アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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第7話「そんな完璧なやつのパートナーになんか、俺はなれない」

 小さい頃から、彼女は親しい幼馴染であると同時に、憧れの存在だった。

 

 でも、彼女の才能はすごくて、いつか置いて行かれちゃうんじゃないかって、怖かった。

 

 そして、置いて行かれた。

 

 それが悔しかったから、俺は頑張れたんだ。

 

 再会した彼女は、俺よりもずっと前にいたから、また悔しくなった。

 

 

…………

 

「……琉花?」

「…………」

「朝ごはん、食べないの?」

「……いらない」

「でも、学校には……」

「……行かない」

「……そっか。じゃあ、小春さんに言っとくね」

「…………」

 取り付く島もない。希美は仕方なしに寝室を出た。

 樹理が、兎莉子と同じように呪いを受けた翌日。彼女は青蘭大学病院で一晩を過ごし、今日1日は検査を受ける。だが、樹理の治療も兎莉子の時のノウハウがあるため、比較的早く終了するとのことだった。

 また、一連の事件の犯人が捕まったと聞き、生徒たちは大いに安心している。

 ただ1人を除いて。

「おはよう、希美」

「おはよう、葵。兎莉子は?」

「もう先に下行ってる」

 隣の部屋から出てきた葵とたまたま出くわした。希美の疲れた表情を見るなり、葵は心配そうな顔になる。

「……大丈夫?」

「え? うん。大丈夫」

「でも、夜中聞こえたわよ。琉花の……」

「……まあ、しょうがないよ」

 夜。再び錯乱状態に陥った琉花は前回と同じように睡眠魔法をかけられた上で寮に送られたが、睡眠魔法が切れ、彼女自身の眠りになった後が酷かった。悪夢にうなされていたのか、夜通し大声で泣き喚いていたのだ。希美はどうにかして落ち着かせようとしたが、琉花は見えない縄から逃れようとするかのようにベッドの上で大暴れしていたため、仕方なくリビングのソファで眠った。

「琉花は大丈夫なの?」

「……ごはんも食べたくないし、学校にも行きたくないって」

「……そう」

 琉花は外界とのコミュニケーションをはっきりと拒絶していた。この後、寮監の小春にも相談するつもりだが、はっきりいって説得できるとは思えなかった。それに、一部の教員も琉花の様子を目撃しているため、彼女が学校を休むことを無碍には断れないだろう、とも思った。

「……琉花、どうしちゃったのかしら。いつもはあんなに元気なのに……」

「分かんないけど、原因については、喋るのすら嫌がっていたの」

「……難しいわね。無理やり聞き出すのは可哀想だし……」

「とりあえず、しばらくは様子を見ないと」

 希美は、どこかいらついていた。錯乱してもなお頑固な琉花に、喧嘩中の美海。目前に控えたブルーミングバトルとステージ。どれもこれも心を強く押しつぶしている。これほどのストレスを抱え込んでも耐えられるのは、この寮生の中では希美しかいないだろう。

 だからこそ、これ以上重石を増やすわけには行かない。今まで頑張って来れた彼女でさえ、もう破綻寸前なのだ。

「立ち話もなんだし、下、行こっか」

「そうね」

 葵を連れ立って下の階の食堂に向かおうとした、その時、

「あ、葵ちゃん。と、希美ちゃん。お、おはよう」

「あら美海。おはよう」

 美海が部屋から出てきた。最初に葵を見、次いで希美を見て、少したじろいだようだった。いらついている心が外側に出てしまったのだろうか。寸刻の間、言葉が出なかった。

 何か支えが欲しかった。光が欲しかった。暗い闇の中でもがき続けるための(しるべ)となる光が。例えばそれは、いつも能天気で明るい笑顔……。

「お、おはよう、美海」

 希美は不自然に釣り上がった笑みで挨拶をしたが、美海の薄皮を張ったような警戒は解けなかった。

 

…………

 

 朝食を食べている間、美海は何度も希美の様子を伺っていた。先ほど挨拶をした時、希美が酷くいらついていたのが分かったからだ。

 ――でも、当たり前だよね。琉花ちゃんがあんな風になっちゃって、バトルもステージもあるのに。

 だからこそ、喧嘩中である身が疎ましかった。

 自分のことを嫌いだと告白した希美に対して、それでも今の彼女を支えてあげたい、と思う気持ちは、自分でも驚くほど強かった。しかし彼女は、果たして自分が嫌っている奴に助けられたいと思うだろうか?

