彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十五話

 六月三日

 

「じゃあ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい!」

 

 朝。何時ものように制服に身を包み、玄関先で靴を履いて学校に向かう。

 何て事のない、いつも通りの一日の始まりだ。

 

 しかし、”今日”という日は、変わらない日々とは多少異なる。

 それは制服を纏う”彼”にとってではなく、

 

「はよう帰って来てな」

 

 ニコニコと笑顔で送り出す、自分の大切な家族であり最愛の妹――八神はやてにとって、だ。

 朝から元気な妹の笑顔を見て、兄である八神秋人も自然と頬が緩む。

 

「解ってるよ。今日は出かけるから、だろ」

「うんうん。わかってるならええよ~」

 

 笑顔を崩さずに答えるはやてにはもちろん理由がある。

 その理由のお陰で今もこのテンションを繰り出しているわけだが、

 

「あんまり浮かれすぎるなよ。この前みたいに体調崩されても困るからさ」

「あ……うぅ、それは言わんといて兄ちゃん」

 

 最近の苦い思い出に見事ランクインした先日の騒動。あれには流石のはやても懲りたのか、口にしただけで大人しくなる。

 そのため、今の所はやてにとってこのネタは良い抑止力になっていた。

 

「くぅ……なら、この気持ちはどこにぶつけたらいいねん!」

「大人しく本でも読んでればいいだろ」

 

 それが出来たら苦労せえへん! などと駄々をこね始めたが、適当に(なだ)めることによってこの場を治めた――――

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。うちの妹のテンションが高いんだ」

「あはは……それはお疲れ様だね」

 

 場所は変わって風芽丘学園。現在秋人は自分達の教室で高町美由希に今朝の出来事を話していた。

 

「でも仕方ないんじゃないかな? はやてちゃん明日誕生日なんだから」

「まぁ、ね。喜ぶのは良いんだけど、それで体調なんか崩されたら堪ったもんじゃない」

「それは流石に心配のしすぎだよ……八神くん」

 

 呆れかえる彼女を余所に、当の本人は妹の体調を気遣うばかりだ。

 小さく溜息をついた美由希は視線を時計の方へと向ける。

 

「それはそうと八神くん。そろそろ準備しないと」

「ん? 何の準備?」

 

 秋人の問いに対して再び小さく息を吐いた美由希は、黒板のすぐ横にある時間割を指差し告げる。

 

「何って……今日は一限目から体育でしょ? 昨日先生が時間割変更するって言ってたよね?」

 

 問いかけるように彼女は昨日の出来事を口にする。

 そして秋人は彼女の一言にハッと思い出した。

 

 確かに昨日担任がそんなことを言っていた気がする。

 

 はやての事ばかり考えていてすっかりと忘れていた。

 自分も妹に似てある意味浮かれているのかもしれない、と考え込みながら、机の横にかけてあった体操着の入ったを手に取る。

 時間が前後しただけで、今日はどのみち体育はあるので忘れ物の心配はない。

 

 秋人が準備し始めたのを確認した美由希は小さく頷くと、一足先に教室を出ようと踵を返した。

 

「それじゃあお先に~」

「あいよー」

 

 ひらひらと手を振って彼女を見送ると、美由希は近くにいた女友達と話しながら教室を後にした。

 

「さてと、俺も行くか」

 

 徐々に教室からクラスメイトがいなくなってきたので、秋人も席を立つと他のクラスメイトに混じって更衣室に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が始まる五分前に着替え終わった秋人は、すぐにグラウンドに向かう。

 既に小さな人だかりが出来ていたので迷わずそこへ歩を進めると、同時に予鈴のチャイムが校舎の方から鳴り響いた。

 

 一限目からの移動は結構急ぎになる場合が多い。自分の歩いて来た背後を振り向くと、チャイムに急かされた他の生徒達が小走りに近づいてくるのが見えた。

 

 視線を元に戻すと、生徒達はそれぞれのクラスに別れ、列を作り始めていた。

 今日の体育の種目は持久走だ。所謂(いわゆる)マラソンで、予め決められた長距離のコースをひたすらに走るかなり疲労の溜まる授業である。

 走ったり動いたりするのが好きな人や、運動部に所属している人たちからすれば”楽”の一言に尽きるものだが、それ以外の人たちからすれば苦痛でしかない授業であった。

 

