……ぐだぐだと申し訳ないです。
永遠ともいえる
廻っては破滅、廻っては再臨。使っては壊し、遣っては壊される。
幾度となく繰り返される、”
明ける事のない夜。
ある者は”勇気”を。ある者は”知恵”を。
またの者は”力”を求めた。
誰もが伸ばしたその手に、”
そこに如何なる”善行”、また”悪行”が飛び交おうとも、”
考えることも、迷う必要性も無かった。
幾星霜の時を経ても、それだけは変わらない――――
『ねぇ……たまには”
それだけは――――。
◆
”夢から醒めるのはいつも唐突だ。”
どのような夢路を辿ろうと、その先には戻るべく”
「………んん」
夢心地だった意識がゆっくりと地に降り立つのを感じる。
”無意識”だったものが、”意識”あるものに移り変わるこの瞬間が、
――――”
「ん……ふぁ?」
喉奥から漏れるだらしない声色が、自身の覚醒を促す。
朧気な視界を動かし、周囲の状況を確認する。
まず見たのは時計だ。
時計の短針は”三”を指している。どうやら小一時間ほど眠りに耽ってしまったようだ。
さて、じゃあ今は何分だと時計の長針に意識を向けてみると、あることに気がついた。
それは、
「うん? あれ……
一瞬見間違えかと目を擦って再度確認してみるが、やはりその動きは止まっていた。
「電池切れ? この前換えたんやけどなぁー」
寝ていた身体を起こしてソファーに座りなおす。
足は勿論動かないので、座りなおすのにも一苦労いる。
短く息を吐きつつ、体勢を整え終えると改めて部屋を見渡し始めた。
(なんやろなこれ……家の中はわたし一人やから静かなのは当たり前なんやけども……)
静寂が痛いほどに伝わってくる。
ただ”それだけ”なのに、妙な違和感が奥底から覗いているのが分かった。
やはり何かがおかしい。
はやては急かす勢いでソファーを降りて、這いながら車椅子の所に向かう。
(なんや変な夢を見ていた気がする……どんなんやっけ?)
思い出せない。
いや、そもそもが”夢”なんだから忘れるなんて事はよくあることだ。
車椅子に腰を落ち着かせると、はやては腕巧みに車椅子を操作し、窓辺に近寄っていく。
「うーん。何か景色が灰色な気もするけれど……雨でも降るんかな?」
窓ガラスに手をやり外を眺めてみる。
空は”灰色”一色に染め上げられていた。
その影響によるものなのか、空だけではなく、部屋の中までが同色の色に侵食されているようにも見える。
まるで年代物のテレビを見ているようだ。
(うぅ……ちょっとだけ不安になってきてもうた。兄ちゃん早く帰ってきてやー)
恐ろしいまでに静寂に包まれた空間に、早くも音を上げ始めるはやて。
自分の立てる物音以外は一切といって無い。
これだけで、幾分幼い少女にとって恐怖に成り変るには十分だ。
”無い”ものに恐怖する。
”無い”のに、そこに”在る”ように錯覚してしまう。
ギュッと、服の裾を掴みながらジッと空を眺める。
すると、
「――――っ!!? な、なに」
突然視界が揺れた。次いで耳に入る爆発音。
ビリビリと身体全体を叩く衝撃に、危うく車椅子から転げ落ちそうになってしまう。
「爆……発? どこで――――」
はやては窓の外に意識を向けると、煙が上がっていた。
近い。
上がる煙の量や、先ほどの衝撃と爆発音。それらを踏まえた上で直感的に感じ取った。
嫌な汗が頬を伝う。
あの方面はたしか、自分の兄の通う学校の通り道じゃなかったか。
次の瞬間には、恐怖が喉元まで一気に逆流していく前に、急いでテーブルに置いてあった携帯電話を手にしていた。
強張った指先でボタンを操作し、いち早く着信履歴から目的の人物を探し出す。
『お兄ちゃん』
登録されている表示名を見つけ出し、コールボタンを迷わず押した。
(兄ちゃん……兄ちゃんっ!)
