【習作】アイツが転校してこない世界で   作:死んだ骨

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魔眼

 昨日、洋館の持ち主と同居人である二人の少女達によって、未だ確認の取れない敵の対策に手間取る中、蒼崎青子と神崎護は学生の敵であるテストという大きな壁に阻まれていた。

 複数の科目を一夜漬けでこなすのが、大抵普段から勉強のしてない奴らの最後の抵抗みたいなものだ。

 そういえば俺も昔は、一科目も勉強せずにテストに望んだことは少なくなかったと懐かしむことがある。

 当然、受験勉強の時に大変な苦労が押し寄せてきたのは言うまでもないだろう。

 ――本来ならこの神崎護もその通りなのだが。

 今生において前世で奮闘した受験生の記憶があるため、苦労はかなり軽減されている。

 

「アンタ、こんなに数学できたっけ!?」

 早朝。まだ朝のホームルームが始まる前に護の教室まで押し寄せてきて、机に叩きつけたのが数学の答案用紙だった。

「つい最近の神崎護はできるようになったってことだろう?」

「アンタ数学苦手だったじゃない!」

「苦手じゃなくなったってことだろ」

「んなわけないでしょうが!」

 女性として鼻息を荒くさまを見るのはとても辛い。それが好きな人なら尚更だ。

 加えて、彼女が超がつくほど美人だということがより護の気持ちを辛くさせる。距離が近いのも拍車をかけているに違いない。ああ、理想像は崩れるのが常識なのだろうか。

「とにかく! 今夜詳しく聞かせてもらうから。カンニングとかだったらキッチリ締め上げるから覚悟しときなさい」

 親の敵みたいな眼をして言い切った青子は教室を出ていく。

「公衆の面前ということ完全に忘れてるだろ、バカ野郎」

 青子の姿が消えていった後は当然、護のもとに人は群がっていったのだ。

 今夜とは一体どういう意味なのかと。深い意味はまだ、ありません。そう言うのが精一杯でした。

 

 月明かりが照らす部屋には深夜の放送を受信するラジオが一つ。

 この時代においてそれが新しいものなのか古いものなのかは、護には判断できない。

 一目見て、護の感性からすれば古いという言葉に尽きる。

 前世でのラジオはどんな形をしていたか。ふと思い起こせばもっと小型化されていたように思える。

 ラジオは全くと言っていいほど聞かなかったが、電化製品を売っているお店でよく見かけてはいた。

 そんな事はどうでもいい。護の目にとまったのは魔法瓶だ。

 その瓶は、台所まで煽る手間を省くためのものらしい。これで紅茶が飲めるというのだ。

「なぜ赤い悪魔の家になかった? いや、あったとしてもあいつは使わないだろうな」

 無駄にこだわりを持っていそうだ。

 幾ら抑止の守護者として酷使され摩耗しても、そういうところは譲るとは思えない。

 頑固さは折り紙つきだしな。

 机の上に乗っている魔法瓶を凝視する護を見て、青子はしてやったりな顔をする。

「護でも驚く? これってすっごい便利なのよ」

「だろうな。歩く必要がないから便利といえば便利だが……」

「ん?」

 無垢な瞳でこちらを見上げる青子。

「いや、ただな。こうしてお前の部屋に来るの久しぶりだなって」

 懐かしげに、ほんわりとした顔で護は言う。

 高校に上がる前はしょっちゅう互の家に行っていた。

 無理やり音楽バンド活動をしている場所に連れ出され、いろいろと引っ張り回されたことも少なくない。

 彼女が何故突然夢を諦めたのか。今ならはっきりとわかる。

「それにさ、その青いヤツ。持ってきてたのか」

 壁際に鎮座する青い楽器。中学時代はよく持ち歩いていた。彼女の体の一部であったといってもいい。肌身離さず大事にそれを使っていた。それがいま、この洋館の青子の部屋にある。

