アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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最終話《シー・オブ・ホープ》

 数日が過ぎた。

 

「う~、ここに来て超緊張してきた~。転んじゃったらどうしよー!」

「あんたらしくもない。練習通りにやればいいのよ」

「私も心臓がドキドキして止まらないよう」

「大丈夫だって。あんたらが失敗しても私が取り繕うから。それに、素人だってことも伝えてるし」

 青蘭島・青蘭学園特区の一角に(しつら)えられたステージの裏で、美海、希美、沙織の3人がスタンバイしていた。チャリティーコンサートということで、規模はそれほど多くないが、予想していたよりも観客の数は多かった。

 それをちらっと見た美海は、若干青ざめた顔で、

「ちょっと多すぎない?」

「仕方ないじゃない。この前のバトルが評判だったんだもの」

「うぅ……あんまり張り切りすぎるんじゃなかったかなぁ」

 

…………

 

 

 初めは、バトルが終わったことに気付けた者はそれほど多くなかった。

 やがて、少しずつ拍手が起き始め、すぐにそれは会場を埋め尽くす大きさまで膨らんだ。

 

「……負けたか」

 春樹は、胸を焼くような感情を抱いた。これが悔しさ。引き分けの時とは全く違う。負けても仕方がないバトルだと分かっていながら、それでも実際の敗北には、堪えようもない悔しさを感じた。

 指揮の弱さ。判断の甘さ。プログレスの練度の差。そのどれもが劣っていた……とは思わない。常に戦況は動き、その中で優勢になり劣勢になり、結果的に劣勢で終わったというだけのことだった。

 そして、悔しさではなく、清々しい思いを抱いているのもまた事実だった。やりきったという達成感と、次は勝ちたいという意欲。

 少なくとも、間違いなく言えるのは、やってよかったということだった。

 

 美海もカレンもかなり怪我をしていたので、フィールド外に出てから治療を受ける。特に美海は、最後の一撃によって気絶していたので、目を覚ますのはもう少し後になるらしかった。

「……負けてしまいましたね」

「ああ。でも、まだまだ伸びれるよな、俺たち」

「無論でございます」

 カレンは静かな、だがどこか晴れ晴れとした表情で言った。彼女も絵麻と互角で、最後の最後に出し抜かれたことが憤懣やる方ない様子だったが、それをとりあえず横に置いておけるところは流石アンドロイドだと思った。

 カレンはすっと立ち上がると、どこかへ行ってしまった。きっと絵麻のところへ行ったのだろう。

「……私がグズグズしてなければ、勝てたのかな?」

「そんなこと言わないの。結果は結果。頑張って次は勝とうな」

「うん……!」

 琉花は少し涙ぐんでいた。自分が引きこもっていなければ――そう考えているようだったが、口にした通り、結果は結果である。それを踏まえて次に活かさなければ、それこそ意味がない。春樹は琉花の頭を優しく撫でた。

 そうしてしばらく他のバトルを眺めていると、希美と沙織がやってきた。2人とも、ぐったりしたままの美海が心配でたまらないらしい。

「美海ちゃんは!?」

「大丈夫。気絶してるけど、すぐに目を覚ますって」

「……そう、よかったです」

 最後の一手を打った沙織は、自分のせいで友達を傷付けたことが、やはり堪えられないようだった。しかし、そんな優しい自分を封印して友達に立ち向かえる、その心根は素直に感嘆せざるを得ない。

