アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements*   作:トライブ

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閑話 青い彼岸花

 世界接続20周年祭の前日。(きし)()(ゆう)()は青蘭島東にある、青枝山の傾斜に立つ雑木林に足を運んだ。

 青蘭学園を卒業し、一度は本土に戻って執行部の仕事をしていたが、また青蘭島に戻ってきて教務課の権限者(オーソライザー)に就任した彼。青蘭に戻ってからの彼は、この季節になると毎年、ここに来る。

 いくらか歩を進めると、目的地が見えてきた。木々が頭上を覆いつくす無数の葉に、ぽっかりと穴が開いたように太陽の光が差し込む『ギャップ』と呼ばれる場所。そこには、色鮮やかな彼岸花が咲き誇っていた。

 彼は立ったままその花々を見下ろし……そのまま後ろに向かって声を掛けた。

 

「隠れてないで、出ておいで」

「……バレてた」

 

 木の後ろからひょこっと顔を出したのは、端正な顔つきに短く切りそろえた銀髪が麗しい、1人の少女だった。岸部アイ。雄馬と同居している、出自不明の少女だ。

 普段は家から出ないように言いつけているが、家を出てくる時の雄馬がやや挙動不審だったせいだろうか。勝手に付いてきてしまったようだ。

 雄馬は呆れたような、それでいて感心するような口調で言った。

 

「尾行も隠形術も、かなり上手くなったな」

「でもバレた」

「そりゃあ……俺が教えたからだろ。で、なんで付いてきた」

「ゆーま、なんかおかしかった。だから、アイに内緒で美味しいもの食べるに違いない」

「そう思ったんなら、林に入った時点で引き返せよなー」

 

 雄馬の小言もアイにはどこ吹く風、バレたのだから離れてても仕方がないとばかりに雄馬の横まで歩いてきた。すると、目の前の彼岸花に気付き、よく見るためにかがみ込んだ。

 

「……きれい」

「だろ?」

「食べられる?」

「残念、毒がある。絶対食べるなよ、人が死ぬレベルの毒だから」

 

 そう言いながら雄馬は群生する彼岸花の横に腰を下ろした。アイもそれに(なら)う。雄馬はスマートフォンで『彼岸花』と検索して、その画像を表示させながらアイに渡した。

 

「こんな花なんだ」

「……これ、違う花」

「いや、同じだよ」

「形は、にてるけど」

 

 アイが画像を見て、目の前の花と別種だと判断したのも無理はない。なぜなら、今ここに群生している彼岸花は――青いのだ。まるで青の染料にそのまま浸した筆を幾筋も走らせたように。

 

「不思議だよな。球根は確かに本土から持ってきたって聞いたんだけど、青蘭に植えたら、青く咲くんだって」

「……?」

「分かんないか。そりゃそうだ。俺も理屈は分からないし。青蘭大学じゃ一応研究している人がいるみたいだけど」

 

 雄馬は真横の彼岸花を手の甲で撫でながら、独り言のように呟いた。その目が、ここではないどこか遠くを見ているようで、その隣のアイは少しムッとした表情になった。

 

「ゆーま」

「え、何?」

「こっち見て」

「ああ、はい見た」

「…………戻ってきた」

「そういうことか。ごめんな」

 

 アイの背中をポンポン叩いた雄馬は、今度はちゃんと彼女に言い聞かせるように喋り出した。

 

「彼岸花ってのはこの時期に咲く花で、彼岸――つまり、死んだ後の世界に咲いてる花だって言われてるんだ」

「ホント?」

「そりゃただの言い伝えだよ。で、この花が咲く季節は『彼岸』って呼ばれてて、死者の魂が現世に戻ってきてるって信仰があるんだよ」

「戻ってきてるの?」

「それもただの信仰だよ。で、ほら、この写真の彼岸花は(あか)いだろ? こいつらは墓地に咲く花でな、その下に埋まってる死体から血を吸い上げるから、赤いんだ」

「そうなんだ。じゃあこの下には、青い血の死体が埋まってるの?」

「お、いい推理力。その通りだ。この地面の下にはな、鬼が埋まってるんだよ」

 

 雄馬は、自分が座っている地面を撫でながら言った。一方のアイは『鬼』が何なのか、よく分かっていないようで「鬼ってなあに?」と聞かれたので、「俺みたいなもんさ」と返しておいた。とりあえずはそれで納得したらしい。

 

「強いんだ」

「そう、強い。で、この島には昔、鬼が大勢暮らしてたんだ。でも、ある時本土から渡ってきた戦士に皆殺しにされて、この島は鬼の血で真っ青になったんだって」

「鬼の血は、赤くないの?」

「これは日本特有の言い方かもしれないけど、とても人間とは思えないようなことをしたやつに『お前の血は何色だ?』って聞くことがあるんだ。同じ赤い血が流れている存在とは思えないってこと。そりゃ、人間なら赤いに決まってるんだけどさ、鬼の血は、青かったんだって」

「……ちょっと、見てみたい。ゆーま、血、青いの?」

「お前と初めて出会った時、赤い血を流しまくったと思うけど」

「じゃあ、ゆーまうそつき。鬼じゃない」

「俺みたいに強いってことさ。そんで、そうやって鬼の血がこの地面の下に染み込んでるから、ここに咲く彼岸花は青くなるんだ」

「へぇ」

 

 感心するアイを横目に、雄馬は笑いをかみ殺しながら種明かし。

 

「…………まあ、嘘なんだけど。全部俺の作り話。それに、こっちの彼岸花は本土よりも早い時期に咲くから、本当の彼岸は9月なんだけどさ。しかも『お前の血は何色だ?』っての、実は漫画のネタらしい」