「ホコリは……あるわけないか。手入れもされてるし、そこそこ触ってるのか?」

「んー今は試験中だから磨いてるだけだけど、暇さえあれば自然と手に持ってたりはするわね」

「魔術の習得であんまり触ってないんだろ?」

 護の言葉に思わず反応した青子の様子を見れば、中学時代ほどしょっちゅう触っている時間は無いに等しいらしい。

「週のうちに一度弾くので精一杯ってとこね。殆ど魔術にかかりきりだから」

「じゃあさ、今弾けよ」

「――――…………え?」

 思ってもみなかったことを聞かれたと青子は静止する。

 反応の大きさに苦笑いするもすぐに懐かしさを求めてのことだったと説明する。

「二年位聞いてなかったからな。俺の前で引いてみてくれよ」

 尚もすんなりとうなずかない青子に護は、どうせ魔術師に表の学歴なんて関係ないだろうと言い含める。彼女が普通の大学に進学するかどうかは知らないが、何れにせよまともな職業には就くつもりはないし、魔術師として――魔法使いとして世界を渡り歩くのだろう。けれど、彼女だって本当は弾きたいはずだ。環境がそれを許さなかっただけで、それに彼女自身が自分に厳しかったということでもあるだろう。誰かが、それを許してあげればよかったのではと思って護は実行しようと立ち上がる。         

 そんな思いを胸に秘めながら護は、青子に強引に彼女の象徴たる青い楽器を手渡した。

 その状況に青子は僅かな気恥ずかしさを感じる。

 久しぶりに人前に演奏するのにちゃんと弾けるのか、少しくらいは楽器をいじって練習はしていたが、そんなものは週にわずかな時間だけ。そんな自分のことを笑われるのか。いや、神崎護ならば笑わないだろう。どこか心地よく、青子の音色を受け入れてくれるはずだ。いつだって、護はそうだったから。二年前も、護は青子をほめていたから。

『また、聞かせてくれよ。青子の音色はなんだかんだで好きだから』

 その一文だけで彼女は二重の意味で心を温められたのだから。

 今日くらい、護のために弾くのもいいだろうと。

「えと、じゃあ、いくわ」

 言葉にせずに、護はうなずいた。

 それを合図に館には青の音色が響き渡った。

 

 青の音色が終わったのは、一体どれくらいの時間がたった後なのか分からなかった。ほんの数分のことのように思えるし一時間とも感じられるような不思議な体感をしている。青の音色が止まった今も、空気は音で癒され沈黙が二人を包む。

 その沈黙は決して、いやな気持にせることはなかった。寧ろついこの間まであった二人の溝を完全に取り払ってくれた。お互い何も口にしないし、互い以外に瞳にはうつさない。

 感謝の気持ちは十分に顔に出ているのだから。

 それから他愛のない話は始まった。

 先ほど演奏した曲の話。

 彼女自身の評価。実はもう少しうまく弾けるはずだったけど、そう上手くはいかなかったこと。それから学校の話。今日の試験の手ごたえ、どちらが点数が上かの勝負の約束。

 そして生徒会の話。鳶丸の話。クマの話。

 話題は尽きることはなかった。

 しかし、余韻に浸りたい気持ちはどちらもあったが、それは護自身から身を引いた。

 二人とも本当に話さなければならないことを最後にとっておいて。

「忘れてたけど、アンタ本当にカンニングとかしてない?」

「おいおい、唐突だな。数学だろ? カンニングなんてしてないって」

 さも冤罪だと護は軽やかに否定する。

 いくら、その言葉が青子には本当だと解ってしまっても、神崎護の数学の点数に対する謎に関して解答は得られない。そんなもの説明がつかないからだ。試しにと、青子は適当な問題をいくつか指定して、解いてみなさいと言い護は了解と返事をした。

 護はほんの数秒問題をにらめ付けたが、ああ、あれか、とひらめき手を止めない。

 計算過程もミスはありそうもない。

 やっぱり、おかしいと青子は思う。

 以前、青子は最初の、神崎護が記憶を取り戻した原因の日、一体だれがその場にいたのかを調べていた時だ。

 あの夜、あの周辺に通る可能性のある人物を割り出すために経歴を洗い出していた。当然、習い事やアルバイトなども確認できるため事実隠し事など青子の前では不可能に等しい。だが、結局は該当者はおらず鳶丸の告げ口によってその人物が神崎護だと当たりをつけることになるが、彼は生活費を稼ぐためのアルバイトのみ。学力が向上するような習い事はなし。それに部活をやめたのはつい最近だ。