「えーっと……俺の列は」

 

 人だかりの中から自分のクラスを探す。普段の授業とは違い、他クラス合同な為に結構な数の人がいる。

 視線をあちこちに泳がせていると、見知ったグループを探り当てた。

 あとは流れでその後ろに近づき授業が始まるのを待つ。

 

(そういえば高町がいない……ってあそこか)

 

 視線を巡らせると秋人の居る所よりも前に彼女の姿を捉えた。

 勿論向こうはこちらに気がつくことなく、横にいる人と会話を繰り広げていた。

 

(まぁ、別に四六時中一緒なわけじゃないし……気にしなくても)

 

 などと考えている間にも、秋人はちらちらと彼女の方に意識を向けてしまう。

 

(だぁぁ……大人しくしてろよオレ! 一々向こうを見るな! ほら、先生が来たから話に集中するんだよ)

 

 キッと誰に向けるわけでもない睨みを利かせて美由希を意識の外に追いやり、整列した正面に立つ教師の話に耳を傾ける。

 そして、数分の時間を要して注意事項などを口頭で伝え終わると、それぞれが準備運動を始めるために散り散りになっていった。

 

(まぁ、数キロ程度なら問題ないけど……念のためにキチンとやるか)

 

 今日の授業で走る目標距離はおよそ約三キロ、女子が二キロである。これらはあくまで目標で、完走しきらなくても問題ないそうだ。

 所謂、体力作りというわけだ。普段あまり運動しない人や引きこもりがちな人間を『授業』という名目で体力不足を改善させようと学校側が考えたものなのだろう。

 

 そのような人達からすれば迷惑極まりないものだが、それ以外の人にとっては『適当に走ってれば終わる授業』と思われているのも事実。

 

 現に、秋人もそう考えている。

 自身の不可思議な能力(チカラ)のお陰で、ここ最近の体力切れが殆ど起きていない。寧ろこの程度の距離では話にならない程に、だ。

 

 恐らくその気になれば運動部どころか、校内一の走者になれることだろう。だが、彼は、

 

(めんどくさいし、何より運動部からの勧誘がうるさそうだ)

 

 などを理由に本気――もとい、”その気”にならないように心がけていた。

 

「あっ! いたいた八神くん」

 

 そこへタイミングよく美由希がこちらに向かってきた。

 一人でいる所を見るに、先ほど一緒にいた友人とは別れたようだ。

 

「おう、どうした?」

「うん。八神くんと一緒に走ろうかなって思って」

 

 小走りで近づいてきた彼女はそんな事を言ってきた。

 特に断る理由は秋人には無いため、頷いて答える。

 

「そっか! じゃあ一緒に走ろ」

「一緒に走るのはいいけど、さっき話してた人はいいのか?」

 

 スタート地点まで歩きながら彼女に訊ねる。

 すると美由希は秋人の言葉を聞くなり視線を泳がせながら何かを考える素振りを見せ始めた。

 

「あー……えっと、さっきの子は他のグループと走るんだってさ、うん。だから私は八神くんと走ろうかなーって」

 

 人に言い聞かせるというよりは、自分に言い聞かせているようにも見える彼女の言動に疑問を覚える秋人だったが、「まぁ、いいか」と内心考えながら二人はスタート地点に立つ。

 

「八神くん、ペースはどうする?」

 

 横に並ぶ彼女が訊ねてきた。

 秋人は首だけ動かし視線を彼女に合わせ、呟くように答える。

 

「授業だし、ゆっくり行こうかなって思ってた」

「そっか。私はてっきりあれぐらい張りきって行くのかと思ってたよ」

 

 言いながら彼女が指差したその先には、やけに気合の入った面々が先頭に立っていた。

 

「……って、あれは運動部の連中じゃないか」

「そうだよ? 多分あの人達はタイムを競うんじゃないかな。男の子ってああいうの好きだよね」

「俺はやらないぞ?」

 

 血気盛んなやつらだ。

 そんな事を考えていると、先頭の方から教師の合図が上がった。

 

「解ってるよ。じゃあ話しながら走ろうね」

「はいよ」

 

 次々と流れるように走り始めていたので、自分達もその流れに乗るように歩を進める。

 ペースはジョギングをするように軽く行なう。

 

