アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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《どこの烏も黒い》

 この世界において、一番栄えているといってもいい都市の名前をケイオンといった。地方に出れば、それぞれの種族の影響が強い地域が存在するが、このケイオンは様々な種族が住んでおり、そのため物流が激しく活気のある都市だ。遠い昔、世界が混沌としていた時代、一番最初の王が降り立った場所とも、あるいは世界を支配した王がそれぞれの種族の(おさ)を集め、(いさか)いを仲裁した場所とも()われていた。この世界において『和平の象徴』とも言える都市が、このケイオンだった。

 そのど真ん中にそびえ立つのが、世界を支配する王の住む城だ。

 最上階、謁見の間に3人はいた。1人は玉座に腰掛け、もう1人はその前で跪き、最後の1人はその隣で突っ立っている。

 既にもの(・・)の交換は終えていた。玉座に座る黒衣の女性の手には、赤と青、2つの鉱石の結晶がある。

「伝承に従い、用意しておいて正解だったわ。もっとも、使者を送ってくるのは女神だけだと記されていたが」

 女性が満足気な口調で言うと、恐れ多くも玉座の前で突っ立っている男が「まあな」とぼやいた。

「交信だけしてても仕方ないだろ? 術式を繋ぎ直しておきたかったし。しかも、あれ(・・)を――」

 男は窓の外を親指で指した。

「――塞ぐには、あんたの協力が必須だ。お願いするなら、こっちから出向くのが義理かなって」

「義理、とはなんだ?」

「えーと、そうだな……例えば俺が果物を1個持ってて、あんたがそれを欲しがったとするだろ? そんな時はどうする?」

「持って来い、と言うが」

「持ってきてくれなかったら?」

「魔術で奪うが」

「ごめん、あんたが理解できるように『義理』を説明すんのは多分無理だわ」

 男は困ったように、微妙に白髪交じりの髪を掻いた。王はケラケラと笑うと、

「冗談だ。そのくらい私にも分かる。やらないだけで」

「余計最悪だな。その魔力、生まれつき?」

「そうだ。だが、操り切るには努力した」

「だろうな。今から30秒あれば何ができるよ」

「30秒? そうだな……」

「この都市くらいは消せるんじゃない?」

「失敬な。30秒あればケイオン4個分くらいは消せるぞ」

「聞かなきゃよかった」

 またケラケラ笑う王と、肩を落とす男。その横で、天使がオロオロと2人を見比べている。

「お、御二人共、お戯れはそこまでに……」

「そうだったな。時間がないんだった。で、あんたらの方はどうすんだ。伝承によれば……」

「使者を出す。そうだ。もう用意してある。が……」

 王はニタリと笑むと、粘着くような声で、

「その前に、お前の実力を見たい」

 男を指差して言った。それと同時に、2人の間に魔法陣が出現し、光とともに1人の少女が現れた。10歳程度の外見をした、長い髪の少女だ。その手には、10の(セフィラ)を宝玉で模し、それが21の(パス)で繋がれた聖樹(セフィロト)の形をした杖が握られている。

 少女のくりっとした目が、男を捕えた。その少女に王が命ずる。

「《戦え》」

「了解」

 少女が杖を構え、呪文の詠唱も無しに魔術を放った。小手調べにしては強力すぎる魔力弾を、男は軽々と避ける。背後で壁が崩れた。

「下がって。あと、これ持ってて」

 男は手振りで天使を下がらせ、背負っていたリュックサックを投げ渡した。それを受け取った天使はすぐに下がって、青い光の翼を2対出現させた。その翼が1枚1枚の羽に(ほど)け、彼女を包み込む光の繭を作り出した。

「これが伝え聞くところの《十二杖(じゅうにじょう)》って奴?」

 男が少女に尋ねると、少女は嬉しそうに微笑んだ。

「如何にも。(わらわ)が、我らが王より聖なる杖を賜った十二杖が一柱(ひとはしら)であるぞ」

「名前は?」

「人に名乗らせる前に自分が名乗るのが道理ではないかの?」

「そんなこと言ってる暇があったらさっさと名乗るのが合理的だ」

 少女はフンと鼻を鳴らすと、杖をくるりと回してまた魔力弾を放つ。男はそれを、避けない。握り締めた拳を鋭く打ち出して、砕く(・・)

 少女の顔つきが変わった。

 杖を握る手の人差し指で、その柄をピンと弾く。そこから光が柄を伝い、聖樹の最下部に位置する王国(マルクト)の宝玉を虹色に煌めかせた。そこから光が上へ上へと登っていき、最後に最上部の王冠(ケテル)が白く輝いた。

