アンジュ・ヴィエルジュ *Skyblue Elements* 作:トライブ
世界接続20周年祭、2日目。
この日のメインの催し物は、何といっても現役青蘭学園生のチーム同士のブルーミングバトルだ。
しかも今回は面白いことに、出場する4人のαドライバーが構築したチームのメンバーが、ほとんど各世界ごとに分かれている。
午前は、白vs黒。
午後は、青vs赤。
この世界接続20周年祭に相応しいバトルが、幕を開けようとしていた。
…………
「……そろそろ時間だね。みんな、準備はいいね?」
控え室でチームメンバーに呼びかけた冬吾は、頼もしい返事を4つ聞いた。
「もちろんです。勝ちましょう」
胸に手を当てて微笑むユーフィリア。
「エクシードは控えめに、頑張りますの」
拳をぐっと握って力強く言うテルル。
「皆さんのバイタル、ちゃんとチェックしておきますからね! 頑張ってください!」
パッドを片手にエールを送るナナ。
「特訓の成果を、お見せします」
目を閉じたまま静かに口を開いたセニア。
その様子を見て、冬吾は、自身の勝利を確信する。それは自惚れでも自意識過剰でもなく、
ここまで来たのなら、悲観論は自分の足を引っ張る考え方でしかない。何事も論理立てて考えなければ気が済まない冬吾にしては珍しいことだが、前回の春樹とのバトルで分かったことがある。バトル中は状況が二転三転し、予め立てておいた計画は、あちこちから崩されてしまい、あっという間に瓦解した。そして、その崩れ方の中には、冬吾が思いも寄らないものが幾つかあった。それは例えば、セニアを一時的に退場させた春樹の機転であったり、忍がバトル終盤まで隠し続けた数々の忍術であったり、レベル5同士のぶつかり合いだったり。なら、どう崩れるかを予測して、あの場合はこう、この場合はそう、といった風に無数のパターンを想定するのは時間の無駄だ。仮に想定できたとして、そこまでの指示を一々飛ばし、皆がそれに逐一従うことができる……というところまで行った想定は、もはや堅実ではなく浅薄だろう。そんなことよりも遥かに大切で必要なのは、崩れながらも突き通せるだけの、強い意志なのだ。彼はそれを、春樹から、春樹のチームメンバーから、そして目の前の彼女らから学んだ。
「まあ、褒められた決着にはならないと思うけど……これが成功すれば、
冬吾は意識して、力強くメンバーに告げた。
…………
バトル開始の時間が近づくにつれて、ハイネのチームの控え室は、どことなく浮足立ってきた。というよりハイネが。
(やばい……ちょっと緊張してきた)
コロシアムへの入場口からは、既に多くの話し声が聞こえてくる。規制緩和後の初めてのバトルということで、注目されているのだ。そんなことは、頭では分かっているつもりだったが……実際はこんなものだ。心臓が、肋骨からの隙間から身体の外に逃げたがっているかのように、強く鼓動しているのを感じる。
青蘭で暮らし始めて4年目になるハイネだが、観客席に座っていた今までとは違い、初めて観客席から見下ろされる立場になった。今更過ぎるが、こんなことなら自分が上げてきた歓声を少し控えめにしておけばよかったな、などと無駄な後悔をしてしまう。
「あんた、大丈夫?」
「ソフィーナは、緊張してないの?」
「まぁね。《クレイドル》じゃあ御前試合みたいなのもやったし。それに今更緊張するなんて、なんか勿体ないじゃない」
「それもそうか」
それでもハイネの緊張が抜けていないと、幼馴染のソフィーナはそう思ったのだろうか。彼女はハイネの手を取って、自分の頬に押し当てた。彼女の熱が、手から伝わってくる。
「ほら、大丈夫よ。ね?」
「……うん。ありがとう」
言葉にできない、じんわりとした思いが胸に広がる。と同時にエミルが「あっ、私も!」とやってきて、反対側の手を彼女の頬に当てられた。そういえば、彼女とは3年以上の付き合いがあるにも関わらず、エミルの手以外の肌を直接触ったのは、これが初めてだった。彼女はアンドロイドだが、やはり温かい。
「はい、深呼吸~。楽になるよ~」
「…………もう、大丈夫です」
「よかったぁ~! それじゃあどうする? 円陣とか組んじゃう?」
「よしやろう! 美しいチームメンバーに捧げるよ!」
「そんなのいいですわ。手を重ねて『おー!』くらいにしておきましょう」
「そのくらいがいいわ」
というわけで円陣は組まず、皆で輪になり手を重ねて『おー!』という掛け声はやって。
いよいよ、バトルの時だ。
「みんな、頑張ろう。みんなが頼りだ」
とハイネが言うと、メンバーは皆、自信を感じさせる表情で頷いた。
…………
フィールドはシンプルに障害物無し。
