アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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 お久しぶりです。今回は前回の反省を活かして、序盤から飛ばしていきます。


第1話「私と、アイドルやらない?」

 

 

 

 

 ――――なんでまだあの子達のこと気にしてるの。ちゃんと前を向きなさい!

 

 

 

 ――――お前に俺の気持ちが分かってたまるか!

 

 

 

 

 

 

…………

 

 青蘭神社は、商業地区から青蘭島中央にある青枝山(あおえざん)への長い階段を登って行った先に位置している。

 4月には満開だった桜も5月になるとすっかり散ってしまい、若い緑色の葉桜に囲まれた青蘭神社は、早くも夏の香りを感じさせるような姿になっていた。太陽が昇ると、木漏れ日が優しく神社を彩り、幻想的で神秘的な――まさしく《神域(しんいき)》と呼ぶのに相応しい様相を作り出している。

 神城(かみしろ)春樹(はるき)はその神社の奥――神主の一家が住む家屋の縁側で寝転んでいた。その隣には、一家の一人娘である神凪(かんなぎ)千鳥(ちどり)が、これまた春樹と同じように横になっている。

 

「いやー……この季節になるとここは本当に気持ちいいなぁ」

「そうねぇ……」

 

 2人は寝転んだまま、他愛もない話に花を咲かせている。春樹はさておき、千鳥はこうして気分良く寝ることが趣味の一つになってしまうほどダウナーな性格だった。

 少しツンとした顔立ちに艶やかな黒髪の持ち主である千鳥は、青蘭学園に通う生徒としても珍しく、青蘭島で産まれ育った少女だ。実家であるこの青蘭神社は、20年前に世界接続が発生した折に青蘭諸島が開拓された時に建てられた。元々本土に住んでいた神凪家は、とある人物の要請を受けて青蘭島へと移り住み、今に至るまで神主を勤めている。

 千鳥は、高等部に進級した折に学生寮である満月寮で生活し始めたものの、休日にはこうやって実家に戻り、家業を手伝っている。今はだらけているが。

 春樹は見慣れた天井を見上げたまま、千鳥に声をかけた。

 

「なあ、千鳥」

「なに?」

「……ありがとな。あの時、励ましてくれて」

「あの時……って、ああ。別にいいよあんなの」

 

 千鳥は半月ほど前に、初めてのブルーミングバトルへの不安で揺れていた春樹を励ましていた。そのおかげもあって、春樹は分の悪いブルーミングバトルを、辛くも引き分けまで持ち込むことができた。

 千鳥は、少し寂しそうな笑顔を浮かべて天井を見上げている。

 

「私たち、結構歳とっちゃったね」

「んなこと雄馬先生の前で言ったら、ぶっ飛ばされるぞ」

「ふふ、そうね」

 

 春樹と千鳥の関係は、春樹が中学2年の時に青蘭学園に転入した時から続いている。実は、去年青蘭を去った4人よりも付き合いが長いのだ。

 

「私ね……今思えば、嫉妬してた」

「嫉妬?」

「うん。美波(みなみ)たちに対する、嫉妬」

 

 千鳥は相変わらず、寂しそうな笑顔のままだ。だが、そこに少しの自嘲の色が差す。

 

「私は春樹と、中等部の頃から一緒だったのに、高等部にいきなり入ってきたあんたらが、私の春樹を取らないで、って思ってた……のかな。もちろん、みんなとも仲良かったよ? でも……心のどこかで、そう思ってた。私は誰とでもリンクできる代わりにエクシードは中途半端だし、春樹の力にはなれない……そう思ったら、怖くなったの。

 でも一番嫌だったのはね、みんながいなくなった時、少しだけね……『やった』って思ったことなの。これで春樹は、私のところに戻ってきてくれる、って……」

 

 千鳥の声が微かに掠れた。横を見ると、彼女は涙を流していた。

 

「やだよね、そんな子。最低だよね、友達の不幸を笑うなんて……。だから私は……春樹に……」

 

 もし仮にこの告白を聞いたのが1ヶ月前だったら。春樹は恐らく、千鳥に失望していただろう。それだけ、彼女らの存在は春樹の中で大きなものだった。

 しかし、今は違う。もちろん、今でも彼女らを大事に想う気持ちはある。決して色褪せない想いが。だが、それだけではない(・・・・・・・・)ということを、春樹は身を持って知った。美海や琉花、忍、兎莉子のお陰で。カレンやセニア、そして、ここにいる千鳥にも。

 それは、心に余裕ができた、とでも言うのだろうか。今までは、痛みの記憶にばかり目を向けて、自ら傷ついていた。しかし、そうではなかったと知ったとき、彼の視野が広がったのだ。

 

「別にいいよ」

 

 春樹が出した答えは、特に気負いのない声で発せられた。

 

「例え千鳥の思いがそうだったとしても……俺が浮かれて千鳥のことを(ないがし)ろにしたのは確かだし」

「そんな……蔑ろだなんて。春樹はちゃんと私とも喋ってくれてたじゃない」

 

 千鳥が驚いたように反論したが、春樹は起き上がって首を振った。

 

