翌日の朝。リヒトたちを含む『騎士団(シヴァレス)』のメンバー数十名が装衣に着替え、演習場の控え室に集合していた。本日行われる任務の『遺跡(ルイン)』調査についての説明を聞くためだ。どうやら変更点があるらしく、ライグリィ教官の前に生徒たちは整列していた。
「みんな揃ったな。それでは今回の作戦についての変更点を通達する」
ライグリィ教官の声が部屋に響く。すると一人の女生徒が隣に歩いて来た。
「まず、見ての通りだが、今回の作戦にクルルシファーも参加してもらうことになった。留学生の彼女だが、今回は本人の強い意志によるものだ。特別扱いせず、同じメンバーとして任務に当たってくれ」
「よろしくね、みんな」
クルルシファーはそう言うと、後ろの方に整列しているリヒトの横に並んだ。
「あれ?クルルシファーさんって確かこういう作戦には参加しないんじゃなかったっけ?」
留学生である彼女には独自の戦闘基準があり、危険な任務に参加すると本国から色々と文句を言われると前に言っていたことをリヒトは思い出して聞いてみた。
「さっき教官が説明していた通り、今回は私の意志で参加を希望したのよ。ちょっと『遺跡(ルイン)』で確かめたいことがあってね」
「そっか、でもあんまり無茶すんなよ? 明日は決闘があるんだからさ」
「わかっているわ。確認するだけだし、大丈夫なはずよ」
クルルシファーとそんな会話をしていると、今度は豪華なマントを纏っている金髪の男が部屋に入ってくる。そしてライグリィ教官の横に立ち、生徒たちへと顔を向けた。
「そして今回はもう一人、この方に参加してもらうことになった」
ライグリィ教官が渋い顔になりながら告げる。この男の参加についてあまりよく思っていないことが見て取れた。
「そんな……なんで……」
そしてリヒト自身も男の存在に動揺した。
「俺の名はバルゼリッド・クロイツァーだ。今回の『遺跡ルイン』調査の手助けになればと思い、申し出せて貰った。まぁ俺は神装機竜を扱えるほどの実力は持ち合わせているので、皆の足を引っ張るようなことにはならんと思うがよろしく頼む」
「おいおいこりゃなんの冗談だよ……」
突然のバルゼリッドの登場にアテムは驚きを隠せずにいた。四大貴族である人物が『騎士団(シヴァレス)』の任務に参加するなんて普通はありえないことであるからだ。
「ライグリィ教官、一体どういうことなんだ?」
リーシャも納得がいかないようで、怪訝な表情になっている。
「それはだな……」
ライグリィ教官は言葉に詰まる。
「これはこれはリーズシャルテ王女殿下。確かに俺は貴族であるが、学園としては部外者だ。納得がいかないのも理解できるが、俺はただ純粋に手伝おうとしているだけだ。神装機竜を使える実力者が増えるんだ、むしろ喜ぶことであろう?」
紳士らしく振る舞っているようだが、どこか小馬鹿にしているような雰囲気が見え隠れしているのが分かる。
(こいつ……何を企んでる?)
