誰かのための私の物語 短編集   作:航鳥

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ある日思い付いた、こんな話が実際にどこかにあったらいいなと思ったそんなお話。


或る夏の夜、蝉時雨の間隙で

最近、何もかも上手くいっていない。

部活を志半ばで引退し、受験勉強に取り掛かるも身が入りきらず、しまいには自分の苛立ちを人にぶつけて友人とも仲違いをする始末。

「はぁ…」

 

勉強に嫌気がさして少し散歩に出かけることにした。心の奥でひどく焦燥感を感じたがイヤホンで古風なロックバンドを流して感情に蓋をして僕は外へと出た。

 

夏。この季節には、外には他の季節には見られないほどに満ち満ちた生命エネルギーで溢れていた。鬱蒼と茂る緑、月を無視して止むことのない蝉時雨。これを思うが故、夏に焦がれ冬に物寂しさを覚えるのではないか。僕はそう思う。

居心地の悪い風を受けなら、僕は赤信号を4つほど渡っていった。この時間、僕の街では車が通ることの方が稀である。形骸化した信号機など意識している人間の方がこの辺の学生の中では稀であった。

あてもなく歩き続ける。

 

蝉の鳴き声は既に止んでいた。

 

いい加減耳元の2流ロックバンドの浅い言葉や安い音調にうんざりし始めたところで僕はふと目の前の光景に息を飲んだ。

 

そこには見覚えのない。寂れた公園があった。メッキの剥がれた、赤錆の色が自己主張を強めるすべり台、何の用途に使うのか見当もつかないような梯の上に輪っかを二つ付けた金属製の遊具(実際のところ遊具ではなく単なるオブジェなのかもしれない)、静止したブランコ、明らかに子供向きの高さではないバスケのゴールが2つ、そして針の止まった時計がそこにはあった。こんな所、僕の知るこの街には存在しないはずで僕はあまりの不気味さに一歩後ずさる。

ゴッと踵が異物感を覚えた。振り返るとさっきまで歩いていたアスファルトはそこになく、足元には空気のしっかり入ったバスケットボールが力なく転がっていた。

 

「おにいさんも迷子ですか?」

不意に声が聞こえた。声の方を見れば年齢にして10くらいの少年が不安そうにこちらの様子を伺っていた。

「……“も”ってことは君もかい?」

 

「はい、そんなところです」

少年は一度顔をしかめたが直ぐに笑顔を作ってそう応対した。

イヤに礼儀正しい子だなと僕は思う。

 

「君はここがどこだか知ってるの?」

 

「いいえ、知りません」

 

「誰かが迎えに来るご予定は?」

 

「恐らく、ありません」

 

「ここに来た経緯は?」

それを訊くと始めて、少年のハキハキとした受け答えは止まった。

少年が気まずそうに足を震わせている。

 

「悪いこと聞いたな」

僕はそう言い、押し黙る。

 

「友達と、喧嘩してしまって…」

彼は徐に口を開いた。

 

どうやら彼は思いもしない事を友達に言ってしまい喧嘩をしてしまったそうだ。自分が悪いと分かっていながら謝ることができないで、やっと決心して友達の家に向かおうとしたが、途中怖くなって逃げ出してしまったらしい。

そしてここに迷い込んだそうだ。

 

僕は暫く黙って彼の話を聞いていたが、不思議と少年に自分を重ねて聞くに耐えなくなってきた。

 

「少し、体を動かさないか?」

僕は少年にバスケットボールを投げた。不意打ちでビックリしたのか少年はボールを取りこぼし慌てて拾った。

 

「運動は出来るかい?」

 

「体育はいっつも3ですよ」

成績表のことだろう。僕も5段階でいっつも3だった覚えがある。

3というのは授業を受けていれば貰える最低点だ。

「そりゃあいい、僕もいっつも3だよ」

 

僕と少年とのバスケットボールが始まる。お互いほとんど初心者みたいなものでルールもへったくれもない。トラベリングもダブルドリブルもやりたい放題だ。

ただ僕らはボールを追って、偶にゴールを狙ってシュートを打ち付けた。

10分くらい続いたかというところで意外にも少年の方が先制点を挙げた。

 

「ナイッシュート!やるじゃん」

 

「たまたまですよ」

口とは裏腹に少年の機嫌は良さげだった。

 

「たまたま?またまた御冗談をここまで苦労してきたから、そういう僥倖が湧いて来るんだよ。全部君の努力の賜物」

 

「そんなことないですよ。バスケに関してそんの努力もしたことないですし、そもそもボールを触るのも何年ぶりかというものです」

 

「ばーか。バスケのことじゃねぇよ。君が喧嘩して悩んで苦労してるから現実は時々、君に甘くしてくれるんだよ。“禍福は糾える縄の如し”ってな」

 

「かふくはあざなえるなわのごとし?」

少年が頭にクエッションマークを浮かべてそう問う。

 

「そ、幸福も災いも縄を編むのと一緒で互い違いに組まれてるんだってだから悪いこともあれば良いこともあるんだと」

 

これは僕が目の前の少年くらいの時に“おにいさん”から教わった僕にとって大切な言葉だ。

 

「禍福は糾える縄の如し!」

少年は嬉しそうにそう繰り返した。僕もちょっと嬉しかった。

 

それからまたバスケを再開した。少年は一回り以上も大きな体をした僕に臆すことなく必死にボールに喰らいついてきた。僕は幾度となく関心し、僕も頑張ろうと前向きな気が沸き起こるのを感じた。

投げやりに放ったボールがリングに入ると僕と少年はその場に寝転がって星を見た。どうやらこの公園の周りには光害を発するような建物はないようで星はいつもの数十倍増しで綺麗に見えた。

 

「おにいさん、今日はありがとう!」

少年は嬉々として僕にそう告げた。

 

「ううん、こちらこそありがとう」

 

暫くそのままの体制で星を見ていると少年が「あ、流れ星」と声を挙げて指をさした。

 

その声に反応し僕が少年の指さす方を見たときには、もうその綺羅星は夜の帳に隠れてしまっていた。

 

僕が目線を戻す、すると隣にいた少年はおろか、公園まで消えてしまっていた。

そして足はしっかりアスファルトを踏みしめていた。

 

蝉の声が再び聞こえる。

 

「あぁ、そういえば」独りごちて昔を思い返す。最後に流れ星を見た日のことを。あれはいつだっただろうか?そう考えて、ハッとする。

そうだ、あの時もこんな風に誰かが側にいた気がする。

いや、確かにいたのだ。僕よりかなり年上の“おにいさん”がそこにいた。あれから一度として会うことのなかった“おにいさん”。

あまりに夢のようで忘れていたけど、あれは僕にとって掛け替えのない現実だった。

「禍福は糾える縄の如し、か」

そして僕が一番大切にしている言葉を反芻する。

もう一度、もう一度頑張ってみよう。そう思った。だってあの子もそうするはずだから。そしてあの子は上手くいくだろうから。

だから……きっと僕も上手くいくだろう。根拠もないがそう思った。

そして、僕は帰路に着いた。

途中、4つほどある信号機はいずれも青で僕に“進め”と告げていた。




ご閲覧ありがとうございました。
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