「それでも、なんていうのかな。千鳥は俺と2年間仲良くしてくれてたわけじゃん。でも、相性がいいプログレスができたからっていきなり放り出して……千鳥に対する感謝、っていうのかな。それを、忘れてた。忘れて、しかもみんながいなくなってからは自暴自棄になって人付き合いが最悪になって……挙句、俺を叱咤(しった)してくれた千鳥にあんなこと言って。最低なのは俺のほうだ」

 

 春樹は俯いて、厳しい眼差しで自分のつま先のあたりを見つめている。そんな彼を見て、千鳥も起き上がった。そして、春樹の背中を叩いた。

 

「じゃ、お互い様だね」

「お互い様?」

「うん。私もごめんなさい。春樹もごめんなさい。おあいこでこの話はおしまい。じゃないと、ごめんなさい合戦になっちゃうでしょ?」

「そう……だな」

 

 様々な感情が入り混じった曖昧な表情で笑う春樹。千鳥は彼の方に向き直って深く頭を下げた。

 

「春樹。ひどいこと言って、ごめんなさい」

 

 その真剣な声音を聞いた春樹も、ちゃんと彼女の方を向いて頭を下げた。

 

「俺も、ごめん。ひどいこと言って、付き合いも最悪になって、ごめん」

 

 縁側に、2人が頭を下げ合う姿が数秒間続いた。その(のち)に、2人は顔を上げると、お互いに微笑んだ。

 

「あの子達には……感謝しないとね」

「そうだな。みんな、いい子だ」

 

 春樹は自分のブルーミングバトル・チーム"スカイブルー・エレメンツ"を思いながら答えた。

 神社を囲む雑木林の中。冬の間葉を落としていた(くぬぎ)(ぶな)にも、それぞれ新しい葉が芽吹きつつある。一方で、1年間葉を落とさずに寒い冬を耐え抜いてきた(かし)の木は、これから来る暑い季節を待ち構えるかのように、空に向かって枝葉を大きく広げている。

 そよ風に揺られて騒めく新緑を眺めながら、2人の時間はゆっくりと過ぎていった。

 

…………

 

 ほぼ同時刻。

 

「…………」

 

 昼下がり、青蘭学園所属の学生寮『満月寮』の食堂。

 普段は寮で昼食は出ないのだが、ゴールデンウィーク中なので、ということで寮母の好意で出してくれた昼食は全員食べ終わっている。だというのに、そこには1つのテーブルを囲んでいる9人の少女がいた。

 何をしているかといえば、部屋別対抗、2人1組で4チーム。人生ゲームである。残った1人はゲームの親だ。

 

「よーし! 次は私たちの番だね! ルーレットは……3? 1、2、3……いやー! 沙織ちゃん! 家が燃えたんだけど!」

「え!? うう……あの時お金が心もとないからって火災保険に入っておかなかったのが裏目に出たね……」

 

 1つ目のチームは、栗色の髪をツインテールに結った活発な少女・日向(ひなた)美海(みうみ)と、如何にも大和撫子然とした黒髪ストレートの落ち着いた少女・岸部(きしべ)沙織(さおり)。両者共に自宅が全焼したショック(というよりかは多額のペナルティ)に落ち込んでいる。

 

「ふふ、美海チームは運に見放されたようね。じゃあ次は私たちの番、と。琉花、4以外ならなんでもいいから出そう!」

「オッケー! この私のルーレットテクを見よ! ……あ、4だ。車故障して修理費プラス1回お手つき!?」

 

 2つ目のチームは、学生の身でありながら青蘭島の顔として広報活動に勤しんでいる(アイドルをやっている)少女・小鳥遊(たかなし)希美(のぞみ)と、ボーイッシュな格好と言動をしたサイドテールの少女・那月(なつき)琉花(るか)。他人の不運を喜んでいたのも束の間、あっという間にこちらも窮地に追い込まれて意気消沈している。

 

「じゃあ次は私たちの番ですね。ルーレットは……7。あ、泥棒を捕まえて感謝された、だって葵ちゃん! なんかお金も貰ったけど」

「やったわね兎莉子! このまま順調に進んで行けば、最下位にはならなさそうね」

 

 3つ目のチームは、ウェーブの掛かった髪を伸ばした、儚い姫君のような雰囲気の少女・生嶋(いくしま)兎莉子(うりこ)と、それとは対照的に艶やかな黒髪をポニーテールに結った、刃のようにシャープな美貌を持つ少女・御影(みかげ)(あおい)。こちらは特に大きな不幸に見舞われることもなく、順調に駒を進めている。

 

「さあ、拙者の番でゴザル! ルーレットを回して……」

「忍、経理ばっかりやだ。私も回したい」

「仕方ないでゴザルなぁ。……6? ま、埋蔵金を掘り出した!? なんたる運でゴザろうか……!」

 

 最後のチームは、奇妙な帽子を被り、室内なのに赤いマフラーを着用して、まるで忍者のような口調で喋る少女・風魔(ふうま)(しのぶ)と、その場にいる少女らの中でも一際小柄で、ぶかぶかなパーカーにうずくまっている物静かな少女・古谷(ふるや)樹理(じゅり)。忍は樹理の豪運に驚愕した表情、一方の樹理はなんてことない顔でコーヒーの入ったマグカップを傾けている。