リヒトはバルゼリッドを見ながら警戒を強めた。
作戦会議が終わり、作戦メンバーはそれぞれ演習場に移動を開始する。そこで機竜を纏い目的地に向かうことになる。リヒトたちも演習場に続く道を歩いているところだった。
「ルクス、ちょっといいか?」
突然グレンがルクスを呼び止めた。
「どうしたのグレン?」
「フィーの事なんだけど……」
「フィーちゃんがどうしたの?」
グレンは少し黙ったが再び口を開いた。
「あいつの背中に……傷があったの覚えてるか?」
「傷……?そういえばそんなに大きくないけど……確かにあったね。それがどうしたの?」
ルクスが尋ねると
「なかったんだ……この前あいつの背中を見たときに偶然気づいたんだけど……それが気になって……」
「グレン……」
心配そうにするグレンを見つめてルクスはさらに言葉を続けた。
「なんでグレンがフィーちゃんの背中の傷を見ることになったの?」
「あ……いや……そ、それは……」
確かに言われてみれば当然の質問である。女子の背中の素肌を見ることなんて普通はない、そう、衣服を脱がさない限りは……
「……っ!!まさかグレン!!」
「ち、ちちち違うんだ!!あれはレリィさんの策略で……/////!!」
ルクスは真実を察しグレンは慌てて弁解した。
ちなみに何故グレンがフィルフィの背中を見ることになったのかというと、個人練習のあと、レリィ学園長に勧められて浴場に行き風呂に入っていると、同様にレリィ学園長に言われて浴場に入ったフィルフィと鉢合わせになった為である。もちろんこれは偶然ではなく学園長がグレンとフィルフィをくっつけようとして企んだ陰謀であることは言うまでもない
「なんであいつが調査に同行するんだ?」
その頃リヒトはクルルシファーと一緒に演習場へと向かっていた。リヒトはなぜバルゼリッドが同行するのかが疑問らしい
「さぁね。たぶん、どこからか私が『遺跡(ルイン)』調査に参加するって情報を手に入れて勝手についてきたってところじゃないかしら」
「……なるほど」
クルルシファーの答えにリヒトは納得した。
「まぁ、気にしないで調査に専念しましょう。あの人は『遺跡(ルイン)』付近の幻神獣(アビス)討伐だけ協力するっていう話だし、さっさと済ませて『遺跡(ルイン)』に入ってしまえば後は関係ないわ」
先ほどの作戦会議でバルゼリッドの今回の役割をライグリィ教官が説明していたのを思い出す。バルゼリッドは『遺跡(ルイン)』の調査には関わらず、周辺の幻神獣(アビス)討伐の援護だけという話だ。
「随分とつれないことを言うじゃないか、我が未来の妻よ」
突然背後から声が発せられ、リヒトたちは振り返る。視線の先にいたのはクルルシファーが先ほどあの人と呼んでいた人物、バルゼリッドだった。
「昨日も言ったのだけれど、その未来の妻って呼び方やめてもらえないかしら? 私とあなたは他人だと言ったはずよ、もう忘れたのかしら?」
「なに、特に問題はなかろう? 明日行われる決闘の結果など決まっているようなものだ。そうすれば、お前と俺は他人ではなくなるのだからな」
そう言うとバルゼリッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、演習場へと移動をするために横を通り過ぎようとする。だが、そこでリヒトが声をかけた。
「それはさすがに早すぎでは無いですか?まだ俺たちは闘ってすら無いですよバルゼリッド卿」
先ほどのすでに勝利を確信しているような発言にリヒトは眉を顰めた。
「おや、これは失礼しましたねリヒト王子殿下。ですが俺とて手を抜くつもりは無いのでそのおつもりで」
口では丁寧な口調で言っているが明らかにこちらを見下しているのが丸わかりであった。そして、そのままバルゼリットは見下したような目でリヒトを見た後、外套をなびかせて演習場の方へと姿を消していった。
「……ゼッテーぶちのめす」
明らかな見下しにリヒトは怒りを見せた。
城塞都市から約二十きほほど離れた場所にある『遺跡(ルイン)』にリーシャ率いる部隊のメンバーは数十分かけて到着する。そこにあったのは荒野に埋まっているような、はたまた生えているような立方体の建設物が存在していた。
「ほぉ〜これが第六遺跡『箱庭(ガーデン)』か……」
「思ったよりでかいな」
「俺も実際に見たのは初めてだな」
《レビディオラ》を纏ったアテムが感心し、と《アカムトルム》を纏うグレンと《ゼルレウス》を纏うリヒトも同意した。リヒトは《ゼルレウス》を手にしてからは基本他国への留学という名目の武者修行ばかりだったので『箱庭(ガーデン)』を実際に見たのは初めてである。
「では、このまま遺跡に降りるわ」
すると、クルルシファーがそのまま遺跡へと向かっていった。
「待てクルルシファー、さすがに危険だ!!」
「大丈夫、お願い行かせて」
リヒトは慌ててクルルシファーを止めようとしたがクルルシファーはそのまま遺跡へと降りていった。
(やっぱりおかしい……まるでなにか焦っているようだ……)
リヒトはクルルシファーの様子に焦りを感じていた。
『待ってください! 何か来ます!これは……幻神獣(アビス)です!!』
『騎士団(シヴァレス)』の《ドレイク》を纏っているメンバーから竜声が届く。念のため索敵を行っていたところ敵影を確認したらしい。
すると、
ギャァァアアエァァ!!