終了条件は、いずれかのαドライバーが両足で立てなくなったら。あるいは、いずれかのチームのプログレスがフィールド内に1人もいなくなったら。
サッカーのフルコート並みの大きさの範囲がフィールドだ。最大でも4対4、合計8人で使うには一見広そうに見えるが、実はそんなことはない。ダイナミックなエクシードのぶつかり合いが発生するなら、これでも狭いくらいだ。
両者のαドライバーが、出場させるプログレスとファーストリンクを結ぶ。コロシアムのスクリーンに、出場するプログレスが表示された。
冬吾のチームは、セニア、ユーフィリア、テルルの3人。前回のバトルと変化なし。
ハイネのチームは、ソフィーナ、エミル、マリオン、カサンドラの4人。いずれも新顔だが、青蘭学園の現役生徒会長が入っているということで、大いに注目されている。
冬吾のチームは、人数でもプログレスの質でも劣っているように見えるが、果たして。
逆にハイネのチームは、この強力なプログレスに対してどのような戦略を立てたのか。
会場内は既に盛り上がっている。その規模は、4月のバトルの比ではない。聞くところによれば、他の世界の、青の世界への
両者のαドライバーがαドライバーゾーンに立ち、プログレスはフィールド内へ。バトル開始まで、あと1分。
ハイネは緊張しながらも、チームメンバーの心をリンクによって感じ取った。皆の心が震えている。恐怖ではなく、同じような緊張に、あるいは高揚感に。それはハイネも同じだった。
冬吾の心も、彼にリンクしているメンバーの心も、いずれも穏やかだった。大丈夫、やるべきことをやるだけだ。その思いを全員が共有する。ただ、セニアだけは、挑戦意欲に溢れているようだ。
そして、時刻は午前10:00に。ブルーミングバトル開始。
…………
誰よりも先に動いたのは、ユーフィリアだった。これはハイネの予想通り。ユーフィリアにはエミルが対応する。
が、さっそく予想外の出来事が起きていた。手元のデータパッドには相手のプログレスの情報も載っているのだが、それを見ると、レベルの上がり具合から察するに、どうやら冬吾はユーフィリアとセカンドリンクしていないらしい。
セカンドリンクはリンクの強度を強めるためのリンクで、放っておくよりも早くエクシードレベルが上昇する。そして、冬吾のチームで最も広範囲を活動できるのは、エクシードによって飛行できるユーフィリアだ。まずは戦場を広げるため、そして地上と空中で分割するためにユーフィリアのレベルを上げてくると思っていた。というより、前回のバトルではそうしていた。
では、かわりに誰のレベルが上がっていたかというと、セニアだ。しかも、本来は2人に対して結べるセカンドリンクを2重に向けているらしく、レベルの上昇速度は非常に早い。
『――ねぇ、ハイネくん!』
「な、なに、エミルさん?」
『ユーフィリアちゃん、
「えっ?」
エミルの言葉につられるようにそちらを見ると、確かにユーフィリアは空中戦に入っていなかった。背面のブースターから白い炎を少しだけ噴出させ、その推進力を使って地面を滑るように移動している。彼女が地上に留まっているので、エミルも地上から離れるわけにはいかない。そうすると、機動力という観点からエミルはユーフィリアに追いつけない。なのでハイネは咄嗟に、エミルにセカンドリンクを回した。
「――とりあえず作戦通りに! マリオンはセニアちゃんを、ソフィーナとカサンドラはテルル先輩を!」
もう一方のセカンドリンクはマリオンに。レベルが急上昇しているセニアに立ち向かわせるのに、低レベルのままなのは余りにも不利だからだ。
「カサンドラは引き目に、ソフィーナは援護を!」
他方。カサンドラとソフィーナは、そもそもそこまでエクシードを重要視していない。なので、エクシードレベルが上昇していないテルルに立ち向かっても問題ないはずだ。やることは足止めとフィールド外への押し出し。ここまでは予想通りだ。
あくまでも、ここまでは。
…………
「むっ。テルルのお相手は貴女達ですの? 予想通りですの!」
「やっぱりかいっ! とりあえず、お手柔らかに頼むよ!」
「テルルの手はとっても柔軟ですの! ご心配、いらないですの!」
テルルに肉薄したカサンドラが、レイピアを振るいながら語りかけた。対するテルルは、意味が分かっていて敢えて茶化したのか、それとも本気で分かっていないのか。ともあれ手加減する気は無さそうだ。
レイピアを持っているカサンドラに対して、テルルの武器はガントレットのみ。リーチ差はある……と見せかけて、彼女の機動力の前にはないようなものだ。
とはいえ、こちらには背後から援護してくれるソフィーナがいる。
「私だっているのよ!」
「くっ、援護射撃ですの! 厄介ですのね!」
