結局、あの場では良い案を思いつくことが出来ずに一日が過ぎてしまった。
部屋のカーテンから漏れる朝日によって浅い眠りから醒める。
「――――朝、か」
眠りが浅かったせいかうまく頭が回らない。
クライドは欠伸を堪えることなく大口を開けながらベットから上体を起こす。
時計を確認してみると、デジタル表示にはピッタリ『七』を表示していた。普段の起床時間より二時間ほど遅い起床だ。なのにこんなにも眠気が襲い掛かってくるのは間違いなく昨日の出来事が原因だろうな、と考えつつベットから出ようとした所で、何かにぶつかった。
「……すぅ」
毛布に包まった状態で小さな寝息を立てる男の子がいた。
そういえば昨夜は一緒に寝たっけ、と思い出しながらその男の子の髪を撫でる。
「ん……んぅ?」
「おっとごめん。起こしちゃったな」
バッと急いで手を退けるが時既に遅し。薄目を開けながら男の子は起き上がってしまった。
「……おはよー。お父さん」
「あぁ、おはようクロノ」
目を擦りながらクロノと呼ばれた男の子は、クライドのお腹辺りに抱きつき始めた。
そして嬉しそうに顔を埋めている。どうやら久々に一緒に寝ることが出来て嬉しかったようだ。
クライドもまたクロノと同じ気持ちでいた。近頃は任務やら雑務やらと碌に家に帰っていなかったためかなお更に。
「俺はもう起きるけど、クロノはまだ寝てるか?」
自分のせいで我が子を起こしてしまったので、そう問いかける。クロノは彼の言葉に一瞬首を傾げてが、その後に首を横に振って「起きる」と言った。
「そっか。じゃあ起きてママのところに行こうか」
「うんっ! いくー!!」
ガバッと起き上がったクロノは、クライドの背中に飛びつく。どうやらそのまま背負っていけという意思表示だろう。やれやれとクライドはクロノを背負って部屋を後にした。
寝室を出て一階に降りる。
(ん……何か騒がしいな)
なにやらリビングの方が騒がしい。というより、誰か来客いるようだった。
こんな朝早くから珍しいな、と特に気にすることなくクライドはクロノを背負ったままそちらに向かうことにした。
「ん~~っ!! リンディの手料理はやっぱり美味しいなぁ。おかわりっ!!」
「はいはい。相変わらずよく食べるわねあなた」
「いやーそれほどでもあるよ? なんちゃって! ほら、あっくんもいっぱい食べなって」
「……うん」
目の前に広がってた光景に呆気にとられてしまった。それもそのはず、目覚めて起きてみれば妻であるリンディがその親友であるハルカと一緒に卓を囲っていたのだ。呆気にとられてしまうのも無理もない。というより、
「――――なぜいるんだお前は。それでなんで家で飯を食べてる!?」
「ああっ! おねーちゃんとおにいちゃんだぁ!!」
「ふぁ? クライド君とクロくんだ。おはよー! 先にご飯食べてるよ」
声を上げながら目の前の惨状にツッコミを入れている矢先に、クロノは背中から飛び降りてハルカ達の方へと走っていく。というか、誰も自分のツッコミに反応してくれない。
「あら、おはようあなた。休日なのに早いのね」
「あ、あぁ。おはようリンディ……なんでハルカ達がうちにいるんだ?」
再び訊ねる。その間にも同僚にクロノを追加させた面子は箸を休めることなく黙々と朝食を胃袋に運んでいる。遠慮というものがこいつらにはないのだろうか。
「いいのよ別に。私がハルカ達を呼んだんだから」
「リンディが?」
頷いて肯定すると、そこへハルカが二人の会話に入り込んできた。
「そそ、今日は一緒に出かけようと前々から約束しててねー」
「おねーさん。どこに行くの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたクロくんっ!……それはねぇ」
含み笑いをしながらハルカはサッとある物を取り出す。それを見たクロノは途端に目を輝かせ始めた。
「ずばりっ! 『遊園地』のチケットでーーす!!」
「やったー!!」
共にはしゃぐ三歳児と二十代の女性の姿がそこにはあった。年の差を除けば彼女達に違いはあるのだろうか。などとくだらない事を考えながら、クライドはハルカの後ろで朝食を黙々と食べ続けている男の子の元に向かう。
「――やぁ、ひさしぶりだね
クライドが声をかけると秋人は食べながら小さく頷く。するとそこへクロノがドタバタと秋人の下に走ってくる。
「ね、ねっ! おにいちゃん。おねーさんから『ぱんふれっと』もらったからいっしょにみようよ」
「こら、クロノ。ご飯たべてからにしなさい」
「えぇーー……」
ハルカから貰ったであろう遊園地のパンフレットを握り締めて、クロノはリンディの注意に渋々従う。それを見た秋人は、