「おー……凄い凄い、最初から飛ばしてるね」

「ありゃ体力持つのか? まぁ、平気なように走ってるんだと思うけど……」

「あはは」

 

 彼らの遥か前方を走る、数人の男子生徒はほぼ全力疾走で走っているのが確認できた。

 一方こちらは、特に呼吸や速度など変わることなく一定のリズムで地を蹴っていた。

 

「今日は天気が良いと思ってたけど、何だか向こうの雲が怪しいね」

「――あぁ、本当だな。出かけるときに雨が降らなきゃいいけど」

「そういえば、はやてちゃんと出かけるって言ってたけど何処に行くつもりなの?」

「出かける、と言っても近場で済ませる事になったんだけど……」

 

 呆れたような口調でそう話す秋人。

 美由希はそんな彼を見て、どうしたのかと訊ねてみる。

 

「いやね。最初は思い切って隣町の方まで出かけようと提案したんだが、はやてが『お金がもったない』なんて言いはじめてさ……」

「はやてちゃんらしいね」

 

 困ったやつだ、と秋人は顔を(しか)めながら話を続ける。

 

「それじゃあ何処がいいんだ? って聞いたらあいつ、何て言ったと思う?」

「え? うーん……なんだろう?」

 

 少し考えを巡らせてみるが、これといったものが思いつかない。

 そもそも美由希から見たはやては、控えめな女の子として映っているためか、余計に思い浮かばないのだ。

 考え付かない彼女を見兼ねて、秋人は答えを告げる。

 

「――――”ファミレス”でいいだってよ。まったく、確かにファミレスなんて数えるぐらいしか行ったことないけど、もう少しマシな所もあっただろうに……」

「――――ぷっ」

 

 なんともまぁ、はやてちゃんらしいと、思い至った美由希は堪らずふ吹きだしてしまった。

 秋人に至ってはやれやれといった感じに肩を落としていた。

 

「笑うなよなー……気持ちは解らんでもないが」

「ご、ごめんごめん。それで、どこのファミレスに行くつもり?」

 

 そうだな、と一間置いて彼は答える。

 

「病院の近くに確か一軒あったから、そこにしようかと思ってる」

「そうなると、病院に寄ってから……ってこと?」

「そうなるな」

 

 美由希の問いかけに頷いて答えた。

 今日の流れとしては――――学校から帰宅、準備、病院で検査、ファミレスで食事ということになっている。

 

「プレゼントはちゃんと用意してあるの?」

「あぁ、もう買ってあるよ。ちょっと早いけど、今日のうちに渡すつもりでいる」

「明日でもいいんじゃないのかな?」

「明日は明日で、高町たちが祝ってくれるし……なにより、俺の渡す物が見劣りしそうだからなー」

 

 苦笑を浮かべながら気恥ずかしそうに答える秋人。

 

 そんなことは無いと思う、と美由希は心の内で考えていた。

 友人から貰ったものと、大切な家族から貰ったものでは、どうあれ価値が違うのだから。

 

 まぁ、別に本人は渡さないと言っているわけでもないので、美由希はそのことに関しては口にはしなかった。

 変わりにという訳ではないが、彼女は笑みを浮かべながら彼に言う。

 

「じゃあ、キチンとはやてちゃんを喜ばせるんだよ。お兄ちゃん♪」

「か、からかうなよ……って言っても、ファミレスだしなー……」

 

 あーだこーだと頭悩ませているうちに、グラウンドを一周し終える。

 まだ二人は呼吸の乱れは見受けられない。

 

「一周したけど、大丈夫か? 高町」

 

 チラッと彼女に視線を移しながら訊ねる。

 しかし、当の本人はけろっとした表情で「平気だよ」と答えてみせた。

 

「意外と体力あるんだな」

「うーん。まだほんの四百ちょっとだし、ゆっくりペースだから問題ないよ!」

 

 グッと、胸辺りで拳を握る美由希。

 ゆっくりとは言っているが、周りの女子達と比べると彼女の走りは速い部類に入るだろう。

 一旦視線を彼女から外して周囲を見渡してみると、既に息の上がっている女子が見受けられた。

 

「これでも一応鍛えてるんだからね?」

「さらに意外だ。よく漫画に出てくる”何も無い所で(つまづ)く人間”かと思ってたよ」

「あー! ひどい八神くん」

 