カサンドラはテルルの攻撃を直接受けようとせず、そのしなやかな身のこなしとレイピア捌きで上手くいなしている。テルルは強靭な体幹で、攻撃を外しても持ちこたえるが、そこにソフィーナの攻撃魔法が刺さる。それすらもガントレットである程度弾いてしまうのは、テルルの実力の高さ故だろう。
「やはり、後ろから先に――」
「させないよっ!」
「ですのよね! 分かっているですの!」
どうにかカサンドラを振り切ってソフィーナを攻撃しようとするテルル。正しい選択だ、と思いながらそれを防ぐカサンドラ。
ソフィーナの魔法は攻撃だけではない。カサンドラに飛ばしているのは防御魔法だ。テルルの攻撃がある程度入ったとしても、防御魔法がその威力を削いでくれた。しかし、これは一時的なものだ。テルルのエクシードレベルが上昇し、《
戦況は一進一退。テルルの攻撃がカサンドラに当たることもあれば、逆にカサンドラのカウンターがテルルに入ることも。そしてソフィーナの援護攻撃も確実にダメージを与えている。手数はこちらの方が多いが、一撃の威力が大きいテルル側は同じくらいのダメージを与えている。
(この状況を続けて、テルル先輩を抑え込み続ければ、あるいはフィールド外に出せれば、こちらの『切り札』を使うチャンスができるわね……)
ソフィーナは戦況をそう判断して呪文を唱え続けた。
…………
「セニア、レベル3だ」
『はい、マスター』
セニアのエクシードレベルが3になったことを知らせる。すると彼女は作戦通りに装備を展開した。――飛行用のブースターを。
飛行を開始したセニアは、立ち向かってきたマリオンを文字通り飛び越し、さらにバトル用のエネルギー銃とブレードを出現させながらユーフィリアの援護に向かう。そのユーフィリアは、まだ地上を離れる気配がない。というより、今回の空中戦担当はセニアなのだ。ユーフィリアは新技、白い炎を下向きに薄く噴射し続けることで地上での機動力をぐんと上昇させる《セラフィック・グライド》により、地上戦を制してもらう。
ハイネは
だが、前回のセニアは万全とは程遠い状態だった。その可能性は、冬吾たちですら未だに掘り切れていない。そんな可能性を、ハイネはどう評価するだろうか?
『2対1です、会長』
『う~、マズいね。セニアちゃん、ちょっと待っててくれる?』
そう言うが早いか、エミルが羽織った黒いコート型のエクシード兵装《
『想定済み、です』
セニアは銃と一緒に出現させておいたブレードで、その拘束を断ち切った。反応が間に合わなくても、手段を
『すご~い、セニアちゃん! 抜けられるなんて――』
『相手はこっちにもいますよ、会長!』
『ごめんね~! 今相手するから!』
エミルの袖の
だが、今は違う。
エミルの基本戦法は、この糸を使用して相手の行動を制限してから攻撃に移るというものだ。それだけではないからこそ彼女は生徒会長なのだが、それでもその白い光の糸は、彼女の戦略を根底で支えているものだ。
その糸が、ユーフィリアとセニアの周囲に張り巡らされるが、縛りに来ることはない。恐らく、あれに触れることが術式のトリガーになっているのだろう。
「ユフィ、リープだ!」
『はい、パパ! 《セラフィック・リープ》!』
ユーフィリアの詠唱と同時に、今までよりも強くブースターから白い炎が噴射され、それらが幾筋もの糸のように細長く、エミルの糸を搔い潜って伸びる。白い糸同士が絡み合う、巨大な蜘蛛の巣のような光景だ。
その糸から糸へと、ユーフィリアは転移しながらエミルに接近する。発動と同時に策定した幾筋ものルート上からルート上へ転移を繰り返して敵に接近、あるいは攻撃を回避する技《セラフィック・リープ》。前回のバトルでは忍の《
『やっぱそう来るよね~』
その接近にも慌てず、にこやかなエミル。瞬間、張り巡らされた大量の糸がぐるりと渦巻き、離れている
『えっ!?』
セニア&ユーフィリアとエミルとは大きく離れた場所でカサンドラ&ソフィーナと戦っていたテルルは一瞬で雁字搦めになる。咄嗟に藻掻くテルルだったが、拘束を破り切る前にソフィーナの魔術によってフィールド外に押し出されてしまった。
『30秒だけ、4体2ね~』
『……面白いです。ね、セニアちゃん』
『はい。とても、高揚します』
しかし、フィールド内に残った2人は、そんな逆境をものともしない不敵な表情を浮かべていた。
それは、指揮を執る冬吾も同じだった。
(やっぱり崩されたか。
セニアのレベルが4に到達した。《
…………
(とりあえず、テルル先輩をフィールド外に出すことには成功したか)
しかし、ブルーミングバトルのルールで、フィールド外に出たプログレスは30秒経てば再入場が可能になる。今のハイネがやるべきことは、こうして稼いだ30秒の間に、この状況をどう打破するかだ。