まだかまだかと、規則的なコール音に耳を傾ける。
(なんで……何で出ないの!? おにい――――)
プツッと何かが途切れる音。
「…………ッ」
飛びつく勢いで声を出そうとしたが、寸での所で遮られてしまう。
『おかけになった電話は、電波の届かない所か、電源の入って――――』
機械的な音声が、嫌に響いた。
そっと耳元から離し、画面に目線を動かして見る。
圏外。
まさか、と。はやては自分の目を疑った。
「なん、で……なんでやっ! さっきまで電波あったや――――ひっ!?」
再び爆発音が、部屋中に響き渡った。
今度の爆発は先ほどのより近く、音と振動に耐えかねたはやてはその場で
(……治まった?)
数十秒の間そうしていると、再び沈黙が部屋中に漂い始めた。
恐る恐る頭を上げて再度窓の外を眺める。
「――――えっ?」
思わず声が漏れた。
目を見開いて唖然とする。
彼女の瞳に映っていたのは――――
◇
仮面の男は、手を前に突き出したまま前方を見据えていた。
今し方放った一撃は、真っ直ぐターゲットに突貫していった。
一撃による余波によって、嵐のような煙幕が視界を包み、覆い隠す。
直撃。
撃ち抜いた感触はあった。
それは必然であり、避けようの無い事実だ。
『…………、』
だが、仮面の男の様子からは、そんな事実を事実として肯定できない、そんな雰囲気を醸し出していた。
無言のまま、男は突き出した手を横に払うと、煙は一気に切り裂かれたように拡散して消えていく。
視界はすぐに晴れ、目の前には撃ち落したターゲットが……
『――――チッ』
いなかった。
かわりにあったのは、逃げた本人のものと思われる鞄が落ちていただけだった。
仮面の男はゆっくりと落ちている鞄の元まで歩み寄り、周囲を見渡した。
(逃げられた……やつの反応は)
ピタッと男の視点がある地点に定まる。
どうやら既に、
『距離はおよそ百前後、か……速いな』
感心するように言葉を漏らす。
それもそのはず、この短時間で秋人は仮面の男との距離をこれほどまでに離したのだから。
常人ではとてもじゃないが出来るはずが無い。
やはり彼もまた――――なのか。
『……精々逃げ回るがいいさ。どうせ、お前はこの結界からは出られない。それまでに』
灰空を見上げながら仮面の男は呟く。
『それまでに……終わらせようか。――――
言い終わると共に仮面の男の足元が淡く光り始めた。
それは複雑な紋様を浮かび上がらせながら、男を中心に円形状に広がり始める。
『先ほどはうまく避けたようだが……コレならどうだ?』
男が手を前にかざした直後、同色の円陣が空中に複数出現した。
そこから同じ数の光の球体が、銃口から放たれる弾丸の如く射出されていく。
そして複数の光弾は空へ向けて放たれたのち、吸い寄せられるようにある方角に向かっていった。
『さて――――』
仮面の男は踵を返し、
『”役者”の準備は出来た。後は――――
ダンッ! と仮面の男は力強く踏み込み、その身を躍らせた。
仮面の男に襲撃された位置から、数百メートル程離れた適当な路地裏に八神秋人は居た。
「はぁ、はぁ……」
壁を背に身を預けながら、きょろきょろと眼球だけを動かして周囲を警戒しつつ、荒い息を整える。
「……し、死ぬかと思った。あれは……ホントにマズかった」
視線を右腕に落としながら呟く。
肩口から袖元にかけてばっさり切り裂かれた下には、流血は見られないものの、腫れ上がったように
赤くなった腕が視界に映っていた。
「追ってきて……ないよな?」
痛みは大したほどではなかった。
額に流れる汗を乱暴に拭いながら、秋人はこれからどうするべきか考え始める。
(どうする? フェイトちゃんの時みたいに話し合いで解決――なんて出来っこないし、アイツに立ち向かうなんて、更に無理な話だ)
一般人よりも多少の”特異体質”を有している秋人だが、基本的に彼はその
喧嘩の一つや二つぐらいはしたことはあるが、たったそれだけの一学生に過ぎない。
(っ……そもそもなんで立ち向かおうとしてるんだよ俺っ! そんな考えは捨てろって)
いらない。
今はそんな好戦的な思考は要らない。
それはかえって身を滅ぼす結果になることぐらい、自分自身がよく解ってるだろうに。
(”逃げる”んだよ……まずはどうにかしてこの灰色の世界から抜け出さないと)
まずはどうにかして外との連絡手段を取らないといけない。
そう思った秋人は、足早に奥へと走り始める。
その時だった、
「――――っ!?」
秋人は堪らず息を呑んだ。
彼の視線の先には、
(まてよっ!? いくらなんでも早すぎ――――っ!?)