 美海は、妬ましさが先行して希美のことを攻撃したことを反省していた。それでも、攻撃したという事実は消えない。希美は忘れないだろう。そんな奴が手を差し伸べたところで、手を取ってもらえるのだろうか?

「……なに? 顔に食べかすでも付いてる?」

「え!? う、ううん、何でもないよ!」

 突然声を掛けられて、思わず不自然な返答をしてしまった。今の彼女の言葉には、別段険があるようには聞こえなかった。だけど、彼女はアイドル。本心を隠すことなど、容易なのだろう。

 いつも騒いでいる美海が静かで、ムードメーカーの琉花がいない食堂は、嫌に静かだった。

 

…………

 

 

 数日前に遡る。

 

 ハイネは悩んでいた。ブルーミングバトルについてだ。

 元々、ブルーミングバトルは高等部2年にならなければ出場できなかったが、先日、規制緩和によって高等部1年生でも出場が可能になった。そして、ハイネは今から約3ヶ月後に開催される、夏のブルーミングバトルに出場しなくてはならなくなった。

「なに変な顔してるのよ、ハイネ」

「そんなに変な顔してる?」

「額に皺が寄ってるわ。変なの」

「うっさい」

 時は放課後。隣のソフィーナがからかってくるが、気にしない。

 実は、チームに加えたいプログレスは既に決めてある。ソフィーナはその内の1人で、既に「私のαドライバーがあんたなのは当然ね」と承諾してもらっている。問題は残りの子が承諾してくれるか、だが……

「ハイネく~ん!」

 廊下を歩いていると、後ろから声が掛かった。あまり振り返りたくなかったが、生憎相手は偉い人なので、仕方なく足を止めてそちらを向いた。

「こんにちは、会長」

「あ~、また会長って呼んだ~! エミル、って呼んで?」

「……エミルさん」

「はい、おはよう~!」

「いや、もう放課後ですけど」

 視線の先にいたのは、やや青みがかった銀髪の美少女だった。身長は少し低めで、ソフィーナと同じくらいだ。ジャケットを着ずにワイシャツを腕まくりしており、胸元には白の世界出身を示す黄色いリボン。瞳は深い海を思わせる(あお)

 そんな彼女が何よりも特徴的なのは、ジャケットを着ていない――その代わりに、膝ほどの長さの分厚く黒いコートを、袖を通さずに羽織っていることだ。袖口や裾などの箇所には金色の線条細工(フィリグリー)が多分にあしらわれ、窓から差し込む陽光を浴びて優しく煌めいている。そして、腕を通されずに宙を泳いでいる左袖には『生徒会長』の腕章。

 名前は、プロダクトコードMAP-003、バイタルコードΩ11、個体名称エミル=アンナ。青蘭学園の現生徒会長であり、世界接続後に新機軸の戦力として考案された()()()()()()()()のプロトタイプである。体内に霊力装置を備えており、アンドロイドであるにも関わらず、高度な魔術を行使することが可能なのだ。羽織っているコートは、彼女のエクシード兵装《十一式魔導調律機関(マギア・クロス・ムーブメント)》である。

