Baby Princess ~それぞれの日常~ 作:明棲木親池
麗と別れ、春風が用意していたコーヒーを飲みながら、陽太郎はリビングから外の景色を眺めていた。
芝生一面の庭先には、チビたちが遊んだであろうおもちゃが散乱している。時間帯的に、どうやらみんな少し遅い昼寝のようだ。
変に静かだと落ち着かないな――なんて思っているあたり、すっかりこの家に染まっているのかもしれない。
自分で思ってから気恥ずかしくなり、陽太郎はコーヒーを一気に飲み干した。それからしばらくの間、夕焼けに染まってゆく空を眺めた。
なんか、こういうの良いな――と陽太郎が、景色に浸っていると、
「お兄ちゃん」
どこか控えめな声が聞こえた。
陽太郎は、一瞬、それが自分を呼んでいるということに気が付かなかった。
普段聞き慣れている単語でも、言葉の雰囲気一つでここまで変わるのか――。
庭先に向けていた目を、背後にやる。そこには、大事そうに本を抱えた小雨の姿があった。
「こ、小雨……?」
我ながら情けない声が出た。
「あ、あのさっき麗ちゃんから……」
「麗が?」
「……その、お兄ちゃんが私のことを気にしているみたいだって」
あぁ、なるほど。麗が小雨にさっきのことを言ったのか。
別にやましいこともなければ、口止めもしていない。ただ、どうせならお兄ちゃんらしく、何も聞かなくても妹の様子が分かる的なことをしたかった。
多少、陽太郎にも兄としてのプライドがあった。
「私、何かお兄ちゃんにいけないことしてしまいましたか?」
苦笑いをしていた陽太郎は、うっすらと涙目になる小雨を見て、慌てて否定した。
「いや違うって! 小雨は何も悪いことなんかしてない」
「じゃあ――どうして?」
麗がなんて小雨に話したのか分からないが、どうやら誤解しているらしい。
妹の半泣き状態の前では、陽太郎のちっぽけな兄としてのプライドなんてすぐに消えてしまう。
「この前小雨に、一緒に遊ばないのかって聞いた時の小雨が何か気になって……それで俺……」
意を決して、陽太郎は聞いてみた。
「小雨は、本当はみんなと遊びたいんじゃないかなって思ってさ」
「……じゃあ、お兄ちゃんは私を心配してくれたんですか?」
「う、うん。まぁ、でも俺が勝手に思い込んでたことだから」
麗は一体なんて伝えたんだろう。彼女のことだから、悪意に満ちた感じで説明したのだろうか。
ふとその時、霙と氷柱が頭のなかに出てきたことは、内緒である。
「でも、嬉しいです」
「え?」
予想外の反応に、陽太郎はまた情けない声を上げる。
小雨はそれを聞いて、目尻にたまった涙を拭いながら笑った。
「だって、お兄ちゃんが私のことを見ててくれたんだ――って分かったから。……だから、嬉しいんです」
そ、そういうものなのか……。一瞬疑問に思うも、まぁ確かに、ばあちゃんが俺を見てくれているって考えたら嬉しいか。
陽太郎は、小雨と同い年ぐらいの自分を思い返してみて、納得した。
「私、立夏ちゃんや夕凪ちゃんみたいに身体を動かすのが、あまり得意じゃないんです。でも、見ているのは好きというか……こうして距離は離れているけど、一緒の場所にいるって思うだけで嬉しいし、楽しいんです」
小雨は陽太郎の背後――真っ赤な空の下の庭を見ていた。
あぁ、そっか。陽太郎は彼女の言葉を、姿を見て思った。
俺は勘違いしていた。俺が小雨に声を掛けたのは――彼女が一人ぼっちなんじゃないか、どこかみんなの輪に入り込めていないんじゃないかと思っていたからだ。
でもそうじゃない。彼女はちゃんと輪のなかにいる。チビたちが小さな輪だとしたら、お姉ちゃんという――大きな輪のなかに。まぁ小雨より上の立夏は小さな輪かもしれないけど……。
と、廊下が慌ただしく成り始めた。
「そら、いっちばーん!」
「にじ、にばん!」
「ま、まってーそらちゃん、にじちゃん」
今までお昼寝をしていた青空と虹子とさくらが起きてきたのだ。
「あ! おにいちゃんと小雨おねえちゃんだ!」
びしっと青空が指をして、こっちに向かって走ってくる。続いて虹子とさくらも来る。
「またそらがいちばん!」
陽太郎の膝の上に座り、青空は嬉しそうに言った。
虹子も小雨の上に。さくらは陽太郎と小雨、二人の間に座る。
二人は互いに顔を見合わせながら笑った。
「ねえ小雨おねえちゃん。おはなし読んで」
虹子が言う。小雨は持っていた本を開いた。
表紙を見ると、それは難しそうな文庫本ではなく、子供用の昔話が書いてある本だった。
いつも小雨は読み聞かせをいるんだ――じゃないとそう都合よく持っているはずがない。
陽太郎は、妹たちに語り聞かせる彼女の姿をずっと見ていた。
「――めでたし、めでたし」
ものの五分で話は終わる。すると、
「もっかいよんで!」
青空が駄々をこねた。ちょっと待ってね、と本を開く小雨の手を陽太郎が止めた。
「今度は俺が読むよ」
ぱっと小雨の目が見開いた。
「ありがとうございます、お兄ちゃん」
その小雨の姿を見たら、今まで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えた、陽太郎なのであった。 (了)