もしユーフィリアが地上に留まり、セニアが空中戦を行うというのなら、強力な遠距離攻撃手段を持たないマリオンがセニアの相手をするのは不可能になる。ではマリオンとエミルの役割を交代させ、エミルにセニアを、マリオンにユーフィリア、それぞれ担当させようとすることも一瞬考えたが、すぐにやめた。その理由は、今のフィールド内の状況だ。困ったことに、今、向こうのチームで地面に足を付けているプログレスはいない。今まで地上にいたユーフィリアも飛行を始めたのだ。そうすると、飛行ができるエミルと、地上から魔術による対空攻撃を放つことができるソフィーナしか攻撃のしようがない。つまり、せっかく人数差を広げられたのに、そのアドバンテージを活かしきれていないのだ。マリオンのエクシード《
もちろん、チーム全員が持ち込んでいる呪具を使えば、マリオンとカサンドラにも対空攻撃は可能だ。だが、あれはあくまでも奥の手であり、切り札だ。今使ってしまうのは、惜しい
判断はあくまで冷静に下さなければならない。空中戦アタッカー2人に対応するためには、こちらも空中戦ができるプログレスを2人用意する必要がある。
「ソフィーナ。セニアちゃんに対空攻撃を」
『分かってるわ』
「マリオンはカサンドラと一緒に、再入場するテルル先輩を」
『分かりましたわ。まあ、そのくらいしかできませんものね』
フィールド内の上空を激しく飛び回るセニアとユーフィリア。テルルが再入場可能になるまでは回避に専念しているらしく、エミルの拘束を間一髪で避け続けている。地上からのソフィーナの攻撃も芯を捉えられていない。
(予想してなかったな……まさか
だとすると、不利なのは明らかにこちらだ。ブルーミングバトルは、参加させるプログレスの人数によって、αドライバーへの痛覚のフィードバック率が比例するように変化する。参加させるプログレスの人数と痛覚フィードバック率は、3人なら40%、4人なら60%。単純に考えれば、同じ威力で攻撃し合ったとしても、こちらの方が体力の減りが大きいのだ。
もう少しで30秒。ハイネはマリオンとαリンクを結び、エクシードを解放させる。
「テルル先輩が入って来るよ。お願いね、マリオン」
『了解ですわ』
しかし、その期待も裏切られることになる。
30秒経過した――が、テルルがフィールド内に
ハイネはいくつものバトルの映像を見て勉強していたが、参加プログレスが3人以下でこのゾーンを活用しているチームを見たことはなかった。理由は単純。まず、エクストラプログレスゾーンはフィールド内ではないので、当然ながら戦いに参加できない。ただでさえプログレスの人数が最大の4人に満たない3人なのにそんなことをすれば、フィールド内で明らかな人数不利が発生するのだ。確かにレベル上昇を安全に行える利点はあるが、その速度が通常の半分とあれば、普通にフィールド内に再入場し、人数不利を解消しながらレベルを上げた方がいいに決まっている。
それなのに、テルルがエクストラプログレスゾーンに入ってレベル上昇を始めた理由。それは明らかに、フィールド内で
――ハイネの思考は、一瞬止まった。
「――っマリオン、カサンドラ! ソフィーナの呪具を使って2人に攻撃するんだ!」
『し、しかしあれは――』
「とりあえずテルル先輩をフィールド内に戻さないと!」
『うっ……そういうことか……!』
このバトルの戦略を立てる時に、ハイネは――というよりチーム全員は、勘違いしていたのだ。確かに、相手のプログレスは攻撃してくる存在だが、αドライバーの体力を削るためには相手のプログレスを攻撃しなくてはいけない。『誰が誰と交戦するか』と『どうすればその状況に持ち込めるか』――ハイネらは、それを考える際の基準を『誰ならこの相手プログレスに対応できるか』だけで決めてしまっていた。抜け落ちていたのは『このプログレスは相手の誰を攻撃できるか』という部分だ。その観点からすると、彼らは『空中』というものに対する認識が非常に甘かった。
つまり、地上戦のパワーアタッカーであるテルルは、同じく地上戦をメインとするマリオンやカサンドラにとって強大な『敵』であると同時に、彼女らが小細工なしで唯一攻撃を通せる『
テルルを、目先の脅威に踊らされてフィールド外に追い出した今。攻撃を通せる相手を失ったマリオンとカサンドラは手持ち無沙汰になってしまった。このまま2人を遊ばせておくわけにはいかない。どうにかしてフィールド内のセニアをユーフィリアを追い詰めなければ、テルルの再入場は行われない……のだろうか? それとも、もう少ししたら普通に入ってくるのだろうか?
