彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十六話

 奇妙な浮遊感に促され、意識を取り戻す。

 

 ――――落ちていく。

 

 身体はまるで石になったかのように、ピクリとも動かなかった。

 そもそもここがどのような所なのか、なぜ自分がこのような場所にいるのかさえ分からない。

 視界は漆黒に染められ、一切の光は無い状態だ。 

 

 ――――落ちていく。

 

 どんどん下へ、海底に沈むようにその身は底へ底へと(いざな)われる。

 暗い闇の中でもそれだけはハッキリと自覚できた。

 

 ――――落ちていく。

 

 もうどれほど深く入り込んでいったのだろうか。

 未だに闇の底には到達せず、ただただ自身の体感時間だけが進んでいく。

 

 ――――落ちた先には何があるのだろうか。

 

 何か変化が無いか、眼球だけを動かして周囲を見てみる。

 すると、ある一点に小さな光を発見した。

 

 この空間に落ちてから、初めての光だ。

 意識をそちらに向けるとその光は球体となり、ふよふよと周囲を漂い始める。

 

 その光の球に自分は強く惹かれた。

 この光は何を意味するのだろう、と。

 

 次の瞬間には動かない筈の腕を伸ばしていた。

 

 光の球は導かれるようにどんどんこちらに近づいてくる。

 対してこちらも意識を強め、更に手を伸ばしていく。

 

 この光を掴めば、自分の”何か”が変わるかもしれない。

 そんな気がしたのだ。

 

 

 ――――あと少し伸ばせば手が届――――

 

 

 

『――――”ソレ”に触れてはなりません』

 

 

 もう触れるか触れないかの瀬戸際に、自分を呼び止める声が聞こえた。

 伸ばしていた手はピタッとその場で静止する。

 同様に光の球もそれ以上は近づいてこなくなった。

 

 ――――どうして止めるの?

 

 声の主の姿は無い。

 そもそもが闇の中だから姿なんて見えるはずも無く、認識できるものが目の前の光の球しかないのだから当然だが……。

 

『”ソレ”は記憶の欠片』

 

 声の主が一言告げると、刹那に光球が(きら)めく。

 それはまるで夜天(やみ)に輝く星のように思えた。

 

『輝きに惑わされてはなりません。あなたが触れたら最後、自我が崩壊するでしょう』 

 

 なぜ、と声の主に訊ねようとしたがそれは叶わなかった。

 

 偶然。

 たまたま周囲を漂う光球を注視してしまった(、、、、、、、、)

 光の先――――奥に何かが蠢いているのを視てしまったのだ。

 

 直後――――

 

 

「あっ――あああぁぁアアアアアアアア!?」

 

 

 八神はやては声にならぬ悲鳴を上げ、その場で崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 聞き慣れたチャイムを背に八神秋人は小走りに校門を抜ける。

 空は午前に比べて曇り空になってしまっていた。

 

「……早めに帰って支度しないと」

 

 時計に目をやると時刻は二時を過ぎていた。

 まだまだ時間には余裕があるのだが、なるべく早く帰らないと妹の小言がうるさいのだ。

 その理由も今日ばかりは仕方ないとしている秋人は、つべこべ言わず歩を進めていた。

 

 学校から自宅までの所要時間は三十分から一時間前後。

 遠くも無く、しかし近いという訳では無いこの距離にいつも悩まされる。

 

 遅刻しそうになったり何かしら急ぎの用事がある場合はバスといった公共機関を利用するが、今日はまだ余裕のある時間帯。

 いくら生活支援を十分に受けているとはいえ、そう易々と無駄遣いできる立場ではない。

 なのでこういった地道な節約はしていくよう、妹共々心がけている。

 

(うーん。そろそろ前のアルバイト代が無くなりそうだし、今年の夏もどこかで働こうかね)

 

 バス停の前を横切ると共にそんな事を考える。

 先日のとある金髪少女に切り裂かれたコートやら、自身の有り余る力で散っていった数々の小物の買い替えやらで、ここ最近の出費が激しかったのが原因だ。

 

 どれもこれも彼の自業自得なわけだが……。

 

 しばらく道なりに進むと、大通りを抜ける小道がいくつか見えてくる。

 秋人はそのうちの一つに足を運ぼうと歩を進めようとするが、

 

「――――ん?」

 

 不意に、誰かに見られているような気がして歩みを止める。

 振り返り周囲を見渡すがこちらに送る視線は一つとして無く、ただただ通り過ぎていく一般人だけがいるのみだ。

 

(気のせいか?)

