彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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[010] ~守護騎士~  其の一

 ――――ヴォルケンリッター。

 

 目の前の四人の黒騎士は確かにそう言った。

 黒騎士――とは言ってもその身なりは簡素なもので、薄い黒地の服を身に付けているだけだ。騎士特有の甲冑を装備しているわけでもなく、一見して彼らが『騎士』とは言えないだろう。

 

 そして、渦巻く異常の中を突き進む人物が一人そこにはいた。

 ――――仮面の男。

 

 彼は目の前の騎士たちが現れると共に、血相を変えて襲いかかったのだ。

 それはまるで野生の猛獣の如く、なりふり構わず進撃していく(さま)はまさしくソレに酷似していた。

 

「――――剣の騎士」

「御意に」

 

 命令が下される。妹――――八神はやてから紡ぎ出された一言に、騎士の一人が立ち上がった。

 顔はバイザーによって見ることは出来ないが、後ろ一つにまとめられたポニーテールと声を聞く限りでは女性と考えられる。そんな彼女の手元には一本の長剣が握られていた。

 

『――――退けっ!』

 

 一瞬で彼女との間合いを詰め、男の手にあるカードが光を帯びる。どういう原理か不明だがその光は直上に伸びると、剣のような形にまとめ上げられた。長さは目の前の騎士とほぼ同じで迷うことなく仮面の男は光剣を振りかざした。

 

「…………、」

 

 それに応えるように騎士も剣を振るう。

 剣尖が幾度となく揺らめく。

 振るわれていく一撃一撃が風を切り、烈風を奏でて切り結ぶ。

 

「ふっ」

『――――っ!?』

 

 交差する一撃。苦悶の声を漏らす仮面の男と息一つ乱すことなく剣戟を繰り出すポニーテールの女騎士がそこにいた。

 灰色の空の下、この封鎖された世界の中で二つの影が混じり合う。

 

「……その程度で私に挑むか。見くびられたものだ」

『黙れ』

 

 男の姿がブレる。予備動作もなく、唐突に仮面の男の姿が彼女の視界から消えた。

 

(後ろっ!?)

 

 その様子を見ていた八神秋人は、男が剣の騎士の背後をとっていた光景を目にする。

 いつの間に、と思わず声が漏れそうになるが、それよりも先に行動に移したのは

 

「見えてるぞ、貴様の動き」

『――なっ!? がっ!!』

 

 そう告げた剣の騎士は、短い挙動で身体を横にずらして回避行動に移っていた。そして振りかざされる長剣に切り払われ、仮面の男はバックステップで距離を取る。

 

「ふむ、(あらかじ)め『防刃』処理を施していたか。命拾いしたな」

 

 先ほどの感触を確かめるように剣の騎士は言う。彼女の言うとおり男の服は斜めに斬り下ろされた跡が残るぐらいで、流血などの外傷は見られない。

 

『この――っ!?』

 

 体制を整えようとするが、その隙間に入り込むように剣の騎士は接近する。

 

「隙を与えると思うのか? 悪いが私にそのような慈悲は無いと思え、鉄面よ」

『くそがっ!』

 

 もはや一方的だった。カードを手元に複数展開して繰り放つが、そのすべてが叩き斬られてしまうし、魔弾を放っても同様にまるで紙切れの如く容易く斬り伏せられてしまっていた。

 男の持ちうるカードが少しずつ、潰されていく。

 対して剣の騎士の方は余裕綽々といった様子。このまま平行線を辿っていけば、勝敗など目に見えている状況だ。

 そして、

 

(……問題は)

 

 チラッと秋人は魔法陣の中心を見据える。

 そこにいるのは茫然と佇む妹のはやての姿があった。特になにかアクションを起こすわけではなく、虚ろな真紅の瞳はただただ前を見据えるだけ。まるでその姿は人形のようだった。

 同じくして彼女の周りに片膝をついて待機している三人。こちらもまた同様に動く気配がない。

 

 ――――いけるか?

 

 散々自分たちを痛めつけてきた仮面の男は、剣の騎士と名乗る女を相手にしている。逃げるなら今しかない、と秋人は考えているがそれもうまくいくかどうか分からない。

 

(……あの三人に襲われたりでもしたらまず助からない)

 

 仮にはやてを連れ出すことが出来てもその後が問題なのだ。何処へ逃げればいい?

 

(だぁー……クソっ!)

