【習作】アイツが転校してこない世界で   作:死んだ骨

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 どうか、この手紙が彼女たちの手に渡らないことが俺にとっての一番の幸せだ。
 だってそうだろうさ。
 手紙が二人の手にわたってしまうということは既に俺は死んでいるかもしれないからだ。死んでいるのに幸せなんてあるはずがない。
 死んでいるのに、幸せなんてどこにもないんだ。
 生きていない限り、それは手に入らないのだか


届かないことを願って書いた手紙

「それじゃ、やっと本題に入れるわね。名目上、監視するとはいったけど、護が言っていたように「魔術」に関わった事で起こる説明をさせてもらうわ」

 両腕を組み、軽く頭のなかで出来上がっている箇条書きの説明を青子はまとめる。

 対する護は、何度か聞いた事はあるが、随分と前の話であって正確に覚えているわけではない。これは魔術師としての生活について今一度しっかりと聞いておくべきだと自己整理して彼女が話し始めるのは待つ。

 まあ、覚えていないといっても、あの爺さんから基本知識は無理やり脳内にねじ込まれているのだが。

 有珠もまた、護と同じように青子の説明に穴がないかと把握するため耳を傾けている。

「最初に言っておくけど、護をこの屋敷に住まわせる期限は決まってるから。要はその期限まで、外部の人間に私たちの事を漏らさず、また、勝手に死ななければ晴れて自由の身ってこと。で、いいのよね有珠」

「……そうね。私を怒らせなければ、まず間違いなく自由の身にはなれるでしょうね」

「俺は是非二人に、「自由」ってやつの詳細について知りたいな。青子はわかってるだろ」

 キッツィーランドでの会話だ。同じく先程までいた部屋での会話も含まれる。

 青子はすぐに、護が魔術師側の処理について言い当てていたのを思い出す。

 彼女の顔は眉間にしわが集まり、できれば追求して欲しくなかったというのが見て取れる。

「……話を続けるけど。秘密保持のために護を住まわせる場合、二次災害はどうしても避けられないわ。同じ家で活動する以上、余計に秘密を見せることになるからね。最後には記憶を消すことになるけど、それまではこちらが我慢する」

 館の持ち主たちの譲歩。

 監視対象とされた護は、最後という期限まで内部情報を知られてしまうのはどうしても避けられないこと。

「俺は期限が迫り次第、記憶を消されることには異論はない。ただ、安全面の保証だけはしてくれよ? 間違って全部消えちゃいましたってのは勘弁だ」

「そこんとこは安心しなさい。きっちり公園での事から全部まるごと忘れてもらうから。ルーンっていう魔術系統があるんだけどね、その中で簡単に記憶を忘れさせられるものがあるのよ。私は非人道的って思ってるけど、命を消す代わりに記憶を消すってことでいいじゃない。納得はしているようだし」

 ああ、納得はしてるよ。

 でも、もし本当に記憶を消されようと想像すれば、それはつまるところここ最近呼び起こされた護という自我が再び封印されることであり、それに加え再度記憶を失うということだ。きっかけさえあれば問題はない。

 けれど、きっかけをつかめずに老成するまで記憶が戻らなかったらと嫌でも考えてしまう。

 そんなのは嫌だ。でも、表に出すことは許されない。

 二人の前では、何も問題のないように振るまわなければ。

「こっちは良くて一ヶ月も居候できれば後はどうでもいい」

「一ヶ月ってのは可能性としてはあるわね。肝心の忘却のルーンなんだけど。私も有珠も専門外だから、文献を探して習得するまではには時間がかかる。まあ、二週間は確実ね。だいたいそのあたりが期限よ。せいぜい安静に暮らしてゆきたいのなら、口は閉じておいたほうが無難ってのは理解してる?」

「まあね。俺はお利口さんだから、しっかりと外出するときは口にチャックでもしてますよ」

 おちゃらけた風に護が返し、呆れたように青子がため息をつく。

「こっちは親切心で言ってあげてるってのに。有珠はそんなややこしいことはせずに、五感全部壊して記憶をもぎ取ろうって言ってるけど。――護は、人体実験とかされたくないでしょ?」

 瞬間、護は石のように固まった。

 "ちょっと待って。ハードル上がってない? ここ、彫刻がどうのって話だったよね? どうして人体実験になんかになるの? って、ああ、アクセサリーのせいだった"