「うわ、ホントにうそつきだ。しつぼーした。弟子やめる」

「悪かったって。ただ、俺はそう思ってるってだけ。てか失望した、って……また(たちばな)(まる)の言葉を覚えやがって」

「…………ドーナツ」

「分かったよ、帰りに買ってやるから機嫌直せ」

「はぁい」

 

 思わぬ収穫があって喜ぶアイ。無表情のように見えるが、随分嬉しいようだ。雄馬はそんな彼女を見ながら、話を続ける。

 

「実際に青く咲く原理は分かってないけど、面白い性質があるのは確かだ。この青い彼岸花を本土でも楽しみたい連中が、青蘭で青く咲かせて本土に持ち帰ったんだけど、こいつらは春に枯れて夏に花を咲かせる性質があってな。本土で咲いた花は、全部赤かったそうだ」

「ここじゃないと、ダメなんだ」

「そういうこと。逆も同じで、本土から赤い彼岸花を持ってきても、次の年に咲く花は青くなるんだって」

「ふぅん。じゃあアイ、今お得?」

「もちろん。いい経験だぞ」

「それで、ゆーまはなんでここに来たの? これが見たかったから?」

「……んー、ちょっと違う」

 

 アイの妙に鋭い指摘に少したじろぎながらも、雄馬は言葉を選びながら、一度(つぐ)んだ口を開いた。

 

「俺には、兄貴がいたんだ。もう死んだけど。俺がここに来ると同時に死んだ。俺は兄貴の、後継ぎっていうか、後任者っていうか。ともかく、あいつが生きてた時と同じ仕事をしてる」

「そうなんだ。お兄さんも、強いの?」

「そりゃあもう。俺よりずっと強くて、俺よりずっと年上で、俺よりずっと喋らない奴だった。兄弟仲は……別に良くなかった。仲良くしておけばよかったとも思わない。寡黙で、何考えてるか分からなくて、口下手で……それなのに俺よりも強かったから、ムカつく奴だったよ」

「…………」

「その兄貴がさ、死ぬ間際に俺に何か言いかけたんだよ。口下手だし、すぐ事切れたから、何が言いたかったのか分かんなかったけど。なんかすごく大切な事だったらしい。でも、死んだからもう聞けない」

「……そっか」

「死んだ後までムカつく奴なんだよ。死ぬならスパッと後悔なく死んでおけばよかったんだ。そうしたら俺も……思い出したくもない奴のことを毎年思い出して、悩むことなんてなかったのに」

「そう……なのかな」

「さっき言ったよな。この時期は彼岸で、死んだ人の魂が現世(こっち)に帰ってきてるって言い伝えがあるって。彼岸花は、そんな季節の象徴だ。

 ……だから、もし本当に戻ってきてるなら、教えてほしいと思ったのさ。お前は最期に、俺に何を言いたかったのかってのと……俺にそれを伝えきれなかったことを、後悔してないのかって」

 

 最後は、ほとんど独り言だった。雄馬の視線は彼岸花の、さらに向こう側を見ている。それを見たアイは、今度は彼を引き戻すようなことはしなかった。1月にこの島に落ちてきて、彼に拾われ、多くのことを学んだ。他人の心になんて興味がなかった彼女は、もういない。今の彼女は、雄馬の心情をなんとなく察して、それをどうにか励ましてあげたい、と思っている。なのでアイは、自分の話をすることにした。半分は、彼女にとっても無意識だったが。

 

「……もしホントに、しんだ人のタマシイが、帰ってきてるなら」

「?」

「アイは、きっとすごく、憎まれてるね。アイはいっぱい、人を壊したから」

「…………」

「アイね、こっちに来るまえは、人を壊すことに――殺すことに、何のためらいもなかった。『あたまの中のこえ』にしたがうのだけが、いきてる理由だった。それしか、なかった」

「……ああ」

「でも、アイ、ゆーまと暮らして、いろんな人とかかわって、分かったんだ。タイセツって、こういうことなんだね、って。

 アイ、ゆーまが殺されたら、嫌。ハレもサチもセイも、みんな、殺されたら、嫌。殺した人を、ゆるせない。アイがこうなんだから、みんなもそうなんだって、ようやく気付いた。

 でもアイは、いっぱい人を殺した。その人たちにも、そういう人が、きっといたはず。それが、たとえどんなに悪い人でも。

 アイは、そんなタイセツを、いっぱい奪ったんだって。殺した人の数より、ずっと多く。アイが、アイにとってタイセツなものをとられたら、その人のことをゆるせないように……アイはきっと、ゆるして、もらえない……」

 

 元の場所では、肉体を改造され、洗脳され、殺人マシーンのように働かされていたアイ。雄馬にとって、その凄惨な光景は、記憶を解析するプログラムによって知ったものだ。彼女が悪いわけではないはずだが、どうやら意識自体はちゃんとあったらしい。

 アイは今、何を思っているのだろうか。彼女も彼岸花を見つめながら、その目尻に涙が滲んだのを、雄馬は見た。こんなにも純粋な心の持ち主から流れる涙が、余りにも罪深い気がして、それを誤魔化すように彼はまたアイの背中を叩いた。

 

「……そう思えたことが、アイの進歩だ。大丈夫、もし憎まれてるなら、親だからさ。俺も一緒に謝ってやるよ。だから、辛くても頑張って生きるんだ。誰かさんみたいに、何かを遺しきれない人生じゃ、半端に遺された人にも迷惑が掛かるんだからさ」

「…………うん。アイ、がんばる」

「その意気だ。一緒に頑張ろう」

 

 2人はしばらくそこに座り、陽光に照らされる青い彼岸花を、無言で眺め続けていた。

 

 

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