 

 切欠が欲しい。

 何でもいい――わけではないが、どうにかして彼等の注意を逸らして欲しい。そうすれば、

 

(そうすれば……きっと)

 

 胸を抑えながら切に願う。既に身体は煮えたぎる程に熱を灯していて、はちきれんばかりに心臓が脈打っている。

 爆発寸前の状態だ。

 

「…………、」

 

 視線を感じる。秋人はその気配を辿っていくと、三人のうちの一人と視線が交わった。

 その体格から彼が男であることが分かる。そいつは片膝をついてはやての前から動こうとはしないが、確かに意識だけはこちらに向けられていた。

 

 そして、

 

「「――――っ!?」」

 

 招かれるようにその時が訪れる。

 

 

「――ディバインバスターっ!!」

 

 

 秋人がその身を躍らせたのは殆ど同時であった。

 桃色の熱線が仮面の男と剣の騎士の間に突き刺さる。遥か先から放たれたその一撃は、誰に当たることもなくその役目を終えることとなったが、意識の大半があちらに向けられた。

 

「……おおおぉっ!」

 

 駆ける。ただひたすらに駆け抜ける。この好機を逃すまいと全力で地を蹴る。

 踏み込んだ床は衝撃で砕けて辺りに拡散する。仮面の男に捕まり、現在まで溜込んできた”力”が一気に爆散した。

 向かう先ははやてのもと。仮面の男も剣の騎士もあの熱線を放った人物に意識が取られているため、こちらの行動に気がついていない。

 

「はやてぇ!」

 

 手を伸ばす。しかし、もう少しの所で手が届かない。

 それは、

 

「偶然が否か……だが、そう簡単に通すと思わないことだな」

「っ!? お前っ!」

 

 三角形に(かたど)られた盾が秋人の道を阻む。そしてそのすぐ横に、大柄の男が盾を展開している姿を捉えた。

 バチバチと伸ばした右手と盾の間に火花がまき散る。

 

 ――もう少し、もう少しなのに……。

 

 直進した際の速度と威力はまだ残っている。が、あまりにも力押しにするには些かこの盾は硬すぎた。

 秋人は無意識の内に左手をその盾に運ぶ。

 右手と左手、それぞれの指先を目の前の鋼色の盾に押し込んだ。

 

「はやてを……」

 

 バチバチと秋人の両手が光を帯び、中心から一気に

 

「返せぇぇぇっ!!」

「な、に……」

 

 裂いた。ガラスが砕ける響音を奏でながら粉々に散っていく光景に、目の前の男は驚愕していた。

 だが、今はそんなことを気にしているわけにはいかない。秋人は男が体勢を立て直す前に横を通り抜けてはやての身体を抱えた。

 

「はやてっ! 大丈夫か!?」

 

 驚く程に抵抗もなく、はやては秋人の腕の中に収まった。

 走りながら声を掛けて呼んでみるが、返答がない。

 どうやら意識を失っているみたいだ。だがこれで目的は達成したのでもうこの場に留まる理由はない。

 

(もうこんなのはウンザリだ。早くこの変な空間から出て帰ろう)

 

 そんなことを考えながら秋人はゴール地点を見据える。

 

(……大丈夫、俺なら出来る。びびるな)

 

 その先に道はない。秋人は内心渦巻く動揺と恐怖を無理矢理抑えながら、全力で地を蹴ってその身を宙に投げ出す。

 冷ややかな風を頬で感じながら前を真っ直ぐ見つめる。決して真下を見ないように、平常心を維持する。そうしないと色々と終わってしまう気がするのだ。

 

「平常心……平常心だ。今の勢いなら向こうのビルに絶対届く!」

 

 ブツブツと呟いていると、徐々に身体が下へ下へと降下を始めた。自分達の居たビルと、目先のビルの距離はざっと数十メートルを越えている。目視で確認する限りでは地上まで落下することはないだろうが、それでもそのまま綺麗に着地できるかと言えばそうはいかない。

 

「……この落下に耐えられる身体を。両足を中心に少しずつ」

 

 気の持ちようだ。『願えば叶う』なんて所詮は自分が良い方に解釈した結果であって、確実性なんてどこにもない。

 けれど、これに賭けるしかなかった。

 

「……っ~!? 痛ってぇ」

 

 結果的に着地は成功した。最初は受け身でもとろうかと考えたがはやてを抱えているために出来なかったので、両足を中心に二人分の体重以上の負荷を受けることになってしまった。骨折でもしてしまったのかと思うほどの衝撃が身体全体に駆け巡り、痛みに顔を歪めてしまうが、五体満足でいる所を考えると『力』は無事に作用してくれたようだ。

 

「…ん。あ、れ?」

「はやて」

 

 着地の際の揺れではやての意識が戻る。瞳には生気が宿り、顔色と瞳の色も元に戻っていた。よかった、と胸をなで下ろし、ひとまず安心だな、と後ろを振り返る

 

「――――は?」

 

 そこで唐突に視界が揺れ動いた。

 

「……ひっ!?」

 

