彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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~A's
第三話


  

 ―――ピピピピッ

 

 単調な機械音が室内に響き渡る。何度目かの音で少年はその音を止めた。

 重たい眉を開いて見るのは見慣れた天井、起き上がるとそこは見慣れた部屋。

 カーテンの隙間から覗く外はまだ薄暗いが、いつもこのぐらいの時間に起きているので関係ない。

 

 少年はゆっくりと、身体を動かしてベットから這いずり出る。

 その横には短い寝息を立てながら今だ熟睡中の少女が一人いるが、決して変な関係では無いことは予め言っておくことにする。

 立ち上がり、背筋を伸ばすと少年はベットに向き直り、眠り姫の様子を窺う。

 

(よく眠ってるな。……無理もないか、昨日は夜更かししたんだから)

 

 目元にかかっていた髪の毛をそっと横に流す。

 

「んぅ……んー?」

 

 しまった、と少年は慌てて手を退かす。

 目の前の少女はモゾモゾと身動ぎしながら、薄目でこちらを眺めるように見てきた。

 

秋人(あきと)兄ちゃん、おはよー…」

 

 眠たそうな顔をしながら挨拶をするその額に、人差し指の腹でぐりぐりとこねくり回す。

 

「おーはよ、はやて(・・・)。まだ寝てていいぞ、今日は俺が朝食作るからさ」

「ああう……ぐりぐりやめ~」

 

 嫌々するも何処か嬉しそうな少女――――はやては、毛布の中に潜り込んでしまった。

 少年――――秋人は微笑みながら立ち上がると、部屋を後にした。

 

 

 

 季節は徐々に穏やかな気候を見せ始める五月中旬。

 いまだ残る寒さを感じつつ彼は洗面所で顔を洗い、リビングへと赴く。

 

 キッチンに入ると、調理をするために冷蔵庫を開け中身を確認する。

 中は昨日買出しをしたので、沢山の食材が入っていた。

 秋人はそこから朝食に使う材料を取り出してキッチンに並べていく。

 時計に視線を向けると、時刻は六時半。

 

「さて、まずは下準備だ」

 

 こうして、八神 秋人の日常は幕を開けた。

 

 

 

 時刻は七時半。

 あらかた準備を終えた秋人は、部屋に戻って毛布に(くる)まっているはやての下へ。

 

「はーやーて。ご飯できたよ」

「うぅ~……ふぁ」

 

 毛布をどかすと、大あくびをしながら起き上がるはやて。

 そんな妹の頭を手櫛で()きながら、話を続ける。

 

「まったくこの寝ぼすけ。夜更かしのしすぎだ」

「だって仕方ないやん。観たいドラマがあったんやから……」

 

 しばらく手櫛で梳いてから、秋人ははやてを抱きかかえる。

 そしてベットの脇に置いてある車椅子に彼女を降ろす。

 

「ありがと兄ちゃん。ほな、わたしは顔洗ってくるなー」

 

 馴れた手つきで、車輪を操作しながらはやてはさっさと部屋を出て行ってしまった。

 さっきまでの眠気は何処かにいってしまったようだ。

 残った秋人は毛布をたたみ、カーテンを開け放ってからリビングへ戻る。

 

 

「ん~、ええ匂いや」

「さあ、早く食べるよ。俺も学校行かないといけないからさ」

「はーいっ」

 

 数分後にはやてはリビングに来た。

 いつの間にか着替えも済ませていた彼女は、すぐにテーブルに向かいご飯をよそい始める。

 もちろん秋人も着替えは済ませてある。平日なので制服だが。

 

 時間も八時を回ったので少しばかり急いで料理を運び、席に着いた。

 そして二人で手を合わせいただく。

 

「ごめんなぁ~、一緒にご飯作れなくて」

「別にいいけどさ、次からは考えてテレビは観てくれよ? あんな深夜に近い時間帯なら録画するなりあったじゃないか」

 

 秋人の言葉にはやては、「あはは」と苦笑いを浮かべるだけだった。

 まったく、と言いながら秋人はサラダを口に運ぶ。

 

「そうなんやけど、リアルタイムで観たかったんよ。それに兄ちゃんも面白かったやろ?」

「まあそうだけど……って、話を誤魔化すな」

「あう!?」

 

