彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第五話

 海鳴大学病院。市内で最も充実した設備を持つ病院で、はやてがかかりつけの病院でもある。

 自宅からこの病院までは主にバスなど、交通機関を利用して赴いていた。

 

『八神様。こちらへお越しください』

 

 受付の人に呼ばれ、彼はそちらに向かう。

 所定の手続きを済ませてから、はやての乗る車椅子を押して案内された部屋へ。

 失礼します、と扉を開け中へ入ると、そこにいたのは見知った顔の医師だった。

 

「こんにちは。いらっしゃい、二人とも」

 

 温顔に接してくるこの女性の名前は石田 幸恵。

 はやてがこの足になってから今の今までお世話になっている先生だ。

 秋人とはやては軽くお辞儀をして挨拶を済ませると、秋人は出された椅子に座った。

 

「こんにちはー、先生」

「寒かったでしょ、はやてちゃん。どう? 調子は」

 

 秋人がはやてからコートを預かるとさっそく、幸恵ははやての体調を確認し始めた。

 秋人はその様子を後ろから眺める。

 

 幸恵は二人を真っ直ぐ見てくれる(・・・・・)数少ない、大人の人間だった。

 彼等の周りにいる大人の人間は、ご近所の方々を含めてみんなやさしい人たちばかりだ。

 しかし何処か距離を置かれているような、哀れみを受けている気がしてならない。

 

 いわゆる”愛”や”温かみ”が普通の人より欠けている秋人とはやてにとって、そういう視線や雰囲気に幾らか敏感になっているようだ。

 どちらも仕方のないことなのかもしれない。もし、彼等がその人の立場にいるのなら多分同じようなことになっている気がするし、何より彼等自身がこの生活を望んでいるので、とやかく言うつもりもない。

 

(やっぱり大事だよな……こういうの)

 

 世間の目を抜きにしても、大人の人間がいないことは、十にも満たないはやてにとってはとても大きなことだ。それもただ単に大人がいれば良いものではないし、だからといって彼がその役目を担うことは永遠に叶わない。秋人ははやての()なのだから。

 

 それを踏まえると、この人の存在ははやてにとって大きい人だ。それも、女性だから尚更に。

 秋人の見る目からして今映る二人の姿は、医師と患者という枠ではなく母親と子、そんな風に見えていた。

 

「それじゃあ、はやてちゃん。向こうで簡単な検査するから看護師さんについていってね。お兄さんは私とお話して待っているから」

「はい。ほんなら、兄ちゃん行ってくるな~」

「いってらっしゃい」

 

 手を振ってはやては看護師に連れていかれた。

 残ったのは秋人と幸恵だけ。さて、と彼女は一呼吸置いてから話し始めた。

 

「見た感じだと、特に異常はないと思うわ。足の具合は相変わらずだけど……」

「やっぱりまだ原因が判らないんですね」

 

 落胆していると、幸恵はポンと秋人の肩に手を置く。

 

「絶対に治療方法を見つけてみせるわ。だから病気(こっち)は私にまかせて、秋人くんははやてちゃんを見てあげて、ね?」

「……はいっ」

 

 真っ直ぐ自分の目を見る、今一度この人を信じようと秋人は思った。

 

「さっ! この話はここまでにして、そういえばもうすぐはやてちゃんの誕生日だったわね」

 

 パンッと手を合わせて話題を変え始めた。

 

「あ、そうですね。ぼちぼち準備は始めてますよ」

「しっかりお祝いしてあげるのよ? お兄さん何だからね」

「大丈夫です。今日は翠屋の人にケーキを頼みましたからあとは俺の料理の腕次第ですかね」

「学校の方はどう? 楽しくやってるかしら――――」

 

 その後ははやてが戻ってくるまでの間、彼の学校生活やはやての事など話を膨らませていった。

 

 

 

 

 

「ただいま~兄ちゃん」

「おかえり、はやて」

 

 数十分後、看護師に連れられてはやてが戻ってきた。

 秋人は隣にきたはやての頭を撫でつつ、カルテと睨めっこしている幸恵に視線を移す。

 

「――――うん、特に異常値は見られなかったわ。この調子で頑張っていきましょうね」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながら幸恵はそう言った。

 その後は、ゆっくりと三人で談笑を――――と言いたいところだったが、生憎と彼女は他の患者の診察が残っているらしく、それはまた後日になった。

 別れ際に挨拶をしてから、秋人とはやては病院を後にした。 

 

 

 

「さぁて、此処から近い店はあるかな?」

 

 はやての乗る車椅子を押しながら彼は呟いた。

 

「んー…下手に新しく探すより、何時ものお店に行けばいいんとちゃう? 時間も時間やし」

「……ふむ」

 

 自身の呟きに答えるはやてを見て、それもそうかと納得する。

 時計を見ると四時を既にまわっていた。

 

「なら先に家に帰ろう、夕飯の準備もしないとだし」

「そういえば兄ちゃん。なにを買うん?」

 

 こちらに振り向いてはやてが訊ねてきた。

 

「朝食べるパンとかそんなところ。さっさと買ってくるからはやては夕飯の準備をしてくれると嬉しいかな」

「うん、りょーかい。あっ丁度バスが来たで!」

 