 はやてが小さく悲鳴を漏らす。何事かと思ったが、胸の方に強烈な違和感を感じてしまったので視線はそのまま下に向かう。

 

 ――腕が自身の中から突き抜けていた。

 

「――捕まえた」

 

 視線を先ほどまでいたビルの方へと移すと、緑色の光を帯びた円を展開している人物がいた。

 ここからではなにを話しているのか判らないが、その円の中に片腕を突っ込んでいるのは確認できた。

 そして自分の胸から突き抜けているこの片腕。

 

 誰のものかは一目瞭然だ。

 

(あー……またかよ。ちくしょう)

 

 その手の先には光輝く結晶が握られている。一筋の亀裂が残るその結晶は、手のひらから溢れんばかりの光を放っていた。

 鉛のように重くなった右手を持ち上げて結晶を掴むその手を退かそうとするが、

 

『蒐集を開始します』

 

 ズッと身体の芯から何かが吸い取られていく感覚に襲われ始めた。

 腕がさらに重くなり、とうとう退けることなくダラリと地に落ちる。

 

「――っ!」

 

 はやてが叫んでいるがどこか遠くの出来事のような気がして、よく聞こえない。吸い取られていく。 

 焦点が定まらなくなり、視界がぼんやりとしてくる中、二つの足音が降り立つ。

 

(……ごめん。はやて)

 

 せっかくの誕生日か台無しになってしまった。これは埋め合わせが大変だなぁ、と苦笑を浮かべる。

 

 そして八神秋人の視界は闇に覆われた――――

 

 

 

 

 

「――どう? レイジングハート」

『外しましたね』

 

 そっか、と呟きながら近くのビルの屋上に着地する。

 

「……今ので多分、居場所がバレたと思うけど。来るかな?」

『恐らく。状況からあの場での第三者の介入は望んではいないはずです。逃走か、あるいは迎撃か……』

「うん。解ってるよ……レイジングハート!!」

 

 左手に持っていた杖を振り向きと同時に振るった。

 ガキンッ! と甲高い音を響かせながら杖と鉄槌がぶつかり合う。

 

「――――っち!!」

「っ! 重い」

 

 一撃の重さに顔を歪める。なのはは周囲に小型の魔力弾を生成して直線上に放つが、目の前の女の子は身体を最小限に動かしてこれを回避する。

 その際に彼女は鉄槌を下から上へ振り上げを行うが、なのはは手のひらから防御型の魔法陣を広げて打撃を受け流した。

 

「ちょろちょろしやがって!」

「あなたは……あそこで何をしてたの」

 

 互いに距離をとりながらなのはは訊ねる。素顔はバイザーのせいで見ることができないが、背丈から考えるに自分の歳の近い子のように見える。

 

「うるせぇ。ぽっと出の人間に話すことなんて何もねぇよ―――だけど」

 

 言いながら彼女の足元に三角形の魔力陣が浮かび上がる。なにか来る、となのははレイジングハートを握り締めて臨戦態勢に入る。

 

「てめぇを蒐集すれば『闇の書』の完成に近づく。糧になってもらうぞ、白いのっ!!」

「どういう意味なの!」

 

 女の子がなのはの視界から消える。ギョッと目を見張るなのはだが、すぐさま飛行魔法を発動させて地を蹴った。

 直後に彼女のいた位置に一閃が奔る。一閃を辿ればその先に彼女が鉄槌を振るっている姿を捉えた。なのははその先にレイジングハートを突きつける。

 

「ショートバスター!!」

 

 細く、鋭い一撃を放つ。現段階でなのはの用いる手札の中で一番チャージの短い砲撃だ。初動が短い分、威力が落ちてしまうのが難点だが、現状では最善だと考える。

 

「けっ! んなちんけな砲撃撃ちやがって」

 

 案の定というか、防御魔法(プロテクション)で受け流された。しかしそこで終わらせないためにも、なのはは魔力弾を三つ生成して足元に二つ、鉄槌の子に一つの配分で撃ち放つ。

 彼女の足元に放った二撃は床を捉えて砕け散り、足場を奪う。時間差で最後のひとつは彼女自身を狙い撃つつもりだが、恐らくは回避されるだろう。

 

 ――――そこでさらにもう一つ。

 

 足元が砕けると同時に鉄槌の子は上に跳んだ。彼女に放った魔力弾は使い捨ての単発式なので、避けられればそこまでだ。けれどそれでいい。

 

「──捕まえた」

「ちっ」

 

 上に跳んでくれて良かった、となのはは微笑を浮かべる。ここで横に跳ぶなり、防がれたりしたらまた別の作戦を立てる必要があったが杞憂で済んだようだ。

 鉄槌の子の両手足に桃色の輪が出現する。それらは彼女の両手足を縛り付けてその場に固定させる役割を持つ『拘束魔法(バインド)』で、魔力の量や術式を複雑化させることにより拘束強度をあげることが出来る。