 コツンとはやての額を軽く叩く。

 大袈裟にリアクションをかましたはやては両手で頭を押さえて秋人を睨みつけてくる。

 そして口元を尖らせながら「暴力はんたーい」と拳を上げて抗議し始めたが、流石に構っていられる時間は過ぎてしまっていたので、秋人ははやてを放置して食を進めていたのだった。

 

 

 

 そして時刻は八時三十分。

 既に外は社会人は会社に、学生の皆様方は勤め先である学校に直行する時間帯であった。

 秋人も勿論その中の一人で、今は玄関先で靴を履いてる最中だった。

 その背には車椅子に乗るはやてがいる。

 

「今日は何時ごろに終わるん?」

「午前中に授業は終わるよ。終わったらすぐに帰って来るから、昼ごはんよろしく」

 

 靴を履き終わると、後ろのはやてから鞄を受け取った。

 ありがとう、とお礼を言ってから彼は玄関の扉を開ける。

 振り返るとニッコリと笑いながら手を振るはやてがいた。

 

「うん、お昼はまかしとき。美味しい料理作って待っとるよ」

「あぁ、じゃあいってくる」

 

 秋人も同じく手を振ってから、玄関の扉を閉めた。

 

「さて、少し急がないとな……」

 

 腕時計を眺めながら呟く。

 秋人は足早に歩を進めながら、自身の通う学校に向かっていく。

 

 

 

 私立風芽丘学園。

 これが秋人の通っている高校の名前だ。

 公立高校に比べ施設は充実しているので、彼は学園生活には特に不自由なく過ごしていた。

 

 入学当初は私立ではなく公立高校でもよかった、と自分を育ててくれた母に言ったのだが、当の本人は聞く耳持たず。曰く、「キチンとした環境で勉学に励んで欲しい」とのこと。

 

 学費を含め、世話をしてもらっていた本人が良いと言うからには、彼は黙って首を縦に振るしかなかった。

 そんなこんなで入学してから、二年という月日が経つ。

 同時に月日が経つごとに秋人は未だ家に留守を預かっているはやての姿を思い浮かべていた。

 

 ――――はやては故あって学校に通っていない。

 

 本来なら今年で小学三年生になっているはずだった彼女は、現在休学中である。

 理由として、はやての足にある原因不明の病があげられた。

 明確な治療法が見つかるまで通学させることは難しい、とかかりつけの病院からドクターストップがかけられている。

 

 なら、そんな状態の彼女を一人で留守番させていいのか? と思うかもしれない。

 秋人も最初……いや、今も思っている。はやてとは二人暮らしをしているので、その気持ちは尚更に強い。

 一時期はホームヘルパーを頼もうかと考えていたが、当の本人が頑なにそれを拒んだ。

 

 『そんなんいらへん! わたしがちゃんとすればええんやろ? 大丈夫や、食事、掃除、洗濯…何だってやってやるさかい、せやからお願いや兄ちゃん』

 

 と、いう本人の主張を尊重してのことで現在の状態を築いている。

 まあそれで今日までやって来れているのだから、我ながら凄いと感じていた。

 

 ――――いや、凄いのははやて、か。

 

 まさに有言実行とはこのことで、足に障がいがあるにも関わらず、はやては一般家庭の主婦様方と対して変わらない働きを見せている。

 自分には到底できないものだ、と感心する反面、悩みの種が増えているのもまた事実。

 

 はやては不遇な境遇に置かれながらも前向きで、優しい心を持ったヤツだ。

 そのせいで、はやては辛いことや悲しいことを一人で抱え込む癖がある。

 普段の生活でその影を色濃く見せることは殆ど無いが……。 

 

 だからこそ兄として――――はやてを支えてやりたいと強く思っていた。

 はやての両親は本人幼くして亡くなっている。

 そして、自身を育ててくれた母も十一年前に亡くなっている。

 更に何の因果か、母であったその人ははやての母親の妹だったというではないか。

 

 ちなみに母の名前は八神 晴香(はるか)という名前だ。

 秋人は幼き頃の記憶をハッキリと覚えていない。

 だが彼は、自分はきちんと愛されて育てられたと胸を張って言えた―――― 

 

 

 

 

 時刻は九時丁度。

 予鈴前に何とか間に合った秋人は、多少乱れ気味の呼吸を整えてから下駄箱に向かう。

 するとそこには、彼の見知った人間が同じく息を切らしながら上履きを履いていた。

 躊躇わずにその人に声をかける。

 