 なぜ生徒会長の彼女がこれほどハイネに親しいかというと、彼はエミルが入学してきた2年前から時々一緒に魔術の練習をしているからである。

「生徒会のお仕事が忙しくて、なかなか会いに行けなくてごめんね」

「あ、いや、別にいいですよ」

「え! 『別にいい』って、私はいらないってこと!?」

「そういうわけじゃ……」

 誰にでも優しい、みんなの憧れの生徒会長。困っている人を決して放っておかない善人。であるにも関わらず、ハイネが若干彼女を苦手としているのは、単に彼女が結構な寂しがり屋で、俗に言う「かまってちゃん」だからだ。ただ、うざったいだけのそれとは違い、甘え方を心得ている上、ちゃんと周りの状況に気を遣って甘えてくる。「かまってちゃん」と言うよりも「要領の良い甘えん坊」と言ったほうが正しい。それでも若干面倒くさいのだが。

 しかし、本当に大変なことは自分ひとりで抱え込んでしまうので、放っておけない。ハイネが彼女を苦手としているのは、普段はかまってちゃんの癖に、彼が辛い時にはそばにいてくれて、彼女が大変な時は何も言ってくれないからであった。

 正直なところ、ハイネはこの生徒会長が、苦手であれど嫌いではない。好きか嫌いかで問われれば、寧ろ好きだろう。

 だが、普段はベタベタしてくるのに、肝心な時に頼ってもらえないということが、酷くもどかしい。

 ――そんなにニコニコして話しかけてくるくらいなら、辛い時こそベタベタと頼ってほしいのに。

 「本当は信頼してくれていないんじゃないか」という疑念こそが、彼女を苦手としている理由だった。

「ソフィーナちゃんも、おはよう~」

「え? あ、おはよう……貴女と私って初対面よね?」

「あら? でも見なかったかしら、入学式で?」

 本気で思い出せないらしいソフィーナにこっそり「生徒会長」と耳打ちすると、それでもピンと来ないらしく、「あ、ああ~、そうだったかしらね」と適当に流した。そんなソフィーナの白々しい様子に、むぅっと頬を膨らませていたエミルは、すぐに「まあいいや」と笑顔になり、

「3年生で、生徒会長やってるエミル=アンナです。よろしくね、ソフィーナちゃん」

「よ、よろしく……っていうか、なんで名前知ってるの?」

「全校生徒の名前と顔を一致させるくらできなければ、生徒会長は務まりません。そんなわけで、ソフィーナちゃんの名前も知ってるのです。まあ、個人的に興味があるというのも、理由だけど」

「なにそれ」

「だって、第二魔術工房の一番大きい部屋を借りてるの、貴女でしょう? あの、月額25万円もする……」

「そうね。まあ私がというより、私の主がだけど」

「いいなー。魔女王様は太っ腹でいいなー。だって、ひと月25万円ってことは、1年間で300万円で、それが3年で約1000万円でしょ? いいなー」

「……まあ、太っ腹なのは確かよね。なんか最近、鉱石とかなんかで儲けてるらしいし」

「あそこなら、質の高い魔道具が作り放題なのに~。私なんか、生徒会長にもなったのに研究チームが「これで十分だ」っていうから、小部屋なの。すぐに霊力が使用上限に達しちゃうから、質の高いものを作ろうとすると、月を跨がなきゃいけないのよねー」

「別に『作り放題』って訳でもないけれど……あー、その、今度来るかしら? 正直、結構余らせちゃってるものだから……」

「ホント? やったー!」

「あ、ずるい。だったら俺も行きたいわ」

「アンタはアルマ(にい)の家の地下があるでしょ? この前見たけど、あそこも結構供給良いじゃない」

「俺1人で使うなら確かに不自由ないけど、アビーもロザリーも使うんだよあそこ。でなきゃ普通に兄貴が使ってるし。しかも最近はリゼリッタまで来るようになった」

「あー……過密なのね」

 青蘭諸島に存在する特別な建物は、電力やガス、水道とは少し異なるシステムで、『霊力』というものが供給される。

 この霊力は、予め霊力を使用する建物として設計された建築物にしか供給されない。そして、ここで供給される『霊力』とは、誰かの身体から出た霊力ではなく、『誰のものでもない純粋な霊力』である。どういうことかと言うと、この供給される霊力は『誰のものでもない霊力』であるため、この霊力で作成した魔術式や魔導具は、誰が使用しても同じように働くのだ。個人で扱う魔術式や魔導具を作るのなら供給霊力に頼る必要はないが、例えば『集団で使用する魔導具』を作成する場合は、この供給霊力を使用したほうが、個人間での動作率のムラが少なくなる。