耳を劈くような咆哮と共に砂煙が吹き飛び、視界が開けた。
「あれは―――、ディアボロスか!」
巨大な体躯に漆黒に染まった翼。たった一体で小さな都市を滅ぼせるほど危険性を持つ中型の幻神獣(アビス)。鋭く長い爪と尖った牙を光らせながら空中に漂っている。
さらに、
ギギギィッ!!
グルルルル……
陸地に一体空にもう一体の幻神獣(アビス)が現れた。
一体は鋭い脚を持つ蜘蛛のような幻神獣(アビス)、空を舞う一体は紫色の甲殻に覆われた鳥型の幻神獣(アビス)であった。
「あれはたしか……ネルスキュラとイャンガルルガ……」
リヒトは昔見た文献から幻神獣(アビス)を特定した。どちらも中型の幻神獣(アビス)の中でも厄介な相手である。
「姉さん、中型の幻神獣(アビス)三体相手はかなり危険だ、一旦クルルシファーを呼び戻して体制を立て直したほうが……」
「おやおや、王子殿下ともあろうお方が少し慎重過ぎでは無いかな?」
声がした方を向くとそこには余裕の表情を見せるバルゼリッドがいた。
その身は、群青の神装機竜《アジ・ダハーカ》を纏い、分厚い装甲の機竜使いと化していた。
直後、両肩のキャノンに紫の光が収束し、《アジ・ダハーカ》の特殊武装、《双頭の顎(デビルズグロウ)》が発射される。
しかし、紙一重でディアボロスには避けられる。するとその砲撃は『騎士団』のメンバーをかすめていった。
「なんの真似だバルゼリッド!!」
リヒトは不敵な笑みを浮かべている男を睨みつけ、怒鳴りつけた。
「そう怒らないでいただきたいな。なに、俺は幻神獣を倒そうとしただけだ。奴らが避けるのが遅かった、ただそれだけのことさ」
「てめぇ……」
リヒトは笑みを浮かべて答えるバルゼリッドをさらに睨みつけた。
「ところでどうだ王子殿下、一つゲームをしないか?あのディアボロスを先に仕留めた方が勝ちというゲームなのだが、貴殿が勝てば明日の決闘はそちらの勝ちで構わない。クルルシファーとの婚約も諦めよう」
「戯言はよせバルゼリッド!!これはお遊びの鹿狩りじゃない!!これ以上余計な真似をするならば…私が先にここでお前をぶちのめすぞ!!」
バルゼリッドの提案にリーシャの怒りが爆発しバルゼリッドへと怒鳴りつけた。
「ふざけた真似はやめてもらえるかしら?」
いつの間にかクルルシファーがリヒトの側へと戻っており、声にも少なからず怒りが混ざっていた。
しかし、バルゼリッドは気に留める様子もなく、《アジ・ダハーカ》の装甲腕をそっと《ファフニール》の肩口に乗せる。
「くく、つれないな未来の我が妻よ。だが、それくらい気が強くなくていい、それでこそ従えがいがあるというものだ」
「あなたより先に私が敵を始末する。それで問題ないでしょう」
「ほう、頼もしい限りだ。まだ余力を残しているとはな」
「待て!一度態勢を立て直す!」
涼しげな顔で《アジ・ダハーカ》の腕を払いながら言い切り、クルルシファーはリーシャの指示を無視して《凍息投射(フリージング・カノン)》を構え、ディアボロス向けて飛翔した。
「くそっ…姉さん!!俺はクルルシファーの後を追う!!ネルスキュラとイャンガルルガを頼んだ!!」
「お、おいリヒト!!」
リヒトは慌ててリーシャの呼びかけを無視してクルルシファーを追いかけた。
「おい姫様!!こうなったら仕方ねえ!!残りの奴らでこっちの二体を倒してすぐに援護に行くぞ!!」
「《ワイバーン》を纏ってるやつはアテムと一緒にイャンガルルガを!《ワイアーム》を纏ってるやつは俺とネルスキュラを倒すぞ!!」
アテムとグレンはすぐさま『騎士団』へと指示を出した。
「クルルシファー、1人で無茶をするな!!いくらなんでも危険だ!!」
リヒトは慌ててクルルシファーを止めようとした。
「平気よ。私が先走りで迷惑をかけてしまったし。それに――時間が惜しいの」