 勉学に励む時間など皆無に等しい。やっぱり、護は変わってしまったんだと青子は思う。

 どう変わったかなんて、青子にはわからなかった。一つ言えることは、頭が以前と比べてよくなったこと。少しだけ、理性的になったこと。それと、何処か魔術師らしき発言をすることだ。五歳の時に初めて会ったとして以来、青子がみる限り護は一度たりとも魔術なんて発動させたことはないし、魔力なんて感じたこともない。普通の魔術師であるのならば、回路を開いているため感じ取れるはずなのに。そう考えると、まず普通に考えて神崎護は魔術師という可能性から除外される。

 なのだが、問題は胸に下げているアクセサリーだ。青子は有珠に聞いたところ、術の対象者に対する魔術的効果を打ち消すという代物で、一般的な魔術師では持つことすらあり得ない概念武装を一般人の護が持ち得ているという点の怪しさ。そのことについてすでに有珠は聞いたらしい。すると答えは背の高い爺さんにもらったのこと。十中八九その人が魔術師なのは間違いない。ただ、どうやって結界をぬけたかだ。

 仮にも現在この街に展開されているモノは十年前と変わらずのまま。

 まさかその人物が青子と有珠の敵なのだろうかと、想定するが、だったら十年前に攻めてくるのではないか。

 それもすぐに否定する。十年前はまだ青子の祖父が存命している。今の祖父を生きていると言っていいのかはわからないが、この地について知っているのなら十年前に攻めてくる愚行は犯さないだろう。

 攻めてくるのに正しい時期なのだ。今は。

 祖父は体をなくした。蒼崎橙子は既に時計塔に在学中だ。この地を守るには、半端な青子と有珠。若手の魔術師二人しか戦力がない。

 そして足手まといが一人。魔術師の事情に巻き込んでしまった護のこと。

「ほれ、終わったぞ」

 護は固まって動かない青子に解答用紙をひらひらとかざす。

 青子は思考を中断して、うっとおしそうに顔をそむけて紙を護からぶんどる。

 どうせ護の言っていることは嘘ではない。もう十分分かってる。

 なのであまり解答を見る必要性はないが、念のために目を通せば特に間違ってそうな箇所は見あたらない。

「はいはい、もう分かったわよ。あんたはカンニングなんかしてないし、実力だってこともね」

「これはこれは。会長様に認めてもらえて光栄です」

「調子に乗っていいとは言ってない!」

 腕を組み、青子らしい目つきで護はにらめつけられる。

 こんなやり取りが何よりも、心地良い。

 いつだって二人の関係はこんな感じだ。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに。

 

 

「で、さ。アンタ何か考えてるの?」

 意図をつかみにくい言い方だった。

 何を聞かれたのかは、よく分かってるつもりだ。

「そりゃあ、一個くらいは」

「成功する確率は?」

「かなり高いと思う」

 その言葉を青子は推し量る。あの有珠がそう簡単に納得する方法を護が持っているとは考えられない。

 だが、護は妙に落ち着いた雰囲気で勝機を確信しているように見えた。

 けれど、口をへの字に曲げていたのが気に障る。

「実際どうなの?」

「あまり、この手札は切りたくないんだ」

 あまり良い方法じゃないからな、とこぼした。

「でも四の五の言ってる場合じゃないのは分かってるはずよ」

 ああ、と頷いた護は席を立つ。

 部屋のドアを開けて振り向きざま、

「まあ、青子が心配するような状況にはならないさ。安心して良い」

「ちょっ!」

 青子の静止も聞くまもなく護は部屋から出て行った。

「そういう心配はしてないっつうの!!」 

 初めから、護は何かを確信してた。何かを知っていて、対処の仕方も知ってそうな感じだった。

 だから、有珠に対して吹っかけることもできたのだろうと思う。

 アイツ()は何かを隠してる。

 それだけは、確信できた。

 

 