 青子の言葉から解を導き出し、意味を理解した瞬間勢いよく二人から距離を取る。

「されたく無いに決まってるだろ! やめてくれよな。人体実験とか、特に記憶もぎ取るとか、健全な男子高校生の頭なんて見られたら発狂レベルなんですけど!?」

 どうかそれだけはやめてくれと拒否の姿勢を曲げない彼。当然そんなことは彼女も百は承知であって。

 まあ最も、彼の言い分は咄嗟に出た言い訳だ。

 偶然とはいえ、間違っても彼の記憶を引き抜かれ他人に露呈されるわけには行かない。

 先程、彼女が魔術の情報漏れにについて語ったが、彼の記憶は魔術の情報漏れどころではなく、世界の根本に影響を与える代物なのは違いない。

 そのことについて深く言い含められたのはよく覚えている。

 何だかんだ言って、あの路地裏であった出来事は神崎護という人物を守るために多くのことを教えてくれた時間でもあった。

 何を隠そう、路地裏で教えてくれていたのは偉大な二人目なのだから。

「とにかく、遅くて護の希望の一ヶ月で"忘却のルーン"は見つけ出せるだろうし、一回きりの実行ならプラス二ヶ月でなんとかなるわ。それまでは護が同居するとしても、この館のことを無知なまま歩き回られるといつの間にか取り返しのつかない事態に陥ることだってありえるわけ」

 それも勘弁して欲しいと護は難色を出す。

 彼の顔を見て、青子は続きがあるからと制す。

「そうならないためにある程度こちらの事情を説明するから。しっかりと現代の魔法使いのなんたるかを噛み締めなさい。それで私たち魔術師への勘違いもなくなるだろうし」

 "……【現代の魔法使い】か。そうだよな。青子は、なるんだよな"

 いまだ、割り切れてないのか。彼はどうにも実感がない。

 この世界を通して、蒼崎青子がどういった存在なのか判っているつもりだ。

 今は閉じられた四番目の後継者。これから何年後かには魔術師の世界では誰もが知っている有名人になる。が、今はまだ魔術師歴二年の新米。

 使える魔術も決して多くない。

 本当にまだ青子は成りきれてない。彼もまた、踏み切れていない。

 このまま中間地点で佇むか、意を決して魔術師側の世界に踏み込むのか。

 今更、自分が想像上の世界に入ったことには違和感はない。

 のべ十二年。神崎護として、普通の一般人としてこの街で過ごしてきた記憶がある。その時間に嘘はないし、この世界の人間が史実通りに動くこともない。要所要所似通っていても、確かに神崎護という存在が青子や鳶丸。クマに芳助に、唯架さんも、できるだけ思い出したくないが、今でこそ魔術で男装してた律架さんという人たちの中にいる。

 さぞ護も騙されたことだ。それが原因で荒れかけたこともあるし。夜に鳶丸と仲良くなる発端でもある。

 "……本当に、まだ迷ってるのかよ"

「護! ちゃんと聞いてるの? でないとどうなっても知らないから!」

 大声にびっくりして、慌てて青子を見る。

 軽く額にシワが寄っており、ああ、まずい。と素直に頭を空っぽにして説明を聞かなければと反省する。

「悪い。続けてくれ」

「洋館のことは後にして、まずは魔術師(わたしたち)の立場についてね。まあ、話の全部を理解する必要はないから。どうせ門外漢なんだし、重要だと感じ入ったことだけ頭に入れときなさい」

 護は判ったと、言葉を用いず頷くことで答えた。

 この先むやみに口出しすべきでない。面倒を回避するため、ただ彼は彼女の説明に耳を傾ける。所詮彼は、目の前の二人にとって一般人(仮)に過ぎないのだから。深く理解されなくとも問題などない。

 まあ、当然だろうと彼は思った。

「まず魔術師、魔法使いの話からね。魔術(・・)魔法(・・)の違いは護にはこれっぽっちも関わりのない話だから省くけど、それぞれ別種の物と思っといてくれればいいわ。魔術師のことだけど、これは絶対条件として隠された存在でなくてはならないの。

 魔術師(どうぎょうしゃ)に知られるのは仕方ないとしても、アンタみたいに魔術に関わりのない人間に知られると罰則される。ほとんど死刑クラスの大罪ね」

 "そういう割には、この世界での主人公組はことごとく回避してるけどな"

