今、私はとある家の前に来ています。そして、この家の前で顔を赤くしながらウロウロする事、およそ30分。鍵は持ってるから、入れないわけじゃない。ただ……、
「恥ずかしい……////」
それもそのはず。この家は倉橋が現在進行形で恋をしている人の家。その彼が風邪をひき、その看病を引き受けたのだ。
「頑張れ陽菜乃。もっと深い仲になれば、家に行くなんて……ふ、普通なんだから……////」
自分を鼓舞するはずが、更に緊張させてしまう倉橋。意識しないようにしようとすればするほど、余計に意識してしまう。そんな事をしていたせいで、30分も経ってしまっていたのだ。
ガタンッゴンッガタガタドン
家の中から謎の音が聞こえて来た。少なくとも、病人が寝ているはずの家からは聞こえて来ない音だ。
倉橋は急いでドアに鍵を入れ、開ける。ドアが壊れてもおかしくないぐらいの勢いで開け、中に飛び込む。
「零士君!」
心配そうな声で叫ぶ倉橋。しかし、そこで倉橋が目にしたものは……、
「な、何やってるの……零士君」
右手に愛用しているダガー、左手に初めてみる短剣を持ち、階段の下で尻餅をついている零士だった。
「えっと……よ、よぉ、陽菜乃。ど、どうかした?」
心配して損した。おそらく、私が今見ているのは、上の階で訓練をしていて、何かが起き、転げ落ちて来た零士君。
「零士君の……バカアァァァッ!」
私は普段は出さないような大声で零士君を怒った後、リビングにあったダイニングテーブルに向かい合わせに座った。もちろん、何をしていたのか問い詰めるためだ。
「零士君、熱出したんだよね。何で訓練してたの?」
「ね、熱が下がったんだよ。つぅか、元気じゃねぇと、武器なんか振れないだろ。元気に決まってんだろ。気にすんなよ」
ピピッ
体温計特有の電子音が鳴る。私は零士君の脇から体温計を取る。そして、その値を見せつける。
「41.4。優希君から、朝は39.6だって聞いたんだけどなぁ」
「……分かったよ。大人しく寝るよ」
「よしっ、じゃあ行こうか」
私は零士君を支えながら2階の部屋まで連れて行く。ベッドに寝かせて、布団をかける。そして、私は椅子に座る。
「……なぁ、陽菜乃。何でここにいるの?」
「何でって……零士君の看病をするためだよ」
「じゃあ、大丈夫だ。もう帰っていい」
「ダ~メ。見てないと零士君、すぐ武器持つから」
零士は図星だったようで“ゔっ”と言い、顔を背けた。
「それならここじゃなくてもいいだろ。優希に頼まれただけだろ。そこまでしなくていい」
その後も零士君は私を追い出そうとする。その度に反論するが、遂に負けてしまった。私は仕方なく、下へ降りる。
「やっぱり私、邪魔なのかな……」
倉橋の不安はどんどん高まっていく。零士は“邪魔”や“迷惑”なんていう言葉は使わなかった。それでも、頑なにあの部屋に残る事を阻止しようとした。
「一方通行って辛いな…………」
自分がどんなに想っていても、それは相手に伝わらない。せめて、気づいてくれてフラれた方がずっと楽かもしれない。
「もっと大胆にせめたほう攻めた方が……。でも、あんまりやるとあざとくなっちゃうんじゃ……」
ドンドンッ
再び物音がする。もちろん上から聞こえて来た。
「またやってるの? しょうがないなぁ」
私は零士君を注意するため、2階に上がる。そして、部屋に入って声を出そうとした。ベッドにはちゃんといたが布団を頭から被っていた。
「……はぁはぁ。……ッ! ……はぁはぁ」
そこには、予想に反して、かなり苦しそうな零士君。怒ろうとしていた頭を切り替えて、側に座る。
「大丈夫、零士君!」
「……はぁはぁ。……ッ! ひ…な……の? はぁはぁ……」
「ちょっと待ってて! 今冷えピタとか、氷枕持って来るから!」
私は急いで下に戻り、鞄を取ってくる。そこには、目当ての物も入っており、慌てながらも用意する。
「はい、冷えピタだよ。多分……少しは楽になるよ」
「……ありがと。……はぁはぁ」
冷えピタを貼り、その後、氷枕まで準備したが、あまり効果があるようには見えない。
「……零士君…………」
どうすればいいの? どうすれば、零士君は楽になってくれるの?