「少し、本気を出そうぞ。నాలెడ్జ్(知識よ)ప్రారంభ(疾く)ఓవర్(巡れ)

 唱えた呪文は、人間が出せるとは到底思えないような声で紡がれた。その呪文に応じ、杖の中央に青白い炎が灯った。変化はそれだけだった。しかし、それだけで彼女の持つ雰囲気が大きく膨れ上がる。

డాన్స్ఇసుక(砂よ踊れ)

 再び呪文を詠唱。すると、何処からともなく大量の砂が、少女の周りを取り囲むように出現した。その砂は少女を守護する壁に、盾に、攻撃するための剣に、槍に、斧に、形を変えていく。

「ハッ、こりゃ面白い」

 対峙する男は、微塵も気圧された気配が無い。拳を固く握り締め、砂の壁を打ち破るために駆け出した。それを阻もうとする砂でできた武器を紙一重で躱していくが、謁見の間を埋め尽くす砂は今尚その量が増えていっているため、幾らかはやむを得ず拳で砕いた。躱された武器は、その一つ一つが床を割るほどの威力を持っている。そして、その武器達は、砕かれたり攻撃を避けられるや否や砂へと戻り、新たに形を成していく。

 男が、飛んでくる剣の軌道を見極め、その柄を掴み取った。しかし、その剣も瞬く間に砂へと戻り、指の間から抜け出ていく。利用されることも対策済みらしい。

「キリがねえな。こっちも少し本気出すか」

 そう呟いた男は、無限に襲い来る武器を避け、砕きながら、わずかな隙を縫って、握り締めた左右の拳を胸の前で打ち合わせた。

 青い光が、炸裂する。その光を浴びた武器達が一瞬にして形を崩し、砂に戻った。無論、少女を守る壁も。そして、天使が紡いだ光の繭ももろとも。

 少女が目を見開いた。その時には、爆発的な瞬発力によって既に男は彼女に肉薄していた。

 しかし、少女も十二杖。王より直々に杖を賜った、最強の魔女の1人である。杖を持っている右手をぐっと握り締め、結界を張った。

 男は微かに表情を訝しげなものへと変えた。見たところによると、魔術ではないのだ。即ち、彼女が特性として持つ異能――しかし、そんなものは武器同様、砕いてやればいい。

 その結界に男の拳が触れた。2人が揃って瞠目する。

 結界は、男の拳の侵入を阻むようなものではなかった。男の拳が結界に入り込んでいく。

 男が瞠目したのは、結界に入り込んだ腕、それを覆う衣服が、先ほどの武器や壁のように形を崩し、砂へと変わっていったからだ。さらに言えば、男はこの結界を砕けると過信していた。

 少女が瞠目したのは、結界に入り込んだ拳が粒子化しないからだった。少女の異能は、万物を粒子に変え、それを再錬成することができるというものだ。なのに、男の腕はなぜか形を崩さない――

 気づけば、男の拳は、少女の眼前で静止していた。男がギリギリでブレーキをかけたので、彼の軸足は石でできた床を深く削っていた。

 両者ともに息はそれほど乱れていないものの、衝撃の表情を浮かべているお互いを見て、男はそっと手を引き、少女は結界を収めた。はらはらとした表情の天使は泡を食って床にへたりこんでいたが、争いが終わったことを確認するとようやく立ち上がった。

「……名前は?」

「……アルスメルじゃ。聞き返すが、汝は()じゃ?」

「俺は……ただの人間」

「それが嘘だということは、これからじっくり調べていくとしようかの。して、なぜ拳を収めた?」

「だって、このまま突っ込んだら裸にされると思って。美女2人の前でそれはちょっと……」

「3人、であろう?」

「いや、2人」

「王よ! 妾はこやつを好かん! ほかのに変えてくれ!」

 少女――アルスメルが後ろを向いてぎゃあぎゃあ言い立てるのを見て、『深き闇を抱く魔女王(ホロウ・ダークネス)』と呼ばれた王・ミルドレッドは満足そうに笑いながら、

「やだ」

 それをあっさり却下した。

 

「どうぞ」

「あ、無事だったね。ありがとう。これが吹き飛んだら洒落にならん」

「……それと似たような本を、我らが主神も所持しておりました。それはなんなのですか?」

「秘密の書だ。中には世界を滅ぼす方法が書いてある」

「主神もそう仰っておられました。そんな本に従っても良いのですか?」

「滅ぼす方法が書いてあるんだから、それを回避する手段だってわかるだろ?」

「……主神と全く同じ答えです」

「そこの王に聞いても、多分同じ答えだぞ。《どこの(からす)も黒い》ことがよくわかると思う」

 

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