 一方の希美は、春樹とカレンの方を向いていた。中等部の頃からの付き合いの彼女。今回は……悔しいが、完全にしてやられた。

「してやられました、希美。貴女のエクシードにあのような使い道があるとは」

「まあ、カレンに察知されたから、失敗だと思ったけど」

「レベル5の時も、すごかったよ。俺、完全に呑まれてたし」

「……ありがと」

 希美は照れくさそうに言うと、今度は琉花の方を向いた。

「琉花?」

「……希美」

「なにメソメソしてるのよ」

「だって……私が早く復帰してたら、練習量も増やせて、勝てたかもしれなかった」

「もう、しっかりしなさい」

 希美は腰をかがめて、座っている琉花と目線を合わせると、その頬を両手で挟み、上を向かせた。

「琉花のレベル5、凄かったよ。雨を降らせるなんて思わなかった。それに、水張って足音で私を補足しようとするなんて……」

「……そんなことない。希美の方が凄かった」

「でもあんた、別に影響受けてなかったじゃない」

「あれは――なんていうか、頭がぼーっとしてて何も考えてなかったっていうか……」

 琉花は視線を上げ、相部屋の2人は、お互いに見つめ合った。

「次は、あんたも魅了してあげるから。覚悟しなさい?」

「……なら、私ももっと強くなって、希美のことコテンパンにしてやる」

「どうかしら? 私、負けないわ」

「私も、次は負けない」

 琉花と相部屋の希美は、間違いなく青蘭に来た琉花と最も長く一緒にいる親友だ。琉花は、目の前の彼女を抱き締めた。

「私が引きこもってる間もその前も、迷惑いっぱいかけて、ごめんね……!」

 いろいろ忙しかったのもあるが、ずっと言えていなかった。不意をつかれた希美は、それでも平然と、

「ああ、そんなこともあったかしらね。別に気にしてないわ」

「……でも」

「だって私たちは、親友でしょ?」

 そう言うと、希美も琉花を抱き締め返した。

「うん……ありがとう」

 春樹は、そんな仲睦まじい様子の2人を眺めながら、ああこれも愛なのか、と思った。カレンが自覚させてくれた『愛』とは、あまりにも多様な形がある。2人は今、抱き締め合い、言葉を交わし合って、お互いの愛を伝えている。

 女の子を本当に慰められるのは女の子だけなのかな、と少し寂しい思いに囚われていると、美海が目を覚ました。

「ん……ぅ……?」

「み、美海ちゃん! よかった……痛いところは?」

「沙織、ちゃん? 痛いところ……ううん、特にないよ。あ、春樹くん……」

 起きたばかりの美海は状況が理解できていないようだったが、自分たちがフィールドの外にいることを自覚すると、当然ながら《それ》を気にした。

「バトル、どうなったんだっけ」

「俺らの、負けだったよ」

「そっか……私が最後、避けられてれば」

「仕方ないって。俺だってまともに指示を出せなかったんだし」

「ごめんね美海ちゃん。友達なのに……バトルだからって殴ったり蹴ったりして……」

「え? いいよそんなの。バトルだし……私だってたくさん()ったよね。お互い様だよー」

 美海はどこかぼやけたような表情だった。が、希美がやって来ると、満面の笑みを浮かべた。だが、その眉尻は僅かに下がっていた。

「凄かったよ、希美ちゃん。私、聞き惚れちゃった」

「……そう」

「今回は、私の負けだよ希美ちゃん」

 彼女は素直に、自分の負けを認めた。言われた希美は照れくさそうにそっぽを向いて、

「次も負けないから。あんたも強くなって、かかってきなさい」

 と、右手を差し出した。

「うん。もーっと頑張って、希美ちゃんの歌に負けないくらい強くなるよ」

 美海はその手を握った。

 2人は固く、再戦を誓う。

 

…………

 