「……クロノ。はやくごはんたべないとおいてかれちゃうよ?」
クロノにそう告げると、秋人の言葉に目を見開いて驚き、急いで彼の隣に座った。恐らく早く朝食を持って来いということだろう。その意図を汲み取ったリンディは笑みを浮かべながら準備を進め始める。
「ふむふむ、みんな喜んでくれて何よりだね! さてと私もご飯ご飯ー――――」
「ちょっとハルカはこっちに来てくれ。リンディ、ちょっとハルカを借りるよ」
「え、えぇ……わかったわ?」
「え? あっ、ちょっとクライド君!?」
一先ず子供達をリンディに任せて、クライドは彼女の手を引いてリビングから連れ出す。途中でハルカが「私のごはんがぁ!」などと口走っていたがもちろん無視。手を引いて連れ出した先は、隣の一室。ハルカをそこに招き入れて部屋のドアを閉めた。
「急に二人っきりにしてどうした――――はっ!? もしや私にあんなことやこんなことをする気なの!? ま、待って幾らなんでも急すぎで心の準備が……」
「お前は何を言ってるんだ……俺はちょっと聞きたいことがあって連れ出したんだ」
「うん? 聞きたいこと??」
小首を傾げながらハルカは訊ねる。
「昨日、先生……グレアム提督と話をしたんだ」
「…………、」
クライドが話を始めると、先ほどまで笑顔だった彼女の顔から笑みが消える。その変化に一瞬圧されるクライドだったが、意を決して再び口を開く。
「そこで聞かされたのは君の身体の異常についてだった。闇の書の主である君が起動してから一度も『蒐集』活動をしないせいで、その書に徐々に侵されていることを」
「……そっか」
くるっと回ってクライドを背に窓の方へ歩き出す。
「もう……黙っておいてって言ってたのになぁ。でも、うん……ばれちゃったのは仕方ないね。リンディは知ってるの?」
「いや、まだ知らない」
話を聞かされたのは昨夜だし、それ以前に彼女がハルカの異常に気がついているのなら何かしらアクションを起こすはず。
だが、問題はそこではない。クライドはハルカの目の前まで足を運んで彼女の両肩を掴む。
「何で今まで黙ってたんだよ! それならそうと早く言ってくれればよかったのに……っ!」
「……クライド」
自分が情けなかった。何年も共にしてきた仲間の異常に気がついてやれないことに。悔しそうに歯を食いしばりながらしばらくそうしていると、不意に手に温かい感触が伝わってきた。
「……ごめんね、今まで黙ってて。でもこれは私自身の問題だからみんなを巻き込むのもどうなのかなって思っててさ。心配させちゃうし」
ハルカはクライドの手にそっと触れる。そこでクライドはある疑問を覚えた。その違和感を確かめるべく、彼はハルカの触れていた手を握った。
ビクッと小さく驚くハルカだったが、すぐに乾いた笑みを浮かべ始めた。
「……あはは、その様子だとばれちゃったかな? 流石クライド君だね」
「お前っ! まさか『握力』も!?」
「うん、そうだよ。今も
グレアム提督から聞いた話では『視力』だけが奪われつつあるとばかり思っていたが、それは違った。今も触れている彼女の手からは一切の『力』が感じ取れない。握っているというより、文字通り触れていると表現した方が正しい。
「こんな状態で今までどうやって生活してきたんだ? それにこの前も普通に任務に出てたじゃないか!」
「それは……私の『
すると彼女の身体が薄らと光を纏う。『魔力』とは異なる、もう一つの『異能力』。
その片鱗である光はやがて、彼女の手元に収束されていく。次の瞬間にはクライドの顔が驚愕の色に染まっていた。
「……どう? 少しはマシになったと思うけど」
確かめるような口調と共に、彼女の手はクライドの手を
「これ、は……? 一体――――」
「これのお陰で私は今まで通りにやってこれたんだよ。『視力』も同じで
凄い。その一言に尽きる出来事が目の前に繰り広げられていた。彼女が『
「魔法は『結界』を張るので精一杯なのが現状かな。多分、身体の機能と一緒に
「大丈夫なのか?」
無意識にそんな言葉が漏れてしまった。大丈夫じゃない。そんなことは解ってる筈なのに、もう少し気の利いた言葉を言えたはずだろう、とクライドは嘆く。
ハルカはハルカでぽかん、と呆けた表情を晒してしまっていた。
「……ぷっ、あははは!! クライド君ってば、心配しすぎだよ」
「ばっ! 俺は本気で心配して────っ!?」
トン、と胸のあたりに小さな重みがのしかかる。下を見て確認してみると、ハルカが頭をこちらの胸に預けている姿を捉えた。
突然寄りかかって来た彼女に押され、一瞬よろけそうになるがグッと耐えてその場に立ち止まる。
「──ハルカ?」
「…………、」
名前を呼ぶが反応がない。どうしたのかとしばらくそのままでいると、彼女の身体が僅かに震え始めた。
