「失敗した……」
フォーサイトというワーカーチームからの聞き込みが終わった後、ネコカフェでミネルバが机に突っ伏していた。
彼女の精神は安定化はしたものの、真綿で締め付けられているような不快感は残っている。
「しかたありませんわ。
ストーンシークレットハウスに驚かれるほど、マジックアイテムに差があるなどわかりませんでしたし、
知らないものは警戒できませんわ」
ヒメが慰めるも、ミネルバの様子は変わらない。
「マジックアイテムのほうはともかく情報漏れ対策は行うべきだった」
《
アルシェの
あるいは、探知妨害系の装備でもよかっただろう。
対人戦経験は基本、全力で逃げた記憶しかない。
この手の魔法をロクに使った経験がないのが、響いている。
「幸い、彼らは他人に話すことはないはずです。
私が見送りの際、念押しして反応を伺いましたがアルシェが嘘を吐いたような反応はありませんでした」
シノブは嘘看破の
一部クエストでしか使えない
「そ、そうです。問題にはなりませんよ」
ハカセも励ましの言葉を続けた。
「それに、周囲の戦力がかなり弱いというのも助かりますね。
たった第3位階を使えるだけで優秀な
武技や未知の魔法への警戒は必要ですが、少なくともこの城を脅かせる戦力はなさそうです」
「プレイヤーのような存在が他にいる可能性が高いのが問題」
顔を上げたミネルバが言う。
「口だけの賢者」などの過去にプレイヤーらしき存在が確認されている。
この時代に転移したのはネコさま大王国だけかというと、そう断言できる理由はない。
「他のプレイヤーに喧嘩を売るような行為は慎まなくてはならない。
ただ、情報が圧倒的に足りない」
ユグドラシルなら、外部からの援軍を期待できたがこちらでは無理だろう。
どんな行動が他のプレイヤーの反感を買うかわからない。
できるだけ、慎重に事を運ぶ必要がある。
「バハルス帝国と協力関係を築きたいですわね。
国ともなれば情報量が段違いでしょうし」
「そ、そうですね。一番近い都市が、て、帝都です。
帝国以外との協力関係を結ぶには、ば、場所が悪いです」
ヒメとハカセが帝国を後ろ盾にすることを提案する。
ハカセの魔法による探索と、フォーサイトの話から、ネコさま大王国は帝都のそばにある街道に転移したことが判明した。
ミネルバの魔法の力は隠すように伝えたが、城が現れたこと自体は道のそばにあるので隠しようがないため、口止めしなかった。
近いうちに、帝国関係者がこの城を訪ねてくるだろう。
「ネコさま大王国は人間以外の種族ばかり。
嫌な目で見られることが多いらしいのが気になる」
「生活ができないというほどでもないようですので、そのあたりは妥協するしかないですね。
この城を捨てるのは最後の手段にしたいです」
「そのあたりは窮屈な思いさせそうでごめん」
「とんでもないですわ」
ヒメが大声で言い、他二人も同意する。
「それじゃ、帝国との協力関係……どうやって結ぶ?
ジルなんとかって皇帝が、ネコ好きなら結べそうだけど……」
「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、ですね。
手っ取り早いのは力を見せることですね。
フールーダ・パラダインの第6位階が帝国最強なら、第7位階の魔法を見せれば十分でしょう。
あるいは、私がニンジャとして力を見せるのもありでしょう」
名前を補足しつつ、シノブが答える。
「けど、毎年、王国に戦争吹っかけてるのが気になる。
人を襲うモンスターならともかく、人相手に魔法ぶっ放せと言われても気が重い。
王国に、プレイヤーが手を貸した場合も困るし」
ミネルバは、自分は小市民な人間であると思っている。
ゲームならともかく、人殺せと言われて普通に魔法を使えるかと言われても自信がない。
「では、戦争には参加させないことの代わりに帝国魔法省に顔を出すことという条件としますか?