 完全に元通り、いや、以前よりも打ち解けた2人を後に、沙織はそっとその場を立ち去った。少し歩いたところで、背中を軽く叩かれた。生まれた時から知っている感触。

「羨ましいのか、沙織?」

「お兄ちゃん。う、羨ましくなんか……ない」

 珍しく素直になれない沙織の頭を、雄馬はポンポンと叩いた。

「まだ伝えられないか?」

「言ったら、絶対に変だって言われちゃうよ」

「あの2人なら大丈夫だと思うけどな」

 雄馬は笑顔を消しながら、それでも力ある言葉を紡ぐ。

「……ま、特殊性癖なんてもんは誰にだって少しはある。たまたま俺らは、それがちょっと激しいだけのことさ」

「でも、お兄ちゃんは少なくとも、対象が女の子だけでしょう?」

「実は、男ともしたことがある」

「え!? 嘘でしょ?」

「ホントホント。引いたか? 嫌いになった?」

「そ、そんなことないけど……」

「だろ? 性癖なんてそんなもんさ。今は黙っててもいいけど、手遅れになる前に、口にしてみな。馬鹿にする奴がいたら、俺が守ってやるからよ」

「うん……ありがとう」

 よく似た笑顔を浮かべる叔父と姪は、並び立って歩いていく。

 

…………

 

 昼食を一緒に食べたり、満月寮の面々とそこに混じっていた紗夜とバトルを一緒に観戦したりして、ようやく長い一日が終わりを迎えようとしていた。

 忘れかけていたが、この大会は勝ち負けを競うものではなく、バトルの質を見て、最も素晴らしいバトルをしたペアが優勝する。

 残りのバトルを観戦している中で、少し自分たちのは泥臭すぎただろうか、とか、戦略が甘すぎたかな、とか不安だった春樹だが。

 

 蓋を開ければ、優勝したのは春樹たちのペアだった。

 

『本当に素晴らしいバトルを見せてもらいました。ラストスパートにかけての流れがとても良かった』

『プログレスの性質と地形を上手く利用していた』

『レベル5同士の、全く異なる領域でのぶつかり合いは非常に興奮させられました』

 

 などの評の数々。いざ本当に優勝してみると恐れ多いことこの上ないし、聞いた時には呆然として何が起きたのか分からないほどだったが、最後に参加者たちの前に出て賞状と盾を貰うとき、隣に立っていた雄馬が春樹の背中を押した。

「お前が受け取れ。本当に素晴らしかった」

 春樹は震える手で盾を受け取ると、この場に立てることがうれしくて、少し涙が出た。身体が内蔵から震えているような感覚。これほど「歓喜に震える」という言葉に近い状態になったのは初めてだった。

 

 次こそは勝利して、その上でまたここに立ってやる。そう思わずにはいられなかった。

 

 

…………

 

 

 青蘭のアイドルである希美が初めてブルーミングバトルに出て、大活躍だったらしい。

 対戦相手のチームは、まだ在学中のαドライバーがリーダーを努める、新進気鋭のチームらしい。

 希美のチームには、ブラックホース的な活躍をした1年生がいるらしい。

 

 そして、そのバトルを織り成した3人が、近く学園特区のチャリティーコンサートに出るらしい。

 

 といった具合に広まった噂のせいで、予想していたよりも多くの観客が集まっていた。

 青を基調とした、いかにもアイドルらしい、加えて青蘭学園の制服の意匠を取り入れた服に着替えた3人は、後は出番を待つだけであった。

 緊張は限りなく高まっていく。

 いよいよ出番が直前に迫る。3人はそれぞれ手を差し出し、重ねた。

「さあ、準備はいいわね? あんたなら失敗しても、可愛いから許してもらえるわよ」

「し、失敗しないもん!」

「その意気だよ美海ちゃん!」

 だが、2人が一緒なら大丈夫。

 重ねた手のぬくもりが、教えてくれる。

「さ、出番だぞ。思い切り頑張ってこい!」

 出番が来たことを、裏方として働いている雄馬が教えてくれた。3人でできたユニットはステージへと登る。

「それじゃあ行くわよ? ちゃんと付いてきなさいよね!」

「うん!」

「ええ!」

 

 ユニット名は、《MI/croSS(ミクロス)》。

 

 

…………

 