 はやてが指した方を見ると、タイミングよくバスが走ってきた。

 停車したバスに秋人とはやては乗り込む。帰宅時間のせいもあってか多少中は混んでいた。

 専用の席を譲ってもらい軽く会釈してから、はやての車椅子をそこに固定させる。

 

「バック持ってあげる」

「ありがと」

 

 はやてにショルダーバックを持ってもらい、秋人は吊革に手を伸ばした。

 同時にバスが動き出し、ゆっくりと外の景色が流れていく。

 そのあとは数十分ほどバスに揺られて自宅近くのバス停で降りる。

 日が少しづつ傾き始め、寒気が強くなっていく様子を肌で感じながら彼等は帰宅する――

 

「ん? なんだアレ……」

「どうしたん?」

 

 ――途中で道端にある物が目に入った。

 拾って確認してみると、種類は判らないが何かの宝石のようだった。

 はやても気になったようなので、それをはやてに手渡す。

 

「へぇー…綺麗な宝石やね。落し物?」

 

 宝石が裸で落ちていることに多少違和感を覚えたが、多分そうだとはやてに答えた。

 はやてから返されて再びその宝石を眺める。

 

「取り合えず買い物ついでに警察に届けておくよ。落とし主も困ってるといけないし」

「そうやね。お願いや兄ちゃん」

 

 頷くと一先ず宝石をハンカチに包み、バックのポケットにしまうことにした。

 それからは特に何事もなく無事に帰宅。

 ただいま、と彼等以外は誰もいない家にむかって言うと、先に秋人が家の中に入りリビングのテーブルにバックを置いたのち、室内用の車椅子を玄関先まで走らせた。

 玄関先で待っているはやてを抱きかかえ、室内用の車椅子へ。

 

「おおきに。それじゃあさっそく――――」

「手洗ってからなー」

 

 車椅子を走らせるはやてにむかって一言言い放つ。

 分かっとる、と背中越しに言ったはやては洗面所の方へと行くのを見届けると外出用の車椅子の車輪を綺麗にした後、庭に干してある洗濯物をしまう。

 

「じゃあはやて、行ってくるよ」

「うん、気をつけてな~」

 

 洗濯物をたたんでからはやてに出かけることを告げる。

 テーブルに置いてあるバックを持ち、玄関で靴を履いて外に出る。

 その際は鍵を閉め忘れることの無いように注意してから歩き出した。

 

「ふぅ~…寒いな」

 

 口から漏れる息は白く染まっていた。

 周囲に意識を向けると、風に吹かれる度に道行く人たちが寒さから少しでも逃れようと身体を丸めながら歩いていた。

 かく言う自分もマフラーに顔を埋めながら寒さを凌ごうとするが、あまり意味がないように見えた。

 秋人は少し足早に駆け出すとコンビニエンスストアが視界に入った。

 そこで彼の足は止まる。

 

(ん~コンビニで済ませようかな? いや、でもスーパーの方が安い気がするし……)

 

 その場で考え始めた。

 本来行こうとしたスーパーは此処よりも離れた場所にあるが、目的の品はコンビニにもあることが分かってる。

 だが値段のほうはコンビニよりもスーパーの方が安い。ならばなぜすぐにスーパーへと行かないのかと言うと――

 

「寒いんだよなー…正直言ってさっさと済ませたい」

 

 そんなことを口走っていた。

 

「なら、行ってやろうじゃないか! 俺に感謝するがいいコンビニよ」

 

 誰に言った訳でもないが、言いながらコンビニに足を運んでいた。

 自動ドアが開くと店員が「いらっしゃいませー」と恒例の挨拶が耳に入った。

 秋人は迷わず、目的の品のあるコーナーへ。

 

「食パンはー…あった。これと、菓子パン幾つか買っておくか」

 

 買い物カゴを持ってきてから、食パンと菓子パンを幾つかカゴに放り込む。

 

「むっ……抹茶大福だと!?」

 

 デザートコーナーが目に入るとすぐに大福を手に取る。

 大抵菓子類は翠屋で買うのだが、コンビニにあるデザートは偶に食べたくなることがある。

 今まさにその状況が訪れていた。

 

「偶には和菓子食べるのもいいよな? よし、二つ買っていこう」

 

 自分自身に言い聞かせるように秋人は二つ大福をカゴに入れてレジへ向かった。

 

(ん? これは――――肉まんか)

 

 レジで精算している途中でまたもや目に入るものが……。

 そういえばまだ今年になって中華まんは食べてないな、と不覚にも思ってしまった彼は――

 

「……すみません。肉まん二つ下さい」

 

 ――欲に負けて、頼んでしまった。

 ありがとうございました、と店員の声を背中で受けて店を出る。

 

「う、さ…寒い」

 

 自動ドアが開くと吹き抜けてくる寒気に身を震わせた。

 カチカチと歯をかち鳴らしながら歩き出そうとしたその瞬間――。

 

「――――待ってください」

「…え?」

 

 いつの間に横にいたのか、現れた金髪の少女に呼び止められた。

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