ネコさま大王国。
ネコ好きが集う、ゲーム『ユグドラシル』のギルドだ。
かつては多くのネコと多くのプレイヤーが集うギルドだったが、ユグドラシル最終日の今となっては、多くのネコと一人のプレイヤーしかいない。
多くのネコとは、ギルドの皆で作り上げたNPC、あるいはテイムしてきたネコ型のモンスターだ。
所詮は、プログラムに過ぎない。
けれども、最後の一人にとっては、そう切り捨てることのできないものだった。
「なにやってるんだろうね……私は」
最後の一人、ミネルバはそうつぶやいた。
ローブにとんがり帽子の10代後半くらいに見える女性が座っている。
いかにも魔女といった風体の彼女の周りには多数のネコがいる。
さらにその周囲には毛づくろいをするネコやじゃれあっているネコたち、丸まって寝ているネコ、手足を伸ばしている寝てるネコなどもいる。
これらの動きは、ユグドラシルに用意された動きではなく、ギルドメンバーが手を加えたAIによる動きだ。
彼女の周囲に集まるネコを撫でる。
リアルでペットを飼うというのは、かなりお金がかかる行為だ。
ハムスターくらいならミネルバにも無理すればできないことはない。
しかし、ネコとなると無理だ。
100年ほど前には、ネコを飼う家庭がそう珍しいものではなく、野良猫なんて存在もあったらしい。
が、外にでるのに人工心肺いるこのご時世、ネコが外にいたら一月も持たず死ぬだろう。
動物、特にネコが好きだったが、ミネルバにとっては縁遠い存在であった。
そんな中、彼女がなんとなく始めたユグドラシル。
友達ができて、ギルドができて、ペットができて……。
いろんな思い出が詰まったギルド『ネコさま大王国』。
メンバーは現実が忙しくて、あるいはユグドラシルに飽きて、ログインしなくなったが、ミネルバはずっとこのギルドを維持し続けた。
もともと別のメンバーがギルドマスターだったが、引退することとなり、一番ログインの頻度が高いミネルバへとギルドマスターの権利が移った。
他のメンバーにとっては、いくつもある遊びの1つだったのだろうし、実際それが正常なのだろうともミネルバは考える。
けれども、彼女はそう割り切れなかった。
自身の半身を引き千切られる行為にも感じた。
しかし、小市民たる彼女にサービス終了を止められるような力などありはしなかった。
23:59:50、51、52……
「ごめんね……お前達」
ミネルバの口から嗚咽が漏れる。
00:00:00、01、02……
涙があふれてきた。
しかし、ミネルバの心が急に落ち着く。
「……あれ?」
辛いことにはかわりはないが、何かに押さえつけられるかのように涙が引っ込む。
ローブの袖で涙を拭いていると、周囲を見回すとネコたちがこちらを向いているのに気が付いた。
ネコたちの表情はどことなく悲しげだ。
「ああ、よしよし」
こんなに表情豊かだっけ?
彼女は首をかしげながらも、ネコに手を伸ばす。
撫でられたネコは目を細めて気持ちよさそう鳴く。
00:00:52、53
ネコを撫でながら時間を確認すると、間違いなくサービス終了時間が過ぎている。
「どうなっているんだろう……?」
ミネルバはコンソールを開こうとしたが、反応がない。
「バグかな?もう少しこの子たちと一緒にいれるならそれはそれでいいのだけれど……」
不安はあるが、周囲のネコを撫でる手は止まらない。
いつもより、触り心地がよい気がする。
ネコたちも、どことなくイキイキとして見える。
なにかがおかしい。
そう思うものの、ミネルバはどうしていいかがわからなかった。
そんな時、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。
周囲のネコたちが離れていった。
ミネルバが残念そうにネコに手を伸ばしていると声がかかった。
「ミネルバ様、緊急に報告すべき事項がございます」
声の方向を向くと、ネコ耳にネコの尻尾が生えた和風メイド服の女性が正座していた。
庭の管理者という設定のギルドNPCシノブだ。
「しゃ……喋ってる……」
ミネルバは唖然としながらも、シノブを見た。
間違いない。ギルドの男性メンバーが喧嘩しながらも、最後は夢と浪漫を注ぎ込んだ完璧なNPCができた、と肩を組みながら叫んでいたネコ耳ニンジャメイドのシノブだ。
どうして喋ってるんだ?NPCが喋るなんてありえない……。
しかも、様って……。
ギルドNPCからみたギルドマスターってそういう認識なのか?
混乱するミネルバにシノブが声をかける。
「ミネルバ様……、どうされたのですか?
泣かれていたのですか?どこが痛みますか?
