彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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[010] ~守護騎士~  其の三

 パシャ、パシャと小さく溜まった水溜りの上を歩いていく。手に持った雨具には降り注ぐ雨粒が際限なく叩いている。それ以外の音は存在しない。今のところは誰一人としてすれ違うことはなかった。

 

 ――――正常に機能しているようだ。

 

 そんなことを考えながらシグナムは無人の道路を歩いていた。腰まであるピンクのポニーテールを小さく揺らしながら、拠点である八神宅を中心に少しずつ練り歩いて行く。今朝から現在まで降り続いている雨も、夕刻に迫れば徐々に落ち着いてきているようで、こうして雨具を用いれば問題なく外出できるようになっていた。が、それでも今のこの地点では、シグナム以外の人間は現れないでいる。

 当たり前だ、と周囲の地形と構造を脳に記憶していきながら同志である一人の騎士を考える。

 

(シャマルが展開した『人払い』の結界――――うまく機能しているな)

 

 人払いの結界。シグナムと同じくして騎士であるシャマルが展開した、常時発動型の『魔力結界』。特定の範囲を対象に、術者が定めたもの以外を排斥(はいせき)する魔法だ。そのお陰でシグナムは気兼ねなく歩くことが出来ている。

 しかしシャマルの聞く所によると、作りこそ丁寧ではあるがその効力は浅く作られているようだ。仮に彼女が完全で万全な結界(もの)を作ったとなれば、範囲内において一つの『世界』を創るほどまでに出来るようだが……。

 

(そうなると術者の”消費”が激しい上に、逆にそれが敵に見つかる要因になりえる……まぁ、それ以前に効率が悪いしな)

 

 顕現してから一日と経過していないが、ここは『魔法』とは無関係の世界であることは理解した。代わりに他の世界に比べて、幾らか文明が発達しているように思える。この世界の生き物は、魔法というものがなくともここまでの繁栄を培ってきたのだ。

 などと考えていたところで、らしくもない思考を中断させる。

 

「ふっ……語るまでに歴史というものに興味はないがな。こちらとしては動きやすい世界であることに変わりない」

 

 それでもやはり例外という人間はいるようである。昨夜の仮面の男や白い小さな魔導師だったりと、少なからずそういう人間は居ることが判ったので、こうして『結界』を張る理由の一つとなったのだ。

 

 ――――まあ、どちらも取るに足らない存在であることには変わりないが。

 

 数分も歩けば小道を抜けて人通りの多い通りに差し掛かる。流石にそこまではシャマルの結界は張られていないので、そのうち通行人の一人や二人現れるだろう。それにあくまで今は『散歩』のようなもので、そこまで気をはらなくても別に問題はない。

 

 ――――さて、何処へ向かうとするか。

 

 とりあえず目の前の、商店が連なる通りを歩くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 此度の主は不思議な御方だ、と考えながら身体を床に落ち着かせる。

 その姿は蒼い毛並みに覆われていて、大きさは人のそれと大差はない。俗に言う『狼』と呼ばれるその姿で彼――盾の守護獣は主に使えていた。

 

「ヴィータ? 大丈夫」

 自分のすぐ横には現闇の書の主である八神はやてが、同志である鉄槌の騎士(ヴィータ)の介抱をしている最中だ。その際に自分の身体が枕替わりにされているのは少々気に入らない部分があるが、主の頼みとあらば仕方ない、と言った感じでこの身を差し出している。

 

「…………、」

 

 身体は一切動かすことなく、しかし意識ははやてに向けていた。自分達から見たら――いや、例え自分でなくとも、彼女はまだ幼いことは目に見て分かる。おまけに両足には原因不明の麻痺があるらしく、自分の力では歩くことは愚か、立ち上がることすら出来ないようだ。

 

(だが……主が子供のは今に始まった事ではない)

 

 過去にもそのような人間は少なからず存在していた。確かに数えてみれば片手の指で足りる程で珍しいケースだろう。しかし、例えどのような人物であろうと自分の立ち振る舞いは変える必要はない。

 

(しかし……平和な世界であるな)

 

 まず抱いた感想はそれだった。過去に戦乱の世を渡り歩いてきた者からすれば、この場所は争いもなく平和そのものだった。それでもやはりというか、テレビに映る映像を見る限りだと他国ではその限りではないらしい。

 『戦争』というものは……。

 

(平和なのは喜ばしいことだが、それを不満に思ってしまうのはどうだろうか?)