 この8人は青蘭学園高等部に通う1年生である。そして、このゲームの親を、

 

「これは忍ちゃん、ルーレットは樹理ちゃんに任せて経理に回ったほうがいいんじゃない?」

 

 2年生で風紀委員に所属している、短めに切りそろえた髪をピッグテールに結っている快活な少女・東条(とうじょう)(はるか)が勤めている。はっきり言ってゲームの親など、お金をあげたり奪ったりするだけで「見ているだけ」の延長である。だが、人生ゲームというものはなかなか稀有(けう)なゲームで、やるよりも見ている方が面白いことがある。少なくとも、いよいよ不運なマスが現れてゲームが荒れ始めている今は面白い。

 もう何ターン過ぎたかは誰も覚えていなかったが、みんな和やかにゲームを進行させていた。上位争い組と下位争い組で分かれてしまい、どちらも無駄にライバル意識を燃やしている。

 

「次は私たちのターン! ルーレットは……8! やった、一気に進めるね!」

「あの……美海ちゃん、落とし穴に落ちて1回お手つきって……」

「なんで!? なんでそこに落とし穴あるの!? ていうか人生ゲームで落とし穴って逆に珍しくない?」

「ふふ、不運は重なっちゃうのね。次は私たちの番」

「いや、車壊れたからお手つきだよのぞみん」

「そ、そうだったわ……」

「私たちは……4ですね。あ、なんかプレイカードを引けって出ました」

「プレイカードねー。はいはい。さあ、好きなのを取りたまえ」

「うーん……ここは葵ちゃんに引いてもらいましょう」

「え、私? じゃあ……これだ! お? なかなか使えそうなのが……ほら兎莉子」

「おおー! でもこれ、美海ちゃんチームか希美ちゃんチームに使ったらイジメになっちゃうよね」

「仕方がないさ。この世は弱肉強食なんだから。弱者が肉となるのも(ひつ)(じょう)なのさ……」

『何を引いたのー!!』

「うむ。では拙者らの番でゴザルな」

「……私がルーレット」

「いや! ここは拙者にも運があるということを証明するでゴザル! 樹理殿におんぶにだっこでは風魔の名が泣くでゴザルからな!」

「3。……強制出資でさっきの埋蔵金全部持ってかれたんだけど……」

「な、なにぃー!?」

「でもほら、出資だからそのうちいいことあるかもよ?」

 

 などと食堂を賑わしていると、そこに1人の少女が入ってきた。

 

「あら、賑やかね」

「お姉ちゃん!」

 

 真っ先に反応したのは遥だ。食堂に入ってきたのは、遥と全く同じ色の髪を伸ばした背の高い少女・東条(ゆう)だった。苗字の通り遥の姉で、活発な笑顔が特徴的な遥と比べ、悠はかなり落ち着いた雰囲気である。高等部の3年生で、現在は風紀委員長を勤めている。

 

「人生ゲーム?」

「そう! 1年生が部屋別で対抗戦やるーっていうから、親をやってるの」

「へえ、楽しそう。私も見てていい?」

 

 1年生達の答えはもちろん「いいよ」なのだが、なにせ相手はお堅い(と思っている)風紀委員の(おさ)である。あまり3年生とは会話する機会がないし(一応同じ寮生だから、困ったことがあれば相談したりもするが)、その「いいよ」にしても、満面の笑みで言えたものではなかった。もっとも、少し時間が経ってからは、

 

「あー! 今の、もうひとつ大きければ避けられたのに! 惜しかったわね!」

 

 とか、

 

「あら、資産大幅アップじゃない。すごいわね!」

 

 とか、のめり込んでいる。傍観者なのに。

 彼女が図っていたのかは知る由もないが、そのおかげで1年生たちの緊張は少しずつほぐれていった。

 

 結局そのゲームは、なんとか忍&樹理チームが逃げ切り、尚且つ美海&沙織チームと希美&琉花チームがお互いの足を引っ張りあった挙句同じターンで破産するという悲惨な結果に終わった。

 そして、続く2ゲーム目には「私たちもやりたい!」という悠の発言により東条姉妹チームを加えた5チーム対戦になる。

 当然ながら先ほど以上にはしゃぐ悠と、それに釣られてよく笑う遥を見た1年生たちは、2人に対する親近感をより深めることになった。

 

 ちなみに東条姉妹チームは、悠の采配ミスで1回破産しかけたにも関わらず、なんだかんだで1位になった。

 本人ら曰く、『姉妹パワー』のおかげらしい。

 

…………

 

 次の日。

 

「でね、結局両方とも破産しちゃったんだよ~!」

「はいはい、分かったから。これからは足を引っ張り合うんじゃないよ」

 

 春樹と美海は、青蘭島商業地区へと足を運んでいた。美海が「春樹くんの服を選ぶよ!」と言ってチームメンバーである琉花・忍・兎莉子の3人を誘ったのだが……。

 

「まさか、全滅だなんて……」

「仕方ないよ。用事は誰にだってあるもんだ」

 

 琉花と忍は樹理と一緒に行く場所があるらしく、兎莉子は葵と先約があったとのことだった。

 

