千冬は第三アリーナに走っていた。
部屋にあったゼロ宛ての手紙の封は切られていなかったため、ゼロがこの手紙を見た可能性は極端に低い。
「……!?」
アリーナまであと少し、といったところで彼女は強烈な殺気を感じ、反射的に横に跳ぶ。
先ほどまで千冬がいた位置に忍者刀のようなものを逆手に持った時代錯誤もはなはだしい忍装束でどくろのような仮面をつけた男がいた。
「貴様、何者だ!」
「忍びに、名乗る名は在らじ……故在って、ここは通せん」
低く、よく通る声が返ってくる。
「貴様もゼロの関係者か、理想郷の妖将とはいったい何者だ?」
「答える義理も無し……時に、おぬしは『世界最強』織斑千冬殿とお見受けするが、何故そのことを知っている?」
このやり取りで、この忍び装束の男は千冬とゼロが相部屋であることを知らず、かつ理想郷の妖将の関係者であることを理解した。だが、彼は『妖将』とは程遠い(『妖しい』というより『怪しい』といったほうがしっくり来る)外見であるため、おそらく妖将本人はこの先にいるのだろう、と千冬は考えた。
「言葉を返すが、答える義理はない。これ以上私の邪魔をするというのなら……押し通る!!」
彼女はここに来る途中にIS武器庫から失敬した打鉄用のブレードをしゃらりと抜き放ち、正眼に構える。
「ほう……その闘気、相手にとって不足無し。いざ、参る!!」
――そして、両者は激突す――
・
・
・
「ここはどこだ……?」
ゼロは学園内で二度目の遭難をしていた。ふと、近くの案内板を見る。そこには前に進めば「第二アリーナ」「更衣室」、引き返せば「学生食堂」「教員寮」「学生寮」とあった。
一本道のため、行けるところまで行って引き返そうと思い、第二アリーナの方角へ歩き出した。
第二アリーナの方角へ少し歩くと、「更衣室」への分かれ道であろう道で一人の女生徒とすれ違った。
直後、待機状態のクロワールからロックオンアラートが反応し、ゼロに危険を知らせた。
「ここであったが百年目だ。ゼロ、少し付き合え。聞きたいことがある」
ゼロが振り返ると、先ほどすれ違ったはずの女生徒がレールカノンを部分展開しゼロの頭部に突きつけ、猛禽のような殺気のこもった眼差しを向けていた。
――ゼロはこの眼(・)をするモノを知っている。
かつて、幾度も相対し、体制(ネオアルカディア)とそれに抗うもの(レジスタンス)として何度も刃を交えた。『翠緑の斬撃』・『賢将』の異名を持つ、ネオアルカディア四天王が一人――
「ハルピュイア……なのか?」
「そうだ。その驚きようを見るに、あいつとはまだ会っていないのだな。言いたいことは山ほどあるが……まず第二アリーナに行け、今の時間のあそこなら人に聞かれる心配はない」
そういって、彼女はレールカノンでゼロの頭を小突いた。
・
・・
・
電灯の照明も落とされ、雲に隠された月の薄明かりのみが支配する暗がりの中で、幾条もの剣戟による火花が、戦い続ける彼らを照らす。
千冬は苦戦していた。
忍び装束の男は、忍者刀で切りかかってきたと思えば、すぐに間合いを離し、暗がりから苦無や手裏剣といったこれまた時代錯誤もはなはだしい暗器を投擲して千冬に弾かせたかと思えば、背後から忍者刀で奇襲、と絶対に間合いを掴ませない立ち回りで、千冬のIS用ブレードとの絶望的なリーチの差を帳消しにしていた。
千冬も、伊達に世界最強を名乗っているわけではなく、ほぼ視界ゼロの暗闇から放たれる暗器を、殺気を読んで弾く、という離れ業をやってのけてはいるのだが、弾くときに出る火花や音で、自分の居場所を敵に晒しているようなものだった。
一瞬の油断も許されないが、油断さえしなければ、単調な攻撃。