 

 戦乱の世を生き、戦いの中で生を見出してきた己はこの平和な世界で果たしてどうなるのだろうか。

 本来ならば自分たちはあの映像の向こう側にいる筈だった。それが当たり前なのだ。そういう風に自分達は造られたのだから。

 

「は、はやてちゃん? そのでっかい犬? はどうしたの」

「うん? あ、この子はシグナム達が連れてきた大型犬で、名前は”ザフィーラ”って言うんや! もふもひしててカワイイやろ~?」

 

 そう言ってはやては盾の守護獣――ザフィーラに顔を押し付ける形で抱きつく。その際に僅かな重みが身体にのしかかるが、子供一人の体重なんてたかが知れているので特に問題はない。

 それにしても何時まで彼女はあのままでいるのだろうか。

 

『おい、ヴィータよ。いつまで目を回しているつもりだ?』

 

 声としてではなく、『念話』と呼ばれる魔法を用いて彼女に問いかける。数秒の沈黙の後、ヴィータはむくりと起き上がった。

 

『……んだよ、別にずっと目を回してたわけじゃないぞ』

「あっ! ヴィータが起きた。大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 

 方やザフィーラに『念話』をしながら、はやてと会話を交わす。

 特別自分たちにとって難しいことではない。まあ、そこは今はどうでもいい。今考えるべきことは、

 

(あの少年──秋人といったか)

 

 黒髪の、年相応でどこにでもいそうなあの少年は、八神はやての兄なのだという。守護騎士達にとって不確定要素を含んでいる人間である。

 そこで思い返すは昨夜の出来事だ。あの日、一瞬だが確かに彼と対峙したザフィーラはその光景を思い浮かべる。

 

『…なに考え事してんだよおまえ』

 

 こちらの様子を察したのか、ヴィータがはやてと話す手前、こちらに訊ねてきた。

 

『……いやなに、これからのことを少々な』

『ジイさんみたいな言い草だなぁ』

 

 それを言ったらお前も大概だろう、と言葉を返そうとした手前で踏みとどまる。恐らく……いや、確実に目の前の少女に対して発言したならば、鉄槌で脳天をカチ割られる気がしてならない。

 

 と、そこで会話を切り上げようとザフィーラは顔を伏せたところでなぜか腹部に衝撃が走った。ピクっと僅かに身体を震わせ、痛みの元を辿ってみると、

 

「…………、」

 

 これまたなぜかぶすっとした表情を浮かべている鉄槌の騎士がそこにはいた。

 はて、自分は何か過ちを犯してしまったのかと視線だけで彼女に訊ねてみる。

 

『なんか失礼なことを考えただろおまえ』

 

 ガスガスと肘打ちをかましてくるこの女に対して、自分はどういう反応をすればいいのか。それにしても口にしたわけでも念じたわけでも無いのによくもまあ察せるものだ。

 

『……実はあの少年の事を考えていてな。シグナムはあまり相手にしていないようだがどうにもな』

『露骨に話を逸らしやがって……まぁ、あいつは確かにおかしい所があるな』

 

 八神秋人は動きこそ素人であるが、非常時に対しての”慣れ”が見受けられた。

 そして彼の持つ一つの『能力』。

 

『ただの一般人がおまえの――盾の守護獣の盾を破壊(、、)出来るなんてありえねえもんな。アイツは明らかに”素質”があるぜ? 当の本人は自覚すらないけどよ』

 

 確かにあれは無自覚のうちにやってのけたのだろうが、それでもあの時は驚いたものだ。

 

『現状は問題ない。しかしその先はどうなるのか……我らに牙を剥く存在となり得るか否か』

『考えすぎだ』

 

 そう言われるとふむ、と黙するしかなくなる。それ以降は彼女との会話を区切って自分は立ち上がった。

 

「あれ? ザフィーラどこかいくん?」

 