 試験日二日目終えて、神崎護は洋館へと伸びる坂道を登る。

 最近のランニングのおかげか、この坂で息を切らすことはなくなっている。

 走りながらでもそうやすやすとペースも落とさずにいけそうだ。

 館の鉄の門をくぐれば、生い茂る木々のご挨拶だ。

 標高も高く、空気は新鮮さが残ってる。

 それを抜ければ玄関だ。

 おそらく、彼女は眠っていてくれるだろう。そうでなくともやり用はいくらでもある。

 重みのある玄関を開けると、四角い大樹によりそう久遠時がいた。

 日が当たっているとはいえ、この寒さの中洋服一枚で眠っている彼女を見てなぜだか穏やかな気持ちになる。

 いつも気を張ってそうな彼女にも、睡眠中は無防備になる。

 そんな当たり前のことに改めて気がついた。

 護は自分の部屋から、使っていない薄い毛布を持ってきて、一度今に移動する。

 テーブルの上に置かれた錠剤を飲み込み、台所でなるだけ安そうな紅茶の箱を選ぶ。

 高くてまずい紅茶を入れてしまったら後が怖い。

 二人分の紅茶をティーカップに注ぐ前に廊下へと戻り、彼女が廊下で寝ていることを確認してからひっそりと地面に腰をおろした。

 地面の冷たさに寒気を覚えるが、自分のティーカップに紅茶を注ぎ口につけた。

 僅かに入り込む熱い紅茶が身にしみる。

「あったけえ」

 この寒さがあるからこそ熱い紅茶が生きてくる。

 二口ほど口をつけてから、護は部屋から持参した毛布をそっと大樹に寄りかかる彼女の肩から掛ける。  

 慎重にやったおかげか、彼女が起きる気配はない。

 してやったりの護は鞄からノートを取り出す。

 古ぼけたノートだ。箱の中にしまっていたとはいえ、時間の流れによって劣化することには変わりない。

 ノートを開けば、筆圧の濃い『Fate/stay night』という文字がすぐに目に入る。

「まあ、読み方をしらなきゃ普通に運命の夜とか、運命の夜が訪れるとか意訳するもんだよな」

 これがタイトルだとすぐには気がつけまい。

 目を通せば書いてあることは簡潔だった。

  

 衛宮士郎が主人公で、投影魔術というマイナーな使い手で極めれば固有結界までも扱えるように至る。

 士郎は偶然セイバーを召喚して聖杯戦争に巻き込まれる。実はセイバーに縁ある鞘を衛宮切嗣の手によって体内に所持していたからであるが。

 後に遠坂家の六代目継承者。遠坂凛と共闘することになる。

 重要なのは、遠坂凛が召喚しサーヴァントとなった英霊は未来の衛宮士郎であることだ。

 奴の狙いは過去の自分を殺すこと。間違った理想を消し去りたかった。セイバーに対して過去を変えることはいけないことだと言ったのはエミヤ自身だというのに。

 

 他には、各英霊の宝具について。能力値までの正確な値は書かれていないが、誰がマスターで何を目的としているのかは細かく書かれている。

 特に詳細に書かれているのは危険な勢力達だ。

 第五次聖杯戦争については、特に要注意人物なのは二人。

 言峰綺礼と間桐臓硯の二人だ。

 ルートによっては異なるが、HFだとどちらも最悪だ。序盤では言峰綺礼は共闘しているが、間桐臓硯は状況しだいで間桐桜を使うことになる。 桜が黒化すると非常に厄介だ。衛宮士郎及び遠坂凛の勝利が遠のくことになる。

 運が悪ければ、ライダーを味方につけれず士郎も再起不能。遠坂凛は桜の陰に呑まれることになる。

 衛宮士郎と遠坂凛の勝算はかなり低い。

 もし関わるのであれば早々に間桐臓硯の手札を切る崩していくしかないだろう。

 言峰綺礼に下手に接触するとギルガメッシュがついてきてデットエンド。接触したとしても、バゼットに関して影響がでたら非常に困る。

 それ以外は細かい注意事項みたいなものだ。特に気にする点ではない。

 さらにページをめくれば次は『月姫』だ。

 主人公である遠野志貴に関して。今世の転生体である四季(ロア)によって生きるのは困難なはずだが、四季の妹である遠野秋葉の能力によって生きながらえている状況だ。そんな志貴も主人公らしく直死の魔眼なんていう常識はずれの代物を持っている。

 使い続ければ脳に負担がかかりすぎて何れかは両の目に包帯を巻くなど、まともな未来は待ち受けてない。

 それに比べ 両儀式は直死の魔眼の行使で脳を使いはしない。ランク的にも志貴に劣るので眼鏡がなくとも能力を抑える必要はない。直死の魔眼の使い手としては 両儀式のほうに分がある。それに、 「両儀式」ならばサーヴァントに対しても防戦できるらしいが。

 

 もし機会があるのならば教えを請うのも悪くはないだろう。

 

