深夜。空は雲で覆われていて辺り一面真っ暗だった。
小川が作った夕飯を食べ終えて俺―――日向灯郞は幸真たちと同じように戦闘服である黒コートを羽織る。今は部屋だがすぐ外に出るためフードも被っておく。
これからやるのは周辺調査……という名のパトロール。あれ、それともパトロールという名の周辺調査か? どっちが正しいのかいまいち理解できねぇが、とにかく四人で近所の調査をする。幸真はそういっていた。
「さてと―――巳姫、ちゃんと歯を磨いてから寝ろよ」
「わかってる」
幸真は巳姫ちゃんの頭を撫でると、先頭切って玄関を出た。
後ろで「いってらっしゃい」と巳姫ちゃんが見送ってくれる中、俺たち三人も幸真に続いて家を出る。
そのまま幸真を追うようにして俺たちは屋根へ屋根へと跳び移って移動していく。
幸真の家からある程度離れると、
「さてと、全員の配置について話す」
フードで見えないが真剣そうな雰囲気を出してくる我らが
「俺とゴーキは教会へ直接向かう。小川と灯郞はそこから半径3キロ以内を捜索だ。ただし小川が二割を担当して残り八割は灯郞がやれ」
……………は?
一瞬自分の耳を疑い確認しようとするが、幸真が話を続けてくる。
「ゴーキとは目的地近くで詳細を話す。小川と灯郞については後に報告をしてもらう。以上だ」
「ちょっと待て。なんで俺がそんな広いんだよ?」
俺の方が多いのはドジ踏みやすい小川がいるからわかる。
けど、なぜそこまで差が有るのかまでは納得できなかった。
「本当ならゴーキとお前の役割は逆だったんだが、お前は堕天使嫌いを克服できていないからな。侵入なんかのスパイ活動が上手くても、それじゃあ支障が出るだろ。その代わりとしてキッチリ働いてもらうだけだ。実際、今夜だけでギリギリ終われるぐらいの量だろ?」
「うぐ……」
そう言われると反論できない。
確かに堕天使のことは嫌いだ。特に女の堕天使は。
漫画とかでもよくあるけど女って本当に怖わい……。
それに―――いや、思い出したくない。
「そういうことだ。じゃあ二人とも連絡を忘れるなよ。行くぞ、ゴーキ」
「うむ」
幸真はゴーキと共に目的地―――教会のある方角へ駆けだした。にしても―――
「はぁ~、メンドくせぇ」
「と、とにかく頑張りましょ」
小川に励ましてもらいつつ、俺たちも行動に出た。
………堕天使が出るってことはないよな?
◇ ◇ ◇
「ふぃ~。コーラ最高ぉ~」
調査開始から一時間ぐらい経ち、今は通りかかった自販機の前で休憩中。異常がないのはいいことだが、やっぱり半径三キロは八割でも広くて面倒。あとで愚痴ろうとも思ったが、「いい修行になっただろ?」とか返ってきそうだ。
小川も終わった連絡が来ないから、ドジって調査が遅れてるんだと思う。そうなると、俺がサボったりするわけにはいかない………はぁ。
飲み終えた缶を捨てて屋根に飛び移る。残りは全体の二割ぐらいだから……十分ぐらいで終わるだろ。
「うし、もうひと頑張―――り?」
不意に妙な空気を感じた。
それも足下―――――今現在、乗っかっている一軒家から漏れくるように。
「………ここに来て異常発生かぁ~?」
そうとなれば―――ケータイを取り出して幸真へ発信する。
だが返ってきたのはツー、ツー、という通話の切れる音。確認してみるとケータイのアンテナが圏外を表示していた。
「………結界。かねぇ?」
少し考えて、似たような事例を思い出すと、そういう結論に至る。念のため『狭間の回廊』を開けるか確認するが………何も起こらない。
連絡、移動が不可能な状態…………そうなると、
「調べるっきゃねーか」
面倒だが庭の方へ降りて、窓から家の中を覗こうとする。だが、どこを見てもカーテンが閉まっていて様子も何もわからない。
軽く揺さぶってみたが全て閉まっている。
「どうすっかねえ……」
頭をかきむしりながら呟く。結界の解除など専門外だからマジで困るが、だからと言って無理に壁を壊して大事になっても、良い選択とは言えないだろう。寧ろ幸真に怒られそうだ。
どうにか中に入る方法がないか、もう一度窓を模索してみる。
………結局さっきと同じで全部閉まっている。
だったら、と次に向かったのは玄関。正面突破になるが、静かに入れるとしたらもう此処しかない。
取っ手を握り、戸の影に隠れるようにして開ける。
刹那―――
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「あん?」
