Baby Princess ~それぞれの日常~ 作:明棲木親池
「お兄ちゃん、こっちに来てもらってもいいですか?」
薄暗い部屋の中で陽太郎は呼ばれた。
辺りには無数の衣装が並んでいる。
全て蛍が手作りしたものだろうか?
まっすぐに進む脚とは別に、視線は辺りへと目まぐるしく動いていた。
「蛍?」
陽太郎は蛍のシルエットを視界に捉えた。ただ、それが彼女の後ろ側だっため声を掛けた。
すると、蛍はくるりと身を翻す。
陽太郎は、それを見て薄暗いこの部屋が一気に明るくなる感覚に襲われる。
蛍はコスプレをしていた。しかも、メイド服。
振り返った勢いで、ふわりと蕾のように膨らむスカートを両手で押さえた蛍は、恥ずかしそうに陽太郎から視線を外す。
「どうですか……お兄ちゃん?」
「えっ――あ、その……」
ごくり、と思わず唾を飲み込む。
陽太郎は、暗いため蛍の微細な表情は見えない。けれど、彼女の視線、そしてどこか遠慮気味に問うてきた声音で、それが恥ずかしさによるものだと感じた。
そう思ったら最後、なぜだか無性に陽太郎も恥ずかしくなってきた。
そして、陽太郎はふとこんな状況で、自分がなぜこうなったのかを想起した。
「お兄ちゃん、ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」
それは陽太郎が朝食を終え、少しゆっくりしていた頃だった。
「何かあったの?」
「あっ、いえ――別にそういう訳じゃないんですけど……」
蛍はどこか申し訳なさそうに視線を外す。
「……その、衣装を作るのに生地を買いに行きたくて――」
「あぁ――」
――そういうことか。
陽太郎はそこで初めて蛍の意図が分かった。
ようするに自分が荷物持ちをすればいいのか。
「そういうことなら喜んで行くよ」
「ほ、ホントですか――っ!?」
「うん」
蛍は余程買い込むつもりだったのだろうか、と陽太郎は珍しく取り乱している蛍の姿を見てそう思った。
十時頃。セミの鳴き声が、季節と暑さを感じさせる。
陽太郎は蛍と二人で商店街へと向かっていた。
そう言えば蛍とこうして二人で買い物ってあんまりないような……。
「どうかしましたか、お兄ちゃん?」
「え? あぁ――いや」
不意に訊ねられ、陽太郎は誤魔化すのも気が引けると思い、考えていたことを口に出した。
「こうして蛍と二人で買い物ってあんまりないなって」
「そういえば――そうかも、しれませんね。学校か――あとは学校帰りにお夕飯の材料を買いに行く時ぐらい、でしょうか?」
「そうだね。でも、なぜかその時って決まって氷柱がいるんだよね」
「ふふっ――そうですね、氷柱ちゃんったら、お兄ちゃんと二人っきりだと不安だとか言って。ホタは全然そんなことないのに……」
すると、蛍の声のトーンと視線が不自然に下がるのを陽太郎は感じた。
「お兄ちゃんもホタと二人だと不安だと思いますか……?」
陽太郎は蛍の質問の意図がつかめなかった。だが、彼女がどこか不安げにそれを言っているのだけは分かった。
だからこそ、お兄ちゃんとしてはっきりと答えた。
「全然そんなことないよ。氷柱はいつもその――なんだ、考え過ぎなところがあるからね」
「あ、ありがとうございます! ホタなんだか今日は一杯買い物しちゃう気がします!」
あれ……元々そのつもりなんじゃ……?
「ふふ――お兄ちゃん、早く行きますよ!」
蛍は先ほどまでとは一変、明るい笑顔を見せると、陽太郎の手を取った。