そう思いながら考えていると、1つの考えが浮かんだ。少し恥ずかしいけど、これしかない。
「ッ! お、おい、陽菜乃? 何やってんだ? 流石に恥ずいんだけど」
「こうすれば、少しは落ち着くでしょ」
零士君の頭を撫でていた。耳の辺りが熱くなってる感じがするが、今は気にしない。やっていると、零士君も少し落ち着いてきた。
「……なぁ、陽菜乃。落ち着いたからさ、あの……そろそろやめてくれない?」
「ダメ。零士君に拒否権はないよ。私がやりたいからやるの」
「撫でるのはやめてくれよ。俺は……手とか……握ってくれた方が落ち着く……かな////?」
それを聞くと、一気に顔が赤くなった気がした。……手を握る…………。は、恥ずかしい////。
「う、うん。じゃあ……それでもいいよ////」
2人共、しばらく無言だった。お互いに恥ずかしさで何も話せていなかった。まぁ、倉橋はその原因を分かっていても、零士はなぜかよく分かっていなかった。
「陽菜乃」
「ど、どうしたの、零士君」
「やっぱ、手を離してくんない? だってさ、俺の手、冷たいだろ。それに、この手は多くの命を奪った手だし……」
少し、暗い顔になる。最近、零士君は殺し屋としての自分を汚れた存在みたいに扱う。私たちに過去を話した事によって、罪悪感みたいなのが出て来たのかな。でも……、
「離さないよ。零士君の手なら、別に握ってもいい」
励ますために言ったため、その意味を考えてなかった。言ったらすぐ、顔が赤くなった。
「そ、それって……どういう……」
「べ、別に大した意味はないよ! ただ、“手が冷たい人は心が暖かい”ってよく言うから。やっぱり、零士君は優しいんだよ」
それを聞いた零士君は私の方と反対の方を向いてしまった。零士君も、私の事を意識してくれてるといいんだけど……。照れてるだけだと信じたいけど……、嫌われたりしてない、よね。
それから零士君は大分落ち着き、今はスヤスヤと寝ている。私は、その姿を見ながら、終始、顔がニヤけっぱなしだ。
「どうして、こんなにカワイイんだろ」
零士君の寝ている姿はホントにカワイイ。今も“すぅ……すぅ……”と寝息を立てて、気持ち良さそうに寝ている。普段はクールで偶にキザで、トゲトゲしてるのに、目の前の零士君にその面影はない。
「猫みたいだね、ホントに。こんな顔も出来るんだ。やっぱ、零士君も同じ中学3年生なんだね」
いつもは、殺し屋として経験を積んで来た彼に隙は少ない。ターゲットを前にすれば、ライオンや虎みたいに、いつ襲いかかってもおかしくない雰囲気を纏う。だけど、寝ている零士君は、年相応の表情だ。寧ろ、年より少し幼くも見える。
「……んっ…………。どうした、陽菜乃」
「ご、ゴメン。起こしちゃった?」
「別に。あ、それとさ、手、ありがとな。おかげで安心出来た。もういいよ、離しても」
私は首を横に振る。零士君は少しだけ、びっくりしたような表情になる。
「私が、やりたくてしてた事だから。それに、私にはこれぐらいしか、出来ないから」
私は、零士君の悩みを一緒に背負えるほど、強くない。零士君の強さには、程遠い。だから、こうやって、暖かくしてあげる事しか出来ない。
「じゃあ、もう少しお願いしようかな。でも、ホントにありがとう。久々に他人の温もりを感じたよ。誰かと触れ合って寝たのは、いつ以来だったかな」
「メアリちゃんとじゃないの? イチャイチャしてたんでしょ、毎晩」
少し拗ねてみせる。本心ではあるし、羨ましい。そんな様子が少しでも伝わって欲しい。
「嫌、もっと前だな。メアリとは、キスはしても、一緒には寝てない。こうやって寝たのは、親に虐待される前か……。10年は軽く超えてるよ」
じゃあ、私が初めてなんだ。少し、嬉しいな。
「もう少し寝る?」
「熱測って、それ次第にするよ。下がってたら、起きてもいいだろ」
「うん」
体温計を手探りで探し、渡す。零士君は黙って受け取り、脇の下に挟む。そしてこの間、私と零士君は手を繋いだままだ。
ピピッ
「何℃?」
「37.6。まだ少しあるけど、いいよな」
「武器を持たないならね」
「持たねぇよ。もう怒られるのは御免だ」
私は、零士君の体を支えながら階段を降りる。零士君は“1人で降りれる”って言ったけど、心配だから支えている。リビングに着くと、零士君をダイニングテーブルの椅子に座らせる。時計を見ると、もう6時。来たのが2時だから、もう4時間も経っている。
「零士君、お腹空かない? 何か作ってあげようか?」
「……じゃあ、お願いするよ」
「何がいい?」
「それじゃあ、消化に良い物でも作ってくれない? 朝、いつも通り食べたら流石に吐いたからさ」
私はとりあえず冷蔵庫の中を見る。真面目な優希君はちゃんと色々入っている。無駄がなく、必要な物は充分揃っている。
「じゃあ……うどんとかでいい? 冷蔵庫の物、勝手に使って大丈夫?」
「ああ、いいよ。また、陽菜乃が作ったやつが食べれんのか。楽しみだな。動物園の時の話美味かったからなぁ。楽しみにしてるぜ」
私にプレッシャーがかかる。大丈夫。あの時はお母さんに手伝ってもらったけど、大体は自分で出来たもん。今回もきっと大丈夫。
「はい、零士君。見た目は……うん。微妙だけど、味は……大丈夫…………のはず」
出来上がったのは、美味しそうに見ようと思えば見える物。味見もしたし、大丈夫。
「いただきます」
零士君はそう言うと、箸を持ち、麺を掴み、口の側に持っていく。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ」
出来たてのためうどんは熱いはずだ。少し冷ましてから食べている。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ」
私はそんな零士君をニコニコしながら見ている。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ふぅ」
まだやってる。いつまでやるんだろう?