「というか、言い出すタイミングが遅すぎるだろ。なんだよ昨日の晩って……」

「うう、それまで知らなかったんだもん」

「ま、俺が暇で良かったな」

「うん!」

 

 春樹の服選び、という目的は、後付けのようなものだ。今日は、本来の目的が別にある。それは、商業地区の北広場で行われるチャリティコンサートだ。そこに希美が出演すると美海が知ったのが昨日の晩。それから急に招集をかけたため、たまたま暇、というか元々様子を見に行こうとしていた春樹以外は誰も集まってくれなかった。

 

「でも、希美もすごい度胸だよね。昨日の午前中にリハーサル終わらせて、午後から人生ゲームやってるなんて」

「うん! 希美ちゃんは昔からすごいんだよ!」

「あ、そういや、幼馴染だったっけか」

「そうなの。いつも一緒に遊んでてね。アイドルごっことかしてたなぁ。『いつか一緒に歌おーね!』って約束して……まあ、その、私音痴だからアレなんだけど」

 

 などと談笑しながら時間が過ぎていく。

 余談だが、希美は小学校を卒業すると同時に青蘭諸島に渡り、青蘭学園の中等部に入学した。つまり、希美よりも1学年上で、()つ中等部2年から編入した春樹とは、「青蘭滞在歴」とでも言うべき期間が同じなのである。中等部は高等部に比べて生徒の数が極端に少ないため、学年を超えての結びつきが強いという側面もあり、実のところ希美と春樹はだいぶ親しかったりする。小学校を卒業するまで一緒だった美海と、中学生になってから親しい春樹が、今や相性抜群でチームを組んでいる、というのは、希美にしてみれば数奇な話であろう。

 美海には何着も見繕ってもらったところ悪いのだが、なんとなく春樹のセンスとはかけ離れた服を大量にチョイスされたため、その中でも彼のセンスに沿うような物を少しだけ購入。「外で食べたい!」という彼女の要望により、中央広場に集まっている屋台の内の1つでタコスを買って、ベンチに座って食べる。そういえば、美海と出会った次の日に、こうして中央広場の噴水を眺めながらクレープを食べたなぁ、と思い出していると、案の定彼女が「デザート!」と言い出した。正直、予想していた。

 

「そこまでデフォルトなのな、お前……」

「えへへー」

 

 決して褒めているニュアンスではないのだが、頬を緩ませながらクレープを幸せそうに頬張る美海は、なんだかんだ言って本当に可愛らしい。

 始めて出会った時にも思ったが、彼女の笑顔にはどことなく「(はな)」がある。見ているこちらも幸せになってしまうそうだ。

 

(いや、なってしまいそう、じゃない。まさに幸せだな)

 

 昨日、自分が千鳥に言ったことを思い出す。

 みんな、いい子だ、と。

 他の3人はひとまず置いておくとして、美海は割と天然で行動が危なっかしいところがある。本人にも自覚があるようだが、あまり頭が良いわけでもない。でも、その底抜けな明るさと社交性の高さは、それらの欠点を補って余りある長所だ。()く言う春樹も、美海の笑顔で前向きになれたことがある。

 人懐っこい()(ねこ)、とでも言えばいいのだろうか。

 しかし、彼女の性格以上に何が仔猫っぽいかというと、

 

「春樹くーん、美味しいね~」

「ちょ、あんまくっつくなって」

 

 春樹に気を許しているからか、結構じゃれついてくるのだ、美海は。周りの目もあって気恥ずかしいので、春樹は彼女の頭を掴んで引き離したが、せっかく好意を向けてくれているのに無碍にあしらうのはちょっと可哀想なので、そのまま手を優しく動かして頭を撫でる。すると美海は、それこそ仔猫のように目を細めた。本人は同性に対するスキンシップとほとんど同じだと思っているのだろうが、春樹にしてみれば相手は宝石のような美少女。彼がドキドキしてしまうのも仕方がないことだ。

 そうこうしている内に、コンサートが始まる時刻が近づいてきた。のんびりするのも程々に、中央広場からアーケード付きのメインストリートを通って北広場へと向かっていると、見覚えのある顔に出会った。背の高い美女と、背の低い男の子。

 

「アウロラに俊太じゃん」

「あら、春樹くん。こんにちは」

「アウロラ先輩に俊太くん、こんにちはー!」

「あ、先輩と日向。えと、こんちは」

 

 春樹が声をかけると、前を歩いていた2人は振り返って会釈した。

 背の高い美女の名前はアウロラという。春樹と同学年で赤の世界から来たお嬢様だ。優しげな表情とたおやかな体つきが(あい)()って、まるで天使か女神のような神々しい美貌に溢れているように見えた。そして、実際に彼女は慈愛に満ちた性格で、下級生どころか同級生にも、ともすれば上級生からも頼られるような少女だった。

 対して、背の低い男の子の名前は永瀬(ながせ)俊太(しゅんた)という。こちらは美海と同学年で、名前の通り日本出身。中性的な顔立ちで背が低く、明るい茶色の髪(染めているわけではないらしい)も肩あたりまで伸ばしたものを後ろで1つに結っているため、一見して女子に間違えられかねない容姿の持ち主だ。「かわいい」男子なのだが、本人は「かわいい」と言われるのが嫌なようで、入っている部活は剣道部、と日々男らしくなるために頑張っているらしい。

