軍施設・通路
千冬の鶴の一声により、教官に抜擢されたゼロ。
今、彼は大いに困っていた。
「どうだ。軍服の具合は」
「……動きづらいな」
「気にするな、どうせすぐに慣れる」
「そういうものか」
ゼロはそう返答するが、生まれてこの方、全身タイツのような(ISスーツと勘違いされた)ボディスーツとアーマーのみで過ごしていた彼にとって、服という物はどうしても鬱陶しく感じてしまうのだった。
「そして、お前の教導の話だが……仮想敵機をやってもらう」
千冬曰く、教導とは言っても今やっているのは大体の機動や武器の呼び出し、初歩の戦術など、基礎的なことが多く、それらがおおむね完璧であるゼロには必要ないらしい。
「シュヴァルツェア・ハーゼの隊員共には、私の訓練で習ったことを実戦に近い模擬戦で慣らす必要がある。その敵役をやって欲しい。お前にとっても、手っ取り早くISの搭乗時間が稼げるから、先ほどのようになめられる事もなくなる……悪い話ではないと思うが?」
「……オレは、束からの任務(ミッション)が遂行できるのなら何でもいい」
「安心しろ。監視もかねて基本は私と共に行動してもらう」
「なら、問題はない」
ゼロの快諾を聞いて、安心する千冬、彼女にはゼロが模擬戦の敵役をやることに対して、前述の物とはもう一つ別の意味を見出していた。
――慢心の予防
どんな強者であっても、慢心すれば格下に負ける。勝負の世界での常道だ。
仮に、ゼロではなく千冬が模擬戦をしたとしよう。それでいくら隊員たちをボコボコにしたところで、「あの人は世界最強だから、勝てるはずがない」と思われてしまっては模擬戦の意味がない。
IS初心者のゼロに負けるからこそ、彼女達は勝とうと研鑽を積み、また無残に敗れる。それを繰り返していった先に本当の強者の姿があるのだ。
……そうはいっても母国でもない国にそこまでしてやる義理はないが、任された以上は手を抜くなど論外だ。
などと何とはなしに思っていた千冬だったが、いつの間にか今日の訓練場にたどり着いていることに気付き、教官の顔を作る。
「喜べ貴様ら。今日から臨時の教官殿が模擬戦形式で指導をしてくださる。訓練後、余力のあるものは模擬戦を挑め。報告は以上だ。訓練を始める」
千冬は早口で流れるように言い、本日の訓練へと移行した。
・・・
千冬は一列に並んだ隊員たちの前をゆっくりと練り歩きながら言う。
「右から順に答えろ。今日の訓練内容は?」
「掴み技(ホールドアーツ)であります! 教官(マム)」
「そうだ。では掴み技(ホールドアーツ)とは何だ?」
「フランスの企業のテストパイロットが開発した新しい近接格闘手段であります! 教官(マム)」
「では、今までの近接格闘術と何が違う?」
「武器が違います! 教官(マム)」
「そうだ。今までのものとは違い、専用の武器を装備する。掴み技(ホールドアーツ)とは読んで字のごとく相手を掴む技だが、何故特殊な装備がいる?」
「分かりません! 教官(マム)」
「全員腕立て三十回だ。すぐ始めろ」
『了解です教官!!』
一列に並んだ隊員たちがいっせいに腕立て伏せに励む。この光景を見ながら、はじめに比べたら大分ましになった物だ。と感慨にふける千冬だったが、時間も無いので説明を続ける。
「後は私が説明する。本来、ISの腕は非常にデリケートに作ってあり、徒手空拳などすれば一瞬で指関節が使い物にならなくなる。そこでフランスのデュノア社が開発したのが、格闘専用マニュピレータユニット『烈火の腕(インフェルノ・アーム)』だ。格闘専用とはいっても、徒手空拳ではなく相手を掴むことに特化している。腕立てが終わった者から装備しろ」
既に腕立てを終えていた数名が駐機状態のISに搭乗し、演習場においてあった万力とペンチとレンチが合わさったような形状を持つグローブ型の装備を着用する。
「このグローブには、『セラミカルチタン』という特殊な金属を配合した合金が使われているため、生半可な衝撃で破壊することは出来ない。このグローブを使って、相手を拘束し、空いている方の腕で銃撃、剣撃なりでタコ殴りにするもよし、そのまま地面に叩きつけてもいい。この装備の一番の目的は、近接攻撃主体のIS操縦者にプレッシャーを与えることが出来るということだ」
下手に接近して、きき腕や武器を掴まれでもしたらジエンドだからである。
ちなみに、セラミカルチタンの製造法は、ファーニールによってもたらされた物であり、彼女の失踪と共に失われ、この『烈火の腕』も半ば伝説的な装備になるのだが、それはまた別のお話である。
「大事なのは、相手のどこを掴むか。ということにかかっている、ただ胴体だけ掴んだとしても、反撃されて返り討ちだ」
こちらも掴むために腕を一本使っているため、相手の武器を一つでも封じねば割に合わないのだ。
