彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第十九話

 ――――人は醜くて、残酷だ。

 

 争い、奪い、殺し合う。

 それらは歴史を積み重ねていくと同時に、罪をつくり上げていくものだ。

 

 善悪の基準となるのは、その人間の価値観によるもの。

 

 奪われた。殺された。

 それらは『された』側からすれば、”悪”として成り立つ。 

 

 奪うしかなかった。殺すしかなかった。

 それらは『する』側からすれば、”善”として成り立つ。

 

 はたして両者に違いはあるのだろうか。

 善と悪。この二つはコインの表と裏のようなものだ。

 投げる前の時点では二つは平等なものとして扱われる。

 しかし、そこに”意思”が付け加えられた場合、二つの価値は同等のままでいられるのか。

 

 ”善”を振るう裏には”悪意”があり、”悪”を振るう裏には”善意”がある。

 意思が介入するだけで、二つの価値は変化する。変化してしまうのだ。

 

 それ故に恐ろしい。

 人間とはかくも恐ろしく、残酷な生き物なのだ。

 

 そしてその人間に創られた道具(わたしたち)も同じように――――

 

 

 

 

 

 目を背けたい。これが現実であって欲しくない。

 全てが夢であって欲しい。

 

「は、はっ……くぅ」

 

 疲労とそれに伴う痛みによって顔を顰めた。

 瞳からは大量の雫が零れ落ち、額からは大量の汗が流れ落ちる。

 

 男が宣言してから、約三メートルの距離を縮めることに成功した。

 体力はとうの昔に限界を超えている。元々病弱な身体、此処まで動くことができただけでも上出来だった。

 

『さぁ、そろそろ時間だな』

「っ!? やっ、待っ――――」

 

 けれど、まだ『終わって』いない。

 

「が、ああぁぁぁアア!!」

 

 電流と絶叫が、男の言葉と共に吐き出された。

 はやては眼前の地獄に対して、もはや泣くことと目を背けることしかなかった。

 

 ――――見たく無い。こんなのはあんまりだ。

 

 男が提示した一分経過=三秒の放流音が耳にこびりつく。

 

「っ!!! ……ぜぇ、はぁ……」

『意外に耐えるな貴様も』

 

 永遠とも感じられる三秒間が終わり、再び一分間の猶予が与えられた。

 男はあれから一歩もその場を動いてはいない。

 

『ゲーム開始から既に十分――――お前を助けようとしているあの小娘も未だ半分も進んでいない。何時まで耐えることが出来るかな?』

 

 そう、あれから既に十分が経過した。

 すなわち十回……計三十秒の電流を流された計算になる。

 

 秋人の身体は既に全体が痺れて動くことが出来なかった。

 こんな状態では、異能力をうまく使うことも出来やしない。

 今出来ることと言えば、か細い意識を保つことぐらいしか思いつかなかった。

 

「が、はっ……はや、て」

「に、兄ちゃぁん。お願いや! 死なんといてっ!!」

 

 はやてはぐちゃぐちゃに顔を濡らしながらこちらに向かってきている。

 辛いだろうに、と秋人は苦笑を浮かべながら彼女を見据えていた。

 

『…………、』

 

 その横で同じように男もはやてを眺めていた。

 秋人にはその真理が解らない。

 

 そもそも目の前の男の目的が見えてこないのだ。

 自分たちを襲う理由――――例えば『殺す』事が目的だったとしたら、最初から不意打ちなりして幾らでも殺せただろう。それが無いとなるとその線は限りなく低い。痛めつけられてはいるのだが。

 

(ダメだ。頭がボーっとして考えられねぇ……)

 

 本来なら気絶、悪ければ心臓が止まるほどの電流を浴びている。

 それを耐え切って見せているのが、他でもない自身に宿る異能力のお陰だ。

 

 けれど、それも何時まで持つかは分からない。 

 そうなると男の言う通り時間との勝負になるわけだが、この条件も信じがたいものだ。

 所詮は口約束でしかないし、仮にはやてがこちらにたどり着いたとしても白紙に返される可能性が圧倒的に高かった。

 その時に自分がどう行動できるかによって、はやての運命が変わる。

 だからその”もし”もの時までに動けるようにしないといけない。

 決意を固め秋人はもう一度、男の方へと視線を移した。

 

(……はっ?)