 通常、魔導具とは、その読み通り『道具』なので、特殊なケースを除き、求められる条件は『誰でも使える』ということだ。なので、魔導具を作成する際は、ほとんどこの供給霊力を使用する。

 この青蘭学園が所在する学園特区の中には、大規模な霊力供給を受ける建造物が3つあり、それを『魔術工房』と言う。学園特区の施設は、青蘭学園や青蘭大学に在籍する学生ならほとんどが無料で借りられるのだが、この魔術工房だけは、霊力というエネルギーを直に扱うために責任能力が問われ、その上で純粋な供給霊力は貴重な資源であるため、借りるのにお金が掛かるのだ。現在エミルが借りている、通称『小部屋』と呼ばれる、部屋のサイズが小さく、供給上限が魔術工房の中でも1番低い(全部で3段階ある)工房ですら、1ヶ月借りるのに約3万円も掛かる。青蘭大学の学生なら、所属する研究室の教授がキープしている、研究用の部屋を特別に貸してくれる場合もあるが、青蘭学園の生徒ならそうはいかない。

 そんな風に3人で、お金だ霊力だなんだと話していると、エミルの背後から2人の人影が現れた。

「あら、生徒会長。ご機嫌よう」

「エミル会長! 今日もなんと美しい銀髪だ!」

「ん? あら、マリオンちゃんにカサンドラちゃん。おはよ~」

「もう放課後ですわよ」

 1人は麗しい黒髪の美女。きりりとした顔立ちは少々威嚇的でもあるが、付き合ってみれば威嚇的なのは外見だけで、実際は心優しいことがよく分かる。金色の目は強い光を放っており、意志の強さがそのまま現れているようだ。特徴的なのがその耳で、しゅっと横に伸びた、いわゆる『エルフ耳』である。名前はマリオン・マリネール。高等部3年生で、風紀委員の副委員長を務めている。

 もう1人は鈍い銀色の髪を長い三つ編みで纏めている少女。肌の色は、まるで磁器の様に白いマリオンとは対照的に褐色で、瞳は深い紫色。だが、まず真っ先に目に入るのは、側頭部から生えている、奇妙に捻れた紫色の角である。耳も少し尖っており、ソフィーナとは少し異なるが、分かりやすい魔族の姿だ。名前はカサンドラ・サブナック。こちらは高等部2年生だ。

「なんですか、揃いも揃って、こんな廊下で立ち話? どうせなら優雅に座ってお話すればよろしいでしょう? サロンとかあるでしょうに」

「美を語るのには時も場所も重要ではないよマリオン君! 大方、エミル会長の美しさについて語っていたのだろう! そうでなければ、ソフィーナ君の可愛らしさか、ハイネ君の妖艶さであるに違いない!」

 マリオンは、話し方を聞く通りのお嬢様。元は黒の世界でエルフ族が棲んでいる『銀の森』で、族長を補佐する家系の生まれらしい。

 対してカサンドラは『美しいもの』に目がない性格である。感受性が豊かといえばよいのだろうか。何かにつけては「綺麗だ」「美しい」「可愛い」「かっこいい」を連発する。

 この2人について、一応ハイネは中等部に通っていたので、高等部から入ってきた2人も、マリオンは2年、カサンドラは1年の付き合いがある。ソフィーナは、黒の世界から来た生徒用の学生寮『三日月寮』で一緒なので、顔見知りだ。

