彼らの歩んだ道   作:紅氷(しょうが味)

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第七話

 わたしの足は、動かない――――。

 

 それはいつからだったのだろうか? 

 多分、今の自分から遡っていけばそう遠くはない過去(むかし)の出来事だと思われる。

 

 幼い頃よりわたしは家の窓から外を眺めていた。

 その目に映るのは自分と同年代の子供たちの姿だった。

 その子たちはみんな外で縦横無尽に駆け回っている。

 窓越しに伝わる喜怒哀楽の詰まった面と声音たちは、当時のわたしからはどう感じていたのだろうか。

 

 過去(むかし)のわたしからすれば、ただ純粋に疑問を抱いていた。

 でも未来(いま)のわたしからすればそれはとても――――。

 

 

「――――ん」

 

 不意に目が覚めた。

 なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。

 おぼろげな視界で視線を巡らせていくと、すぐに一人の人間が視界に収まった。

 その人は短い寝息を立てて安らかに眠っている。

 彼女はそっと手を動かし、その人の前髪辺りに触れてから横に流した。

  

「――おはよう、兄ちゃん」

 

 徐々に意識が覚醒していく。夢から現実へと移り変わっていく。

 掠れるような、短く発せられた一言は本人には届いていない。寝ているのだから当たり前だ。

 彼女は少しだけ布団から身を出し、時計を覗き込む。

 時刻は五時をまわったばかりだった。

 

「……どうしよう」

 

 大分早くに起きてしまったようだ。

 二度寝しようにも完全に覚醒してしまった今の彼女には難しい。

 あれやこれやと悩んでいると、横で眠る彼がモゾモゾと動き始めた。

 

「――――はやて、起きてるのか?」

 

 薄目でこちらを覗き込む彼――――秋人は眠たそうな声で話し掛けてきた。 

 わたしは苦笑いをしながら頷くと、彼はゆっくりと起き上がった。

 同時に大きく欠伸をすると、次いで身体を伸ばし始める。

 

「おはようはやて。……何だ、まだ五時じゃないか」

「おはよう兄ちゃん。うん、早く起きてもうた」

 

 あはは、と乾いた笑みで返す。

 すると秋人は半纏を羽織ってからベットを出る。

 

「もう起きるん?」

「まぁ偶にはいいだろ……はやてはどうする、まだ寝るか?」

 

 はやては彼の言葉に対し首を横に振った。

 そうか、と秋人は一言呟くとベットのすぐ脇にある車椅子をはやての目の前まで運んでくる。

 この一連の流れはもうお馴染みだ。次にどうすればいいのか……はやては毛布を退かし、寝たままの状態で両手を真っ直ぐ上に伸ばした。

 

 直後、彼女は短い浮遊感を身体全体で受ける。

 抱きかかえられたのだ。すると離れていた兄の顔が徐々に近づいてきた。

 相変わらず彼を見ると、心の隅で「わたしと兄ちゃんは全然似てないなぁ」と考えてしまう。

 

 血は繋がっていないのだから当たり前だ。兄にある黒髪、黒目ははやてには無いし、逆に彼女にあって彼に無いものも沢山ある。

 それでも秋人は彼女にとっての大切な”お兄ちゃん”で”家族”だった。

 

「おおきに、兄ちゃん。何時もありがとうなぁ~」

「どういたしまして。俺は先にリビングに行くから、はやては顔でも洗ってこい」

 

 今までの感謝の意を込めて言ったのだが、もちろん彼が知る由もなく普段通りに返してきた。

 秋人はそのまま先に部屋を出て行ってしまったので、はやても半纏を羽織ってから車椅子を操作してさっさと洗面所に向かうことにした。

 

「……寒い」

 

 廊下に出ると寒気が容赦なく彼女の身体を襲ってきた。

 五月半ばといっても朝方は冷えるので、この時期はこの寒さと毎日戦いを繰り返している。

 

