちゃん!」

 

 彼女の手を握り返して答えるはやての表情は、一気に明るくなった。

 そこへ奥からさらに二人現れる。

 

「なのは、その子がはやて?」

「あっ、図書館で見たことある子だ」

「アリサちゃん、すずかちゃんっ!」

 

 二人がこちらに来たのに気がついたなのはは、二人を招き入れた。

 どうやら今日の日に合わせて、二人を呼んでくれたみたいだ。

 

(良かったな。はやて)

 

 傍から見ていた秋人は内心喜んでいた。

 はやてを見ると、たどたどしくもちゃんと自己紹介をしているのを確認できた。

 

「はやてちゃん嬉しそうだね。八神くん」

「あぁ、なのはちゃん達に感謝だよ。高町もありがとうな」

「あはは……どういたしまして」

 

 照れくさそうにお礼を受け取った彼女と共に、皆の方へ視線を移す。

 ――――その輪の中にはやてが笑って入っていた。

 

 それは今日、はやてに初めて”友達”が出来たことを意味していた。

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