 

 そして秋人は信じられないものを見てしまう。

 半分砕けた仮面から覗く男の口角がつりあがっていたのだ。

 つまりは、

 

『――――条件は整った』

 

 男が呟いた。

 それはまるで悪戯に成功した子供のような、無邪気ともとれる笑みを浮かべながら。 

 とてつもなく嫌な予感がした。第六感がうるさく警報を鳴らしている。

 

「はやて……逃げ、ろっ! にげ、くれ……っ!!」

 

 掠れた声ではやてに逃げるように言い放つ。

 けれど、その一言は彼女には届かなかった。舌が痺れてうまく言葉に出来なかったのもあるし、距離の問題もあった。

 彼女は今も必死にこちらに向かってきている。止められない。

 

切欠(トリガー)は”悲しみ”、”絶望”。大切な人を失うかもしれない悲しみ。自分の無力を嘆く絶望。それらを内包したその時こそが目覚めとなる』

 

 仰々しく両手を広げて男は告げる。

 砕いた片腕はいつの間にか治っていた。

 

『さぁ、求めろ。求めるんだ!』

「っ!」

 

 はやての目先に小さな魔方陣が浮かび上がった。

 それで漸く彼女も異変に気がついたようで、涙で濡れた顔を持ち上げる。

 

 八神秋人、八神はやて、そして仮面の男。

 それぞれの視線は小さな魔方陣へと収束する。 

 

「あれ、は……!」

 

 最初に声を上げたのは秋人だった。

 どうやらあの魔方陣は”何か”を呼び出す役割を持っていたようだ。

 陣の中央から浮かび上がるように姿を現す”何か”。

 それは彼のよく知る物だった――――

 

 

 

 

『マスター。止まってください』

 

 自宅から駆け足気味に進むこと約十五分が経過した。

 相棒の呼びかけによって彼女――高町なのははその場で歩みを止める。

 

「はぁ、はぁ……ここだね。レイジングハート」

 

 首元から紅い宝石を手に取って確認する。

 レイジングハートはチカチカと自身を明滅させて肯定すると、なのはは頷いて前を見据える。

 透明な薄い膜のようなものが彼女の目には映っていた。

 それは一帯を覆うドーム状に張り巡らされていて、何者の侵入を拒む壁の役割を果たしている。

 

 なのはは軽くその膜に触れた。

 水面に石を落とした時のような波紋が広がるが、それ以上は何かに反発されて踏み込むことが出来ない。

 これは所謂『結界』と呼ばれる代物で、術者が指定した対象意外を排斥させることの出来るものだ。

 

「解析できそう?」

『お任せを』

 

 相棒の頼もしい一言に思わず頬を緩めた。

 一先ず解析その他は彼女に任せるとして、なのはは周囲を軽く探索する。

 

(けっこう大きい結界……一体誰が何の目的で?)

 

 町一つを覆うほどの結界。

 しかもそれぞれの縫い目は完璧に固められていて、術者の技量が見て取れる。

 ここまで完全に密閉されていると、解析は容易ではないはずだ。

 だからこそ、一つの疑問が生じてくる。

 

(何で魔力が漏れたんだろう(、、、、、、、、、、)? 結界については詳しく知らないけど、こんなに固く作られたものならそう簡単に漏れたりしないはずなのに……)

 

 レイジングハートは確かに優秀だが、それでもこの結界を見る限りでは簡単に探知されない構造を持ち得ていた。

 なのはは練習中のマルチタスクを用いて思考を二分割。今分かる情報を簡単にまとめてみる。

 

 候補としては、『誘導』か『戦闘』。

 誰かをこの場所に招き入れるために意図的に”見せた”可能性と、今まさに結界内で戦闘中の可能性の二つだ。

 魔力を足に込めて近くの屋根に飛び移る。

 

(外からの痕跡は……無い。だとすると今も中で戦ってる?)