「まさか具合でも悪いのか?」
「ううん、違う。違うけど、ちょっとだけこのままでいさせて欲しいかな……ダメ?」
顔を上げることなくハルカはクライドに訊ねる。そこでクライドはなんとなく彼女がどういう状態になっているのかを察した。「あぁ」と一言返してそのまま自分の胸を貸す。
「──っ、」
鼻をすする音とともに小さく嗚咽が漏れる。ただひたすらに彼女が落ち着くまで、クライドは瞳を閉じてその時を待つ。
しかしこんな所をリンディに見られたらマズい気がする。色々な意味で。
(まぁ、いいだろう……その時はその時だ)
数少ない、何時も笑顔な彼女が見せた弱音。痛いだろうし、苦しいんだろう。それの解決策は目の前にあるのに、自分達の手の届かない位置にあるのが本当に悔やまれる。
「ん――――ありがと、もう大丈夫」
「いいのか?」
うん、と小さく頷いて離れる。改めて彼女の顔を見てみると、目元が少しだけ赤く腫れ上がっているのが見て取れた。
「そ、そんなにじろじろと見ないで。恥ずかしいよ……」
「う、わ、悪い!!」
視線に気がついたハルカが両手で顔を覆うように隠す。クライドはクライドで逃げるように首を横に動かして視線をずらしていた。
(……マズイ。なんかよくわからないが凄い気まずい)
沈黙が場を支配する。何時もの調子ではない彼女を相手にどう接すれば良いのか、彼の頭の中はそのことで満たされていた。
結局、この数分後に様子を見に来たリンディに見つかるまで二人は終始無言のままであった
◆
プツン、と映像が途切れる。
ひどく半端な所で中断させられた記憶の映像は、星のように瞬く欠片の中に消えていってしまった。
伸ばした手は空を掴むばかりでそれ以上は何も無い。
――――あの後は一体どうなったんだろうか?
今更それを確かめる術はなくなってしまった。
――――だが、わかったことがある。
それは『
意識が「外」に引っ張られる。
求めた答えは見つからなかった。
いや、更に奥深くまで探せば見つかるのかもしれない。けれど時間は待ってくれなかったようだ。
目覚める。そう自覚すると共に意識が急速に浮上していく。
そして――――
「…………、」
重い瞼をゆっくりと開けて最初に目に付いたのは白い天井だった。照明の光に目を細めながら自分が目覚めたことを改めて確認する。
ベットの上に寝かされていた。
「……高町?」
起き上がろうとした所で何かにぶつかり、そちらに視線を向けてみると寝息を立てて眠る高町美由希がいた。
その姿から考えるに、彼女はずっとここに居てくれたのだろう。彼女を起こさないようにゆっくりとベットから這い出て立ち上がる。
「――――起きたか。ずいぶんと遅い目覚めだ」
「……クロノ」
不意に背後から声を掛けられる。振り向いて見ると、つい先ほどまで夢の中で元気にはしゃいでいた
クロノ・ハラオウンの姿があった。もちろん、外見は当時のまま――ではなく、ちゃんと成長しているが。
「君が寝ている間、そして今現在も彼女たちは交戦中だ。戦況はハッキリ言って良くない、これから僕も出るが君はどうする? 秋人」
クロノの手には一枚のカード型のデバイスが握られている。自分が最初に見たものと違う物のように見えるが、何処からか用意したものなのか。
「あぁ、僕の準備は整った。後は君だが……記憶の整理はついたか?」
「――――切欠は掴めた気がするよ」
自身に宿る『とある力』。
その力のお陰で、もはや後戻りの出来ない身体と也果てた今の肉体で自分が今出来る事と言えば、玉砕覚悟の特攻のみ。
何が何でも助けなければならない。
今や彼女を守護する騎士たちの姿は何処にもない。戦力的にいるのといないのでは大きく関わってしまうがそれは高望みというやつだ。後は短いながらも積み重ねた己の技術に賭けるしかない。
「そうか、なら先に転送ポートで待ってる。準備を早々に済ませて来てくれ」
「……解った」
そう言ってクロノは病室を後にした。
残った秋人は部屋の隅にかけられている黒いコートを見つけると、それを羽織り着なおす。
「……ッ!?」
ズキンッ! と頭に鈍痛が走る。
顔を顰め、その場で体勢を崩してしまった所で懐からある物が落ちた。
痛む頭を押さえつつ、目だけで確認してみるとそれは写真だった。自分と車椅子に乗った妹、そしてその隣に赤毛の女の子、更にその後ろに三人の男女が写っている懐かしき一枚。
――――あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ただ自分達はありのままの幸せを得たかった。
ただそれだけなのに……
――――俺は、真実を知るのがあまりにも遅かった――――