 

 一瞬、普段味わうことの無い強い視線を感じ取ったような気がしたが、やはり周りにはそれらしき人物は見当たらない。

 

 秋人は右手を額に当ててなにやら考え始めた。

 

(何だコレ……肌が若干ピリピリする)

 

 体感的には胡坐(あぐら)をかいて痺れた時のそれに近い。

 それが足ではなく身体全体に感じるような、不快感ともとれるその感覚に突然襲われた秋人は急いで周囲を注意深く確認し始めた。

 

(感覚が鋭くなってるのか……何で突然)

 

 ふと、視界の隅にあるものを捉えた。

 大通りを行き交う人々の中心に、本来ならばなんて事の無い光景が広がっている――――はずなのだが、一つだけ、”異物”として捉えてしまったものがあった。

 

「…………、」

 

 それは猫だった。

 

「…………、」

 

 無言で秋人は数十メートル離れた、よく見知った猫(、、、、、、、)の姿を眺める。

 猫の方もまた、道のど真ん中で居座ったままこちらを見据えていた。

 

(何だ―――なんだこれ)

 

 視線は互いに交差したまま、額に嫌な汗が流れ始めるのを感じた。

 不快感はやがて、痛覚として現れ始める。

 全身を駆け巡っていた痺れはやがて一点に収束していく。

 

 視線は先にいる猫に釘付けのまま動かない。

 

 そもそもなぜあの猫はあそこにいるのだろう。

 なぜ……誰もあの猫に関心を示さない(、、、、、、、)のだろうか。

 

『にやぁ』

 

 猫の一声。

 この場所からでは聞こえるはずの無い鳴き声が妙に頭に響いた。

 

 直後、

 

 

「――――っ!?」

 

 秋人の顔が驚愕の色に染まる。

 次の瞬間、衝撃と破壊音が八神秋人を蹂躙した――――

 

 

 

 深い深い闇の中、一人の少女が身体を丸めながら苦痛に耐える姿がそこにあった。

 

「――――っ! ――っぁ!?」

 

 声にならぬ悲鳴を上げて必死に何かに耐えようとするその姿は痛々しいの一言に尽きる。

 しかしこれでも落ち着いたほうで、つい先ほどまでは泣き叫んでいた程だったのだ。

 

『気を確かに。ゆっくり……呼吸を整えながら、ご自身を意識し続けてください』

 

 それもこれもこの声の主のお陰なのだ。

 彼女の声は脳内に直接聞こえるおかげで、しっかりと言葉を理解できる。

 餌を求める金魚のように口をぱくぱくと動かして、必死に呼吸を整えようとするはやて。

 

「あっ……つぅ」

 

 次第に身体に熱が戻ってくる。

 先ほどの光景――――感情の逆流に当てられたはやては危うく精神が崩壊するところだった。

 

『落ち着きましたか?』

 

 声の主はゆったりとした口調ではやてに語りかけていた。

 大分精神的に落ち着きを取り戻したはやては、コクリと頷いて答える。

 

「うん。声、ずっと掛けてくれてありがとうなぁ」

『――――いえ』

 

 はやての言葉に声の主は謙遜して返していた。

 

『くれぐれもソレには細心の注意をお願いします。今の私ではどうしようにも出来ないので』

「……コレってなんなん? あと、今更やけどここはどこなんやろか??」

 

 声の主に注意され、はやてはなるべく見ないようにしつつ、周囲を漂う光球と自身の居場所について訊ねた。

 

『そうですね……光球(ソレ)については、記憶の断片的なものとしか言えません。場所については此処はあなたの”夢の中”ですよ。我が主(、、、)

「へぇ、ここは夢の中なんかぁ~」

 

 彼女の言葉に対して素直に納得出来た。

 それはあまりにも現実味のない光景だったためか、それとも心の何処かで無意識に理解していた(、、、、、、、、、)のか。

 

『はい。まさか私も主がこの場に来るとは思いませんでした』

「うん? 変な言い方しよるね。此処は私の夢の中じゃないん?」

『はい。――正確に述べると”私達”の、ですが。まぁ、瑣末なことですね』

 

 失礼しました、と姿は見えないが声色から察するに頭を下げている気がした。

 そこで、ふとはやては今更ながらにある疑問が浮かぶ。

 