 偶然揃ってしまったが、今ここにいる4人こそ、ハイネがブルーミングバトルに出したいと思っているプログレスである。全員、ハイネとはそれなりに高度なリンクを結べる存在だから、バトルに出るならこの子かなぁ、と思っていたのだ。もっとも、元々は来年からバトルに出られるようになるはずだったので、その時にはエミルもマリオンも卒業し、新しいプログレスを探さなければ、とも考えていたのだが。

 頼もうにも、ソフィーナ以外の3人は皆先輩である。とすれば、多少言い出しづらいのは年頃の男子なら理解できるだろう。何せ「俺のプログレスになって、ブルーミングバトルに出てくれ!」と言うのは、言い換えれば「俺とお前は相性がいいから信頼し合って頑張ろう」という意味になる。ある種の告白に近い。

 とはいえ、ここで言わなきゃいつ言うんだ、ということで、思い切ってハイネは「ちょっといいかな」とみんなの言葉を遮り、

 

「お、俺のプログレスとして、一緒にブルーミングバトルに出てくれないかな!?」

 

 言った。ソフィーナは既に話を聞いているため、「ああこの3人にするのね」という感じの表情だが、その3人はきょとんとしている。焦ったハイネは、

「いやその、規制緩和の話は知ってるでしょ!? 俺もバトルに出られるようになったからその……一緒に戦って欲しいなと」

 尻すぼみになる。

 ――ああ、言わなきゃ良かっ

「もっちろん! ていうか、誘ってくれないのかと思ったよー!」

 とエミルが、にっこり笑顔で快諾し、

「ん。まあ、高校生のうちに1回は体験しておきたかったので。望むところでしょう」

 とマリオンが、なぜかドヤ顔で頷き、

「いいじゃないか、ブルーミングバトル! きっとその戦いの果てに、真の美しさがあるに違いない!」

 とカサンドラが、若干ズレているものの了解してくれた。

 どうやら、心配するだけ無駄だったらしい。『案ずるより産むが易し』とはよく言ったものである。

 ハイネが一安心していると、そこに1人の教員が通りかかった。というか、声を掛けて貰えなければ気付けなかったであろう。身長が低すぎて。

「む、汝ら。楽しそうじゃの。妾も混ぜるのじゃ」

「あ、アルスメル先生」

 化学教師のアルスメル。やたらとでかいトートバッグを肩にかけた、身長120センチ程度の幼女にしか見えない先生が、キラキラとした目で見上げていた。

 ソフィーナが若干緊張気味の面持ちになる。それもその筈、アルスメルは、この青蘭学園の教師をしていると同時に、黒の世界の最高統治者「魔女王」から直々に任命された最強の魔術師集団《十二杖(じゅうにじょう)》の一角である。その実力は、魔女王のお膝元で魔術を練習してきて、現在も修業中のソフィーナなど、当然のごとく遥かに超える。そのため、彼女はある種の畏敬をアルスメルに向けていた。もちろん、ここにいる全員が彼女を尊敬しているが、ソフィーナはその実力をよく理解しているため、その度合いが他よりも高いのだ。

「そうじゃ、ちょうど良かったエミル。ついでじゃからここにいる全員でいいじゃろう。汝らに相談があるのじゃが」

「なんですか?」

「なに、少々面白いことをしようと思っておっての。汝らに手伝ってもらいたいのじゃ」

 トートバッグの中をごそごそと探っていたアルスメルは、1枚の作りかけのチラシを取り出した。

「えー、なになに……『魔法技術コンテスト』? なんですか、これ?」

 マリオンが不思議そうに訊くと、アルスメルは「よくぞ訊いてくれた」とふんぞり返った。

「これはの、魔術師を集めて、より美しい魔法、より技工を凝らした魔法を評価して1位を決めるというコンテストじゃ! 個人戦と集団戦があるぞ」

「美しさ!!」

「はいはい分かったから。で、なんでこんなこと始めようと思ったの?」

 1ワードで食いついたカサンドラを宥めながらソフィーナが首を傾げた。

「む、将来有望な魔術師には目を付けておきたいではないか。どこかに潜っているやも知れぬからの。優勝賞品で釣ろうと思ってるのじゃが……そうじゃの、純オリハルコン1キログラムでどうじゃ?」