 

「もしかして、コンサート見に行くの?」

「ええ。希美ちゃんが出るって言うから。この子たちも見たいって」

 

 そう言ってアウロラが指さした先は、俊太が持っている編みバスケットだ。その中に、

 

「ハル! おひさ!」

「こんにちは、ハルキ」

「あ、フローリアにルビー。お前らもいたのな」

 

 身長30センチもない妖精が2匹入っていた。小さくて、透き通った羽が生えている、と、容姿は通常の妖精と同じだが、2人はそこらへんの妖精とは違う、人間と同レベルの知能を持つ上級妖精だ。元々は(しょう)(せき)(とう)の森の中に棲んでいたが、アウロラと出会ってからは彼女に懐くこと懐くこと。結局今では赤の世界用の学生寮『(ふみ)(づき)寮』で、寮母のお手伝いをしながらのんびり暮らしている。

 バスケットから身を乗り出してニコニコと春樹に手を振っているのは、《花》の妖精フローリア。すまし顔でいるのは《紅玉》の妖精ルビーだ。どちらも核となる要素が表に(あらわ)れた格好をしており、前者は花の髪飾りを、後者は赤い宝石のブローチを身に付けている。

 と、ここでフローリアとルビーを見た美海が、

 

「あ、春樹くん! この子たち妖精さんだよね! お話できる妖精さんだよね!」

「そうだな。前に見た子たちとは違うな」

「わーい! 私は美海だよ!」

 

 と妖精2匹に飛びつく美海。妖精たちもそれに快く応じている。

 それを脇目に見ながら、春樹はアウロラに声をかけた。

 

「そういえばアウロラは、希美のファンだったな。どうして今日はまたみんなで」

「ええとね、希美ちゃんがチャリティコンサートに出るんだよっていう話をシュンくんにしたら、興味を持ってくれたみたいだから、せっかくだしみんなで行こうって」

「なるほど。なに、お前希美に興味あんの?」

「え? いや、そういうわけじゃなくて。なんつーか、同い年なのに人の前に立てるってすごいなーって思ったから……」

「ははぁ。お前もいろいろ考えてるんだな」

「春樹先輩も日向も、もう人前に立った立場でしょ?」

「あー、バトルやったからな。でも結構夢中でやってたから、緊張してたのは最初だけだったな」

「そういうシュンくんだって、中学生の時に剣道の大会に出ていたんでしょう?」

「でもあんなに人多くなかったし……俺が出てる試合以外にも幾つか同時進行でやってたから、(みんな)が皆俺の試合見てたわけじゃないし」

 

 そんな雑談をしながら(美海はフローリア、ルビーと戯れていた)アーケードを抜け、北広場に出ると、既に多くの人々で賑わっている様子だった。当然ながら出演するのは希美だけではなく、集まっている人々の目的として一番多いのは、近頃人気の黒の世界出身の歌手であろう。だからといって、希美に人気がないわけでは断じてないのも確かだ。デビューして既に3年が経ち、彼女の成長を見届けたいと思う一定層の固定ファンが多くいるのだ。何を隠そう、言ってしまえば春樹だってその1人である(実は、出ている彼女のCDは全部買っていたりする)。

 ざわめきの中でアウロラや俊太と話していると、不意に背中を叩かれた。なんだ、と(いぶか)しんで振り向くと、そこには2人の少女が立っていた。片方は満面の笑みで、もう片方は少し申し訳なさそうな顔をしている。

 

「こんにちは、春樹センパイ!」

「こ、こんにちはです」

「なんだ、エルエルとレミエルか」

 

 2人の少女は、どちらも赤の世界から来た天使だった。ニコニコしている方がエルエルといい、控えめな方がレミエルという名前で、姉妹のように仲の良い、中等部3年に通う生徒だ。2人とも翼を畳んで法衣のような形に変えてあるが、頭の上にはちゃんと天使の輪が浮いている。それに、エルエルには側頭部にも小さな羽が生えていた。

 

「センパイ! こないだのバトル、ちょーすごかったです! 私、感動しました!」

「そか、ありがとな」

 

 エルエルはいつもハイテンションで、誰とでも友達になりたがる少女だった。そして、彼女自身の特徴として、人と人の間にするっと入ってきてどちらにも懐いてしまうという、不思議な少女でもある。

 

「せ、先輩。私も、その、感動しました。引き分けはちょっと残念でしたけど、その、あの、これからも頑張ってください!」

「ありがとう、レミエル」

 

 対するレミエルは控えめな性格だが、なんとなく庇護欲をそそる少女だった。彼女は普通の天使とは異なり、通常2枚あるはずの翼が1枚しかない。普通と違う、そのせいでオドオドするようになってしまったようだが、少し付き合ってみれば実は芯の強い少女だということがすぐに分かる。

 

「あ、日向センパイだー! こないだのバトルすごかったです!」

「ん? えーと……」

「私エルエルって言います! 中学3年生です! 友達になってください!」

「エルエルちゃん? もちろんだよ! なんだか気が合いそうなオーラを感じるよ」

 

