ゼロが強制的にスリープ状態にされた後の研究室は、にわかに騒々しくなった。
―――ウィーン、ウイーン
すべて、束の足の指でもってコントロールされているロボットアームがウネウネとゼロのボディをまさぐり、
―――トンテンカン、トンテンカン…………キィーーーーーーーン
束が金槌で何かを叩く音、溶接の音や火花が当たりに撒き散らされる。
―――ゴォォーーー
PC達も負けていない。オーバークロックによって性能を無理矢理引き上げられ、熱暴走寸前まで熱を持ったPCが、まるで自らの情熱を見せびらかすように、我先にと廃熱するファンの風切り音、またそこから出る熱風が部屋の温度を底上げしていた。
それらの音が飽和してから、半日ほど音の耐久レースが続いた後、唐突に鳴り止んだ。
「ふぃ~、何とか予定との誤差0.02ミリ秒の範囲内ですべての作業が終わった……」
燃え尽きたぜ。と額の汗をぬぐいながら独り言を言い、ゼロの寝ているメンテナンスベッドの端っこに腰掛けた。
「おーい、ゼロくん起きろー!」
束は眠っているゼロの頭をバシバシ叩きながら呼びかけた。
それが功を奏したのか、ゼロが目を開ける。
「タバネッ!!俺に何を……ッ!!」
勢い良く上体を起こし、束をにらみつけようとして驚くゼロ。
半日ほど前まで、低い男の声だった彼の声は、彼の目の前で不適に笑う女性の物に変えられた。体も改造されていたのか、彼の真紅の装甲はなりを潜め、中性的な顔と体つきを持った金長髪の美丈夫がそこにいた。
「はっはっはっ。良くぞ聞いてくれました。ゼロ君にはちーちゃん……ブリュンヒルデの護衛をしてもらうに当たって、ドイツに行って貰うことになりました~」
束曰く、今ブリュンヒルデは二年という条件付でドイツにISの教官をしに行っているそうだ。
ゼロの仕事はそこに潜入し、よからぬ輩が彼女の寝首を掻かないように護衛をすることである。
ISには女性しか乗れず、女性に扮さなければならないため、声の変更とアーマー部分の着脱式改造などをしたとのことを語った。
「あと、ゼロくんのアーマー。あれをISの部品って形でISコアに量子化して格納、んで、ゼットハート? とか言うオリジナルボディにしかなかった正体不明の部品が入ってたデッドスペースにそのISコアを入れて接続、エネルギーバリアを張れるようになったり、いつでも私と連絡が取れるようになったり、既存のISに搭乗できるように表皮に微弱電流を流せるようにしたり……あと、歴代の君の武器も作っといたよ」
「つまり、俺はISコアを持つ自律機械……無人ISになったということか?」
「……それは君の行動次第だね。ただISコアを持つ、というだけで、私はISと呼ぶつもりは無いよ」
レプリロイドの定義は、「人間と同じように考え、行動するロボット」
対するISの定義は、「宇宙開発を目的としたマルチフォームスーツ」
ただの束の駒(IS)として、命令に従うだけの機械に成り下がるか、レプリロイドであろうとするかは、ゼロ次第だ。
束は、暗に「人間らしく行動しろ」と釘を刺し、それよりも! と声のトーンを上げて言い放った。
「ゼロくんの胸に入ってる産まれたばっかりのこの子(IS)の名前を決めないとね!」
決めないとね!、と言っておきながら、あらかじめ決まっていたかのように続ける。
「『クロワール』、なんてどうかな? 『信じる』って意味なんだよ! 素敵でしょ?」
「……」
束のとんでもない当て付けに、ゼロは閉口した。
「沈黙は肯定とみなすよ。じゃあ、起動してみてくれるかな。起動の仕方は……」
――数分後
「クロワール、起動」
……
「おっかしーなー? 起動ワードが悪いのかなぁ。なんかほかにも言ってみてよ」
「来い、クロワール」
……
「おいでなさい、クロワ……」
「おっと余所からの引用は感心しないなぁ。君自身の言葉じゃないと、彼女は振り向いてくれないよ~?」
束は嗜虐的な笑みを湛えて言う。
「…………頼む、クロワール」
ゼロの体が光に包まれる。ゼロは光りに覆われる視界の中、
……ゼロ、また会えたね。
そう、聞こえたような気がした。
真紅の装甲が戻り、レプリロイドのゼロの姿になる。
そのようすを見ながら、束は機器をチェックしながら驚愕した。
「やっぱり君は面白いね。ISの自己進化が常人とは180度違うよ。それに、初回起動から初期化(フォーマット)と最適化(フッティング)に一秒もかかって無い……」
普通なら、歩いたり飛んだり、戦ったりして搭乗者に慣れさせ、初めて一次移行(ファーストシフト)となるはずなのである。
「何か問題でもあるのか?」
「ない……けど、ちょっと調べさせて、三十秒で終わるから!!」
そういうと、自らの周囲に投影型のキーボードを展開、ウサギ耳をかたどったカチューシャをピコピコ動かしながら猛烈な勢いで解析を始めた。
・
・
・
束がキーボードを消し、地べたに大の字になって寝転がったのを見計らって、ゼロが尋ねる。
「……終わったか?」
「うん、一応仮説が立ったよ」
仮説に過ぎないけど、とぼやき、どんな物か説明を始めた。
「『クロワール』が、君の記憶野にアクセスしたんだと思う。ゼロくんに蓄積された膨大な戦闘データ……数百年分? を解析して、一瞬で最適化を終えたんだと思う」
ISが搭乗者の記憶を覗くことはそれほど珍しいことではない。
搭乗者に合わせて進化するISには、搭乗者を知ることがダイレクトに進化に繋がる。
だが、人間の記憶を覗く……つまり脳みそというたんぱく質の塊から、脳を傷つけずに、しかも機械が認識できる言語で情報を取得するのは、至難の業だ。
「人間と違って、ゼロくんの記憶野は集積回路だから、記憶をいきなりコンピューター言語で収集、解析が出来た。ってことじゃないかな」
「……オレの記憶か」
「でも、それはゼロくんを送り出した後に研究するとして、ミッションの詳細を説明してもいい?」
「ああ」
「まず、ゼロくんの身分なんだけど………」
―――10分後、束アイランドを一つの水中艇が出航し、地球を半周ほどした後、空中に出て、ミサイルと同じ機動で航行、ドイツの名も無き海岸に落着した。
それは、「ちーちゃんへ」と書かれ、リボンで装飾されたにんじんシャトルだった。
「また厄介事か?、あのバカ!」
めったにかけてこない友人の電話に呼び出され、第一発見者に仕立て上げられた日本人の女性は、心底呆れたように言った。
番外編
こうどなせいじてきとりひき
束「あぁ、ドイツに私の部下送ったから、ちーちゃんの部隊で訓練受けさせてやってね~」
独政府「そんな! 当方といたしましては、いくら束さまの部下とはいえ、得体の知れない人物の軍事施設への立ち入りは固く禁じている次第なのですが……」
束「公表するぞ!! 『VTシステム』を!!(右目を見せて反逆する感じ)」
独政府「ぐぬぬ(全力で見逃せ!!)」
あとがき
ゼロがボディチップ「ISコアinside」を装備した。
作者は「ミスリードを誘発する伏線」を張った。
次回:「Ich kämpfe(私は戦う)」
お楽しみに