 心外だよ! とムッとした顔で異議を唱える美由希。

 

「確かに慌てることが多いけど、そこまでドジは踏みませんよーだ!」

「そうなのか!?」

「そこでそんな反応するのっ!?」

 

 秋人はギョッと目を見開いて驚きを表していた。

 彼女も彼女でまさかそんな反応されるとは思ってもいなかったのか、こちらも同じように驚いているようにみえる。

 

「いや、だってねぇ」

「むぅ……八神くんが信じてくれない」

「そんな顔をするなよ……って!?」

 

 一瞬小さな風が吹き抜けたと思ったら、隣を走っていた彼女の姿が見当たらない。

 吹き抜けていった風を追うように視線を前に向けると、

 

「ふふっ……してやったり」

 

 言葉通りのしたり顔でこちらに微笑みかける美由希の姿があった。

 先ほどの信じられない発言の仕返しとでもいうのか。

 そのまま彼女は秋人の数歩前を維持しながらふふん、と鼻を鳴らしていた。

 

「ほう……ならっ!」

 

 彼女の反応に対し、秋人の心中に妙な対抗心が芽生える。

 少し。ほんの少しだけ地面を深く踏み込む。

 

「えっ!?」

 

 美由希の表情が驚きに変わり、思わずその場で足を止めるところだった。

 なぜならば、たった今しがた自身の後ろに居たはずの彼が、気が着いた時には自分の隣を走っていたのだから。

 

「ふふっ……どうだ高町」

 

 美由希の面白い反応が見れたことが嬉しかったのか、口角を吊り上げてこちらの様子を窺う秋人がいた。

 ハッと我に返った美由希は、眉間にしわを寄せながら彼に告げる。

 

「女の子相手に大人気ないぞ、八神くん」

「えぇー……」

 

 なにその理不尽な物言い、とでも言わんばかりの不満顔をぶつける。

 

「んなっ!?」

「っ~~♪」

 

 だが、当の本人は何処吹く風で颯爽と秋人との距離を開けていく。

 どうやら彼女は見た目に反して”負けず嫌い”な性格をしているようだ。

 

「ほーら。早く来ないとおいてくよー」 

 

 ニッコリと振り返りながら、秋人に呼びかける。

 その姿に一瞬ドキリとしたが、表には出さぬよう押し殺し、変わりに片手を挙げて合図を送る

 

 『今行くよ』と。

 

 とはいっても、先ほどのように競ったりはしない。

 ペースを徐々に戻しながら秋人は、前を走る美由希のあとを追うように走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 六月三日、午前十一時頃。

 

 

「はよう、帰ってこんかなー」

 

 リビングのソファーに腰掛け、窓の外を眺めながらぼやく八神はやての姿があった。

 兄が学校へ行き、自分はいつも通りの家事仕事をしていたのだが、

 

「いつもの倍の速さで片付いてもうたわー……」

 

 そう。普段のこの時間帯はまだ部屋の掃除か何かしらの片付けをしているはずなのだが、どうにも今日に限ってはその限りではないらしい。

 

 はやてはごろん、とソファーに横たわり、点けっぱなしのテレビから聞こえるお昼の料理番組の解説をBGMにしながら、相変わらず空を眺め続けていた。

 

(んー……暇人になってもうた。兄ちゃんが帰ってくるまで何してよか?)

 

 若干空の雲行きが怪しいな、などと思考の片隅で思いながら、これからの暇つぶしをどうしようかと考える。

 だが、これといっていい案が思いつく訳ではなかった。

 

(本は全部何回も読み直したし、掃除も毎日しとるから汚れも無い。わたしは足が病気(コレ)やから気軽に表に出かけれるわけでもないし……う~ん)

 

 視線を窓から天井に移す。

 本格的にやることが無くなった彼女は、そのまま数分を呆けて過ごしていると、不意に意識が薄れていくのを自覚した。

 

 そういえばここ最近、浮かれすぎて十分な睡眠を確保していないような気がする。 

 

(んー……少し寝ようかな。ええ感じに……睡魔、が――――)

 

 一度寝ようと決めると後は早い。

 小波のように押し寄せてくる眠気に、はやては身を任せることにした。

 

 

 

  

 八神はやてが寝入るのと同時刻。

 彼女を見守る影が一つ、八神宅から少し離れた塀の上にいた。

 