 春樹は観客席の一角に座っていた。美海の姿を近くで見たいため、もちろん最前列にほど近い場所だ。

「しっかし、こんなに人集まるとは思わなかったなぁ。午前中しかやらないほど小さいのだと思ってたけど」

「私もそう思ってたけど、まあいろんな人にみうみんたちを見てもらえて良かったじゃん」

「う~、みんな緊張してないといいですけど」

「美海殿はここ一番に強いから、大丈夫でゴザロうよ」

 春樹の隣りには、琉花、兎莉子、忍がいた。カレンは来ていない。そもそもこういう場は苦手らしいが、それを押しても来たがっていた。ただ、どうしても外せない用事があるらしく、悔しがっていた。そもそも飛び入りだった彼女をカウントしなければ、一応”スカイブルー・エレメンツ”のメンバー全員ということになる。

 コンサートの規模は小さいもので、言った通り午前中だけのプログラムである。なのに、この人の集まりは大したものだ。と初めはそう思って周りを見回していたのだが……。

「ほら、あの男の子! この前のバトルのαドライバー……」

「あ、水の子もいる! みんなで来てるのかな」

「あの帽子の子、4月のバトル出てたよ。どうして今回は出なかったのかなぁ」

「2人の間の子もチームメイトなのかな?」

 などと、まさか自分たちが噂の対象になっているとは思わず、慌てて前を向いてそのまま固まってしまった。

 ともあれ、先日のバトルが評判で、そのバトルに出ていたプログレスが出るからという理由で来ている人が多いらしい。実際、声も掛けられた。泡を食っている横で3人(特に忍)が冷静に対応してくれていなかったらと思うと恐ろしい反面、自分たちを知ってもらえたことが嬉しくもあった。

 そしていよいよ美海たちの番が回ってきた。

 

『みんな~っ! おっはよ~!』

 

 元気の良い声。この島で3年間生きてきた春樹にとっては最早聞き慣れた、それでも心が明るくならずにはいられない声。

 希美は満面の笑顔でステージに立った。まずは、普段通りの希美のソロで開始する。美海たちはその後で登場する手はずだった。

 彼女が1人で歌うのは最早恒例だが、だからといって会場が盛り上がらないわけでは全くない。むしろ、このあとへの期待から普段以上に会場は熱せられていく。

 

『みんな、ありがとー!』

 

 それから、

 

『今日は、私の親友の2人もステージに立ってくれるよ!』

 

 という掛け声と共に、

 

『は、初めまして! 日向美海です!』

 

『同じく、岸部沙織です!』

 

 ステージに登ったのは、美海と沙織。どちらも表情は少し硬いが、当然だろう。だが、2人とも楽しそうに笑っていた。

 3人とも所定の位置に付くと、希美は笑顔でマイクに向かって言葉を紡ぐ。

 

『今日はみんな来てくれて本当にありがとう! 思ったより多くてびっくりしてるよー! あ、この2人はアドリブできるほど場慣れしてないから、みんな許してあげてねー』

 

 会場を笑い声が包んだ。美海は照れ隠しの笑顔でペコペコとお辞儀し、沙織は赤く頬を染めながらも優美に一礼した。春樹たちも笑い、そして鼓動が高まっていくのを感じた。

 

『今日は、私たち《MI/croSS(ミクロス)》が、飛びっきりの歌を歌うよー! この日のために新曲作ったの!』

 

『頑張って歌うので、みんなで一緒に楽しみましょー!』

 

『それでは行きますよ! 聞いてください。曲名は《シー・オブ・ホープ》です!』

 

 沙織の声と共に、ポップな音楽が流れ始めた。希美の得意なポップ・ミュージック。だが、普段のそれとは少し違い、どこかテクノな雰囲気もある。

 同時に、会場を飲み込む、希美のエクシードが発動し始め、彼女が一層強調された。

 

 

『 星たちが私を照らす

  月が浮かぶ海の上 』

 

 

 まず、希美が歌い出した。その様子が普段とどこかが違う。ふと考え、すぐに分かった。輝いているのが、希美だけではない。美海と沙織もだ。彼女はエクシードを美海と沙織にも使用しているにも違いない。むしろ、希美本人よりも強調されているようにも感じる。