この場合、先の案より帝国に手の内を晒す必要がありますが」
「……魔法は感覚的に使ってるから、理論とか説明できない」
難しい理屈とか聞かれても答えられない自信が、ミネルバにはあった。
「モンスター退治のみに手を貸すという条件で、協力関係を結ぶのは如何でしょうか?」
ミネルバにとっては妥協できる範囲だ。
「できそう?」
「相手の価値観がわかりませんから絶対とは言えませんが、交渉次第では可能だと思いますわ。
最強の看板は手元に置いておきたいでしょうから」
「駆け引きとか苦手なんだけどな……しょうがないか」
ミネルバが無表情ながら、溜息を吐く。
上役の指示のもと、機械的に仕事をこなしてきただけのミネルバには、交渉などという経験はロクにない。
「交渉に帝都に向かう際は、私も同行いたしましょうか?
交渉事は得意となるように創造されておりますから」
ヒメがそう提案する。
「城の守りが弱まるのが気になる。
シノブかヒメのどちらかは城にいてほしい」
「私が同行しないというのは、看破系のスキルがなくなるということです。
問題になるかと思います」
シノブがネコ耳と尻尾をバタバタと必死に動かしながら反論する。
「誰を連れていくかはちょっと考えさせて。
それと、念のため、あと2、3組に話を聞きたい。
お土産用のお菓子と茶葉の在庫は大丈夫?」
「商人などであれば、また違った視点からの話が聞けるかもしれませんね。
在庫については問題ありませんわ」
「ひとまず、話すべきことはこんなところ?」
ミネルバが皆に問うと、同意の意志を示した。
「今回の会議はここまで。みんな、お疲れ様。
休憩してから持ち場に戻って」
◆◆◆
帝都アーウィンタールの帝城の皇帝執務室。
机の上には大量の書類が置かれていた。
鮮血帝とも呼ばれるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスには、短期間に大きな改革を進めた結果、多くの仕事が発生していた。
しかし、彼にとって無視できない事態が発生したため、仕事を中断し信頼できる者たちと相談することになった。
「忙しいところ悪かったな、じい」
「いえ、幸いキリの良いところでしたので。
それに忙しいとはいえ、陛下ほどではありませんよ」
帝国魔法省最高責任者、フールーダ・パラダインは白いひげをしごきながらそう返す。
「ははは、実はな、じいの興味を引きそうな報告が上がってきてな」
眉目秀麗な皇帝はそう切り出した。
「今から数日前に、帝都南西の街道沿いに突如、城が現れたそうだ」
「城……ですか、短期間の間に何者かが建築したのですか?」
「その城の主、ミネルバが言うには遠国から突如転移してきたらしい。
原因はわからない、だそうだ」
フールーダの目が細められる。
「ほほう。城ごとの転移ですか。
しかし、それはどんな大儀式を行えば転移可能か、想像もつきませんな。
通常、転移といえば術者本人が……」
熱く語り出すフールーダをジルクニフが止める。
「すまん、じい。魔法の講義はなしにしてくれ。
少なくとも、今のじいには無理であるということでいいんだな」
「はい」
憮然とした表情でフールーダが答えた。
「他の国の連中に可能なことか?」
「法国がかろうじて可能性がある、といったところですな。
かの国には、貴重なマジックアイテムが保管されているとのことです。
あるいは、可能になるアイテムもあるやもしれません」
「法国か、しかし、法国なら理由がわからんな。
砦を転移させ短期決戦で帝国を併合しようとするなり、神が城を建てたなどと言って帝国内で地位の弱い教会をバックアップするならわかるが、現状はそういう動きはない」
「陽動のため、幻を見せているという線はいかがでしょうか?