 なんだかハイテンションな2人が意気投合している傍ら、春樹はレミエルに尋ねた。

 

「で、2人は何しに来たの? もしかして、これ見に来たの?」

「え? これは……?」

「このコンサートに希美が出るんだよ」

「そうなんですか? ならもう少し余裕を持って来ればよかったなぁ……私たち、サイオンお兄様におつかいを頼まれているのです」

 

 サイオン、というのは、青蘭学園で音楽の講師をしている赤の世界出身の男性で、レミエルとエルエルの保護者でもある。聞けば、ゴールデンウィークなので、中等部に通う学生用の寮『長月寮』から鐘赤島にある彼の家に帰省(?)していたところ、少しおつかいを頼まれたのだとか。

 エルエルが初対面である俊太まで巻き込んでいる横で話を聞いていたアウロラが、

 

「まあ、そんなに時間押してないなら見ていきましょうよ、せっかくだし」

「そうですね……お兄様はあまりそういうことにうるさくない方ですし、見ていくことにします。希美先輩の歌、好きなんですよ。ねえ、エルエルー?」

「ほいさ! なーに、レミエル?」

「このコンサートに希美先輩が出るから、ちょっとだけ見ていくことにしよ?」

「え、ホント? 見てく見てくー!」

 

 エルエルは頭の羽をパタパタさせて喜んでいる。彼女は嬉しくなると頭の羽を盛んに動かす癖があった。まるで子犬のようだ。逆に落ち込んでいると頭の羽までしょんぼりしてしまうという、とにかく感情が表に出やすい子であった。

 結構な大所帯になってしまったが、青蘭学園は生徒数が全部で200人もいない小規模な学園であるため、学年内はもとより、学年同士のつながりが強い。そのため、皆が皆知り合いということも、あまり珍しいことではないのだった。特にエルエルは、出会ってしまえば誰でも友達になりたがり、相手もそれを断る理由がないので、もしかすると青蘭学園の生徒で1番交友関係が広い少女かも知れない。

 しばし歓談していると、いよいよコンサートが始まった。希美の出番はまだだが、どの曲も不思議と元気が出てくるような曲で、聴き入ってしまう。黒の世界や赤の世界の歌には、本当に魔法でも込められているのだろうか。

 

(そういえば、ルビーは特に歌が好きだったっけ)

 

 ちらりと横を見ると、バスケットの中から身を乗り出して、紅玉のような赤い目をキラキラさせているルビーが目に入った。どちらかといえば彼女は歌う方が好きだったはずだが、こうして歌を聴く事も大好きらしい。

 いつの間にか幾つかの歌が終わり、いよいよ希美の出番がやってきた。仮設ステージの上に彼女が登場すると、他のどの歌手にも劣らない喝采が上がった。

 

「みんなー、今日はコンサートに来てくれて、本当にありがとう!」

 

 希美のよく通る声が広場に響き渡る。二言(ふたこと)三言(みこと)喋った(のち)、いよいよ彼女が歌い出した。

 彼女のエクシードは『印象操作』という、かなり特殊なものだ。効果は読んで字の如く、対象のイメージを変えることができる。流石に自由自在に、とはいかないようだが、今の彼女は自分にそれを使っている。

 青蘭学園の校則に「学外でのエクシードの使用は原則禁止」というものがある。だが、彼女は青蘭学園公認のアイドルであるため、多少の使用が許可されているのだ。とはいえ、他のプログレスにしても、軽度の使用ならば黙認、という空気はあるのだが。例えば、『風を操る』という美海のエクシードでそよ風を吹かせてみたり、『液体を操る』という琉花のエクシードでコップの中の水を操ってみたり。

 ともかく、黒を基調としたアイドルらしい衣装に加え、自らのエクシードで着飾った希美は、それはもう惚れ惚れするほど綺麗だった。ただ、彼女を至高たらしめているのは衣装でもエクシードでもなく、その満面の笑顔と、心から楽しんでいるのがはっきりと分かる歌の2つだ。

 彼女はまだ高校生。他の成人しているアイドルや歌手に比べれば、多少拙い点はいくつもある。だが、そういう欠点すら魅力に変えてしまう、そんな不思議な力が、その歌には込められているように感じた。それはきっと、日々(たゆ)まぬ努力を積み重ねているが(ゆえ)の輝きなのだろう。

 どのくらい希美が歌っていたかは分からなかったが、あっという間の数分間だった。周りを見渡すと、皆笑顔で拍手を贈っている。美海やルビー、フローリアやエルエルなど飛び上がっているほどだ。普段は落ち着いているアウロラとレミエルでさえ、興奮した面持ちで手を叩いている。

 そんな中、俊太だけは、笑顔を浮かべつつも、どこか下向きな表情だった。

 

…………

 

「今日は来てくれてありがとね」

 

 日が傾き始め、コンサートが終わってステージの撤収が始まった頃、希美はまだ広場に残っていた春樹達のところへやってきてくれた。

 おつかいがあるので、と途中で抜けたレミエルとエルエルと、コンサートが終わってすぐに「ぜひ希美ちゃんの歌をもっと知ってほしいわ」と言ってCDショップへ俊太を引きずっていったアウロラと妖精2匹がいなくなり、広場に残ったのは春樹と美海だけだった。