 不幸中の幸い? と言っていいものか、足の方の寒さに関しては問題無かった。

 彼女の両足はピクリとも動かず、感覚も殆ど無いからだ。

 なので此処に冷水をかけようがわたしは感じ取ることが出来ない。

 

 しかしだからといって放置するわけにもいかないのだ。

 動かなかろうが何だろうが、別に両足が壊死しているわけではないため、冷えていたらキチンと温めてやらないと後々大変なことになる、と幸恵から聞かされていた。

 

「……冷たっ!?」

 

 そんな事を考えながら足に触れてみると、かなり冷えていたために声が漏れてしまう。

 いけない、とはやてはこの時期の必須アイテムであるひざ掛けを取り出し足の上にかける。

 それを済ませると、足を何回かさすった。これだけでも多少は違うはず――――

 

「……これくらいでええやろ。洗面所にいこ」 

 

 大体で終わらせると、彼女は洗面所に向かう。

 そこでもまた同じ事を繰り返したものだったから、リビングに向かうのに少しばかり時間が掛かってしまった。

 

 

 結局さっさと顔を洗ってリビングに行ったほうが賢明な判断だ、と言う事でリビングへ戻る。

 中に入ると暖房をいれているお陰か、暖かい空気が冷え切った彼女の身体を徐々に溶かしていくのがわかった。

 視線を巡らせて見ると、ソファーの方で寝そべっている秋人を見つけた。

 

 どうやらテレビをみているようだ。わたしが近づくとすぐに気がついて、互いの視線が重なる。

 

「顔洗うだけなのに随分時間掛かったな?」

 

 秋人の言葉に少しばかり頬を膨らませながら彼女は答える。

 

「仕方ないやん。わたしは車椅子(コレ)なんやから、どうしても時間が掛かってまうねん。どうせなら兄ちゃんに手伝って欲しかったわー」

 

 最後のほうは、棒読み気味に言葉を発した。

 正直言って別に車椅子だから時間が掛かった訳では無い。

 ただ単に寒かったから渋っていただけ。そのせいで余計に冷えてしまったのは内緒なのだが。

 

「身の回りのことはキチンとやるって言っただろう? それに今更、車椅子(ソレ)は理由にならん」

 

 彼女の発言が嘘だと解っているのか、起き上がってこちらを覗くその表情は笑っていた。

 

「ほら、寒かったんだろ。こっちに来い」

 

 秋人が手招きの動作をすると、彼女は無言のまま車椅子を操作して近づいた。

 ソファーの横に車椅子を停める。すると秋人が立ち上がり、はやてを再び抱きかかえる。

 そしてソファーの前まで運ぶと、そのまま彼はストンと腰を落ち着かせた。

 

「冷え冷えだな。はやての体は……」

「兄ちゃんは暖かいなー」

 

 秋人はぬいぐるみを抱えるように、はやてを後ろから抱きしめていた。

 それがとても温かくてぽかぽかしてくる。

 

「うわ、足なんてもっとひどいな。……足は寒くないんだっけ?」

「そうやけど、ちゃんとしなさいって先生が言ってた」

 

 彼が触れているであろう足を眺めつつはやては答えた。

 

「早く治るといいな……この足」

「……うん。なぁ兄ちゃん、ご飯作らなくてええの?」

 

 軽く返答して彼女は疑問を投げかけた。

 

「朝は昨日買って来たパンでいいかなって」

「お弁当は?」

「それは今ごはん炊いてるから別に後で良いの。それまでゆっくりテレビみてるつもりだよ」

 

 時計を見ると、六時までまだ半周残していた。

 

「なら、今日のお弁当はわたしが作ったる」

「……いいのか?」

 

 はやてはうん、と頷くと車椅子に乗せてもらうようにお願する。

 秋人はそれに従い、はやてを抱えて車椅子に降ろした。

 はやてはお礼を言うと、すぐにキッチンの方へと赴く。

 

 ――――さて、今日は何を作ろうかな。

 

 

 

 