王国内の高位の者なら、可能にはなるレベルかと」
そばにいる弟子が意見の口にする。
「とはいえだな、その城を見たというものは何組もいるのだよ。
第3位階を使えるワーカーがその線を疑ったが魔法はかかっていないと判断したらしい。
しかも、奴らが会談に使っている家は、見た目よりずっと広いそうだ。
奴らがいうには、空間を拡張しているだそうだ」
「ほほう。それは非常に興味深いですな。
一体、どのような理論から成り立っているのか。
そもそも……、いえ、失礼しました」
フールーダが興奮し語りだしそうとするが、ジルクニフの視線に気づき頭を下げた。
「じいとしては、興奮する事柄だろうな。
遺跡からの発掘品か、城の者が作ったものなのか……。
後者であれば、是非ともその方法を知りたいものだ。
空間拡張とやらで狭い空間に大量の物資を詰め込めるなら、軍事的にも、商業的にも、影響は大きい」
「現状、情報が少ない。
奴らは、周囲の情報を集めつつ、静かに暮らしたい程度しか言ってないらしい。
あとは、話の対価として、紅茶の茶葉や菓子を渡しているらしい」
ジルクニフはうっすらと笑った。
「どうした、ジルよ?」
「いや、その土産の感想だがな、なかなか美味そうなんだよ、じい。
菓子は道中に食べて残っていなかったが、今まで食べたことのないようなうまさで、全身から力が溢れるようだ、と評したやつもいたな。
それで、茶葉のほうは残ってた分を買い取ったんだ。
調べさせたが、特に毒や妙な効果は確認されなかった。
産地を知りたくて、紅茶の銘柄に詳しいヤツに飲ませたんだが、今までの紅茶の中で一番美味い紅茶だどこの産地か教えてくれ、ときた」
「ほう、それは是非とも味わってみたいな」
「やつらの城の庭で栽培してるらしいが、是非、栽培法を教えてほしいものだ」
ジルクニフは皮肉げに唇をゆがめた。
国境を飛び越え、突如、帝都の傍に城を建てた、あるいは転移した力をもった連中である。
突如、首元にナイフを突きつけられたに等しい。
そんな連中が配る食料がこのあたりのものより、よっぽど美味しいときた。
様々な力を誇示するかのような連中だ。
力を見せ、帝国からの離反者を出し、帝国を揺るがすのが目的かもしれないが、それにしても回りくどい。
本当に原因不明の転移に巻き込まれただけで、静かに暮らしたいだけというのが理想だ。
それならば、簡単に帝国に組み入れることが可能だろう。
もっとも、そんな理想はあり得ないと、ジルクニフは思っているが。
「適当な貴族が独断で欲をかいたという構図で相手の出方を確かめたいのだがな、どう思う、じい」
「原因不明の転移が秘密を隠すための嘘だとしたら、帝城の上空にかの城と同サイズの大岩を転移させることも可能かもしれませんな」
文官が惨状を想像してか、身震いする。
「仮定の話とはいえ、ほとんどの国を封殺できるんじゃないか?
是非とも、その力、手に入れたいものだ」
皇帝は楽しそうに、笑みを強めながら言った。
「空間と転移は密接な関係があります。
かの異常に広い部屋が真実なら、転移に長けている可能性も高いですな。
話を聞くかぎり、いきなり帝城に攻撃を仕掛けてくることはなさそうですが、下手に刺激するのは止めておいたほうがいいかと」
「貴族をけしかけるのは止めておくか」
フールーダが鷹揚に頷く。
「そうはいっても、誰かが調べねばならん。
奴らに帝都に挨拶に来いというより、かの家を直接観察したほうがメリットは大きい。
高度な魔法を有している可能性を考えると、じいに頼むしかない。
年だし、もう少し仕事を減らしたいのだがな。すまん、じい」
「優しいお心づかいに感謝いたします。陛下。
しかし、お気にされずにお命じください。
帝国のため全力を尽くします」
皇帝はフールーダにとって、我が子も同然。
帝国にさらなる繁栄ももたらすため、また、空間拡張という知識を得て魔法の深淵に近づくため、フールーダは全力を尽くすことを誓った。
・《
相手がMPを調べようとした場合、嘘の情報を表示させる。
原作で出た《