 

 解析経過を聞く限りでは外からの干渉はないようだ。

 なのははレイジングハートを手元に運んで覗き込む。

 

『――――準備はできています。いつでもどうぞ』

 

 まるで彼女のこれから言う言葉が分かっているかのような一言だった。

 一瞬キョトンとした彼女であったが、すぐにそれは満面の笑みに移り変わる。

 

「――――うんっ! さっすがわたしの相棒だね。じゃあ行こうレイジングハート!!」

『了解、セットアップ』

 

 紅い宝石が光り輝く。

 紅玉はすぐに細かい光の粒子に変換させる。

 なのはは手を前に出してその光に触れた直後、光は横一閃に伸びて形を織り成した。 

 その身は杖。

 

「ブレイク――――」 

 

 言葉と共に杖の尖端を結界前に突き出す。

 そして、

 

「――――シュート!」

 

 旋風を放つ。

 生み出された暴風の渦はただの風ではない、魔力が上乗せされた特別製の魔風の一撃。

 強烈な螺旋を描いて結界に直撃すると、捻りこむように結界に突き刺さり呆気なくその一部が砕け散る。

 上出来だ、と内心で高評価を下した高町なのはは、結界内へと降り立った。

 

『北西約三キロ先に魔力反応が複数検出、交戦中と思われます。防護服(バリアジャケット)を展開』

 

 レイジングハートの言葉と同時に高町なのはの服装が白を基調としたものに変化する。

 これも彼女の扱う『魔法』の一つで、物理衝撃などを軽減、あるいは防ぐことの出来るものだ。

 

「――――飛ぶよ」

 

 呟きと共に高町なのはの両足に桃色の羽が生み出される。

 タンッ! と地を蹴って空中に身を投げ、そして彼女は鳥のように羽ばたいた。

 

 目的地は言われるまでもなく目視で確認できる。

 三キロ先――――恐らくこの結界の中央に位置するその場所で、幾つもの光が瞬いていた。

 

 

 

 

 

 世界が歪んでいく。

 この目に映る”世界”が急速に色褪せていく。

 暗く、深く、鈍く――――冷たい暗闇が身を包み始める。

 

 ――――力が欲しい。

 

 思考のベクトルがこの一点に行き着く。

 それが誘導されたものなのか否か、もはや判断できないほどに沈んでいた。

 

 ――――求めろ。求めるんだ。

 

 誰かが自分にそう言った。

 それが誰だったのか……分からない。

 

 ノイズがひどい。

 ひどく混濁した思考の海に身を泳がせていくと、唐突に声が響き渡る。

 

『――――いいの?』

 

 それはこのノイズだらけの世界の中でとてもクリアに聞こえた。それはもう鮮明に。

 その声を聞いている限りでは周りのノイズが止んだのだ。必然的に耳を傾けてしまうのも無理はない。

 女性の声色で奏でられた一言は、こちらに対して何かを確認するような口ぶりだった。

 

 ――何を?

 

 ここは思考の海。言葉を直接紡ぎ出す必要はない。故に彼女は思考の中で訊ねる。

 

『今ならまだ戻れる。戻してあげることが出来る。けれどそれ以上進もうとするなら――』

 

 あなたの運命(みち)は一つに縛られる。

 声の主は確かにそう言った。

 

 ――でも、わたしは力が欲しいっ!

 

 力いっぱいに彼女は訴えかけた。

 もう弱い自分ではいたくない。助けられているばかりの自分は嫌だ。

 あらゆる意味を含ませて彼女は声の主に告げていた。

 

『…………、』

 

 押し黙る。

 彼女の訴えかけ、そして真意はこの空間ではダイレクトに伝わるのだ。 

 これが嘘偽り無いものだと、それが”善意”で求めていることを。

 だからこそ声の主はもう一度言葉を紡ぐ。

 

『そこまで本気なら……うん、私は止めない。だけどこれだけは心の中に留めておいて』

 

 直後に、目の前に一冊の本が現れる。

 それは自分のよく知る――今まで読むことが叶わなかった、”鎖の本”だった。

 

『あなたの求める”力”は、誰かを”助ける力”じゃない』

 

 直接響く声を余所に、彼女は鎖の本に手を伸ばす。

 

『選択は間違えないこと。あなたの振るう”善意”は、同時に誰かを悲しませる”悪意”になることを、絶対に忘れないで』

 

 そして彼女――八神はやては本に触れた途端に鎖は千切れ、弾け跳んだ。

 バキンッ! と金属を叩く音が耳元で騒ぎ立てる。

 

『はぁ~……まったくもぉ、せっかく色々と忠告したのに躊躇わないなぁ』

 

 ――えっ?