 

 

『 白く青く照らされて

  君はその瞳を明るく輝かせた 』

 

 

 次に、美海が口を開いた。明るく元気な歌声。小さい頃から希美と一緒にアイドルごっこをしており、「いつか一緒に歌おう」という約束をしていたというが、その夢が今、叶っている。その喜びが、声に顕れているかのようだ。

 

 

『 重なる足音、続く足跡

  先に進む道へ歩き出した 』

 

 

 沙織の声が響いた。2人に比べれば落ち着いた声。この島で得た新たな親友2人と一緒に歌っている。そこには共に過ごした時間など関係なく、ただ余りにも強い絆だけがあった。

 春樹たち、いや、会場の観客は1人残らず、3人の歌声に引き込まれていく。

 

 

『 すれ違い、いがみ合い

  迷いから恐れる、立ちすくむ 』

 

『 争い、傷付け合い

  恐れから苦しむ、立ち止まる 』

 

 

 美海と希美の声が、互いに言葉をぶつけるように鳴り響いた。競い合うように、張り合うように、それでいて、互いをいたわるように。

 

 

『 心はいつも、繋がってる

  そう信じれば、全て変わるの 』

 

『 素直になって、手を前へ

  探して、掴んで、差し出した手を』

 

 

 そこに沙織の歌声が入る。2人の架け橋であった彼女の声が、美しく、伸びやかに、会場を包み込む。

 

 

『 誰よりも輝く星

  見つめる私には、(まばゆ)くて

 

『 I'm connecting with you 』

 

『 戦う君を、強い君を

  護りたい、そう誓った 』

 

 

 美海が持ち前の身軽さで跳ねるようにダンスしながら、力いっぱいに歌う。吹き抜ける風のように、どこまでも滑らかで、力強いダンス。慣れていないからか、既に汗びっしょりだが、その汗の一滴一滴がまるで宝石のように輝いていた。

 美海に合わせるように、希美と沙織の歌声も混じる。3人の声が重なって合わさり、もう彼女たちから目を離せない。

 春樹は、言い知れぬ感動を胸に秘めたまま、それを言葉に表せなかった。明確な感情にもできない。

 

 

『 青い空を翔る鳥

  見上げる私には、(まぶ)しくて 』

 

『 I'm connecting with you 』

 

『 笑顔の君を、優しい君を

  守りたい、そう思った 』

 

 

 希美がベテランの動きでダンスしながら歌う。青蘭に生きる人に元気を与え続けた声。手を伸ばして美海の手を取り、沙織の手を取り、ステージの中央へ。2りとも一瞬戸惑ったような顔をしたのを見ると、どうやらアドリブらしい。それでも、2人はそれに付いてきた。心が通じ合っていうかのように。2人に挟まれて、希美は今までで最も輝いて見えた。

 3人の絆を目の当たりにした観客らは、これが初めて聞く曲だということを除いても、それに見入らずにはいられなかった。

 

 

『 信じ合えば、炎の中でも、私は歩ける

  もっと先まで、遥か未来まで 』

 

 

 沙織が2人の間に割り込み、満面の笑顔で2人と手をつないだ。それは、これからずっと2人の間で架け橋になるという誓いのようにも見えた。

 その中で、彼女の声は海溝のように深く、心臓を震わせるように響いた。心臓どころか、魂まで揺さぶられるような、想いの詰まった声。

 

 

『 信じ合って、炎の中を、歩いていこう

  もっと先まで、遥か未来まで 』

 

 

 最後は、3人で歌いきった。当初の予定のダンスは後半ほとんどしていなかったが、それでも3人は、それでいいと思っていた。美海は両腕をいっぱいに振り上げて手をブンブン振り、沙織は2人の腰をギュッと抱き寄せて、希美は普段通りに見えて普段以上にニコニコ笑っていた。