分からない。冬吾が何を考えているのか、推測できない。
人数有利を作り出したはずのハイネのチームは、誰が見ても明らかなくらい後手に回っている。
冬吾は間違いなく、この焦りから発生する隙を的確に攻めて来るだろう。
とはいえ、どうすれば?
「ごめん、呪具使うのはちょっと待って! エミルさん! αリンクするから、どっちでもいい――できれば両方、地上に落として!」
『お、オッケー!』
「ソフィーナは、とにかく広範囲に攻撃を放って! 2人の行動を制限するんだ!」
『分かったわ!』
咄嗟の機転。セニアとユーフィリアが地上に降りてこないなら――落としてしまえばいい。そうすれば、悪い表現にはなるがマリオンとカサンドラでタコ殴りにできる。
実は、思い付きはしたのだ。――ソフィーナのエクシード、望むものを右腕に引き寄せる《グリーディ・ハンド》で、空中のセニアとユーフィリアを地面に引きずり下ろすことを。ソフィーナのエクシードは、制御さえできれば、対象を絞って引き寄せ効果を発動できるが、万が一暴走してもエミルのエクシードで味方を拘束することで、その場に繫ぎ留めておくことができる。――しかし、その暴走の凄まじさをその身で感じていたハイネは、無意識のうちに臆した。
エミルとαリンクを結び――成功。エクシードの出力が強化され、今日一番の白く輝く糸が彼女から放出される。同時にソフィーナが攻撃力よりも攻撃範囲を優先して、空中に魔法の弾をばら撒いた。2人の動きが一瞬止まる。その一瞬で、どちらか片方でもいい、完全に拘束できれば――
だから、気付いていなかった。エミルとのαリンクを結び始めたその瞬間に、
フィールド内に駆け込んでいたテルルの存在に。
『えっ!?』
マリオンとカサンドラの驚きの声がほとんど同時に聞こえる。が、2人が攻撃されたわけではない。テルルは2人には目もくれず、猛ダッシュでフィールドの中心へ。
そして、その途轍もない膂力で大ジャンプした。その跳躍の高さは優に10メートルを超え、ユーフィリア・セニア・エミルが空中戦を行っていた高度まで容易に到達する。
跳躍の途中でソフィーナの攻撃に被弾していたが、威力より範囲を優先していたせいで、大したダメージにはならない。そのソフィーナは飛び込んできたテルルに反応し、攻撃を彼女に集中させるか迷ったが、迷っていられる時間が一瞬しかなかったせいで決めきることができず、範囲攻撃のままだった。
『あっ、うそ!?』
驚くエミルの声。今、彼女に最も接近しているのはテルルだ。しかも、このままだと振りかぶった拳がエミルに当たる――その危険を感じ取ったエミルの防衛本能が災いし、ほとんど無意識の内に拘束術式の対象をテルル1人に絞ってしまっていた。
そして、それを待っていたかのようにセニアとユーフィリアが急降下する。今、ハイネのチーム全員の意識は、とてつもない跳躍を見せたテルルに――上空に集中してしまっている。その隙を、
『《セラフィック・ボルテクス》!』
聞こえたのは、ユーフィリアの詠唱。彼女のブースターから放たれた白い炎の塊はマリオンとカサンドラのすぐそばで弾け、渦巻く上昇気流へと変じた。反応こそできたが、唐突な広範囲への攻撃を避けきれなかったマリオンとカサンドラは、ひとたまりもなく巻き上げられる――
それと同時に、セニアがエネルギーショットでソフィーナを狙い撃つ。攻撃に集中していた彼女だったが、幸いにもセニアの動きが洗練されきっていなかったおかげで、こちらは反応が間に合った。何とか回避するが――それを先読みしていたかのように、セニアがもう片方の手に持っていたロッドを、
その一瞬、時が止まった。
テルルはエミルの拘束術式に捕らえられ、
マリオンとカサンドラはユーフィリアの竜巻によって上空へ飛ばされ、
銃撃を回避したソフィーナの行く先に、セニアがロッドを投げて、
一瞬の後、全ての結果が訪れた。テルルは白く輝く糸で雁字搦めになり、勢いを殺されて落下した。空中に巻き上げられたマリオンとカサンドラは地上に落ちてくる際、どうにか受け身を取れたが、その衝撃と痛覚はハイネにしっかりフィードバック。さらにセニアの投げたロッドがソフィーナに直撃し、鈍痛がハイネを襲う。
最後に《セラフィック・グライド》で地上スレスレを滑るように移動したユーフィリアが、落下してきたテルルを受け止めた。そのままグライドしてエンドラインに近づくと――なんと自分からテルルをエンドラインの向こう、フィールドの外側に投げたのだ。すると、フィールド外に出たことでエミルのエクシードの影響が終了し、拘束が解ける。
その傍ら、セニアはロッドを回収することなく再び上昇し、エミルとの交戦に戻った。今度は攻撃を加えている。ユーフィリアがいない隙を補うために。
一連の流れは、ハイネの体力を削っただけに終わってしまった。テルルがまたフィールド外に出たことで、再び有利とはいえない有利な状況に戻ってしまう。
(くそ……どうすればいい!?)