 

「希美ちゃんすごかったよ! またコンサートするならもっと早く教えてよ! 今度はみんなで見に行くから」

「ありがと。ま、その時はその時ね」

 

 美海の賛辞をサラッと流す希美だが、その頬が赤いのは夕日のせいではないだろう。ステージの上では純朴な子っぽく見える彼女だが、普段はなかなかにツンツンした性格である。悪い言い方になるが、アイドルをしているときは可愛子ぶっているのだ。まあ、どちらの希美も素直で且つ照れ屋なので、「そこが可愛い!」と評判だったりするのだが。

 「すごいよー」を連発する美海と、頬を赤らめて「そんなことないって」で反撃する希美。それを見ながら「俺もすごかったと思うよ」と茶々を挟んだりしていると、向こうから知り合いの講師が歩いてきた。

 

「よう、お前らちゃんと見てたか?」

「へ? あ、雄馬先生だ!」

 

 歩いてきたのは、青蘭学園で体育の講師をしている岸部(きしべ)雄馬(ゆうま)という男性だった。身長は170センチほどと男性にしては低めながら、言い知れない《大きさ》を持っているように見える。初対面なら思わず圧倒されてしまいそうな雰囲気だが、既に3人はそれに慣れていた。付き合ってみれば、非常に気さくで頼れる存在なのだ。

 

「ちゃんと見てたか、って、雄馬先生、いませんでしたよね?」

「俺は裏にいたのさ。希美がステージに出るときにはボディガードやってんの」

「ええ? 講師なのに?」

「どっちかっつーと、講師だから、かな」

 

 彼は教師ではなく講師なので、青蘭学園で教えている、というより、青蘭学園に教えに来ている、という表現が正しい。なので、彼が教鞭を取っていないときは、こうして外部で何かしていることがある。もっとも、希美は青蘭学園公認のアイドルであるため、これも学園の仕事の一環として見ることもできるが。

 

「まあ、ボディガードとか言いつつ、結局はただの話し相手になっちゃってるけどね」

「リラックスは大事だ。だろ?」

「まあそうだけど」

 

 また余談になるが、仮にも講師である雄馬に対して、希美はタメ口で喋る。それは、小鳥遊家が青蘭島へ移住し、希美がアイドルとしてデビューする際、彼女の両親が雄馬をボディガードとして雇った時、彼らが雄馬に付けた条件のひとつに「希美の話し相手になってやって欲しい」というものがあったからだ。

 当時の希美は非常に内向的な性格で、友達が出来るかかなり怪しいレベルだった。本土にいた時はもっと活発だったのに、と、急な娘の変化に彼女の両親は頭を抱えていたが、そんな時、とある講師の話が彼らの耳に届いた。少し調べてみると、(くだん)の講師――岸部雄馬の評判は様々な場所から入ってきた。意見はもちろん三者三様だったが、皆が口を揃えているのが、

 

 ――女の子の心を開くことに関しては、彼の右に出るものはいない。

 

 正直任せるのが不安だったが、彼らに対して雄馬が見せた誠意は疑いようもないものだったので、様々な条件の元に契約を結び、彼に(まな)(むすめ)を託すことにしたのだ。

 その仕事が上手く行ったかどうかは、現在希美の両親が青蘭島を離れていることからも明らかである。雄馬は見事契約を履行し、彼らの信頼を得るに足る仕事をやってのけたのだ。希美は心を開き、今に至るまで頑張って学生とアイドル業を両立させている。

 女の子に甘い雄馬ではあるが、他者との信頼に何よりも重きを置く彼の生き方は、それだけで色々な人を引き付けている。

 その雄馬が、

 

「でさ、春樹よ。ちょっと提案があるんだけどな」

「なんですか?」

「俺のチームとブルーミングバトルしない?」

『え?』

 

 春樹と美海はそろって口を開けた。雄馬は頭の右前の方を掻きながら、

 

「いやな? ちょっと先の話になるけど、ちょっとした大会があるんだよ。20歳以下のプログレスで構成されたチーム2つで登録して、その2チームでバトル。勝ち負けは問わず、バトルの質を見るっていう大会がな」

「はあ。で、それに出ろと」

「そういうこと。バトル経験は多い方がいいからな。どうする?」

「俺は……まあ、構いませんけど、美海は?」

「私もオッケーだよ! でも琉花ちゃんと忍ちゃんもいるから……で、雄馬先生のチームって誰なんですか?」

「それは秘密。……だとズルいから教えてやる。1人は()()()だ」

 

 と言って雄馬は希美の頭をぽんと叩いた。

 

「え!? ウソ!?」

「嘘なもんか。なあ、希美?」

「そうね。あと沙織も含めて、今のところ2人かな」

「沙織ちゃんも!? どうしよう……」

 

 美海が頭を抱える傍ら、春樹も少し悩み始めた。沙織のエクシードがどんなものかは知らないが、希美はエクシードが戦闘向きではない。それなのにブルーミングバトルに出るとは、どういうつもりなのだろう。

 

「まあ、こっちはそちらの人数に合わせるから。あと2、3日で結論を出してくれ」

 