「おはよ、高町。お前もギリギリか?」

 

 声をかけた人物――――名は、高町 美由希といい、眼鏡に三つ編みが特徴の女の子だ。

 知り合ったのは高校に入学した時なのだが、ともに妹を持つ身として何か共感する所があったのか、割とすんなりと仲良くなった。

 秋人に声をかけられた美由希は、こちらを向くと疲れきった表情を浮かべつつ挨拶をした。

 

「お、おはよー……八神くん。うん、ギリギリだった……」

「俺はまあよくある事だからいいとして、高町がこんな時間に登校するんて珍しいね」

 

 靴から上履きに履き替えながら、息を整えている美由希に言った。

 対して彼女は、苦笑いを浮かべたまま答えた。

 

「い、いやーね。ちょーっと、うちの妹が落ち込んでてさ」

「確か、なのはちゃんだっけ? 何度か翠屋で見かけたことあるけどあの元気な子が落ち込むなんてめずらしいね」

 

 校舎の中を共に歩きながら疑問を投げかける。

 それには彼女も同意なのか、「そうなんだよねぇー」と心配そうに答えた。

 

 高町 なのは。

 姉である高町 美由希とは倍近く年の差がある姉妹だと、彼は記憶している。

 タイミングのせいもあってか今日まで直接的に会話をしたことはないが、何度か翠屋でその姿を確認したことがある。明るく、姉に似て活発で元気な女の子。

 風の噂で聞いた話だと、一時期はふさぎこんでいた時期があったそうだ。

 今はその面影を残している様子はないので、俄かには信じがたい話だが。

 

理由(わけ)を訊いても詳しく教えてくれないしさ、姉としてはもっと頼って欲しい所なんだけどね」

「ふーん。ちなみにどんな?」

 

 廊下を歩きながら再度問いかける。

 

「えーっと、『最近出会った人と仲良くするにはどうしたらいいのかな?』ってさ」

「それで、高町は何て答えたんだ?」

「取り合えず、『話しかければ?』って答えたよ。そしたらなのはは、溜息してから部屋にもどっちゃうし……どう思う八神くん?」

 

 教室の前のドアに手を掛けたところで苦笑いを浮かべた。

 当の本人は何がいけなかったのかなぁ~と本気で考えている辺り、何と言っていいのやら。

 ドアを開けて共に中に入る。

 

「それはなんと言うか、投げやり感がハンパないな。そこは『自分の素直な気持ちを相手に伝えたら?』って言った方がなのはちゃん的にもいい気がするんだけど?」

「そ、それだよっ!!」

 

 うんうん唸っていた美由希は、秋人の言葉を聞くなり彼の手をガシッと掴んできた。

 結構な握力のせいか、つかまれると同時に苦悶の表情を浮かべる。

 

「ほら、落ち着けって高町。みんな見てるぞ?」

「……へ?」

 

 冷静さを幾分取り戻した美由希は周囲を見渡す。

 そこに映るのは、クラスの視線、しせん、シセン……。

 それもそのはず、時間は予鈴をとっくに過ぎていて、HRが始まろうとしていた時間だから。

 普段ここまで騒ぎ立たない彼女を、クラスの連中は物珍しそうに見ていた。

 

「――――っ!! あ、あの、えと」

 

 自分の立場を理解したのか、顔を真っ赤に染め上げながら慌て始めた。

 横にいた秋人は、取り合えず自分の席に着くことにする。

 

「おーし、HR始めるぞーって、何だ高町。入り口で突っ立って何してるんだ?」

 

 謀ったように後ろから担任が教室に入ってきた。

 不思議そうに美由希を見る担任と目が合い、更に顔が赤くなる。

 

 うわー……真っ赤っか。

 

 見るに耐えないほどに紅潮させた頬を押さえながら、そそくさと自分の席に戻っていった。

 そんな様子を彼は眺めながら、あることを考えていた。

 

友達(トモダチ)……か。そういえばなのはちゃんは、うちのはやてと同い年だっけ)

 

 彼女から聞いた話だと九歳だっだはず。はやても来月に九歳になるし。

 彼女のあの明るそうな雰囲気からして、うちのはやてと気が会うのではないか?

 

(……機会があれば、紹介してみるのもいいかもしれないな)

 

 頬杖をつきながらそんな事を考えていた。 

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