光の弾がこちらに接近していた。
それが誰によるものだかは言うまでも無い。
「っ!? あぶな……!!」
光弾のうちの一つが一気に加速したかと思うと、秋人の数センチ横を突き抜けていった。
反射的に身体を横にずらして回避する。
(どっから狙いをつけてるんだ? アイツの姿は何処にもないのに)
また一つ、奥のほうから急接近してくる光弾を、
(……冷静に見ていけば避けられる。動きもあの
どうやら一発一発が使い捨てのようだ。
弾道の方も、自分の目が慣れてきたのか、最初から最後まで動きを読み取れるようになってきた。
だが、如何せん数が多い。
お陰で”避ける”ことに夢中になってしまって、肝心の”逃走”が出来ていない状態。
「はぁ……くそ! 弾切れとか無いのかよコレはっ!!」
悪態つきながらも避け続けるが、キリが無い。
これだけのエネルギー弾を一体どのような原理で出力しているのかは不明だが、必ず限界がある――――そんな考えで今までいたが、これ以上はこちらがもたなくなってきた。
主に精神面で、だ。
槍のように降り注ぐ光弾を一つ一つ避けるのに多少なりと集中力が必要なのだ。
加えてこの”圧迫感”。それらが小さなストレスを生み、身体を蝕んでいく。
(早く逃げないと……アイツに追いつかれたらマズイ。どうにかし……て?)
方膝をついて避け、面を上げた際にあるものが視界に映った。
雑居ビルの三階辺りに丁度よく開いた窓があったのを。
(いけるか? いや、いくしか――――!)
クラウチングスタートの要領で姿勢を固定させる。
両サイドからこちらに迫り来る光弾。
ある程度こちらに引き寄せ、そして――――
「ふっ!」
力の限り大きく踏み込んだ。
短く息を吐いて一気に加速させると共に、背後から何かが小爆発したような音が聞こえた。
だが秋人は気にせずに前へ前へと突き進む。
目の前に壁が迫る。
このまま行けば間違いなく正面衝突だが、勿論そんな馬鹿なことはしない。
壁に触れる手前で秋人は行動に出る。
――――跳んだ。
タンッと軽やかなステップを踏みながら秋人は文字通り、
「よっ! っと!!」
壁に片足がつくと、すぐに重力に従って下に滑り始める。
至極当然の結果だが、秋人はそこでもう一手――――いや、
(意外と、いける、んだなっ!)
片足が落ちる前にもう片方を前に出す。
僅かに笑みを零しながら一歩、また一歩と、まるで忍者の如く壁を駆け抜けていく。
そして難なく三階に位置する窓に手を掛け、秋人はぐっ、と腕に力を込めて壁を蹴り、建物内にその身を投げ入れた。
「っ! ……勢いが強すぎた」
勢いを殺しきれずに侵入してしまったため、二、三と転がってしまった。
その際に刺すような痛みが右腕に走るが、そちらを気にかけている場合ではない。
すぐさま秋人は飛び込んできた窓辺に意識を向ける。
まだ気を抜いてはいけない。
「…………、」
意識を窓辺に集中させる。
いつでも避けられるように、いつでも対応できるように、と。
(――――きたっ!)