 後はルートによっての差異が記されているだけ。

 上記の事を護は読みながら、真新しいノートに写していく。

 できるだけ丁寧に、脱字なく言葉を直し詳細を加えてより情報を書き留める。

 ふと、腕時計を見ればずいぶんと時間がたっていた。今の時代携帯なんて物は主流でなく、金持ちの持つドでかい電話だ。

 思い返せば、自分の専攻はそういったプログラミングのほうだったと思い出し――。

「やべ、くまに殺される!」

 慌ててノートを鞄に仕舞い込んで、ちらりと有珠を見る。どうやらまだ寝ているようだ。それほど疲れがたまっていると考えると彼女もやはり必死なんだと思う。

 彼女を起こさないようにそっと忍び足で、かつ早足で玄関へたどり着き音が鳴らないように細心の注意を払って洋館をでた。

 肌寒さが残る夕日の中、額に汗を浮かべて本気の走りで三咲町商店街にある、中華飲店まっとべあに滑り込んだ。

 ロッカールームに駆け込めば、椅子に座りボケッとしていた芳助が音に反応して飛び上がった。

「ちょ、護。遅刻ぎりぎりとかめずらしいな」

「……ちょっと訳ありでな」

 壁に背中を預けて護はしゃがみ込んだ。

「そんだけ疲れてんなら少し休んどけよ。俺少し先にでて仕事しとくから」

「助かる」

「気にスンナ」

 芳助がロッカールームをでてから何度か深呼吸をして気を落ち着かせる。

 少し落ち着いてきたところで立ち上がり、オレンジ一色のエプロンに着替える。エプロンにはデフォルメされた白熊が一頭、その強靭な爪で中華なべを爆砕している。いったいどこの暴力系ヒロインですか。

 衣服一式をロッカーのハンガーに掛けて鍵を掛ける。

 もう一度だけ深呼吸をしてから厨房に向かう。

 道すがら、「大丈夫かい?」とか「あんま無理すんなよ」とかおまけにマネージャーさんからは「護君にはいつもお世話になってるからね、最近入院もしてたらしいし無理しなくていいよ」。

 など、暖かいお声を掛けられる。

 そんな光景をニヤニヤした顔で見てくる芳助がやけにむかついた。

(クイック)(キラー)(サービス)・森のクマさん二年連続代表は慕われてますね~」

「うるせえ。バイクと自転車両方やってたほうが給料高いんだよ。一人暮らしの侘しい学生にはもってこいだろ」

「確かに良いだろうけどさ。やっぱ、この時期はキツイっしょ」

 月日も既に12月末。この時期に好き好んでバイクに乗る奴は頭がおかしいかそうとうバイク魂入ってるかのどちらかだ。

 まあ、誰もやりたがらないのは共通認識で仲良く皿洗いしてるが。すぐにでもご指名が入るだろう。

「そういやさ、社木のダチから聞いたんだけどな」

「なんだよ」

「和食のケニヤだけじゃねえんだってよ。三咲町の大帝都にもメシアンにもその手の注文があったらしいぜ。そんなに肉がほしいなら下市に行けばいいのにな。なんだって、生肉だの大物の鮭まるごとだのを出前させやがるのか。

