Baby Princess ~それぞれの日常~ 作:明棲木親池
コン、コン――と背後から音がした。
次に扉が開く音がして、そして――聞き慣れた声が聞こえた。
「霙お姉ちゃん――って、あら、王子様も一緒だったの?」
振り向くと、春風がエプロン姿で意外そうな顔をしていた。
「あぁ、もうそんな時間か」
そして霙はそう言うと、腰を上げる。
陽太郎が視線を戻すと、霙は机の上に目を向けていた。釣られて見ると、そこには電子時計が置かれていて、時刻は午後六時と表示されていた。
うわ、ホントだ――もうこんな時間……。
優に二時間以上は霙と話していたことになる。
そんなに時間が経ったようには――と思っていると、
「ふふ――なんだ、そんなに楽しかったか?」
「えっ――?」
不意にそう声を掛けられる。
そこには微笑を浮かべる霙の姿があった。
「あ、いや――」
実はその通りなのだが、それを素直に口に出すのに苦労する。
突然の問い、であることも理由の一つではあるが、一番はやはり気恥ずかしさによるものだった。
そんな様子の陽太郎を見て、霙の口角はさらに上がる。
「まぁ、そんなことは――いや、なんでもない。さぁ、ご飯だ」
あれ、今何か言い掛けたような――。
呆然とする陽太郎の脇を通り過ぎて、霙はリビングへと向かった。
そのやりとりを見ていた春風が口を開いた。
「王子様――霙お姉ちゃんとお話しされてたんですか?」
どこか意外そうな春風の顔を見ながら、陽太郎は先ほどの記憶を思い起こすようにして応える。
「あぁ――いや、なんか学校の、数少ない男子生徒の意識調査? みたいな……でもまぁ、後半はほとんど正体がバレないようにどうすればいいのかっていう相談みたいな感じだったけど……」
陽太郎は言ってて、結局自分しか話してないな――と思った。
それでも嬉しそうに聞いてくれる霙の顔は鮮明に覚えていて。
だからこそいっぱい話そうって思って――。
「ふふふ――霙お姉ちゃんったら」
春風は陽太郎の話を聞くと、嬉しそうに笑った。
「へ? どうしたの――」
「あぁ、すみません王子様。でも、王子様。それは全然、意識調査なんかじゃなくて――霙お姉ちゃんがただ王子様と二人っきりでお話がしたかっただけ、だと思いますよ」
「えぇ――っ!? いや、でも、そんなこと一言も……」
「それは――あの、霙お姉ちゃんですもの。自分が話たくても、素直じゃないから相手にそれをさせようとするんです」
陽太郎には覚えがあった。
そう言えば確かに霙は意識調査とはっきりとは言っていない。でも、それを匂わすような単語は確かに言っていた。
「――ってことは、もしかして話している時の笑顔って……」
……演技?
「いいえ、それは違うと思いますよ。王子様が楽しく話すからそれに釣られたんだと思いますよ」
陽太郎の心を見透かすかのように春風がそう否定する。
だが、陽太郎ははたしてそれが真実なのかどうかを判断する基準も、要素もまだまだ足りなかった。
姉妹でこうも違うものなのか――と思った陽太郎だったが、案外年上にはそう感じてしまうだけなのかもしれないとも思った。
海晴お姉さんもたまに何を考えているのか分からなくなる時が……。
「それに、王子様からは見えなかったと思いますけど、部屋から出て行く霙お姉ちゃんすーっごく嬉しそうな顔してて。もう春風、それ見ただけで――きゅん♡ って思いましたもの」
「そっか――」
それを聞くと陽太郎はいつもミステリアスな彼女が、実は意外と人好きなんだな、と身近に感じることが出来た気がした。
「あっ――ってことは、もしかしてあのどら焼きもそのために――?」
「それは多分、違うんじゃないかな……」
「――え?」
陽太王は、霙を理解するのは宇宙の果てよりも遠いなと思うのであった。 (完)