その答えは、暗闇の中にあって見えないように思えた。
…………
「よし……とりあえず何とかなったね」
『もう被弾ばっかりは嫌ですの! 出たり入ったりも疲れるですの!』
「ごめんねって。後でいっぱいご飯食べよう?」
『それで誤魔化せると思ったら大間違いですの!』
冬吾は今回、テルルを『波』として扱うことに決めていた。
前回のバトルを見たなら、テルルのパワーは知っているだろう。それがほとんどエクシードレベルに関係しないということも。
このテルルを相手にしたときにまず考えるのは、強力な攻撃をどうやっていなすか、あるいは彼女を無力化するかだ。そこでカサンドラかマリオンのどちらか、あるいは両方がテルルの対応に当たることは予測できていた。
であれば必要なのは、それへの対策――ではない。カサンドラとマリオンの2人が揃えば、さすがのテルルも圧倒されるだろうが、この2人の大きな弱点として、空中戦がほとんどできない。そこで、テルルを積極的にフィールドに『出し入れ』することで、向こうの判断を狂わせようというわけだ。冬吾が様々なブルーミングバトルの記録映像を見た限り、ここまで変な戦法を取っていたバトルは無かった。どれもこれも、言ってしまえば……お行儀のよいバトルばかりだった。前回の自分たちのように。
相手のチームの構成上、テルルを対策するために、まさかユーフィリアを差し置いてエミルを投入してくるはずがない。そうなったら、空中も地上も自在に動けるユーフィリアがほぼ完全にフリーになるからだ。確かに魔術で相手を拘束するエミルのエクシードはテルルにとって天敵といえる。だが、いざとなったらエミルのエクシードで対処可能だからこそ、エミルはテルルを相手することに対してやや甘い認識なのではないか? 逆に考えれば、前回のバトルでユーフィリアと交戦しながら地上にも影響を及ぼしていた美海は、それだけ強敵だったのだ。
そして、仮にソフィーナに空中戦が可能だったとしても、それに対する『ズラし』として、今回ユーフィリアに地上戦を任せた。『いつでも空中戦ができる地上アタッカー』に。結果としては、半分当たり、といったところか。ソフィーナ自身は空中に行けないが、強力な対空攻撃を持っている。それも魔術という、テルルと同じくエクシードレベルにほとんど依存しないタイプの攻撃手段だ。極めればこれも厄介だろう。
この戦術が可能になったのは、セニアのおかげだ。彼女が飛行用ブースターの扱いに慣れて、空中での戦闘が可能になったからこそ、冬吾は大胆な戦略を――『地上をほとんどカラにする』という戦略を立てられたのだ。そうやってこちらのメンバーが誰もいなくなった地上に、テルルが出たり入ったりすることで、向こうの戦略を狂わせる。狂ってしまうのはテルルが『一撃でゲームを決めかねない攻撃力を持っているから』と『マリオンとカサンドラが唯一攻撃できる、こちら側のプログレスだから』だ。
流石に初っ端からテルルが放り出されるのはほとんど想定していなかったが、だからこそ彼らの認識の甘さを確信できたと言える。ハイネらは恐らく、彼らが想像しているよりずっと不利な編成であることを認識していなかった。相手の人数の少なさはメリットのように見えて、実は
(戦略勝ちできてる――って考えるのは甘いだろう。さっきの反応、何か隠し持ってるね)
冬吾はフィールド内をしっかりとチェックしていた。そして、エミルとαリンクを結ぶ直前、ハイネからの指示でマリオンとカサンドラが焦ったように何か言い返していたのを見逃さなかった。向こうは魔法使いチーム。呪具などのアイテムを全員が持っていてもおかしくはない。むしろ、戦闘範囲が限られるプログレスが2人もいるのだから、少しでも手の数を増やしておくのは、ごく自然な発想だろう。