 美由希に気がつかれないように小さく頷いてゆっくりと歩き出す。「そっかぁ」と言葉を漏らしたはやてはふと時計に視線を向ける。

 

「買い物行きたいけど外が雨やしなぁ……美由希さんの家は今日の晩御飯なにかな?」

「えっと、うーん……なんだろ? 昨日はお魚だったし、今日は肉かな?」

「おい、まずはわたしを離せ。話はそれからだ」

 

 いつの間にか人形のように抱きしめられているヴィータは、為すがままの状態に陥っていた。ザフィーラは一瞬助けようかと考えたが、当人たちは楽しそうなのでそのまま放置することにした。

 

 同時にガチャリと扉を開ける音が前方からする。視線をそちらに移せば、先程までキッチンに居たはずのシャマルがリビングに入ってきた所であった。その表情は若干険しい。

 無言のまま二人は入れ替わるようにシャマルは中へ、ザフィーラは外へ歩き出す。

 

『――どうかしたのかシャマル?』

 

 去り際に念話で彼女に問いかけるが、応答が無い。

 

『……シャマル?』

『えっ! あ、ごめんなさい。何かしら?』

『いや、何かあったのか』

 

 再度問いかけると、「ちょっとね」と曖昧な返事を返す。

 

『あの子……少し様子を見に行ってみたらそこで倒れてたのよ。まさかとは思ってたけど、やっぱりまだ起き上がれる身体じゃないわ』

『……そうか。まあ加害者(、、、)である我らが心配するのもおかしな話だがな』

 

 再び沈黙するシャマル。少し言葉が過ぎたかもしれない。そのままザフィーラは彼の様子を確認するために今度こそその場を後にした―――― 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な空間の中を無言で歩いていく。

 しかし歩いていると言っても目の前の光景は黒一色しかなく、今自分が何処に向かっているのかすら定かではなかった。歩いているのか、それすらも怪しい。

 そして体感時間にして五分ほど無空間を彷徨っていると、眼前に一つの大きな扉が現れる。

 行く当てもなくここまで彷徨っていたが、ようやく目的地というものがハッキリとしたわけだ。迷わず自分はそちらに足を運ぶ。

 

「……ん?」

 

 ふと、そこで違和感を覚えた。歩みを止めて目前に迫った扉に意識を傾けてみるが、特別変化があるわけではない。

 

 ――歩く。

 

 思い違いだろうと今一度歩を進める。

 

 ――歩く。

 

 眼前の扉に向かってひたすらに歩いていくが、しかしその手前でたどり着くことができない。

 

「……どうすれば」

 

 さてどうしたものかと立ち止まって頭を悩ませる。いや、それ以前に今自分のいるこの空間は何なんだろうか。記憶の前後がハッキリとしない。

 

「――――無駄だ」

 

 不意に背後から声が響いた。思考は一旦途切れて意識がそちらに運ばれると、そこにいたのは一人の女性だった。

 黒装束に身を包み、流れるような銀のストレートヘアーに蒼く染まった瞳。幻想的な雰囲気を醸し出す彼女はその場から動かずにそう告げる。

 

「何が無駄なんだ」

 

 堪らず振り向いて自分は彼女に聞き返した。この無空間に現れた二つの現象は、自分を挟む形で対面している。それ以外は相変わらず見受けられない。恐らく、この空間には自分を含んだそれらしか無いのだろう。

 

「君の目指しているあの扉にはたどり着けない」

「なんでそんな事が分かる――――いや、それ以前にあんたは誰だ」

 

 口ぶりから察するに、彼女はこの空間の意味を知っている人物であることは間違いない。ならば彼女は一体何者なのか。疑問ばかりが積み重なる。

 

「私()はただの『道具』だ。欲望と渇望の果てに産み落とされた哀れな人形だよ。逆に問おうではないか。君は一体何者だ? この空間は私達以外には許容した人間しか訪れる事が出来ない場所だぞ」

 

 ここは自分たちの世界だと、彼女は云う。色々と頭を悩ませる単語がちらちらと過ぎったが、

 

「――――私『達』って」

 

 キョロキョロと辺りを見渡してみるが、自分と、銀髪の女しか居ない。

 