「釣れそうなのが怖いです。というか私も欲しいです!」

 エミルまで食いついた。目がキラキラしている。ソフィーナとハイネも一瞬で前のめりになった上、魔術をそこまで多用しないマリオンまで興味を持ったようだ。

 そんな皆の反応が嬉しかったのか、アルスメルは更に胸を反らした。

「ふむ。ならコンテストに出るがよい。会場から携帯のアプリで投票させ、且つ妾を含む数名の審査の合計で順位を決める予定じゃ。教え子とて、贔屓はせんぞ。今のうちに腕を磨いておけ。良いな?」

 どうもブルーミングバトルの勝利よりオリハルコン1キログラムが魅力的に思えてきてしまったが、ひとまず共有できる目標ができたのは良かったのかな、とハイネは思った。

 

…………

 

 そして現在。

「だから、ここをこうして……こうだって言ってるじゃない」

「ここを……こう、で……あっ」

「あらら、失敗ねぇ」

「お前もできないんだから偉そうに言うなよなー」

 ソフィーナの魔術工房に集まっているのは、ハイネとソフィーナ、そして付いて来たがったリゼリッタである。

 稀代の天才魔術師(の卵)ソフィーナに魔術を教えてもらっているハイネだったが、その結果はどうも芳しくなかった。

 だが、これは正常な結果である。ソフィーナは、その年齢で習得すべき指標よりも遥かに高レベルの魔術を習得している。ハイネだって、保護者である兄アルマ・カミュオンや、教師であり強大な魔術師でもあるアルスメルに教えてもらっているため、標準よりはかなり高いレベルにいる。それでも、魔女王の元で鍛錬を続けてきたソフィーナとは、やはりモノが違うのだった。

 ハイネは、随分と昔からソフィーナに対して劣等感を抱いている。幼い頃、カミュオン家、アルハゼン家、ナイトローゼ家は、黒の世界の大都市ケイオンから遠く離れた山奥のとある集落の中に、隣り合って住んでいた。ハイネ、ソフィーナ、リゼリッタの3人は幼馴染同士で、いつも一緒に遊んでいたし、魔術の練習も同じく、ハイネの母親から習っていた。その頃からすでにソフィーナは、その天与の才を顕し始めており、ハイネやリゼリッタにはまだ難しい魔術も、平気で動かせてしまっていた。

 ハイネは、それを羨ましいと思っていた。だが、何よりも堪えたのは、彼女が、自らの才能を「当たり前」だと思っていたことだった。そして、良く言えば無邪気な、悪く言えば他人の感情の機微に鈍感なソフィーナは、それを普通に口にした。本人に悪意はなく、ただ純粋な疑問として。

 ソフィーナの魔術は大好きだった。煌びやかな彼女の魔力が魔術に変換され、美しく流れる様は、何時までも見ていたいと思わずにはいられなかった。ハイネの稀有なところは、そんな劣等感に「憧れ」が加わることで、それを容易く克己心に変えられるところであろう。彼女に追いつくために、必死で頑張った。きっと頑張りが足りないせいだ。そう自分に言い聞かせて。

 だが、転機が訪れる。

 ソフィーナの家族が、ケイオンに移り住むことになったのだ。

 ソフィーナに憧れ、彼女に置いていかれたくない、その一心で頑張ってきたハイネは、あっさりと置いていかれることになった。もちろん、それはただの距離的な問題なのだが、幼い心に傷を付けるには十分な鋭さであった。

 それも、彼らが4歳の時の話だ。11年を越え、今でもハイネはソフィーナに憧れる一方で、彼女への劣等感も消えていない。そして、それらを踏み台にして、魔術の習得に励んでいる。