 

 近くで声がした。

 今まで遠巻きに聞こえていたその声は、いつの間にやら自分のすぐ横にあった。

 思わず鎖の本から意識を外してしまう。

 外した視線の先には、一人の女性が立っていた。

 

『やっぱりあの人の子供なんだね。頑固なのもホント一緒だ』

「誰、ですか――――っ!?」

 

 ビクッと体が小さく跳ねる。目の前の女性に両手で頬を掴まれていた。

 そして女性はどこか懐かしむような、柔和な眼差しを向けていた。

 

『あらら、覚えてないかぁ。まぁ無理もないよね。だって――――』

 

 ザザッ! とはやての視界にノイズが走り始めた。

 

『――――? だ――子は――――気?』

 

 一度ノイズが走ると、あとは連鎖的に広がっていく。

 視界も、音も、感覚全てに靄がかかる。

 目の前の女性が自分に何を言っているのか。何を伝えたいのかもう解らない。

 視界が――闇に染まっていく。

 

「――――っ!」

 

 身体が引きずり込まれ始めた。

 底なし沼のようにズルズルとその身を沈ませていく。

 そんな中、はやては必死に手を前に出した。

 

 ――――もっとお話したかったけど……はい、忘れ物だよ。

 

 声がした。

 その声色から先ほどの女性のものだと理解すると、指先に何かが触れる。

 手にしたのは鎖の無い、本来の姿(カタチ)をした”金十字の本”。

 

 八神はやての意識は闇に包まれた――――

 

 

 

 魔方陣から姿を現したのは一冊の本。

 その予想外の登場に八神秋人は驚きを露わにする。

 

「……何であの本が!!」

 

 あの本が出現すると共に、はやては顔を俯かせて動かなくなっていた。

 そちらも気にかかるが、それ以前になぜこの男が本の存在を知っていたのか。

 

『不思議がる事もないだろう。元々の目的は”アレ”なのだから』

 

 パチン、と指を鳴らすと拘束していた光の輪が全て消え去り、支えを失った秋人は地面に転がり落ちた。

 

「ぐっ……お前っ!」

『今は貴様に構っている暇は無い』

 

 思わぬ形で拘束を逃れたが、未だ痺れが残っているためか身体をうまく動かすことが出来ない。

 男の方も計算済みで解放したようだ。彼がそのままこちらを振り返ることなく歩き出した。

 

「…………、」 

 

 男が徐々に近づく最中、はやては未だ身動ぎ一つしない。

 表情は髪がかかって窺うことは出来ないが、様子がおかしいことは確かだ。

 今すぐ駆け寄って無事を確認したい。

 

 しかし、心とは裏腹に身体は思うように動いてはくれなかった。

 

(はやて……しっかりしてくれよ!)

 

 男は構っている暇は無いと言った。

 それはつまり自分達が”用済み”だということ。

 男はあの本を使って何をしようとしているのかは不明だが、刻一刻と状況は悪い方向へと向かっているようだ。

 

(動け……動けよ俺の体っ! 今動けなくて何時動くんだよ)

 

 願う。こうなりたい、こうでありたいと強く願い込める。

 身体中の痺れがそれだけで薄れていくのを感じた。

 

(よし、辛いけどまだ力は使える……あと少し、もうすこ――――) 

 

 ふと、何気なく彼は前を向いた。

 そして大きく目を見開く。信じられない光景が繰り広げられていた。

 

「…………、」

 

 目の前の現象に対し、仮面の男は歩みを止めて警戒態勢に入っていた。

 その手にはトランプのようなカードを持ち、半分砕けた仮面から覗く表情はいつになく真剣なものだ。

 そんな敵視を向けられているのは、妹である八神はやてだった。

 俯いていた顔は上げられ、現れる瞳はどこか無機質なものを漂わせている。

 そして何よりも驚くべきことがそこにはあった。それは、

 

「はやて……お前、立ち上がって(、、、、、、)っ!」

 

 あまりの衝撃的な事実に秋人は呆然と、唖然と眺めるしか出来なかった。

 あの八神はやてが自分の足で地に立っていた、という事実に。

 

 それは彼女にとっても八神秋人にとっても喜ばしいことだった。

 彼女の両足が不随になってから数年が経つ。その間に幾つもの検査や治療――一つ一つ数えるには鬱陶しいほどに回数を重ねてきたが、それでも原因一つ解ることの無かった不治の病。

 

 もはや治療に関しては絶望を覚えていた。

 それがこんな形で、こんなにも容易く砕かれてしまった。

 