(だとしたら、使い時を誤った――のかな。僕らを相手にするプレッシャーもあるだろう。ソフィーナちゃんがサポートに徹している辺り、彼女を使った切り札も用意しているはずだ)
残酷だが、冬吾はハイネとソフィーナの関係を知っている。彼自身が言ったことではあるが、2人は強い信頼で結ばれているのだ。
だから先に。
「ユフィ。あと
『あと1分少しです!』
「分かった。テルル、再入場しよう。準備が出来たら――」
『予定通りにやれ、ですのね?』
「うん、あと少し」
『はぁ……今回の貴方、本当に容赦がないですの』
「いい機会なんだ。ハイネくんには悪いけど……
冬吾の眼差しは、眼前のバトルの
「セニア。あと1分、『あれ』で地上を攪乱しよう」
『はい、マスター』
…………
再びフィールド外に出たテルル。マリオンとカサンドラが手持ち無沙汰に戻る。今度のハイネは、考えている時間などない。テルルが入って来られない30秒は、逆に言えば『入って来るかどうか悩む必要がない時間』なのだから。
「マリオン、カサンドラ! 呪符で対空攻撃だ! 切り札に拘ってちゃ勝ち目がない!」
『了解ですわ!』
そう。ここまで追い詰められてなお、戦略を押し通せるなどと勘違いはできない。そしてこの30秒間、冬吾はテルルを使った戦略が使えない。この攻撃に、フィールド内の2人だけで対応しなくてはいけないのだ。
マリオンは、ソフィーナから渡された呪符をまとめて取り出し、エネルギーを注ぎ込んだ。マリオンとαリンクし、増幅されたエクシード《
『今ですわ、カサンドラ!』
『了解っ! さぁ、盛大な一撃を見るといい!』
そうして発動した魔術を、カサンドラのエクシード《アマデウスの真翼》で包み込み、上空へと飛ばす。カサンドラはエクシードに関しては天才で、何も練習しなくても完璧に操れるプログレスだ。そのエクシードの内容が『魔術を膜で包んで遠くに飛ばす』というもので、本人が魔術を使えないというアンバランスな人材ではあるが、こういう場面ではとても役に立つ。複雑な軌道で飛行する空中のプログレスに向かって、魔術を精密に誘導することもお手の物だ。
狙いを付けたのは、防御力の低そうなセニアだ。ユーフィリアは防御技である《セラフィック・ガード》を持っているため、狙うのは愚策だと判断したのだ。
だが、セニアもただではやられない。自分が狙われているといち早く察知した彼女は、咄嗟にバリアを発生させる装置を出現させて、攻撃を防いだのだ。しかし、マリオンのエクシードによって大幅に強化された黒百合色の爆風はバリアごとセニアを吹き飛ばし、バリアの切れた隙をソフィーナの対空攻撃が捉える。いい感じだ。
(ここでセニアちゃんをエミルさんが拘束できれば……)
そうすればセニアを地上に落とすことができる。――が、妙な違和感。どうしてユーフィリアはセニアのカバーに入らない? ここでセニアが集中攻撃を食らえば、一気に負けてしまうかもしれないのに。
そもそも、ユーフィリアに関しては最初から違和感がある。まるで、前回のバトルのような全力を出しているようには見えないのだ。地上での滑走も空中での飛行も、最小限のエネルギーで攻撃を躱し続けている。エミルの拘束術式を抜くために発動した《セラフィック・リープ》も、炎の筋が前回のバトルに比べて明らかに少なかった。なぜだ? 何かを、待っているのか?
そんな逡巡に思考を奪われ、エミルに出す指示が一瞬遅れた。その間にセニアは体勢を整えながら、腰辺りに6個の球体を出現させ――そのまま地面に落とした。その球体は地面に当たり――強い光を伴って爆発する。
(ば、爆撃か――!)