 だが、物事には限度がある。

「全く……どうしてできないのかしら」

「そりゃ、ソフィーナとはモノが違うだろ」

「そんなことないわ。ハイネだって素質はあるもの」

「ソフィーナには勝てないよ」

 ハイネとソフィーナが口論している横で、リゼリッタは何かを考えている。しかし、徐々に白熱していく2人は気づかない。

 そして、その口論の果てで、ソフィーナが一言放った。

 

「そんなんじゃ、私のパートナーにはなれないわ!」

 

 その瞬間、恐ろしい感覚がハイネの頭を貫いた。

 ソフィーナが、自分以外の誰かのものになる。

 

「私のパートナーは最強じゃなきゃいけないの! だからハイネも最強になるの!」

 

「ソフィーナには分からないよ!」

 

 思わず大声を上げていた。思わぬ反撃にソフィーナがびくりと震えたが、ハイネは止まれなかった。

 

「天才のソフィーナには分かんないよ! 俺がどんなに努力したって、お前には追いつけない! お前みたいなすごいやつにはなれない!」

 

 心の中でずっと溜め込み続けた劣等感が爆発する。

 そこに、予期せぬ横槍が入った。リゼリッタだ。

「いいのよハイネ。(ことわり)(ふか)き黒魔女様には、私たちみたいな劣ったやつの気持ちなんか理解できないわ。言うだけ無駄よ」

 その言葉は、ハイネに向かって掛けられたものながら、明らかにソフィーナを()()()()()。彼女もまた、幼い頃からソフィーナに劣等感を抱いてきた。

「ソフィーナは天才だもの。同じ天才のパートナーを見つけるでしょうよ。私たちは劣った者同士、底辺で仲良く暮らしましょう」

 普段なら、ここでソフィーナが爆発して終了、というところなはずなのに、今回は違った。それも当然、今までのソフィーナは、からかわれてはいたものの、攻撃はされたことがなかった。ハイネはまだ、感情の爆発だけかもしれないが、問題はリゼリッタ。彼女は明らかな悪意を持ってソフィーナを攻撃している。

 そして、その悪意に、心が不安定になったハイネも、釣られる。

「ソフィーナは完璧な人しか求めないんだもんね。いいよ。俺じゃ無理だ」

「は、ハイネ……」

 この場所がそうだった。ソフィーナは、魔女王様に用意してもらった高級な魔術工房。対してハイネは、兄の家の地下(あまり不自由はしていなかったが、ここと比べると流石に劣って見えるのは当たり前だった)。

 ソフィーナがいない10年間、ずっと頑張ってきた。ソフィーナが故郷を去って1年後、母親が何処かへと消え、兄と妹と自分1人になり、苦しい生活ながらも、ずっと頑張ってきた。寝る間も惜しんで、アルスメルの図書館で借りてきた魔導書を読んだ。貸出してもらえないような魔導書は、何日もかけて書き写した。わざわざ兄や先生にお願いして、年齢不相応に高度な魔術も練習してきた。他の子と共同で使っている兄の家の魔術工房で、幾つも難しい魔術式を組んだ。長い呪文も覚えた。ソフィーナに追いつきたい。彼女に見てもらいたい。俺はここまで強くなったんだと、知らしめてやりたかった。

 

 再会したソフィーナは、そんなハイネなど歯牙にも掛けないほど、素晴らしい魔女になっていた。

 

「そんな完璧なやつのパートナーになんか、俺はなれない!」

 

 堪らず、ハイネは工房から飛び出した。

 胸にあるのは怒り。そして、それを覆い隠してしまうほどの後悔だった。

 

 

…………

 

 ソフィーナは、走り去るハイネに声を掛けることができなかった。

「……じゃ、私もう帰るわ。じゃあね、ソフィーナ」

 後を追いかけるわけではないのだろう。しかし、リゼリッタも続けて工房を後にした。

 残されたソフィーナは、自分がとんでもない間違いを犯していたことに気づいていた。だから、一言も発せなかった。

「……バカ……バカ……」

 俯くと、涙が溢れてきた。

 貰った時は誇らしかったこの魔術工房が、不思議と陳腐に思えた。

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