 嬉しい。良かった。これで彼女もより一層、笑顔で過ごすことが出来るだろう。

 そんな気持ちが刹那に頭に過ぎる。本来ならば声を大にして喜ぶべき瞬間だ。

 

 けれど、けれども現実はそれを否定する。

 男の件もそうだが、それ以前に最初に抱いた感情が全てを破綻させていた。

 

 ――恐怖。

 

 全身が寒気に襲われたのだ。彼女――八神はやてを視た瞬間に。

 突出した変化は彼女には見られない。自分の足で立っていることを除けば何一つ変わらない。

 だのに、秋人は彼女に恐怖を覚えた。

 

「――この手に」

 

 どこまでも平坦な声を発しながら八神はやては右手を前に伸ばす。

 すると鎖の本がはやての下に呼び戻されていく。まるで意志があるかのように。

 

『……目覚めたか。なら、今っ!』

 

 本がはやてのもとに行くと同時に、仮面の男も動き始めた。

 マズイ、と秋人は一足早く痺れの取れた両足に力を込めて立ち上がるが、反応の遅れたために間に合わない。

 仮面の男と八神はやての視線が早くも接触した。

 

『ぐっ!』

 

 男が苦悶の声を上げた。

 視線は互いに交差するが、一向に二人は相容れない。

 なぜならば、

 

「我に牙を剥く愚者に束縛の鉄枷を」

 

 男の足元には見たこともない三角形の魔方陣が浮かび上がっていた。

 そこから幾つも伸びる緑色の鎖が、男の両手足、首下に縛り付けられていた。

 

「はや、て?」

『……っ! スティンガー!!』

 

 男は身体を縛られながらも一発の光矢を放つ。

 細く、鋭く放たれた一撃は、八神秋人の時とは段違いの速度と威力を込められていた。

 迫り来る光矢に対し、八神はやては一歩も引かない。

 それどころかその場を一歩も動かずに、

 

「鋼の盾を。如何なる進撃を防ぎ通す守護の楯燐(じゅんりん)を」

 

 防いだ。

 はやての周りを囲うように魔方陣が出現し、現れたのは鋼の軛。

 銀色に輝く鋼のそれは、茨の如く乱れ刺して一閃を凪ぐ。

 

『チッ! くらえ』

 

 男は鎖を砕きつつ更なる追撃を試みた。

 一瞬にして三十もの光矢を生成し、すぐさま乱れ撃つ。

 しかしながら一発として彼女の下には届かずに散っていく。

 

『この小娘がっ!』

「おいで」

 

 怒り放つ男を余所に、冷徹な表情のままはやては呟く。

 その手には鎖の本が今にもはち切れんとばかりに膨らんでいた。

 何かが変わる。何かが圧倒的に変わってしまう。

 

「我が剣となり、盾となれ。血塗られた四英の騎士達をっ!」

 

 声高らかに唱えるはやての瞳は血のように紅く輝いていた。

 止めようにも、何をするにしてももはや後の祭り。

 

『――――認証完了』

   

 鎖が甲高い音を立てて弾け跳び、本の隙間から闇が零れ落ちた。

 暴風と共にバラバラとページが捲れていき、六百六十六項を開き終える。

 

『剣の騎士、鉄槌の騎士、湖の騎士、盾の守護獣――――及び闇の書を起動します』

 

 機械調の音声が強烈な輝きと共に放たれる。

 本――闇の書と呼ばれた一冊を中心に四つの闇が展開された。 

 八神はやてを囲うように四方に展開されたそれらは、黒い泡のように膨らみ始めてすぐに弾ける。

 闇から姿を現すのは四人の騎士。

 それぞれがバイザーに覆い隠されて素顔を拝むことが出来ないが、そこから漏れる”威厳”が彼女達を歴戦の騎士であることを表していた。

 

「闇の書の起動確認しました」

 

 ポニーテールの女性が剣を携えて告げる。

 

「我ら闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士にございます」

 

 金髪の女性が続くように告げ、

 

「夜天の主に集いし雲」

 

 拳を携えた、屈強な男が続き、

 

「ヴォルケンリッター――――なんなりとご命令を」

 

 その中で一番小柄な女の子とも呼べる人間で言葉をしめる。

 その手には鉄槌を携えて。

 

 

 今、開かれた混沌の扉。

 光は全てを閉ざし、新たに目覚めるのは闇の片鱗。

 

 ――――運命(みち)は一つに縛られた――――

 

 

 

 

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