「……零士君…………もしかして……」
「ま、まさか。こんなの楽勝だよ。いただきます! 熱っ!」
「はい、水だよ。もう、零士君は……」
零士君は猫舌らしい。ホントにカワイイ。
「何だよ。悪いかよ、猫舌で」
「ううん。カワイイなぁ、って。そういえば、寝顔も可愛かったよ」
「うっせぇ、忘れろ!」
「忘れないよ~」
顔が真っ赤な零士君。カワイイなぁ~。もうちょっと弄ってみようかな。
「そう考えると、やっぱり零士君って、黒猫みたいだね~」
「またそれかよ。つぅか、黒猫って何か不吉な感じだろ。まぁ、殺し屋の俺が言えた事じゃねぇけど」
「違う違う。黒猫は不吉なんかじゃないよ。小説とかだと、そういうイメージ強いけど、ホントは逆なんだよ」
「そうなのか?」
「うん。黒猫はホントは甘えん坊さんで、人懐っこいんだよ。猫は孤独が好きな子が多いけど、黒猫はそうでもないんだ。ね、零士君にそっくりでしょ」
「……別に。俺はそんなんでもねぇだろ」
「まぁまぁ。そうだ、うどん、私が食べさせてあげるよ!」
ここは大胆に行こう。ビッチ先生も言ってたもん。『奥手な人にはコッチから攻めないと』って。
「いや、いいって! それぐらい自分で……」
「はい。あ~ん」
箸でうどんの端を持って、零士君の前まで持っていく。今は、恥ずかしいなんて言ってられない。ここは攻める所。
「自分で食える。だから箸返せ」
「ダーメ。私が食べさせるの。はい、あ~ん」
零士君に徐々に箸を近づける。そこまでやると、流石に零士君も観念したようで、
「あ、あーん」
「美味しい?」
「あ、ああ、美味しい」
「よかった!」
零士君のその素っ気なく、だがらこそストレートな言葉に思わず笑みが溢れる。せっかくだからもう一度。
「もうやらせねぇよ。何度もやらせてたまるか」
「もー、いいじゃん!」
「じゃあ、俺が食べさせてやるよ。何か、やられっぱなしは気に食わねぇからな」
……どういう事?
「ほら。あーん」
「~~ッ////! れ、零士君! いきなり……////」
「人にやらせといて、自分はやらないのな」
「わ、分かったよ。や、やる///」
「はいよ。あーん」
「あ……あーん////」
食べた後、私は俯いて顔を上げられなくなってしまった。恥ずかしい要素が多過ぎるのだ。“あーん”してもらい、間接キスで、零士君が私の反応を楽しむ様にコッチを見てる。顔はしばらく上げられそうにない。
「いつまで下見てんだよ。食器、片付けとくぞ」
「えっ……う、うん。分かった」
食べるの早いなぁ。
その後、私が零士君に宿題を教えてもらったり、2人共苦手な数学を一緒にやったりした。ってあれ? 私……教えてもらってばっかり。
そして、時間も19:30。そろそろ帰らないと。
「ゴメンね、零士君。私、そろそろ帰らないと……」
「いや。むしろ悪かったな、こんな遅くまで」
「ううん。私も楽しかったよ」
「送るよ。もう暗いしさ」
「大丈夫。零士君、風邪ひいてたんだから」
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」
そこで、私は1つ疑問が残っていた。ここで帰ると聞く機会はないし、聞こう。
「そういえば零士君。優希君がこの時期に風邪を引くのはいつもの事だ、って言ってたけど、どう言う意味?」
「ん? 大した事じゃねぇよ。ただ、副作用だよ、実験の。薬とか色々やられたからな。後は、“オーバーロード”の使い過ぎもだけどな」
「そっか。なんかごめんね」
「いいって。知っててくれる人がいるのは、結構気が楽になるから」
そして、今度こそ家を出た。私は、玄関で見送る零士君にもう一度手を振って、帰路に着いた。明日から、また忙しくなるな~。でも、すごく楽しみ。
この2人、くっつきそうでくっつかない。初々しいけど、イライラする。そう思って頂けると幸いです。
今週いっぱいまで、テストがあり、少し更新が遅れています。元の頻度までは辛いですが週2回ぐらいはやりたいな。