リヒトは感じた。クルルシファーの、その声と表情に感情を押し殺したことを。
そして慌てた。クルルシファーは高い精度の遠距離射撃を得意とすることに。
「今度こそ―仕留めるわ」
バルゼリッドに手を出させず、注意を引くための接近。
しかし、何事にも適材適所というものがある。囮役となるのは大抵近接を得意とする者だ。クルルシファーのように遠距離を得意とする者はよほどのことがなければ前には出ないのが常である。
だが、それは普通の遠距離タイプの話だ。至近距離での攻防となれば未来予知の神装があるから、分はクルルシファーに少なからずあるはず…
そう、あるはずだった
「…ッ!?どうして《ファフニール》の予知が――?」
交錯の刹那、クルルシファーの横顔に動揺が走る。
「_____っ!!クルルシファー!!」
リヒトは《ゼルレウス》の最高速度でクルルシファーの元へと急ぐ。
さっきまで一切の隙を見せなかったクルルシファーに生まれたその決定的な隙を幻神獣は見逃さない。
「グルルァァ!」
「――――」
ディアボロスから放たれた地獄の如き炎がクルルシファーに迫る。反射的に《凍息投射》を撃ったものの、その冷気は炎に呑まれて消えた。
「くそっ……《流星(ミーティア)》!!」
リヒトはすぐさま神装、《流星(ミーティア)》を発動しクルルシファーと炎の間に入り障壁を張ってガードした。
「ぐっ…………」
咄嗟の障壁だったので完全には防ぎきれずリヒトはダメージを負ってしまった。
「やれやれ、やはりオレの助けが必要じゃないか」
《アジ・ダハーカ》から再び放たれた《双頭の顎(デビルズグロウ)》による砲撃。これもまた回避されるが、ディアボロスの胸には戦斧が突き刺さっていた。
「なに……?」
リヒトは驚きを隠せなかった。
《ファフニール》の神装《財禍の叡智ワイズ・ブラッド》のように、未来を予知したような攻撃。
ディアボロスは空中にいた。遮るものはない。
なれば、先の砲撃を躱されることは予想できても、避けた方向まではわからないはず。
しかし、バルゼリッドはそれを成した。
「さて王子殿下、ゲームは俺の勝ちでよろしいな?」
バルゼリッドは笑いながらこちらを見た。
「おいおい、もう終わってんのかよ」
すると、アテムがリーシャたちを連れてこちらに合流してきた。どうやらネルスキュラとイャンガルルガはなんとか倒したようだ。
「…どうして?私は――」
クルルシファーの声は表面上、いつもの冷静な声。
しかし、今の彼女は今まで見たことがないほどに動揺していた。
突如使用不能となった神装《財禍の叡智(ワイズ・ブラッド)》、そしてディアボロスをバルゼリットに先に撃破されたこと。
この二つが普段から冷静沈着な少女の顔を、動揺で歪ませていたのだ。
「ギエァァァァ!」
先程の一撃が致命傷となったであろう幻神獣は断末魔の声を上げ、後は崩れるだけ。
しかし、突如、その体が膨らんだ。
『――ッ!?まずいッ!全員障壁を展開しろ!自爆するぞ!』
その光景の意味することを悟ったリーシャの竜声が響いた直後、幻神獣の体に赤い亀裂が入る。すぐにリヒトはクルルシファーに視線を向ける。
「クルルシファー!!急いで障壁を_____」
「どうして……動かないの?私の《ファフニール》が――」
クルルシファーの機体はガタガタ震えていた。自動防御の特殊武装《竜鱗装甲(オート・シェルド)》はあからさまな危機が迫っているにもかかわらず、逆に《ファフニール》の周囲から落下を始めている。
使い手の消耗による、制御の混乱――暴走。
「クルルシファーさん!!」
直後、幻神獣の体が閃光と共に爆散する。
リヒトは呆然とする咄嗟にクルルシファーの前に立った。
しかし、幻神獣の自爆による爆風と衝撃に耐え切ることはできずにクルルシファーと共に吹き飛ばされた。
リヒトが最後に見たのは爆発の色ではなく、まばゆい白だった―――。