 そうは言っても、その主人公組が殆どが何かしら魔術の世界に関係しているからであって、本当に普通といえば幹也ぐらいしか該当はしないだろう。

 最も、その幹也があるいみ一番の異常者とも言われていた。

 "会うのが楽しみだ"

 そういう日々が訪れれば、笑っていられるのだろうか。と考えてしまう。

 ――記憶が戻った日から、彼は一度も本気で笑っていることができなかった。うわべだけの、会社の付き合いで上司に振舞うようなあの顔だ。本当は息が詰まりそうで息を吸うのも一苦労だ。

 青子と居れることは本当に嬉しい。

 嬉しすぎて、今すぐにでも外に向かって大声で叫びたい。

 だと言うのに、未来(これから)を想像するだけでこの場所から逃げ出したかった。

 乾いたような笑いを表に出し、それを彼女が見て怪訝そうな顔をする。

 ただ、彼の真意までは汲み取れまい。こんな気持ち、誰にもわかるはずなんてないのだから。

「…………なんなのよ、バカ」

「………………ごめん」

 長年付き添ってきた二人にしかわからない言葉のない意思の疎通は、傍らで耳を傾けていた有珠には当然意味のわからないものだった。

 気を取り直して、青子は再び話を続ける。

「――まあ理由は、魔術ってのは隠されていないと力が薄れてしまうものなの。神秘の語源は閉ざす、というギリシャ語だけど、魔術は限られた密儀でなければ魔術でなくなってしまう。文明にとって、未知なるモノ、未開なる場所(モノ)(ひら)かれていないからこそ恐怖に値するのと同じね」

「あれだな。日本特有の恐怖心理だ。存在は否定されても、完全には否定しきれないもだから曖昧になってる。だから人は可能性として幽霊って存在を意識的に考えるのと同じか」

「まさにその通りね。魔術も幽霊と同じよ。存在自体は否定されても、もしかしたらって部分は誰しもが持ってる。【信仰】っていうのかしらね。そのものの知名度が魔術の支えになってる。それでも、知られることはやっぱりダメなのよね。社会に露見して未知でなくなった魔術師……というより魔術ね。

 明かされた魔術は力を弱めてしまう。だから隠匿(いんとく)するのよ。何より、魔術師(わたしたち)の未来のために」

「それってつまり。俺みたいに一人に知られたくらいで魔術が弱くなるというわけじゃないんだろう。もし俺ひとり程度で弱ってるなら、全世界でも俺と似たような境遇のやつらは何人かはいるはずだろ。それが続いて弱くなるわけではないだろう?」

 護にはちゃんと判っている。今青子にされている説明で、過去に受けた説明を補完し、記憶にとどめる。

 護の解釈に満足げに青子は頷く。

「アンタみたいな個人単位ではほとんど今に影響はない話。随分と未来では弱くなってるけどね。

 汝、隠匿(いんとく)すべし―――って不文律は、この大元の仕組みが形骸(けいがい)化して、現状で絶対のルールになってるだけなの」

「魔術師にとっての法律ってやつか」

「そう。魔術師(わたしたち)にとって犯罪に当たるのは神秘の一般化、卑俗であって、道徳的でない行為。まあ殺人とかは魔術師(わたしたち)にとって神秘をもらさないために見逃されるワケ。だから罪には問われない」

 そうだ。魔術師にとって殺人は罪じゃない。

 一般人に露呈した場合は許される行為だ。

 そんなルールには虫酸が走る。殺しが容認されていいものじゃない。それだけは確かに言えることだ。

 悪い人間を殺すのは別に良い。それで世界が良くなるのなら、そこだけは是非やるべきだと護は思う。

 だが、なんの罪も犯していない無害な存在の命を慈悲なしに葬っていいのか。

 そこだけは譲れない。絶対に、"彼女"には今後そうならないために努力は惜しまない。

 "魔術師の考えにだけは染まらない。俺は、それが正しいと思うから"

 お前は魔術師か?