後を追う形で光弾の一つが秋人目掛けて直進してきた。
先ほどと何ら変わらない光弾。
秋人は迫り来る光弾に対し、身体を横にずらすことで対応――――
「――――なっ!?」
出来なかった。
いや、本来ならば”出来た”のだが、”出来なかった”。
轟音が耳を貫く。
音の正体はすぐに理解する。
だが、それに対応するには些か時間が足りなかった。
「が、あああああ!」
砲撃。
目の前に迫り寄った光弾はブラフだったのだ。
真横から放たれた一撃は、秋人のわき腹を掠める形で役目を終えて消えていく。
砲撃により室内全てが瓦礫の山と成り果て、秋人はわき腹からの激痛に身を悶えていた。
『まったく……』
破壊音と共に機械調の音声が入り混じる。
秋人は苦痛の表情を浮かべながら、声のする方へと視線を投げかけた。
『私は”
「お、お前……」
仮面の男。
彼は悠然と破壊された場所から姿を現した。
どうやら先ほどの弾幕に手こずっている内に追いつかれてしまったようだ。
秋人はギリッと唇を噛みながらゆっくりと起き上がる。
『ふむ。掠めたとはいえ、普通の人間ならば気絶していてもおかしくはないんだが』
「げほっ! ぐっ」
言いながら仮面の男はゆっくりと秋人に近づいてくる。
『まぁいい。このまま――――っ!?』
俯く秋人の目の前まで足を運んできた所で仮面の男が驚きを露わにする。
なぜなら、
「う、うおおおお!!」
雄叫びを上げながら秋人は突然立ち上がるとともに、仮面の男の肩を掴んだからだ。
そのまま勢いで押し倒し、仮面の男に馬乗りになってその動きを封じようとする。
『くっ! ……なめるなっ!』
「がっ!!?」
しかし、不意打ちは失敗に終わった。
仮面の男を中心に奇怪な紋様が浮かび上がると共に、秋人の身体が後方に吹き飛ばされる。
蹴られたボールのように転がり飛ばされ、室内の端の壁に叩きつけられた。
「げほっ、ごほ!!」
肺の中の空気が強制的に吐き出される。
(なん、だ? 今の)
涙目になりながらも秋人は前を見据えた。
視線の先には見たことの無い円陣が宙に浮かび、仮面の男を中心に展開されていた。
それは先ほど見た”砲撃”や”光弾”と酷似している。まさかこの状態で追い討ちをかけるつもりでいるのか。
自身の身の危険を感じつつ、来るであろう一撃に力なく身構える。
だが、攻撃は行なわれなかった。変わりに奇妙な陣が一層光り輝く。
そこから現れたのは、
「……ん」
「っ! は、はやて!!?」
ありえない、どうして?
思考はそんな考えに支配される。
そして体中の痛みを無視して、吸い込まれるように妹である彼女の元へ歩み寄ろうと――――
『焦るな』
「ぐっ!? お前――――」
数メートルも無い距離。
たったそれだけの距離なのに、秋人はたどり着けない。
光の輪。
彼の行く手を阻むのはまたしてもそれだった。
しかし今度のは腕輪のような小さな物ではなく、身体を完全に縛り付ける大型のもの。
胴体と一緒に両腕を束縛され、尚且つ空間に固定されたように光の輪は動かない。
光の輪に全身が圧迫され、右腕とわき腹に激痛が走る。
仮面の男はフッと声を漏らすと、気を失っているはやてを抱え込んだ。
「くそっ! お前はやてに何をしたっ!!」
『何もしてやいないさ。ただ眠っているだけだコイツは』
「ぐっ、この!」
苦悶の表情を浮かべながら、必死に歩み寄ろうとするが届かない。
男は目の前で四苦八苦している秋人を鼻で笑いながら、破壊された壁の方へと歩みを進める。
「なにを……」
『ここから――――』
仮面の男は呟く。
『ここからコイツを手放したら……どうなるかな?』
男は今もなお眠り続けるはやての首根っこを掴みあげると、壁の外に宙吊りにさせた。
それを意味するのは……
「――――おい、クソヤロウ」
ザワッと、八神秋人の醸し出す雰囲気が一変する。
『なんだ?』
「……それ以上やってみろ。お前をぶっ飛ばすぞ」
どこまでも冷徹に、彼は答えた。身体中を走る痛みなど関係ない。
『その状態でか? 出来るものなら――――』
「……
バキンッ! と甲高い音を立てて何かが砕ける。
細かい粒子が飛び散ると共に、秋人を縛り付けていた光の輪が消え去った。
仮面の男は僅かに後退し、驚きを露わにする。
『――――ほう?』
「俺は
言い聞かせるように、一歩踏み出す。
だから――――
「はやてを――――返せっ!!」
自分達を覆う灰一色の世界。
そんな異世界の一角を少年の咆哮と轟音が炸裂する――――!!