「…………、」

 

 無言のままただ八神はやてを見据えている。

 だが、その表情は険しいの一言で、”見守る”というよりは、”監視”に近いのかもしれない。

 

『どうしたの? 妙に気が立ってるように見えるけど』

 

 不意に、女性の声が頭の中に直接(、、)聞こえてきた。

 監視者はピクリと身体を僅かに反応させると、視線は目の前の彼女(八神はやて)に釘付けのまま心の中(、、、)で声の主に話しかける。

 

アリア(、、、)……いや、別になんでもないよ。ただ考え事をしていただけ』

  

 監視者がなんでもないと答えるが、声の主――アリアはすぐさまその言葉を否定する。

 

『嘘。あなたまた何か無茶しようとしてるでしょ?』

『…………、』

 

 アリアの言葉に監視者は何も言えないでいた。

 それを無言の肯定として受け取った彼女は、小さく溜息をつく。

 

「もう、やっぱり様子を見に来て正解だったね……ロッテ(、、、)

 

 今度の声は頭の中ではなく、自身の耳から直接聞こえた。

 そして同時にトン、と軽やかな音とともに監視者の隣に振り立つ者が一人姿を現す。

 

 監視者――ロッテは、まさかこの場に姿を現すとは思ってもいなかったのか、驚いた様子で彼女のいる方へと視線を向けた。

 

「アリア。あんた近くにいるなら直接――って!」

「うん? どうしたのロッテ?」

 

 再び驚愕を露わにするロッテを不思議そうに見つめるアリア。

 

「どうしたのって……あんた、人型(それ)のままここまで来たのか!?」

「え? そうだけど……何か問題でも?」

 

 当たり前だ! と声を大にして言おうとしたが、その手前でロッテは言葉を呑み込んだ。

 直後、塀の外側の道を歩く親子が楽しそうに会話をしながら歩いてくるのを二人は目にする。

 

「そんなに慌ててどうしたのよロッテ」

『ばっ……アリアっ! 早く元の姿に戻れ! 一般人に私達の姿を見られるわけには――――』

「でねー……あっ! ねこさんだぁ!!」

 

 こちらに気がついた小さな男の子が、母親の手を離れて駆け足で近づいてきた。

 まずい! とロッテは隣にいる未だ慌てた様子を見せないアリアに多少の苛立ちを覚えながらも、姿を隠すように促す。

 しかし、彼女は近づいてくる男の子をただ眺めているだけで、その場を一歩も動かない。

 

『おい、おいっ! 聞いてるのかアリア!!』

『もうロッテ……少し静かにしてなさいよ。大丈夫だから』

「おー! ねこさん、ネコさん!!」

 

 口論しているうちに子供が塀の下まで来てしまった。

 もうダメだ、とロッテは目を閉じて諦めモードになり始める、が

 

「こら! 走ったら危ないでしょ」

「おかあさん……だってねこさんが」

「猫……?」

 

 すぐに現れた母親は塀の上を指差す我が子に従って、その先に意識を向けた。

 直後、母親は目を見開き、驚きを露にする。

 

「あら? 本当ね。可愛い猫さんだこと」

「かわいー、かわいー!」

 

 あれ? とロッテは固く閉ざしていた瞼を薄らと開く。

 その先に映っていたのは、猫の姿の自分(ロッテ)だけを見ている親子達だった。

 予想外の反応にロッテはしばし呆けてしまい、その様子を横から眺め、笑いを堪えるアリアの姿があった。

 

「ほら、手を繋いで……雨も降りそうだから早く帰りましょうね?」

「うんっ! バイバイねこさん」

 

 男の子は一頻(ひとしき)り猫を眺めると、母親に促され、親子は手を繋いでこの場を後にした。

 残ったのは呆けた猫と、クスクス笑う猫耳少女が残された。

 

 すぐさまロッテはキッと猫の鋭い眼光を利かせ、アリアを睨みつける。

 

「ア・リ・アぁ~~~!!」

「あはははっ! ゴメンねロッテ……あなたの面白い反応が見たくてつい」

 

 両手を合わせて、全身の毛を奮い立たせているロッテにわざとらしく舌を出して謝る。

 対してロッテは、彼女のおふざけに付き合わされて大きく溜息を漏らす。

 