 と誰かに問われたとすれば、彼は間違いなく否と答える。

 例えそちら側の世界に踏み入るとしても、魔術使いとして過ごす。

 ――何よりも、あのおぞましい害虫だけはなんとしても消し去らねければならない。

 

 それからは、護は必要以上のことを述べなかった。また、説明に何の変化もなかった。ただ、一度聞いたことのあるものを再度聞いて初めてのように対応するだけ。

 魔術師世界においてルールを敷いたのが「魔術協会」で、ルールを守れなければ協会のエイジェントたちが罰しにやって来る。

 代行者が来ないだけマシだ。と思えるようになっているのは、どこの時間でも出現するからだろうかと彼は頭の隅で考える。この世界で代行者の力は絶大だ。不死の力を持っていたり、サーヴァントであるアサシンと同等に戦える神父や素手と代々続く宝具を持つダメな人――。個性の強い人達ばかりだ。対峙すれば一瞬で殺られる。

 まあなんにせよ、人は未来に進み、魔術師は過去に戻る。なんてどっかで聞いた話だ。科学はよりよい未来を作るため、沢山の技術を生み出した。

 対して、魔術師は根源を求めるが故に過去に遡る。科学が発展すればするほど、魔法には到達しづらいという事なのに。過去ではありふれるほどいた魔法使いも、現代ではたったの四人。五人目は現在彼の目の前にいる彼女だ。

 彼女の能力が熱量。またはエネルギーに関係する「秩序の崩壊」なのか、単純に「時間旅行」なのかはまだ明かされてなかったので、彼には詳細は判らない。

 とにかく、彼女はどうして魔法使いという言葉を信じたのか? という答えは記憶を取り戻さずとも彼にはあった。

 小さい時から、ずっと外れなかったアクセサリーがあった。

 手で外そうにも決して首からは抜けない。鎖を千切ろうにもビクともしない頑丈さ。

 当然彼の親も試行錯誤をしてみた。人間のチカラでダメなら機械でと。最も、すべて失敗に終わったが。

 かくして、神崎護のアクセサリーをいかに他人に見られまいかと努力は計り知れない。学校の体育の時間、目にも止まらぬ速さで着替える。だが、それも不自然さを疑われて中着を着ることで違和感をなくした。

 夏の季節。

 学校では当たり前のようにプールの授業がある。それを護は十二年間。中学を卒業するまですべて休んだ。幸いに、プールを休む子は案外多い。体調が優れない。水がダメ。肌の病気などと、水泳の授業において問題はなかった。

 ただ心苦しかったのは、一度も仲の良い彼女とプールに行ったり海で遊んだりすることができなかったことだ。やましい気持ちはもちろんあった。

 むしろ、ないと言う男は正直異常だと思える。思春期手前、そのころから子供たちは本という知識の塊に手を出し、数多の真理を知る。

 男と女の違い。大人と子供の違い。そしてクラスで下ネタの大流行だ。彼もまたそういうことを言っていたこともあるが、ただ一度たりとも彼女の前では口にしなかった。

 それだけ思いが本物ということもあるし、そういう話を嫌っていそうなフシがあったからだ。

 閑話休題。

 神崎護には、六つの時から外れぬアクセサリーという物があり、成長するにつれいかに身につけている物が常識とはかけ離れているのかということを知る。

 この世界には常識では解き明かせそうもない事が有り、自分の知らない何かがこの世界にはあると疑問を抱いていた。その答えがそれだ。

 運命の日に出会った魔術。記憶を取り戻すきっかけ。そのおかげで長年の疑問は解を得ることになった。

「この際言っておくけど、護にそれを与えた人物は相当の人ってことよ。有珠でさえ外すことはできなかったのだから私には全く理解できない術式が込められてるってこと。幸い、魔力感知には引っかからないから」

 戦いに巻き込まれることもないでしょうと、青子は続けた。

 軽く口にする青子を見て有珠の表情は硬かった。彼が思うに、青子は甘く考えすぎている事を咎めたいのだろう。ただ、それを追求はしない。

「…………先のことは誰にも分からないから。その時になって、後悔がなければいいけれど」

"「先のことは誰にも分からない」。分かるからこそ、辛いことってあるんだよ、有珠"

 知っていたのに何もできなかった。

 知っていたのに助けようともしなかった。

 知っていたのに逃げ出した。

 この先、十年以上をかけて彼はその重みを背負い続ける。手を出せる範囲は全てを救いたい。飽く迄罪悪感からくる思いにほかならない。"アイツ"の代わりは自分にしかできない。これだけはどんなに逃げ出したくてもやり遂げるしか未来はない。だって、青子には死んでほしくない。負けてほしくない。何よりも、彼が助けたいと願っている。