 

 ――これで相手の身動きが取れない。

 

「さあ、大人しく話してもらうよ。あなたは誰で一体なにをしていたの?」

「…………、」

 

 レイジングハートを突きつけながら訊ねるが、答えない。それどころか、空中で手足を拘束された彼女は顔を俯かせて微動だにしないでいた。

 反応の無い様子に小首をかしげる。

 

「……ねぇ、話を聞い――――」

「はっ、さっきからごちゃごちゃうるせえよ。なんでもオハナシすりゃ万事解決ってか? 何様のつもりだおめぇは!」

「っ! そ、そんなつもりじゃ……わたしはだたあなた達が――」

「なら相手を”力”でねじ伏せてからにしろよ。それに――」

 

 言葉を遮りながらにっ、と女の子の口角が釣り上がるのをなのはは見逃さなかった。

 

「っ!? しまっ――!」

「チェックメイトだよ」

 

 拘束など初めから機能していなかった(、、、、、、、、、)。いや、正確にはキチンと発動はしていたけれど、彼女相手には機能していなかったということだ。

 バキン、と桃色の拘束が全て粉々に破壊される。そして次の瞬間には鉄槌が眼前に迫っていた。

 

 ――避けられないっ!

 

 咄嗟にレイジングハートが防御魔法を展開させるが、鉄槌はお構いなしに打突してきた。

 そしてまるでガラスのように呆気なくシールドは破られ、銀の鉄槌がなのはの側頭部に激突する。

 

「あぐっ!?」

「そんなうっすい盾じゃ、はなしになんねぇな」

 

 まるで鋼鉄に打ち付けたかのような鈍い音を奏でながら、なのはの視界が大きく揺れ動いた。

 意識がものすごい勢いで飛びかけたが何とか持ちこたえる。が、しかしもうその場から動くことは出来ないでいた。

 ぐるぐると視界が回って吐き気を催す。思うように身体が動かせずにレイジングハートを支えとしてなんとかその場に留まっていられる状態だ。

 対して、そんなことお構いなしに目の前の女の子は鉄槌を肩に担ぎながらゆっくりと地に着く。

 

「少しは根性あるみたいだな。脳天打ち抜かれて立ってられるなんてよ。けど、もう(しま)いだ。大人しく『蒐集』され――――」

 

 と、そこで彼女の足が止まった。今度はなんだ、となのはは揺れる視界の中で彼女の動向を見張る。

 数秒の間、彼女はその場で無言のままでいると、いきなり舌打ちをして踵を返し始めた。

 

「な、どこに……行く、の?」

「あ? 時間切れだよ、お前じゃなくてこっちのな。ったく、急に撤退とかあいつは何考えてんだか」

「ま、待っ――!」

「次、絶対逃がさねぇからな。覚悟しておけよ白いの」

 

 ダンッ! と弾ける勢いで鉄槌の子は空に舞い上がっていった。

 どうやら先ほど来た方向に戻っていくようだが、あの口ぶりから察するに仲間にでも呼び出されたのだろうか。

 ともあれ、窮地から脱出することはできたようだ。もういいか、となのはは緊張の糸が切れたかのように膝から倒れこむ。

 

「……頭がガンガンするよぉ。大丈夫かなレイジングハート?」

『恐らく一時的な”脳震盪”が起こってるのでしょう。安静にしていれば治りますよ。こちらでも出来る限りの処置はしていきますので、マスターはしばらく休んでいてください』

「うん、ありがとう。そうさせてもらうね」

 

 言いながら大の字に寝転ぶ。身を包んでいたバリアジャケットは解除されて私服姿に戻る。

 

(結局無駄足になっちゃったかな。でもあの子……) 

 

 思い浮かべるは一人の少女の姿。ついこの間に解決し、そして『友達』になったとある少女の姿をなのはは思い浮かべる。

 

(さっきの子も……フェイトちゃんのような境遇なのかな。雰囲気がなんか似てた気がする)

 

 灰色の空を眺めながらなのはは思う。だとしたら自分が何か手伝うことができないだろうか、と。

 それはお節介なのかもしれない。けれど性分なのか、どうにも放っておけないのが自分なのだ。

 しかし現状では話し合いにすら持ち込めない状態なので、そこは自力を上げていき何とかするしかない。

 

「強く……ならなきゃね」

 

 少なくとも互角か、あるいはそれ以上にしなければ意味がない。

 それから治るまでの間に、なのははトレーニングの内容を組み立てていくのだった――――

 

 

 

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