「まったく……”認識阻害”をかけてるなら先に言ってよ。冷や汗だらだらだったわ」

「ゴメンゴメン。お詫びに私の膝の上に乗ってもいいからさ」

「いや、それ詫びになってな――――っちょ!? コラ!!」

 

 よいしょ、と塀の上に腰掛けたアリアは、ツンツンしているロッテを抱えて自分の膝の上に乗せた。

 当然、暴れ始めるロッテだが、仮にも相手は人型。いくら同じ”種族”だったとしても、この現状の差を埋めるべく手立ては無く、されるがままだった。

 

「それで話を戻すけど――――ロッテ?」

「…………、」

 

 漸く落ちついた彼女を見計らって話題を振るが、今度はまったく反応を示さなくなってしまった。

 アリアはそんなロッテを上から覗き込むように顔を近づける。

 

「ロッテ? おーい、ロッテさーん」

「…………、」

『おーい、拗ねてないで話を聞いてってばー』

 

 外からも内からも声を掛けられるロッテは更に不機嫌になる。

 流石にからかいすぎたかな? とここにきて漸く反省の色をみせ始めるアリア。

 

『ごめんね、ロッテ。私が悪かったよ……だから無視、しないで? ね?』

『――――はぁ』

 

 再度溜息をついたロッテは、一先ず膝の上から退かせろと半ば命令口調でアリアに告げる。

 頷いたアリアは抱えていた手を離すと、ロッテはアリアの横に飛び退き、腰を落ち着かせた。

 

『それで? 話って何よ』

 

 未だ警戒心は解かずに訊ねるロッテ。

 アリアは苦笑を浮かべながら視線をロッテから、目の前の家に移す。

 

「まぁ、コレと言って話があるわけじゃないね。単にあなたの様子が気になっただけ」

『……私は別に普段通り、だよ』

 

 ロッテも視線をアリアと同じく家――正確には宅内のソファーで眠る一人の少女に向けられていた。

 

「ロッテは偶に無茶する時があるから心配なのよ」

『それはお互い様』

「そう、ね」

 

 風が二人の間を吹き抜ける。

 ふと、空を見渡してみると、遠方の雲が暗く染め上がっているのが確認できた。

 先ほどの親子が話していたように、あと数時間後には天気が崩れるかもしれない。

 

『用はそれだけ? 私はまだやる事が残っているから、何かあるようなら手短にお願い』

 

 ロッテが催促を入れてくる。

 アリアは人差し指を顎に当てて、しばし思考を巡らせると徐に立ち上がり

 

「いや、特には――邪魔してゴメンね。私は先にお父様の所に帰ってるよ」

『……そう。解ったわ』

 

 話はそれまでなのか、ロッテは塀の下に飛び降りた。

 これから何処に向かおうとしているのかは、アリアには分からない。

 

 いや、違う。大体は予想がつく。

 あえてそのことを口にしなかったのは、現状にロッテと同じく焦りを感じ始めていたのが原因なのかもしれない。

 一刻も早く――――を――――しなければ、また。

 

「――ロッテっ!」

 

 堪らず声が漏れた。

 出来ることなら手伝ってやりたい。

 しかし、まだ”二人”で動くべきではないのだ。

 それは後の”計画”にも支障がでてしまうのだから。

 

 彼女の声に気がついたロッテはその場で立ち止まり、振り替える。

  

『どうしたの? アリア』

「……えっと」

 

 無意識の内に出てしまった声に、ロッテは首を傾げて次の言葉を待っていた。

 

「――――”頑張って”ね」

 

 ただ一言、アリアは告げる。

 その言葉を聞き届けたロッテは、一瞬大きく目を見開いた。

 

『……うん、”いってくるよ”』

 

 そう言って、駆け抜けていく彼女をアリアは静かに見送った。

 

(ふぅ、本来なら止めるべきなんだろうけど。私も馬鹿だよね)

 

 空を仰ぎ見ながら、自嘲するような薄笑いを浮かべる。

 

「雨――――降りそう」

 

 空は徐々に暗雲が支配を始めていた。

 

 

 それは何を意味するのだろう。

 何かの”始まり”を示しているのか、それとも”終わり”か、はたまたただの”思い違い”なのか。

 

 その意味を知るのは果たして――――

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