 そうよ。こう、露骨にやばそうな話じゃね? ワニとかアザラシでも飼ってるんじゃねえかな、そいつ」

「出前する側からすればぜひ遠慮したい話だよ。できれば一時的がいいな、その手の話は。まあ、そう長くは続かないと思うぜ」

 護の言い方に引っかかったのか、眉を顰める。

「まさか、ご本人にお会いしたことあります?」

「会ったことはない。知り合いが飼ってるって噂を聞いたぐらいだぜ」

「へえー」

 そんな会話の中、出前の注文を告げる電話が鳴った。マネージャーがすばやく受話器を取り、注文と住所を確認する。

 受話器が置かれると、厨房に集まっている宅配車たちはみんなそろってそっぽを向いた。

「護くん。ちょっと遠いけど、いける?」

 マネージャーの言葉は、護の体調を考えて選ばれた言葉だった。

 まあ、寒いといえど金には返られない。

「いけます」

 それなら、と届けるもののリストと、分かってると思うけど守秘義務を忘れないようにと軽い忠告。

「そういえば、こんな注文を届けさせるのも二回目だね」

「そうっすね。こんな馬鹿みたいな話に二回目があるとは思いませんでした」

「自業自得だろ、護。お前があんな事提案しなきゃ火の粉は降りかからなかったと思うぜ」

 人のためを思ってしたことが、自分に帰ってきて面倒をお押し付けられる経験はあの一回で十分だ。

「ほら、急いだ」

 マネージャーさんからの催促に従い上着を羽織ってから品物を持って配達に出かけた。

 住所を確認すれば、案の定旧校舎あたりだと理解して緊張する。正直に言ってしまえば、足が震えてる。

 敵の本拠地に乗り込むなんて、死にに行くようなものだ。

「今の俺はただの配達員。今の俺はただの――」

 念仏のように繰り返し寒い夜空を駆ける。

 風除けとしてネックウォーマーを鼻元まであげている。おまけに帽子もかぶれば目元も見にくい不振な店員の完成だ。

 これなら、品物の手渡しと会計を手短に済ませれば、難を逃れられえる。安易な考えだが、この仕事を引き受けた以上仕方がない。

 もし、ばれたとしても一貫して知らぬ存ぜぬを突き通せばいい。

 問題はそれが彼女に通用するかどうかの話だ。

 あっさりとぼろを出すかもしれない。

 そんなこと考えてもどうにもできない。

 校舎につくころには、傾斜がきつく自転車ではあがれそうもない。

 仕方なく品物を手に持って野山を登り旧校舎を目指す。

 ある程度進んで、ふと生温く甘い感覚にい襲われる。

 嫌な感覚だった。少なくともいいことではないのが確かだ。

 護が思いつくのは、単純に結界に引っかかったのではないかという恐れだ。彼女が張り巡らせている罠のひとつにでもかかったんじゃないか。

 何の拍子もなく魔術が飛んでくるのではないか。

 自然と心拍数は上がっていく。

 背中に冷や汗も出てきたころだろうか、森を抜けて旧校舎が見えたのは。

 辺りは暗く、人の気配は感じない。

 だが、旧校舎の入り口を見れば人が立っていた。目を凝らして見れば、その人の造形をつかむことができた。

 ゆっくりと、土の地面を踏みしめるようにして彼女の元へ向かう。

 蒼崎橙子。青子の姉にして、封印指定の魔術師だ。現時点ではまだその称号は与えられてないが、彼女が青子に敗北し呪いを解く際に体を人形に挿げ替える。

 そうして、不死の魔術師に至る。彼女の人形師としての評価は魔術師の世界で最高峰だ。

 彼女に腕を提供してもらった人の数は少なくない。運がよければ、人形師としての力を提供してもらえるようにするのは至難の業だろうか。

「すまないな。こんなところまで寄越して。まあ仕事を押し付けた上司に文句を言いたまえよ、私は客なのでな。そういった言葉は帰ってからにしてもらおうか」

 冷静に努める。心は揺らさない。平常心を保て。

 脳裏で呪詛のように続ける。

 彼女が眼鏡をはずしているのは想定外だった。てっきり表に出るときくらいは眼鏡を掛けてくるものだと勝手に想像していたが、これでは見抜かれる確立が非常に高い。

 それならいっそ――。

「こちらの品物でよろしかったでしょうか?」

 接客マナーに基づき、品物を手渡しお金を受け取る。これだけの量だ。それなりの値段を張っている。

 お金を受け取った護は素早く撤退する。

 が、「少し待ちたまえ」と声を掛けてきた。

 止まるつもりはなかったが、彼女に対する恐怖心ゆえか一瞬だけ足が動かなかった。

 その為躓いて慌てて片方の足を前に出す。

 顔を起こそうとすると頭を押さえつけられた。

 殺される。

 もうだめだと思いながら、出来たのは目を閉じることだけだった。

 息を止め、すぐにでも訪れるだろう痛みに構える。

 もしかしたら痛みなんてなく一瞬かもしれない。

 自分の鼓動を聞きながら歯を食いしばっていた護に、ついに何かがぶつけられた。

 コツン、と拳を頭に落とされた。

 優しく、どこか柔らかいげんこつだった。

「……え?」

 思わず声が出た。殴られた拍子に帽子が地面に落ちるが気にも留めずに。

 なんで何もしないんだと顔を上げて、彼女を見ればその表情に毒気を抜かれた。

「貴様、久しぶりの再会だというのに他人の振りをして帰ろうとするとは薄情な奴になったものだな」

 それは、"神崎護"がよく知っている顔で、"俺"には分からなかった表情だ。

 記憶をたどれば溢れ出るように橙子(ねえ)の顔が、すごした日々が脳裏を駆け巡った。

 まだ、"俺"と"神埼護"は完全に同調していないのか、橙子(ねえ)に対しての感情を持て余しているらしい。

 複雑だ。

 殺されるかもしれないと恐れていた"俺"は、"神埼護"が知る橙子(ねえ)の困って、どこかお姉さん面した顔にひどく安堵している。

「橙子(ねえ)…………」

 どうしていいか分からない俺に、彼女はただついて来いと仕草で示して校舎の中へと消えていった。

 これは店長にどやされるなと、説教覚悟で護は旧校舎へ向かった。

 