《
既にテルル退場から30秒以上が経過していた。マリオンとカサンドラに、テルルに警戒するように言う。だが、手ごたえがなさそうな感じからして、またフィールド内に入ってきていないだろう。ようやく手元のデータパッドが見えるようになったので確認すると、テルルのレベルは緩やかに上昇中。エクストラプログレスゾーンに入っているようだ。
『は、ハイネくぅ~ん!』
「え、エミルさん! ユーフィリア先輩を――」
『あぐっ!?』
潰されたようなエミルの声。恐らくユーフィリアから攻撃を受けてしまったのだろうが、不思議と痛覚がハイネにフィードバックしてこない。首元に圧迫感を感じるだけだ。
どういうことだ? と思いながらもなんとか目を凝らすと、フィールドの中央付近で、ユーフィリアがエミルを抑え込んでいた。
『なっ、ユフィ君!?』
『カサンドラっ!』
攻撃できる相手を見つけて、急いで駆けて行こうとするカサンドラと、それを引き留めるマリオン。マリオンがそうした理由は、テルルが3度目の入場を果たしたからだ。
一瞬、2人の目的がズレた。その隙を突いたテルルが、マリオンとカサンドラの腰を腕で抱え込むように持ち上げ、ユーフィリアの方へダッシュする。
(な――どうして?)
なぜテルルがそんな行動をしているのか、全く理解できなかった。ただ、本能的に分かった。何かを狙っている。これはマズい。
その一方で、ソフィーナがエクシードを発動させた。対象はセニア。中央の塊から彼女を引き離し、個別に攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。αリンクもしていないのに、すごい威力だった。
飛行中のセニアは、ソフィーナからの引力を感じたからだろうか、それともそういう予定だったのだろうか。すぐさま地上に降りてくる――と同時に、2つの装備を実体化させた。片方は、まるで重機のようにごつい足回りのアーマー。もう片方は先ほどソフィーナに投げつけたロッド……のように見える、先端から白い光の紐が伸びている――
「ソフィーナ! エクシードを止めて!」
『えっ――えええぇぇぇっ!?』
鞭だ。素早く伸びたそれがソフィーナの腰に巻き付き、地面から足が離れた。すると、ソフィーナの身体がみるみるうちにセニアへと吸い寄せられていくではないか。これは、セニアが装着した重機のようなフットアーマーのせいでセニアの体重が重くなり、その上でソフィーナの足が地面を離れてしまったため、《グリーディ・ハンド》の引力――『2者間の距離を縮めようとする』という引力が『ソフィーナがセニアに引き寄せられる』になってしまったからだ。そして、エクシードによる初速が発生してしまった以上、今からエクシードを解いても意味がない。にも関わらず、ソフィーナはその一瞬を逃した直後、律儀にもハイネの指示通りエクシードを解いてしまった。これは最悪のタイミングだ。鞭によって動きを完全に支配されてしまったソフィーナは、セニアの頭上を超えてユーフィリアの方に飛ばされる。
そして最後。ユーフィリアが、不意に抑えつけていたエミルを離した。他3人の状況が分かっていなかった彼女は、とりあえず上空に復帰しようと飛行回路を働かせる。
『こっ、ここから――ふがっ』
『ふぎゅ!』
その直後、セニアによって飛ばされてきたソフィーナと空中で激突しバランスを崩した。
それと同時に、マリオンとカサンドラを抱えたテルルが、ユーフィリアに向かって2人を投げ飛ばした。思わず息が止まる。
この一瞬。ハイネチームのプログレスは、誰一人として自分の動きをコントロールできていなかった。そして、ハイネもそれを認識できていなかった。
もちろん、全員がしっかりと練習してきたのだ。2秒もあれば、まずエミルが、次いでマリオンが、自己のコントロールを取り戻すことができただろう。
だが――冬吾にとっては『この一瞬』で十分だったのだ。
『――終わりです! 《セラフィック・フルバースト》――――!!!!』
高らかなユーフィリアの宣言。それと共に、彼女の背中のブースターから渦を巻くように白い炎が噴出された。が、その勢いは、前回のバトルで忍の煙幕を払うのに使った《セラフィック・バースト》の比ではない。冗談抜きで、その炎の渦の勢いはフィールド全域に広がった。
全てはこのためだったのだ。不自然にエクシードを制限していたユーフィリアも、ユーフィリアの代わりに率先して空中戦に挑んだセニアも、フィールドに出たり入ったりを繰り返していたテルルも。すべてはこちらを惑わせ、行動を鈍らせるため。そうやって稼いだ時間で、一撃必殺の超出力の攻撃を準備する。それで、こちら側の全員を――
ハイネのチームのプログレスは、それを至近距離で食らった。ハイネに伝わってきたのは痛みではなく、息が詰まるような衝撃。それに晒された4人は宙を舞い、誰も、何をされたか理解できないまま――
全員、フィールドの外に落ちた。
『ハイネ・カミュオンチームのプログレスがフィールドから全員退場しました。よって、三島冬吾チームの勝利です』
この敗北の味は、一生忘れられないだろう。