 なぜ、あなたの姿は見えないのか。

 

 この場に訪れてどれくらいの時間が経過したのか判らないが、未だにはやての周囲には闇と光の玉がちらほらとあるばかり。

 成り行きとはいえ、助けてもらった身なのでキチンと面と向かってお礼を言いたい。

 

『……すみません。それは出来ないのです』

「えっ? なん――――」

 

 なんで? と問いただす前に八神はやての身体に変化が訪れる。

 

『――お目覚めの時間ですね』

「目覚めって……わっ!?」

 

 はやてはギョッと目を見開いて自身の足元を見る。

 足のつま先から徐々に透け始めたのだ。

 

「わっ、わわ……身体が消え始めてるんやけど!?」

『ご安心を。夢から覚めるだけですので害はありませんよ』

「そ、そうなん?」

 

 どうやら害は無いようだ。

 闇の底から聞こえる声に従って、はやては落ち着こうとする。

 小さく息を吸っては吐いての繰り返しで平静を保つ。

 

「……なんや自分の身体が消えていくのをジッと眺めるのは可笑しな話やね」

『そういうものですか?』

 

 うん、と頷いて答える。

 

『私にはよく解りません』

「えっ、一緒の夢を見てるんとちゃうの?」

『私は――――主達のように自由に出入りできませんので。自分の意思では外には出れないのです』

 

 消える手前に新たな事実を知らされた。

 それでは彼女はずっとこの暗い暗い空間に閉じ込められているというのか。

 

「寂しく……ないん?」

『…………、』

 

 返答は無かった。

 それは肯定を示しているのか否か――――姿の見えない彼女の真相をはやてが知る術は無い。

 

 消滅は徐々に身体を上っていき、既に胸元辺りまで迫っていた。

 

「――っ!? こ、ここから出たいと思わんの!」

『私には……よく、解りません』

 

 直後、自分のいる真下から吹き抜けてくる風がはやてを襲った。

 流される風船のように、今いる地点から遠ざかっていく。

 

「まっ、待って――――!」

 

 吹き飛ばされながらも必死に手を伸ばす。

 しかし、延ばした先にあるのは漆黒の闇のみ。声しか認識出来ない彼女の手を取ることは叶わない。

 

『始――、――い――――』

 

 彼女の声は既にはやての耳には届いていなかった。

 彼女を認識していた唯一の声が彼方に消えていく。

 

 空を切る自分の小さな手をはやては眺めつつ、今度こそガラス片となって消えうせていく身体に意識を向ける。

 

 ――――名前、聞き忘れたなぁ。

 

 それに何でわたしのことを、”主”なんて呼んでいたのだろうか。

 

 薄れる意識の中、はやてはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 耳を(つんざ)くような轟音と共に妙な浮遊感に襲われる。

 視界は白一色に染め上げられ、一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなるほどに感覚がぐちゃぐちゃにかき回される。

 あまりにも突飛な出来事に彼――――八神秋人は、半ば思考停止状態になっていた。

 

「――――ごふっ!? かっ……」

 

 背中全体に走る鈍い衝撃によって現実に返る。

 秋人が我を取り戻したときには、数メートル先にあるコンクリート塀に身体を打ち付けられていた。

 肺から空気が強引に吐き出される。それに伴い、軽い呼吸困難に陥ってしまった。

 

「か、げほ……な、何が?」

 

 咳き込み、涙ぐみになりながら、現状を把握しようと顔を上げる。

 幸い、頭は打ち付けておらず打ち身程度で事なきを終えたようだ。

 胸元を押さえながら意識を前に移す。

 

 そこにいたのは、

 

『……外したか』

 

 そこに佇むのは、外見から見るに十代後半から二十代前半の男。

 顔は見えない。男の顔には仮面が取り付けられていた。

 

 発せられる声にもどこか機械的なものを感じる。

 何かしらの装置を用いて声を意図的に変えられているようだ。

 

 積み重なった瓦礫の山と炎を背に、男は悠然とこちらを見据えている。

 あまりにも現実離れした出来事にまたもや思考を放棄しそうになるが、秋人はぐっと堪えて立ち上がった。

 

「お、お前は……誰だ!」

『…………、』

 

 及び腰になりながらも腹の底から声を出して訊ねたが、返ってきたのは無言と沈黙。

 

 仮面のせいで男の表情は読み取れない。

 だが、こちらを敵視していることは否応無しに理解させられる。

 

 秋人が身構えていると、男は何処からかピッと一枚のカードを取り出した。

 

(……あれはトランプ? いや、違う)

 

 まさかこれは何かのイベントなのか? などと、この期に及んで呑気な事を考えたのも束の間。

 男の手にある一枚のカードが光を発した。

 

(あ、あれは……!?)