「では、二人組みに分かれて模擬戦、余った者はゼロと組め、分からないことがあれば質問しろ」
説明は終わり、とうとうゼロの出番となった。
「ゼロ教官♪ 組んでください♪」
「クラリッサか、てっきり恨まれているものと思っていたが……」
ゼロの元に現れたのは、先ほどコテンパンにされたクラリッサだった。
「私は、敗北を糧に強くなる女なんです」
「……そうか」
ふっふーん。とドヤ顔で胸を張るクラリッサのテンションに半ばついていけてないゼロであった。
「ささ、教官殿。模擬戦を始めましょう。教官もこの装備使いますよね?」
クラリッサは自らのISに装着されたごついマニュピレータを指差して言う。
「そうだな」
ゼロには掴むことのできる装備としてゼロナックルが既にあったが、あまりひけらかすこともないと思い、『烈火の腕』をゼロナックルで掴み取った。
運用方法や、使用制限回数などがゼロの記憶領域に流れ込む。幸い、使用回数に制限はなかった。
しかし、ゼロはこの装備の造形に少なからず思うところがあった。
なぜなら、色と大きさは違えど――ファーブニルの腕についてたヤツとそっくりだからである。
当時、ゼロは何度も掴まれ、望まぬ大ジャンプを強いられた。
まさか自分がこれを使う羽目になるとは、とゼロは少し運命のようなものを感じたが、さして気にするでもなく模擬戦に集中した。
「じゃあ始めるぞ」
ゼロの掛け声で、二人の模擬戦は始まった。
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「やった。腕を掴みましたよ」
「……甘い」
「んなっ!? 逆に掴まれたことを逆手にとって関節技を決められた……なるほど、これは面白いですね」
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「……」
「ちょっ……無言アイアンクロー状態のまま壁際に行ってどうするつもりですか!? もみじおろしとか絶対にやめてくださいよ!!」
「……」
「え、なんですかそのチャージ済みのリコイルロッ……ぎゃあぁぁーーーー!!」
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「クラリッサだけなんか楽しそうよね」
隊員の一人が天高く飛んでいったクラリッサを見ながらもう一人に聞く。
「掴み技自体、AICが出来れば無用の長物だからね。皆あまり乗り気じゃないんだと思うよ?」
「でも、ゼロ教官の強さは興味深いわよね。自主模擬戦出ようかな~」
「仮にも遺伝子強化試験体の一人であるクラリッサが一方的だったもんね」
境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)持ちをIS暦三十分の素人が負かすのは、本来ありえないのだ。
故に、彼女達のゼロへの興味は募る。
「もしかして、シノノノ研究所の強化人間とか? ほら、名前とかそれっぽいし!」
「ガノタ乙、テレビの見過ぎとしか言えないわね」
「……訓練中にサボって無駄話とは……よほど走らされたいようだな?」
――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
模擬戦を見るのに夢中になっていた彼女達は、背後からの阿修羅に気付かなかった。
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訓練終了後、ゼロは隊員たちに取り囲まれていた。
「ゼロ教官、模擬戦お願いします!!」
せいぜい物好きが数人来れば御の字だと思っていた千冬は慌てた。
人数が多すぎるのである。
一人ひとり戦っていては日が暮れてしまう。明日も訓練はあるため、それは避けなければならない。
千冬が助け舟を出そうとゼロに歩み寄ったとき、信じられない一言が発せられた。
「……わかった。全員でかかって来い」
『え?』
隊員たちが驚いてゼロを見る。
「軍隊なのだろう? 連携が出来なくてどうする」
対するゼロはなんでもないように言い放ち、ISを展開して戦闘態勢に入る。
そこへ千冬がやってくる。
「ISの数が足りないから数試合に分ける必要があるな」
といって即席の三人一組を作らせていった。
模擬戦が開始される段階になってふと、千冬の視界にあるものが映る。
ラウラ・ボーデヴィッヒ、彼女は訓練には参加せず、一人さびしく隊舎へと戻っていった。
「まったく、手のかかるガキ共だ」
千冬は独り言のように言い、ラウラの後を追った。
意外とこっちの世界でやらかしてるファーニールさんであった。
次回:「次回か次々回あたりにキンクリするかも」
お楽しみに