一撃必殺の暗殺を良しとする忍びが、こんな回りくどいことをするということは――
――舐められている。時間を稼がれている。
ということに他ならない。
せめてこの暗闇さえ何とかなれば、この人間版『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』も、どうにかできるというのに。
そう考えていた千冬に、転機が訪れる。雲の切れ間から月光が降り注ぎ、辺りを煌煌と照らした。
闇にまぎれるように移動していた忍び装束の男と目が合う。
「……行くぞォ!!」
千冬はブレードを大上段に構え、そのまま空気抵抗に任せるように刀身を水平に寝かせ恐るべき速度で踏み込んで忍び装束の男との間合いを詰めた。
そして唐竹割り一閃。
忍び装束の男はとっさに、持っていた忍者刀と苦無をクロスさせるようにガードしたが、ISブレードと千冬の怪力には敵わず、たちまち両方とも叩き折られ、どくろを模した奇怪な仮面を叩き割ったところで止まった。というより千冬が止めた。
・・・・・
本来、千冬が修めた流派篠ノ之流は、手数重視の二刀流を主とする剣術だったが、千冬の剣(雪片)は一刀流、しかも莫大なエネルギー消費と引き換えのバリア無効化攻撃(零落白夜)とくれば、示現流やタイ捨流といった初撃に重きを置く剣術を学ばない道理はなかった。
・・・・・
「正に『二の太刀要らず』、美事也。人の身で良くぞここまで……惚れ申した!!」
聞こえた声は、背後から。
振り返ると、今しがた斬ったはずの忍が手で素顔を隠すようにして立っていて、視線を元に戻すと、先ほどまで忍がいた千冬のブレードの下には、ちょこんとひび割れたどくろの仮面を乗せた薪割り用の丸太が鎮座していた。
「――ッッッ!!??」
――忍法「変わり身」
口で言うのは簡単だが、実際何がどうしてこうなったのか千冬には皆目見当もつかなかった。
「惚れた」発言もあいまって、狐につままれたような、という表現がもっとも適切な状況に彼女は一瞬呆け、すぐに立ち直ったように表面上取り繕った。
「構えずとも良い。もはや織斑殿の邪魔はせぬ。本来ならばあの憎き「エイユウ」と間見えるはずであったのだ。奴が来ない以上、レヴィアタンの計略は不発であろ。誰が行っても一緒にござる」
忍び装束の男は、今までの忍然とした寡黙さが嘘のように、かっかっかと老人のように笑い、歩き去る。
「待て! ゼロのことを知るお前は一体何者だ」
「……ネオアルカディア四天王が一人、隠将・ファントム。かつて彼奴と戦い、敗れた敗軍の将よ」
千冬に背を向けたままぼそりといい、そのまま闇に溶けるようにして消えていった。
どうやら、彼がレヴィアタンと呼んだ『妖将』はこの先にいて、果たし状ともラブレターともつかない簡素な手紙の真意は本人に聞かねばならないらしい。
千冬は、第三アリーナへ向かった。
作:「早く書けたと思ったんだけどなー」
じわ:「二週間近くかかってるじゃないか」
作:「全部太閤立志伝Ⅴが悪いんや、村雨手に入れるのに何回義氏ぶった切ったことか……」
じわ:「だから今話に無駄に剣術の流派がでてきたのか」
作:「だってさ、チフユさんは篠ノ之道場に世話になってた、って言ってたのに箒ちゃんの篠ノ之流は手数重視の二刀流で、千冬さんの暮桜は一刀流しかも零落白夜は一撃必殺、これっておかしくね?って思ったんだもん」
じわ:「……あとで語られるとは思うけど、千冬さんの剣術は我流で、ISの操縦技法であるイグニッションブーストを重用するためにいろいろな流派を元に開発した、人呼んでチフユ=スペシャルなんだぞ(はぁと)」
次回:「Why do you come here」
では、じわまで気長にお待ちください。