 終わってしまえば、歌っていたのはたったの2分程度。

 それでも、その2分で、会場は最高潮に達していた。音楽が終わるや否や、割れるような拍手と歓声が爆発した。春樹も、自分で何を言っているのか分からないほどに叫んでいた。ただ、この感情を爆発させたかったのだ。言葉にできないような感情を。そして、そうしている人は決して少なくなかった。

 

 ステージの上で、観客に向かって笑顔で手を振る3人。

 その彼女らが、実は少し前まで大喧嘩していたと言っても、誰が信じただろう。

 そのくらい、3人の絆は確固たるものになり、誰の目にも眩しいくらい輝いて見えた。

 

 

…………

 

 なぜCDを売らないんだ。

 という声が殺到したため、近いうちに《MI/croSS(ミクロス)》のCDが出ることになった。だが、彼女らが今後もユニットとして活動していくかどうかは、まだ未定だった。ステージが終わったあと、美海も沙織も腰が抜けて立てなくなってしまい、希美に笑われていたが……。

 全プログラムが終わった後、春樹たちは真っ先に3人に会い、賞賛の言葉を雨あられと投げかけた。3人は恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうでもあった。

「凄かったよ、美海」

「ありがと、春樹くん。希美ちゃんがアドリブ入れてきたから、歌詞が頭から吹き飛びそうだったよー」

「うるさいわね。いいじゃない、楽しかったんだし」

「うん、すっごく楽しかった! とっても緊張したけど……」

 雄馬も、そんな3人の様子を見て、嬉しさを隠せないようだった。少し涙ぐんでもいる。よほど感動したのだろう。そう思った春樹も、気付けば半分泣きかけだった。

「CD出たらすぐに予約して、毎日聞こっと」

「ちょ、恥ずかしいよ琉花ちゃん!」

「私ももう一回聞きたいなぁ。あ、今日の晩ご飯の席でもう一回歌うってどうかな?」

「や、やだよ。美海じゃないけど、流石にそれは恥ずかしいっていうか……」

「沙織殿も珍しくはっちゃけていたようでゴザルな。録画禁止だったのが惜しいでゴザルよ」

「ろ、録画してたらどうするつもりだったの忍ちゃん……?」

 と歓談していると、満月寮の面々やら1年生のクラスメイトやらが押しかけてきた。そろそろ退散しなくては、と思ってその場を去ろうとすると、その肩を雄馬に掴まれた。

「お疲れ様パーティーしたいんだけど、来る?」

「え? い、行きます!」

「そうか。他にも呼んでいいけど、チームメンバーだけにしといてくれよ。みんなでやりたいのは山々なんだけど、場所がなくてな。こっそりってことで」

「分かりました。あの、カレンは呼んでいいですか?」

「もちろん。じゃあよろしくな。場所はメールで教える」

 雄馬はどこか心の底をくすぐるような笑みを浮かべると、3人の元へ戻っていった。

 

…………

 

 確認してみると、パーティーには全員来れるとのことだった。カレンにも連絡したが、是非参加したいと返ってきた。

「ん~、風が気持ちいいね」

「そうだなぁ」

 パーティーは夜に行われるので、それまでは自由時間。兎莉子と忍は商業地区へと行ってしまい、残った琉花が「さ、散歩でもしない?」と言ってきたので、それに従って港湾地区までやって来ていた。天気は晴れ。空も海も青く、徐々に夏の香りを含み始めた潮風が心地よかった。