 

 廃れた旧校舎を歩き、一歩一歩踏みしめるたびに悲鳴が上がる。

 強く踏み込めば穴が開くんじゃないかと思うほど頼りない。

 護は一定の距離を開けて橙子(ねえ)の後をつける。

 彼女の後姿を見て、ふと違和感を感じた。護の視界には二重に重なった橙子(ねえ)がいる。ベオと契約するために代償とした髪を失ったことで、以前と比べると随分と短くなったことだ。"俺"にとっては見慣れた蒼崎橙子であるが、"神埼護"にとっては新鮮さを感じているらしい。"神埼護"の記憶では、髪を伸ばし続けていた彼女の姿しかイメージにないため俺との齟齬が生まれている。

 やはり、どこか気持ち悪い。

 視界がダブっているせいか頭痛までしてくる始末だ。

 顔を顰めながらも、彼女についていき階段を上がってある教室の中へと入っていった。

 護も数秒ほどの遅れで教室の中に足を踏み入れた。

 

 ――瞬間、視界に入ったのは"奴"だ。

 俺が殺さなければいけない対象だ。

 俺が、俺だからこそ、奴を殺さなくてはいけない。排除しなければいけない。

 奴も俺に敵意を向けている。今にでも獣化しそうなほどだ。

 頭が割れるように響く。だが、そんなことはどうでもいい。

 殺せ。拓け。写せ。

 ――――その目があれば、お前は。

 

「正気に戻れ、未熟者!」

 顔面に拳が飛んできた。避けようと思えば出来たが、護はそれをしなかった。

 殴られた反動に耐え切れずに地べたに倒れこんだ。女性のなんて初めて顔面に食らったが、痛いものは痛かった。

「いきなり殴るなんていくら青子でもしないって!」

 殴られた理由が分からないと、 橙子(ねえ)に敵意を向けるが彼女の顔を見て闘争心を折られそうになった。

 怒っている。何に対してかは護は分かっていないが。何かに怒っている。

「……一瞬だけ色が変わったと思ったが、自覚がないのか。たちが悪い。どうせ有珠も気づいていないな、お前の様子を見ると」

「何が?」

「その話もあとでしてやる。それと、ベオ。お前は屋上にでも行って暇を潰していろ」

 教室の窓際に金髪の少年がいる。

 その少年はとても不服そうだ。何に対しての不満か分からないが、どうやら橙子(ねえ)の言葉に逆らうつもりはないらしい。

「橙子さんがそう言うなら。何かあったら呼んでよ」

 少年は護をにらめ付けながら、教室を出て行った。

 護もなんだか少年を強く睨み返していた。胸のうちにあったのは恐怖というより、圧倒的な敵意だ。きっとこれは今日限りの感情なんだろうと自然と分かった。次にベオと向かい合うときは、護が覚悟を決めたときだ。そのときにはきっと恐怖でいっぱいいっぱいになるだろうと。不思議と理解してしまった。

「まあ、座ったらどうだ。護」

「あ、それじゃ遠慮なく」

 護は立ち上がって教室で使われていない椅子をひとつもって橙子(ねえ)の前に置いて座った。彼女も同様に椅子に腰を掛ける。

 お互いに目を合わせ無言だった。

 護は、深く深呼吸をして己の目的を改めて考える。護が持ちかけることは三つだ。それをかなえるためには同じ立場に立って交渉を行うべきなのだが、生憎護には彼女と同等の立場には上れない。

 なら、まったく別の土俵でも勝負できる方法があればいい。

 その方法を、対価を、彼女が勝負を受けてもいいと思えるような対価を。

 俺は常に身に着けている。

 

 彼女の口は笑っていた。

 護の顔は、どうだろうか。

 平然としていられているのだろうか。

 いずれにしても。

 

 ――長い夜になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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