「勿論、君の後ろのソレのことだよ。正確にはその中で引き篭っているものを指すのだが……まあ、そこは今はどうでもいいことか」

 

 そう彼女が言うとうんうん頷いてこちらにゆっくりと近づいてくる。その際に目を細めて興味深そうに自分を足のつま先から頭のてっぺんまで視線を泳がしていた。どうにも初対面の人間にいきなりじろじろと見られるのは些か居心地が悪い。

 

「な、なんだよジロジロ見て……」

「まあそう恥ずかしがることない。私としてはここに客人なんて滅多に無いから君に興味津々なんだ」

「いや、だからって――――」

 

 顔が近い。いつの間にか彼女は目の前に居て息がかかる程の距離まで縮んでいた。必然に身体は後方に後ずさるが、続くように彼女も前に踏み込んでくる。

 

「近い……顔が近いって!」

「ん~?」

 

 ダメだ、こいつは聞く気がないらしい。仕舞いにはペタペタと身体を(まさぐ)り始め、自分では手に負えない状況に陥っていた。

 

「ほうほう。なるほど――――通りで妙な”繋り”があると思っていたら」

「おい、まてよ。自己完結するな」

 

 一頻り触れられたらと思ったら、急に踵を返して歩き出し始めたではないか。流石に納得がいくわけがなく、強めの口調で彼女を呼び止めようとする。けれど、当の本人はどこ吹く風でそのままこの場を立ち去ろうと歩みを止めない。

 

「なぁ君」

「……今度は何だよ?」

 

 ギリギリ会話が出来る距離で彼女は立ち止まる。そのまま振り向くことなく彼女はこう言った

 

「またここに来てくれないか? どうにもこの空間は退屈でしょうがないんだ。君さえよければ話相手になって欲しい。ダメか?」

「…………、」

 

 出会って数十分にも満たない人間にそんなことを求めるのか。勝手なやつだな、と思う反面、確かにこの暗い世界に一人きりというのも『暇』なのかもしれない。

 

「というか、そもそも俺がどうやって此処に来たのか分からないんだけど……あんたは知ってるのか?」

「ああ、なんとなく」

 

 そんな曖昧な。

 

「仕方ないだろう? 私は此処から出ることが出来ないんだ。外界の様子は何となくでしか感じ取る事しかできないし……そうだな。君は『闇の書』を知っているか?」

 

 顔だけを振り向かせて訊ねてくる。そしてその単語には聞き覚えがあった。

 

「闇の書……俺たちの家にあった鎖の本のことか」

「そう、それだ」

 

 ぴっと人差し指を向けて彼女は微笑む。

 

「私と君の出会いはそれが切欠だ。君にはどうやら不思議な『力』があるようだし、ソレをうまく使えばこの空間に自由に出入り出来るかもしれないな」

「……っ! 何で俺の──」

 

 視界にノイズが走る。目元を押さえて違和感を拭おうとするが、一向に収まらない。急にどうしたというのか。

 

「君の限界だ。そもそも君の体力と精神は疲弊しきっている状態みたいだからよくもった方だと思うぞ。今回は大人しく外界に戻るといい」

 

 彼女の言葉と共にグラリと視界が揺れてその場に倒れこむ。しかし闇の中で倒れるというのは奇妙な感覚だ。本当に自分は倒れているのか、それすらも曖昧な状態なのだから。

 

「そうだ、そのまま眠れ」

 

 遠巻きに語りかけが聞こえる。

 

「君は色々と現状に不安を抱いているようだが、それは君が真実を知らないだけだ。その場に流されるだけでは到底、真実にたどり着けないよ」

 

 真実……確かに自分は何も知らない。知らないまま

世界は廻っている。その停滞に対してどうにか抗いたいと思っていたが、結局はこれまでと変わらずに『無知』なままだった。

 

「人間という生物は往々にして『無知』と云うわけだ。恥じることは無い……しかしそれでも尚、君が真実に少しでも近づきたいと願うなら──」

 

 混濁した思考の中で彼女の言葉が木霊する。

 

「──守護騎士達に訊ねるといい。『答え』は得られずとも『ヒント』は手に入る筈だと……私は思うよ」

 

 

 

 

 

 

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