 

 直後、男の周囲に青白い光の玉が幾つも出現した。

 秋人は目を見開いて驚きと同時に、男を背にするように走り出す。

 

(くそっ! あれってあの子(フェイトちゃん)同じ(、、)――――!)

 

 改めて確認しようと振り向いた矢先、全身に悪寒が走り抜けた。

 秋人は不快な感覚に逃げるように横に跳ぶ。

 

「うおっ!?」

『――――チッ』

 

 男が忌々しげに舌打ちする。

 咄嗟の回避に秋人は転びそうになるが、無理矢理に体勢を立て直して再び走り出した。

 

(やっぱりそうだ! だったらマズイ)

 

 二、三と槍状の光線は秋人を貫こうと同時に襲い掛かかる。

 それを秋人は全力で走り、近くの横道に飛び退いてかわした。

 

『よく動き回るな』

 

 男の軽口に言ってろと内心答える。

 とにかくあれはマズイと、速度を緩めずに直線を走り抜けていく。

 

(一先ず距離を取ろう。助けは――――やっぱり無理か!)

 

 ポケットから携帯を取り出して確認するが、前回と同様に圏外だった。

 

(それに人一人いやしない。あの時とまったく同じ状況……どうする!?)

 

 話し合いで解決させる? いや、それは無理だろう。

 あの男は明確な意思を持って自分に攻撃を仕掛けてきている。とても話し合いで解決なんて出来やしない。

 

 ならどうすればいい?

 

 このままただ闇雲に逃げているだけではいずれ捕まってしまうだろう。

 だからといって何か名案があるわけではないし、そもそもあんな超能力者の対処の仕方なんて分かるはずがない。

 自分にも多少なりと不思議な力は持ち得ているが、それで何とかしようとは思えなかった。

 

『……あまり手間をかけさせるな』

「っ!?」

 

 声がしたと同時にビュン! と光の槍が秋人の頬を掠めた。

 刺すような痛みに顔をしかめてその場で立ち止まる秋人。

 

 足を止めた先に、後ろに居る筈の仮面の男が立ってた。

 

「な、なんだよお前。俺に恨みでもあるのか!!」

『答える必要は無い』

 

 ダメだ。これでは会話にならない。

 男は散らばっていた光の槍を自身の手元に集め始めた。

 

 あれは、マズイ。

 

 慌てて逃げようと踵を返そうとしたが、それは叶わなかった。

 

「な、なんだよ……コレは!!?」

 

 左腕が固定されたようにピクリとも動かない。

 視線を巡らせ確認してみると、手首の辺りに青白い光の輪が取り付けられていた。

 

『これで、逃げられまい。安心しろ、一瞬で終わらせてやる』

 

 男の手元にある光はどんどん膨らんでいた。

 逃げないといけない。

 

 だが、逃げようにも手首に撒きついている光の輪のせいで逃げられない。 

 

(死――――まさか、俺死ぬのか?)

 

 こんなところで? 意味も分からないままに?

 

(い、嫌だ……死ねない。死にたくない!!)

 

 生まれて初めての死の恐怖に当てられ、怯える秋人。

 だが、幾ら力を込めても腕輪は外れない。

 

「ふざっ、ふざけんな!! 死ねるか……こんなんで死んでたまるか!!!」

 

 ギュッと腕輪に更なる力を込める。

 握りつぶす勢いで強く、強く掴む。

 

(こんな所で死んだら……残されたあいつはどうするんだよっ!)

 

 迫り来る脅威に対し、想い浮かべるのは一人の小さな少女の姿。

 ギリッと歯を食いしばり目の前の仮面の男を睨みつける。

 

『――――これで、終わりだ』

 

 一瞬、仮面の男と視線が重なる。

 機械的な声に従い、手元に収束していた光の塊は瞬く間に弾丸の如き一閃と化す。

 

 

『――――魔力光弾(スティンガー)』 

 

 

 引き金が、引かれた。

 仮面の男に従い、一発の光弾は一直線に八神秋人目掛けて放たれ、そして――――

 

 

 

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