「すごかったね、みんな」

「そうだな。ホントに感動したよ」

「私も出たかったなぁ。ほら、バトルに出た1年生で、私だけじゃん」

「それもそうだな」

「あ、でも……出なくてよかったかも。私、その……」

 急に暗い声になった琉花。何が言いたいのかはすぐに理解できた。自分が出ることになってたら、引きこもり期間で3人にも迷惑を掛けていたということだろう。

 春樹はその気を嫌って、琉花の背中を気持ち強めに叩いた。

「おわっ! な、何さ?」

「暗くなるなよな。ほら、こんなにいい天気なんだから」

「う、うん……そうだよね。ゴメン! もう暗くならない!」

「その意気だぞ」

 琉花は満面の笑顔になって、ニッと歯を見せて笑った。琉花らしい、元気な笑顔が春樹は好きだった。

「ねえ、ハル先輩?」

「何?」

「あのさ、嫌ならいいんだけど……ハル先輩のこと、呼び捨てにしていい?」

「え、なんで?」

 突然の質問に春樹が純粋に理由を聞くと、琉花は慌てふためいて、

「だ、だからさ!? ほら、みうみんだって『春樹くん』って呼ぶじゃん!? だからその、2人っきりの時だけでも、あの……」

「別にいいよ、呼び捨てでも」

「ホント!?」

「嘘ついてどうすんだよ。2人きりの時だけじゃなくてもいいぞ」

「……それは、いい。これは、ケジメだから」

「ケジメ?」

 なんのことか分からずに春樹が問いかけると、琉花は一瞬押し黙った。それから真剣な表情で春樹の方を向いた。

「あのね、私……ずっと隠してきた思いがあるの」

「隠してきた? あれ、俺に全部話してくれたんじゃ……」

「最近気付いたの。で、今から話したいんだけど、いいかな?」

「も、もちろん。どんと来い」

 少し前に腹を割って話し合ったが、まだ隠していた思いがあるらしい。意を決して彼女の思いを受け止める準備に入った。

「耳貸して。大事なことだから、1回しか言わないよ?」

「それ、普通2回言うんじゃ……」

「い、いいのっ。それから、この思いを聞いた後でも、私への態度を変えないでね」

「……わかった」

 それほど重要な思いなのだろう。いよいよ春樹も真剣な表情で、横を向いて琉花に耳を貸した。彼女はそっとそこに口を寄せ、

「……目を閉じて」

「?」

 よくわからないが、言う通りに目を閉じた。さあ、どんな思いでも、俺が絶対に受け止めて――

 

 不意に、頬に何か柔らかなものを感じた。

 

 慌てて目を開くと、琉花は春樹の頬に、キスしていた。

 

「る、琉花!?」

 驚きすぎて彼女から飛び退くと、琉花は珍しく、柔らかく優しく微笑んで、

 

「ハル、大好きだよ!」

 

 ――ハル、大好き!

 

 その言葉に何も言えなくなってしまった春樹を前に、

「じゃあ私、パーティーの準備あるから! また後でね!」

 と言い残し、駆けていってしまった。

 春樹は、未だキスの感触が残る頬を無意識にさすりながら、呆然とそれを見送るしかなかった。

 これで、彼女への態度を変えずにいることなど、無理に決まっていた。が、それでも、努めて今まで通りに接しなければならない……

 

 全く、なんてトリックスターだ。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 もちろん、パーティーの時に目も合わせられないほど緊張していたのは、言うまでもない。

 




 ようやく2幕も終了しました。結構時間かかったし、ぶっちゃけ絶賛スランプ中なので、より拙い文章になっているかと思います。ご容赦ください。
 それでも、やりたいことやりました。雨降って地固まるです。みんな仲良くなれたかな? 10話の『それぞれのペアが喧嘩して、ほかのチームの子と触れ合う』っていうことがやりたかったのです。テーマはそのまま『孤独は人を強くする』です。
 次は夏のブルーミングバトル編です。が、その前に。
 次は5月からいきなり舞台が7月末まで飛ぶのですがその間のちょっとした日常回をいくつか書こうと思っています。まあ、結構重要な情報は入れるつもりですが。公式の美海のそばにいつもいるアレ……気になりますよね? まずは彼らの話から書く予定です。

 それでは、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。筆者は就活生、リアルはどんどん忙しくなりますが、それでも投稿は続けたいと思います。引き続き、日常回も楽しんでいただければ幸いです。

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