 雄馬はそう言い残すと、希美の肩をぽんと叩いて去っていった。残された希美は、何やら言いにくいことがあるかのようにもじもじしていた。

 

「どしたの、希美ちゃん?」

「な、何でもないわ。ただその……美海に、お願いがあって」

「なーに?」

 

 なにかな? と待ち受ける美海に、希美は、

 

 

「わ、私と、アイドルやらない?」

 

 

「……………………へ?」

 

 

…………

 

 黒の世界・赤の世界・白の世界という3つの世界と繋がっているこの青の世界、地球。太平洋上に浮かぶ青蘭本島を中心とする群島・青蘭諸島には5つの島があり、鐘赤島・(けん)(りょく)島・白百合(しらゆり)島・(ゆう)(げん)島の4つの島が、青蘭本島から北向きに右回りの五角形を描くようにそれぞれ並んでいる。

 その別世界への門を《ハイロゥ》と呼ぶが、黒の世界への門は夕玄島、赤の世界への門は鐘赤島、白の世界への門は白百合島、各島の上空に、それぞれの世界を象徴する色をした大きな星のような姿で浮いていた。その門は厳密なシステムにより開閉が制御され、世界間を移動できるのは、青の世界の時間で4時~7時・12時~15時・18時~21時の間だけ、と決められている。

 (ハイロゥ)の真下には《界港》と呼ばれる、いわゆる空港のような施設があり、世界間を移動する人々の管理を行っている。

 しかし、世界接続から20年が経とうとしている今、隣あった世界というものはそれほど珍しいものではなくなり、世界間を移動する人の数は減少していっている。

 

 時刻は18時30分過ぎ。ちょうど日の入りが近く、昼と夜が交差する黄昏(たそがれ)時。まるで災厄の前触れであるかのような朱色に染まった空が、ガラス張りのロビーから見えた。

 場所は夕玄島界港。既に門は開いており、世界間を移動する人々が紫色の光となって門と世界間移動装置との上を行き来していた。

 その男は、閑散とした入界ゲートの近くのロビーで座っていた。手にしているのは、この世界の文字で書かれたものではない本・魔導書だ。妖艶な風貌をした男性だが、そこにか弱さというものは一切無い。例えるなら、破壊を振り撒く存在でありながら、その完成された姿故に人を魅了する竜。『妖しさ』と『力強さ』が絶妙なバランスで共存する、不思議な魅力の持ち主である。

 名前を、アルマ・カミュオンという。青蘭学園で体育の講師をしている、黒の世界出身の男性だ。

 アルマは不意に魔導書から目を上げると、ゲートの方に視線を投げた。そこには、大きなバッグを持った1人の少女が歩いてきている。

 身長は160センチほど。淡い色の髪をツインテールに結い上げ、クリップのような髪留めで固定している。即頭部から伸びる短い角からして、黒の世界の固有種・魔族。口元に浮かんでいるのは妖艶な笑み。自身に満ちた足取りで歩いている。

 だが、最も他者の目を引くのは、その(こぼ)れんばかりのバストであろう。それ以外の場所は普通の少女なのに、胸だけが不釣合いに大きい。一歩一歩ロビーの床を踏む度に、その大きさを主張するようにぷるぷると揺れていた。

 

「……久しぶりね、アルマ(にい)

「久しぶりだな、リゼ。お前いつそんなにデカくなった?」

「それは、どこの話かしらん?」

「身長もそうだけど、特に胸」

「やだ、セクハラ? もう、この人ったらぁ」

 

 口ではそう言いつつも彼の隣に座りながら、胸をかき抱くようにして主張してみせる少女。

 

「昔からマセてたけど、身体までマセて来るとは思わなかったなぁ」

「アルマ兄に見てもらえるように頑張ったのよ?」

「そりゃ(ぎょう)(こう)だね。まあ俺は立場上お前の教師になるわけだから、学校の中ではあんまり迫るなよ?」

「そう言われると、()()でも学校内でヤりたくなっちゃうわ」

「勘弁してくれ。ネロに呆れられちまう。ていうかお前、そんなに()れた身体してんなら男がほっとかないだろ。もう処女じゃなかったり?」

「するわけないじゃないの。やっと再会できた大事な人のために、ちゃあんと取っておいてあるわ。今すぐにでもあげちゃいたいくらいよ?」

「ならちょっと胸を……なんて言えるか。このバカ」

 

 人が少ないことをいいことに下品な話にしばし笑った後、2人は席を立った。

 

「……空が赤いわね」

「夜は俺らの世界と同じような感じだけど、昼になれば青くなるんだ。不思議だよな」

「そうね……本当に追いかけてきちゃった。ソフィーナとハイネ、どんな顔するかしら?」

「まーぶったまげるだろうな。ぜひ拝見したいところだが……ソフィーナのは見れるな。寮に行けば嫌でも会える。あと、アビーにも会いに行ってやれ。昔っから懐いてたし、きっと喜ぶだろうさ」

「まぁ、楽しみねぇ」

 

 懐かしい人の名前をいくつも聞いた少女――リゼリッタ・ナイトローゼは、お得意の妖しげな笑みを浮かべた。

 

 

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