家の中から悲鳴が聞こえた。声からして女……それも少女と呼べるくらいだろう。
それでも焦らず、慎重に、開いた玄関から中を覗き込む。
電気がついていないから真っ暗だが、一番奥のドアから小さな明かりが漏れている。
たぶん悲鳴の原因はあの部屋からだろう。バレないよう静かに、しかし素早く、部屋の入口へと移動する。
足下に水溜まりらしきものを感じるが、それを無視して中がギリギリ覗けるくらいの位置に身を潜める。
「ぉぃぉぃ………」
部屋の中では神父らしき格好の白髪少年、シスターらしき格好の金髪少女、そして―――――夕方に話した悪魔の一人、兵藤一誠がそこにいた。
白髪の少年は両手に刀身が光っている剣と銃をそれぞれ握っている。そして兵藤が膝をついて痛がっている様子からして、少しだけ戦い、返り討ちになったと考えられる。
最後に、二人の間には金髪のシスターが兵藤を庇うようにして立っているが、そこが一番不可解だ。神父が攻撃したという事は、悪魔であるからという理由が大きいだろう。
それはシスターである彼女もわかっていて、兵藤を敵と判断しなければならないということになる。だというのに、攻撃どころか、かばうという行為は、あまりにもおかしい。
「……フリード神父、お願いです。この方を見逃してください」
金髪シスターが必死な表情で神父―――フリードに乞う。
それだけ助けたい相手と思っているのがわかり、知り合いという拍車がかかる。
「あ? あ? え、何いっちゃってんのアーシアたん。頭に蛆でも湧いたの? 俺らの仕事は悪魔に魅入られたクソ人間と、そこにいるクソ悪魔とかをお掃除するんだよ? そんでもって……悪魔は悪! コレ鉄則なんだよぉ! だ~か~ら~、そこどいてちょ~ぉ
「悪魔にだって、いい人はいます!!」
「はぁ~………いるわけねぇっつってんだろ、このクソアマぁぁぁぁ!!」
「キャッ!」
しかし彼女―――アーシアの願いは通らず、溜息したフリードが彼女を一蹴する。
「アーシア!」
兵藤が殴り飛ばされたアーシアに駆け寄る。
だがここからだと怪我の様子はよく見えない。
「あ~もう、マジでムカついたんすけど~。
堕天使に殺さないよう言われている? あの女の子を……殺されたら困るのか?
そんな考えがよぎる中、フリードが兵藤へ光る刃を向けて寄っていく。足に怪我している兵藤に勝ち目があるとは到底思えない。逃げるという意味でもだ。
だが兵藤は先ほどアーシアにされたように彼女の前に立ち、戦う構えをしていた。
「庇ってくれた女の子を見捨てて、逃げらんねぇよな。おし、こいやぁ!」
………ほぅ。
思わず関心してしまう。普通なら逃げ腰でそんなことまで考えられないだろう。現に俺も初めて殺されそうになったときはそうだった。
策がある様にも見えない。聞いてるだけだとバカらしくも思えるが、顔を見れば本気で……ただ女子を守ろうとしてるだけだ。
「………しゃあねえ、いっちょ
俺は頭をかきむしると、その場から跳びだしていった。
◇ ◇ ◇
俺―――兵藤一誠は今、何が起きたのか判らなかった。
アーシアの―――女の子の前で格好悪い所は見せられねぇ。そう思ったら神父が飛び出し、光の刀身を俺へ振り下ろそうとした。
思わず目を瞑って死ぬ覚悟をしたが、俺を襲ったのは―――
ギィィン!
金属音だった。
「ああん!? なんなんですかい!?」
「真打ち登場。ってか?」
神父が不愉快そうに叫ぶと、聞いたことがない声が耳に入る。
恐る恐る目を開けてみると………俺は驚愕した。
それは昨日の夜、はぐれ悪魔を倒した奴と同じ格好の人物―――黒尽くめが、手裏剣のようなもので光の剣を受け止めていたからだ。
助けてくれた…………のか?
「お、お前、昨日の」
「話しは後にしてくれよ。とりあえずこいつ片付けるから―――よっと!」
黒尽くめが手裏剣で神父をなぎ払うと、神父は飛び退いてこっちを―――正確には黒尽くめの方を睨みつけてくる。
「誰だテメェ!」
「誰って、う~ん……………抜け殻?」
「意味わかんねぇ! つーか何俺様の仕事の邪魔してくれてんの?」
「……気まぐれ?」
さ、さっきから首を傾げながら答える黒尽くめ。
なんか服装とのイメージが合わねぇ!
でも神父みたいな嫌な雰囲気は感じないし、気まぐれで助けるって……。
「よーしもういい。もう決めた。そこのクソ悪魔くんよりもまずは………お前から殺してやろうじゃねぇかぁぁぁああああッ!!」
神父が更に眼つき悪くして今度は黒尽くめに斬り込んできた!