 好きな彼女にいいところを見せたいと思って何が悪い。絶妙なタイミングで事を終えたら吊り橋効果だって期待できる。代償が、死だとしても。

 彼が"アイツ"と同様に奇跡が起こる確率に絶対はない。それに、"アイツ"と同じように挑んでも確実に轢殺される。

 ――だったら別の道を行けばいいのではと甘い囁きが聞こえる。

 それでも、逃げ道は使いたくない。

 ――負けたくないから。

 そう、覚悟を固める反面、どうしてこうも脳裏に赤色に染まる光景が目に焼き付くのか。

 

 言うべきことを言い終えたのか、物憂げにため息をつき静かに席を立つ有珠。

「ちょっと。何のために長話したと思ってるのよ。欲しかったアンタの意見、貰ってないんですけど?」

 有珠は振り向かずに立ち止まる。

「貴女が決めた方針を守ることには何も言わないし、それで納得するわ。ただ、わたしも好きにするだけだから」

 扉のすぐ傍に立ちすくむ護を素通りして、ドアノブに手をかけて立ち止まる。

 同時に、つい、と。

「――――」

 有珠にあわせるようにテーブルにあった小瓶が宙に浮いて、なんのためらいもなく砕け散る。

「……あの時、こうしておけばよかった」

 無表情な横顔が護には確認できた。

 表情には気持ちはこもっていなかったが、言葉には不満の力が盛大にこもっていた。

「言い忘れてたけど」

 有珠の横顔が少しだけ傾き、護を二つの目で睨む。おそろしく冷めた空気を放ち青子にまでも流し目を送る。

 次の言葉を放とうと息を吸う有珠に護は一歩近づき、

「――認めさせてみせる」

 少女が言おうとする言葉の反対の言語を返された。

 言おうとした言葉を防がれた事に怒りもあるし、言い当てられたことに素直に驚きがある。青子に関しては今にも仲裁に入ろうと臨戦態勢だ。

 もう一言、彼が告げればすぐにでも少女の手が動いて彼を殺す。そんなことはわかりきっているのに、口は止まらなかった。

「絶対に今の言葉を後悔させてみせる」

「バカっ! 死にたいの!?」

「――――」

 黙って振り上げる少女の手を彼は取った。

「……変わるのが怖いなんて当たり前だ。俺だって怖い。つい一昨日まであった日常は壊れた。でも、より良い可能性が変化の先に待ってる。その方が楽しいし、なによりわからないだろう? いつまでも殻に閉じこもって同じような日々に何の意味がある。その果てに、有珠の幸せが待っているのか?」

 この問いに何の意味があるのか、またどうしてこんなことを言ってしまったのか、彼にはうまく言葉にできない。ただ、これから同じ場所で暮らすとして、目の前で魔術師としての象徴たる少女の姿を見たくなかっただけの話かもしれない。

「変化のない日々に有珠の幸せが待っているのなら、俺は今の失言を訂正しよう。謝罪もするさ。でも、俺は、有珠に――魔術師としてではなく、ひとりの女の子としてそういう事を考えられる子であって欲しいと思う」

 護の言葉に説き伏せられたのか、力なくうなだれる少女の腕。

 だが、その眼力は圧力を増していた。

「…………」

 少女の性格ゆえか、言葉はない。ただ、逃げるように大きく扉の音を立てて閉めた。

 

 ああ、やばい。

「青子、俺死んだかな?」

 彼のすぐ傍、彼が死なないように仲裁をしようと構えていた彼女は魂を抜かれたかのように幽鬼めいた顔で答えた。

「さすがの私も、ちょっと護が死ぬイメージができた。やめてよね、二度と。二度目はほんとに殺されるから」

「ああ、さすがの俺も二度目の勇気は湧いてこない」

 本当に、なんてことをしてしまったんだと床に崩れ落ちる。

「ただでさえ記憶を消すことで納得してもらったのに、私の二日間の努力をなかったことにされるかと思った。気を付けなさいよね、次の日には殺されてるかもしれないから」

「……俺には対抗できる手段が何一つ存在しないんですが」

「できるだけ守りはするけど、自分で宣言したんだからしっかり説得しなさいよね」

「自信ないや」

「…………」

 絶望の中、青子は黙って部屋を出ようとする。

 どうやらもう話はないらしい。

「私たちがどんな人間かは大体判ったでしょ――特に有珠の事は。魔術に関してはこれ以上立ち入らない方が護のためだから、もう話すことはないでしょうね。

 で、肝心の今後の方針だけど、今日から約三ヶ月ここで暮らすことになる。アンタの目標――試練は、有珠に同居をとにかく認めさせなさい。自信がなくてもやること。でないと死ぬから」