今すぐ回復魔法を使えるものを呼んで参ります」
目元が赤いことに気付いたのかシノブが焦ったように話し出す。
表情にほぼ変化はないが、ネコ耳がパタパタとせわしなく動き、尻尾は膨らんでいる。
「いや、待って。大丈夫。先に報告をお願い」
ミネルバは混乱しそうになるが、急に冷静になる。
何が起こってるかはわからない。
心が急に変化することも怖い。
しかし、緊急事態というなら、話は聞くべきだろうと彼女は結論づけた。
「はい。城壁より警備を行っていたところ、突然視界が歪みました。
気付くと、ネコさま大王国の城が見知らぬ土地に転移していました。
犯人は見逃したようです。申し訳ございません!」
シノブは大げさに頭を下げ報告を行う。
失態を悔いるように小さく震えている。
もっとも、ミネルバは報告の内容に動揺し、そのようなことは気が付かない。
そしてその動揺が、またも抑えられる。
ミネルバが知る限り、プレイヤーがギルドホームを転移させる能力はない。
ワールドアイテムならそれも可能かもしれないが、ランキングトップのトリニティや、ワールドアイテム所持数トップのアインズ・ウール・ゴウンならわかる。
しかし、ワールドアイテムどころか、神話級アイテムもロクにない、ランキング下位のネコさま大王国を狙う理由がわからない。
「……いわゆる異世界転生もの?」
ネコさま大王国の城ごと、見知らぬ土地に移動した。
ミネルバはとりあえずそう仮定した。
「いや、シノブのせいじゃないと思う。
私の知る限り、プレイヤーに起こせるような現象じゃない。
それより、今、周りはどんな土地になってる?」
「周囲一帯、草原です。
城壁から少し離れた位置に道が見えます」
「道というのは舗装された?」
「いえ、地面がむき出しになっており、わだちができていることからそう判断しました」
「そう………」
道があるなら、仮定異世界人との接触は避けられない。
幻術をかけるにしても、費用が高くつく……。
そもそもギルドの宝物庫もこっちに来てるのかな?
ああ、能力やアイテムが使えるかどうかも確かめないと……。
とにかく、いろいろ確認すべきか。
ミネルバにいろんな考えが浮かぶ。
「転移により1階に異常が出ていないか、ヒメに確認するように伝えてくれるかな?
シノブは庭の状況確認をお願い」
ユグドラシルでは、NPCやテイムモンスターの満腹値を宝物庫の金貨を消費して、自動で回復するオプションを使っていた。
AIに食料のある場所に移動して食事するというのを設定するのが面倒なギルド向けに、オプションを使えば、それらをやったことにしてくれるという設定だ。
お腹が減れば謎の魔法効果で金貨を消費して満腹になる、という可能性は低いだろう。
食料生成機能をもったダグザの大釜や、水確保のエンドレスウォーター系のアイテムが生きてるかどうかは、ネコたちにとって死活問題で可能性がある。
意味がないと言いつつ、設定魔のギルドメンバーとともに設置してよかった。
ミネルバはかつてのギルドメンバーに感謝をささげる。
「かしこまりました。2階、3階は如何いたしましょう?」
「2階は私が軽く確認してくる。3階のハカセには私が連絡する」
2階は、ギルド費用軽減のためギミックをすべてオフにしている。
今現在はただの通り抜けフロアだ。軽い確認で今はいいだろう。
「1時にネコカフェで管理担当のシノブ、ヒメ、ハカセと私で情報共有を行いたい。
その旨も伝えておいて」
「かしこまりました」
「それと、城の周囲の警戒体制を整えて。
もし、誰かが近づいて来たら、連絡をお願い。
こちらに攻撃的な場合でも、可能なら、できるだけ怪我させず気絶させるのが理想」
夜中だし、そうそう人は通らないとは思うが、できるだけ外の情報が必要だ。
Lv100のニンジャとはいえ、外の戦力がわからない以上、無理はさせられない。
「はい。誠心誠意努め上げます」
「こんなところかな。緊急事態で情報がつかめていない。
慎重にお願い」
「あの……」
シノブはミネルバの涙の跡を見つつ、言いにくそうに言葉を詰まらせた。
ミネルバがそれに気が付いた様子はない。
「どうかした?」
「いえ、ミネルバ様もどうぞお気をつけて」
「わかった」
ミネルバは2階に向かいながら考える。
現実に戻りたいか?
戻りたくない。あんなロクでもない現実に戻ってどうするのか。
友達もロクにいない。
外を歩くのに、人工心肺が必要な劣悪な環境。
趣味といえば、ゲームか100年以上前の動物の映像を見るくらい。
愛するネコ達と過ごせるこの世界のほうが、よほど素晴らしく見える。
ずっと、この城でネコと暮らしたい。
ミネルバは強く、そう思うのであった。