Baby Princess ~それぞれの日常~ 作:明棲木親池
陽太郎の一日は妹たちのモーニングコールから始まる。
どたどた、と廊下を走る足音。きゃきゃ、とはしゃぐ声音。
それは眠っていた意識だけでなく、自分は今この家にいるんだ、ということを思い出させてくれる。
寝ぼけ眼にもかかわらず、つい頬が緩んでしまう。
――ここまでは陽太郎の日課のようなものであり、朝の始まりなのである。
ぐっと背伸びをして、ベッドから起き上がる。
ゆっくりと扉を開けると、
「あっ! 起きちゃいましたか?」
エプロン姿の三女――春風がいた。どうやら陽太郎を起こしに来たようであった。
「あ、うん。――お、おはよう」
こればかりは慣れないな……と思いながら自分の眼が冴えて来たのを感じた。
やはり陽太郎も年頃の男子。可愛い女の子がエプロン姿で自分を起こしにくるシチュエーションには思わず心が揺らいでしまう。
「ふふっ――おはようございます王子様♡」
春風はそう言うと、陽太郎の背中を押して洗面所へ促した。
陽太郎は素直にそこで顔を洗い、歯を磨く。
すると――
「げっ! 何で下僕がここにいるのよ……」
と背後から声がしたので、陽太郎は鏡越しに後ろを見た。
そこには、珍しく寝癖を携えた六女――氷柱の姿があった。
「あっ――寝癖」
歯磨きを終えたばかりの陽太郎は不意にそう呟いた。――いや、呟いてしまった。
その後、スヌーズのように鳴り響く、甲高く怒気の籠った二度目のモーニングコールで、陽太郎の意識が完全に覚醒するのは言うまでもないことであった。
陽太郎は酷く疲れた顔でリビングの扉を開けた。
鼻孔をくすぐったのは、焼き立てのトーストの芳醇な香りであった。
すでにバターが塗られているのか、その香りはさらに食欲を掻き立てる。
「あっ! お兄ちゃん遅いですよ!」
次に五女――蛍の声が聞こえる。彼女のまた春風同様に、エプロンを着用していた。
天使家の料理担当は春風と蛍なのだ。それぐらいにぶちんな陽太郎にでも分かる。――というよりも、単純に消去法で考えてもそうなるに違いない。
長女の海晴はお天気キャスターをやっているから朝は早いし、次女の霙は――うん、あんまり料理には向いてなさそうだ。
と、そこまで考えて――陽太郎はふと思った。
あれ……? ならヒカルはどうなんだろ?
十九人姉妹の天使家の中でも陽太郎は一番ヒカルと接点がある――と自分では思っている。けれど、そんな彼女が料理をしたところは見たことがない。
というか想像もつかない。
霙とはまた別の意味で料理には向いてなさそうな気が……。
「どうしたんだ? こんなところでぼぉーっと突っ立って」
不意に後ろから声が聞こえた。
「えっ? あっ! い、いや――――」
陽太郎はしどろもどろになりながら、なんとか返事をしようとする。けれど、振り返った瞬間、その声の主が四女――ヒカルであることが分かり、途端に言葉が詰まった。
「なんだ。お化けでも見たような顔をして」
「いや、別に何でもないよ――」
と言うのが精一杯であった。
ヒカルは「そうか」とあっけらかんという風な感じで陽太郎の脇を通り過ぎて、席についた。
そして食事を始めた。隣では未だエプロン姿の春風が、にこにこと笑顔をヒカルに向けながら「どう?」と尋ねている。
それに対しヒカルは、「うん、おいしい」とやや素っ気なく返していた。
その光景はまるで同棲しているカップルのようである。――ということはヒカルは男役になるわけか。
陽太郎はそこで、やはりヒカルが料理を作るところは想像できないな、と強く思うのであった。