「――俺はできる。先にはもっと辛い戦場が待ってるのだから。有珠? 俺には、彼女を説得するよりあの恐ろしいあの人とどう賭けをするかの方がもっと辛い!」

 もう何もかもダメだ、ととんでもない顔をしている彼は急に表情を変えて悟った。

 彼が、一体誰と「賭け」をするかは青子には分からない。

 ただ、言い方から察するに今さっき考えてでた言葉ではないのは確かだ。一体、どうして先を見据えたような発言ができるのかは青子には皆目見当がつかない。青子は思考を放棄してドアへと向かう。

「それと、護の部屋三階に用意してあるから。二階のホールの裏側にある階段を使いなさい。ここはガチガチの規則があるわけじゃないから時間は自由に使って構わないわ」

 ノブをひねり、外に出る。

「間違っても西館にだけは入らないように。東館は私が借り受けてるから安全といえば安全だから。アンタにとっての安全地帯は三階の部屋と居間だけだから」

 ちょっと、と呼び止めようとしたが遮られて言われてしまった。

「めんどくさいからパスで。さっさと部屋に行って休んでなさい」

 残されたのはドアが閉じられる音のみだった。

 精神的に疲れたと、大きくため息をついて、護を慰めるように青い鳥の囁きが聞こえた。

 護をその無垢な瞳で見つめ、彼の行動を先駆けるように部屋の明りを消した。

 護の思いつめた顔が引き付り、確かに額にはシワが寄っていた。

「――あのくされロビンめ!! なんて言ってるかなんとなくわかってんだこのやろう!」

 すでに部屋から消え去った鳥に向かって暴言を吐き、部屋の明かりを付け直す。

「ったく、まだやることは多いってのに。先が思いやられる」

 目をこすり、大きくため息が出る。ソファに項垂れるように腰掛けてほんの数分だけ呆然と部屋を見渡す。

「ああ、この部屋が次の勝負場所だと考えると肝が冷える」

 できるだけ、手札は多いほうが良いに決まってる。

 それを今から創り出そうか、と護はソファから腰を上げて青子の部屋へと向かった。

 

 

「なあ青子。少し貸して欲しいものがあるんだけど」

 彼女は部屋から出くくるなり、険しい顔で扉を開け放ち護を凝視していた。

 初対面の人間なら間違いなく恐れ多くて言葉を発することができない状況でもなんの抵抗感もなく護は話を続ける。

「あのさ、ルーズリーフとシャーペン貸してほしいんだけど」

「…………」

 会話を成立させる気はないのか、彼女は黙って紙一枚と鉛筆を押し付けてくる。

「シャーペンは持ってないのね。……あれっていつから流行ったっけかな」

 一人虚空につぶやきながら護は、彼女に礼をして居間に戻る。

 首から肩にかけて白い包帯が目に付く。彼女は思ったよりも元気そうで平常運転な彼の姿を見て納得したように微笑んだ。

「変わらないわね。いつになっても」

 廊下に響いたのは、一人分の足音と洋館にとっては馴染み深い扉が閉まる音。

 

 電気のついた部屋。午前に突入する前には長机の上に二つ折の紙が二枚存在していた。

 護が青子から貰った紙を綺麗に半分に切り離してそれぞれに宛名を書いた。

「青子には右のを。有珠にはこの左の紙を渡そう」

 誤字脱字がないか再度二つの紙を見比べる。

 どちらもはじめの文章は変化がない。

 ただ、青子の紙には重要なことはあまり書いていない。青子に知られても対応できるとは思えないからだ。その分はしっかりと有珠の紙の方に書き留めてある。

「そうは言っても、これを渡すのは随分と後になるかな」

 念のためという代物だ。

 神崎護があの校舎裏で一世一代の勝負に出る前に死んでしまうといった状況を想定しての保険としての役割。

 これが彼女たちの手に渡らないことをただ祈るだけだ。

 二枚の紙と鉛筆を手に取り、ポケットに忍ばせて今度こそ三階にあてがわれた部屋に着いた。

 身を投げるように備え付けのベットに飛び込む。

 安心感故かすぐに視界は薄れていった。

 

 

 

 

 

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