ガキン、と金属音がまた鳴り響く。黒尽くめは片手の手裏剣でその一撃を受け止めていた。
「まあ、かるーく相手してやろうか」
「チョーシ乗ってんじゃねぇ!」
塞がれながらも片手に銃を構えてくる神父。
でも黒尽くめも銃を出された瞬間に、塞がれた方とは違う手に持つ同じ手裏剣で銃を弾いた!
「俺のは飛び道具としても使えるけどよ、いくらなんでも
「こんにゃろ!!」
憤怒に染まった表情で、懐からもう一本光の剣を出す神父。
そして二刀ずつ持つ二人の打ち合いが始まった。
ガギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ―――――!!
お互いの得物がいくつもの軌跡を作り、交差する。
でも、全然見えねぇ!! 黒尽くめもそうだけど神父の野郎も人間離れし過ぎだろ!?
そんな時、床が青白く光りだし、とある形を作りだす。
「これは……魔方陣?」
それも俺には見覚えのある形だった。
「兵藤くん、助け―――――」
「セイセイセイセイセイセェェイイイイイッ!!」
「どうしたどうした! 遅くなってきてるぜ!」
「あらあら、これは―――」
「君こそペース落ちてんじゃねぇかぁ!?」
「なわけあるか! オラオラオラァア!!」
「……………神父?」
「ヒャッフーッ! スピード上げちゃうZEEEEEEE!!」
「こっちもギア上げてやらぁぁあああ!!」
木場、朱乃さん、小猫ちゃん、俺の仲間たちが魔方陣から現れる。
でもアイツらまったく気づいてねぇ!? それにさっきから斬り合いで騒ぎ声出し過ぎだろ!
「………イッセー、これはいったいどういう状況かしら?」
そして現れたのは―――我らの主こと部長!
「えーっと、なんていうかこれは………」
「ん? おお! 悪魔の団体さ―――ンブッ!?」
「「あ」」
神父が部長たちに先に気付いた隙に黒尽くめの不意打ちが炸裂した。
「ガベッ!? ………ぅぅ」
吹っ飛ばされた神父は勢い余って頭から壁に強打し、気絶する。
一方で、黒尽くめは俺たちを見て、「あー……」と困ったような声を漏らす。
すると両手の手裏剣が光となって消えて、そのまま手を上げてくる。
「………一応、
さっき神父と打ち合っていた時と違って、まったく覇気がない。
そんな奴の態度を見て、部長たちも緊張が解けていく。
「なら聞かせてもらうけど、あなたは何者?」
前置きもせず部長が聞く。
そういえば昨日の夜も神父と話した時も、こいつは『抜け殻』って言っていた。
でも俺たちはそんなことを言われても正体がなんなのか全くわからない。だから確認したんだろう。でも―――
「あー、それについてはしゃべれねぇんだよな。ってん、待てよ? あんたらが突然ここへ現れたってことは………」
黒尽くめは何かに気付いたように呟くと、腕を伸ばす。
すると昨日と同じように黒い渦が出て来た。ってまさか!
「おお! んじゃあさっさと退散させてもらうわ!」
「あ! ちょ、待ちなさ―――」
部長が制止させようとするが、じゃあな、と言い残して黒尽くめは渦へ入っていった。
今回も逃がしたからか、部長は苦い顔をする。
「! 部長、こちらに堕天使らしき気配が複数近づいていますが」
朱乃さんが告げると、部長は表情を戻す。
「………仕方ないわね。朱乃、こっちもジャンプの用意を。本拠地へ帰還するわ」
「はい」
帰還すると聞いて、俺は一つ気付く。アーシアのことだ。
神父のやり取りを見て思ったけど、彼女があんなのと一緒に居ていいとは考えられない。
「アーシ………あれ?」
俺はさっきまでアーシアがいた場所を見るが、そこに―――――彼女はいなかった。
◇ ◇ ◇
「あ~、つい持ってきちまった。………どうすっか
俺は脇に抱えた金髪少女を見ながらぼやく。
さすがにこの"空間"では意識保つの難しいかもなと思ったが……案の定、気絶した。
あの神父が話していた『堕天使に殺さないよういわれた』ということがどうしても気になったから、"入口"に入ってすぐに彼女の足下から新たな"入口"を開き、俺は彼女を回収した。
「まあ、幸真に押し付けるか」
ぜってー怒られそうだが他にあてもない。
それに何か堕天使の情報をしゃべってくれるかもしれない。他にも彼女自身の能力とか。
そんな期待を込めながら俺は歩を進める。
「………そういや兵藤の奴、物騒なもの着けてたな」
ふと、奴の左腕に籠手らしく見えたものを思い出す。
もしかしたら神器かもしれないし、ただの武器かもしれない。
ついつい神父の野郎と熱く戦っちまったから、少ししか特徴覚えてねぇが。
あ~、
「報告メンドくせー………」
俺は"出口"を開きながらもう一度ぼやいた。