「……そろそろ服を買おうかなと思ってるんだけど」

 

 時刻は七時をまわった頃。

 朝食であるハムエッグをフォークで突きながら呟く兄に彼女は言った。

 

「それは昨日コートを一着ダメにしたからやろ? どないしたらあんなにズタボロになるんやろな~?」

「うぐっ」

「それに昨日の夕飯を作ってる時にお箸も一つダメにしたし」

 

 やれやれといった動作を行なうと、秋人は言葉を詰まらせてそれ以上は言えないでいた。

 まあ、反応(それ)解っていてはやても言っているのだが。

 困った兄である。

 

「あ、あれは迷子の子の相手をしていたら盛大に転んじゃって――――箸に関しては元々壊れかけてたんだよ、きっと!」

「ふーんだ! 嘘言う子の話は、わたしは聞きとうありませ~ん」

「は、はやてー……」

 

 腕を組んで知らん顔していると、秋人は両手を合わせてすがるように謝り続けていた。

 許してやりたいのは山々なのだが、正直言ってあれはかなり心配したために複雑な気持ちでいた。

 

 なぜなら買い物に行ってくる、と言ってボロボロの状態で帰ってきたからだ。

 最初は何事!? と驚愕させられたが、当の本人は苦笑いを浮かべるだけで何も答えようとしない。

 話したとしても、今のような言い訳しか答えてくれない。

 

 まったく……。

 

「こっちの気もしらんで……ほんまに、兄ちゃんにもしもの事があったらわたしはどうしたらええねん」

 

 いつの間にか本音が漏れてしまった。

 その様子には些かの彼も気がついたようで、一度表情を戻すとそのまま頭をさげ始めた。

 

「本当に悪かった。以後気をつけるからさ……この通りっ」

 

 頭を下げて謝る彼を見てはやては溜息を吐いて返す。

 

「なら、今度駅前のクレープ屋さん奢ってや。それで手打ちにしたる」

「うっ……りょ、了解」

 

 秋人の返答を聞いて、はやては見えないように小さくガッツポーズする。

 

「さあ、早くご飯食べて学校の支度した方がええよ? 兄ちゃん♪」

「……へいへい」

 

 こうして、彼女は微笑みながら秋人の食べる姿をじっくりと眺めるのだった。

 

 

 

 時刻は八時を過ぎた頃。

 玄関で靴を履いている秋人を見送ろうと、彼女は後ろで待機していた。

 

「じゃあ行ってくるけど、戸締りキチンとしとけよ? はやて」

「解ってるよ兄ちゃん。はい、鞄」

 

 靴を履き終わった彼に何時もの如く鞄を手渡す。

 秋人はありがとう、とお礼を告げると足早に家を出て行った。

 

 何でも今日は少しばかり早く登校しなければならないらしい。

 バタンと扉が閉まり、秋人が鍵をかけるのを確認すると彼女は身体を軽く伸ばし始めた。

 

「ふぅ、よし! 今日も元気にいきましょか!」

 

 食器洗い、洗濯とやることは沢山ある。

 今日は天気もいいしちょっと頑張って外で干してみようか、と考えてみる。

 

「それから図書館に行って……あとはー」

 

 あれやこれやと考えながら自分の部屋に向かい、服を着替える。

 そして部屋を出る際にふと、本棚に視線を巡らせていった。

 

きみ(、、)も一緒にいこか」

 

 言いながら手に取ったものは、表紙の真ん中に十字架が象られた一冊の本。

 はやては少しの間その本を眺めてから、ギュッと抱きしめた。

 

「たまーに、こうすると落ち着く……不思議な本やね」

 

 特に今日のような懐かしい夢を見たときには尚更に。

 これははやてにとってお守りのような役割を果たしていた。

 この本の内容については、彼女には解らない。勿論秋人も同じく。

 中身を確認しようにも鎖が巻かれていて見るに見れないのだ。

 

 ――――でもいつかは知りたい、と切に考えていた。

 

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