Baby Princess ~それぞれの日常~ 作:明棲木親池
「ちょっと下僕! 早くしなさいよね!」
陽太郎が、朝起きて部屋を出た瞬間、氷柱の怒鳴り声が響いた。
「もう、休日だからってだらけ過ぎじゃないの?」
不機嫌そうに腕を組む氷柱。もはや見慣れたその姿に文句一つ言うことなく、陽太郎はまず自分のしでかした過ちを省みた。
けど、非凡な陽太郎の頭では、まったくもって氷柱が怒っている理由の見当がつかない。いや、考えてみれば氷柱はいつも怒っているのだが――。
ダメ元で聞いてみる。
「あ、あのさ……どうして、そんなに怒ってるの?」
氷柱の眉間のシワが一つ増えた。や、やばい――また怒られる。
「なんですって――この……」と、氷柱が組んでいた腕を解いた、その時だった。
「あばばばばっ――!」
声が聞こえた。なんて言っているのかは分からない。でも、なんだか怒っているように思えた。
「あらあら。あーちゃん、どーしたの?」
長女、海晴の猫なで声が聞こえる。
氷柱と陽太郎は、声のする方を見た。そこには――五女、蛍お手製のミツバチのコスチュームをした、十九女のあさひがいた。
海晴の胸に抱かれているあさひだったが、その表情は赤ちゃんらしからぬものだった。
怒っている。あーちゃんが怒ってる!
氷柱や陽太郎。それに、いつもあさひのお世話をしている海晴でさえ、そう思ったに違いない。
もしかして、氷柱の真似をして――と陽太郎が考えいると、海晴が嬉しそうな声を上げた。
「あ、あーちゃんもしかして、二人の仲裁役をしてたのね!」
海晴があさひを二人に方へ近づけると、「うんば――!」と嬉しそうな声で応えた。
氷柱が海晴から、あさひを受け取る。あさひの笑顔に釣られ、氷柱も笑った。
ほっと息をつき、陽太郎は目で合図をした。
――ありがとう、海晴姉さん、と。でも、海晴はそれが分かったからなのか、小さく首を振った。
どういうことだろう。陽太郎の頭に疑問符が浮かぶ。
陽太郎はそのまま海晴の後を追うように、リビングに向かった。
「海晴、姉さん……さっきのって……」
海晴は椅子に座ると、用意されていたコーヒーを一口飲んだ。
「あーちゃんが怒った理由は、多分、自分が仲間外れにされていると思ったから、なんじゃないかな」
「え? でも、さっき仲裁役だって」
「だって、本当のことをあの場で言ったら、氷柱ちゃんがさらにヒートアップしちゃいそうだったから」
未だに意図が掴めていない陽太郎に向かい、海晴はどこか楽しそうにウインクをした。
ただ、どうやら陽太郎に助け舟を出してくれたことは、間違いないみたいだった。
「あーちゃんはね、みんなといっぱい遊びたいんだよ。だから、二人が――氷柱ちゃんとよーちゃんが楽しそうだったから、わたしも混ぜてー! って思わず言っちゃったのよ。きっと」
誰よりもあさひの側にいた海晴が言うと、確かにそう聞こえた。
「ね、よーちゃんも、そう思うでしょ?」
なんだか、試されているような問いに聞こえた。でも、別に嫌じゃなかった。
「うん。――でも、そっか。確かにオレと氷柱のやりとりが楽しそうだ、なんて言ったら……」
心の声が漏れていることに気付いたのは、
「……私が怒るとでも?」
後ろから声が聞こえた時だった。
振り向くよりも先に、氷柱が視界に現れた。その細い腕にはあさひが楽しそうに抱かれている。
「ちょっと、ごめんね、あーちゃん」
陽太郎には一切見せたことのない優しそうな表情で、氷柱はあさひを海晴に預ける。
向き直ると、すっかりいつもの氷柱なわけで――。
まるでお面のようだ、と陽太郎が思っていると、
「あなた、いますっごく失礼なこと、考えてたでしょ」
案の定、考えを読まれ……。
その後は、さっきの怒りに輪をかけるかのように、陽太郎は怒鳴られた。
結局、どうして自分が怒られているのかは分からなかった。けど――、
「うんばっ――!」
あさひは声を上げて、ずっと笑って見ていた。
のんきな陽太郎は、まぁならいいか、と素直に氷柱に怒られていたのであった。 (完)