誰かのための私の物語 短編集   作:航鳥

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世界の終わりに不思議な君と

今日、世界が滅ぶ。

原因は巨大隕石。

これが決まったのは結構前で、これが発表されたのは最近だ。

この発表を聞いて以来、全てが馬鹿らしく思えて僕は日付を数えるのを止めた。

普段、刻々と積んでいた時間というものを残りを意識して刻々と擦り減らしていくのが嫌だったんだ。

だから僕にとってその発表があったのは“最近”だし、僕には昨日と一昨日の区別もない。

ただ今朝のしおらしかったり騒々しかったりと混沌とした外の様子で漠然と、ああ、今日なのだな、と思った。

皆一堂に最後の過ごし方を考えて来たのだろう。

例えば大切な人と最期を迎えることを決めた人。

或いは、死に場所を決めてそこに向かう人、そこで死を待つ人。

他にも、この混乱した世界の終わりでも仕事に身を粉にする人など十人十色、種々様々だ。

さっきからいつもの何倍も饒舌なラジオの中の人などその際たる例だろう。こんな日にどれだけの人がラジオなど聴いているというのだろうか。

死の予感は人を正直にする、のだと思う。だから今を熱演する彼の声は彼の言葉は誰より正直なもののように思えて僕はそのラジオに好感を持った。いつもなら流れてくると局を変えるようなロックな音楽も今日は快く聴けた。

まるでずっと好きだった曲のように。

さて、世界の終わりに何を悠長なと思うかい。そうだね、これについては僕も自分で不思議に思っているんだ。何故僕はこんなに落ち着いているのかってね。

それは多分、僕の世界はいつかとっくの昔に終わっていて、今日はそれが平等になる、そんな日だからだろう。

道を広がって歩く学生たちも、末期癌の病人も今日産まれた赤ん坊でさえ、これから終わるんだ。

世界で始めて訪れる完全な平等。そんな甘美な響きに満足していたんだ。

 

まだその時は。

 

契機は突然やってきた。こうも落ち着いていたつもりだったのに僕は突然いてもたってもいられなくなったんだ。

それは昼の2時を回る頃だったと思う。朝からずっと聴いてたラジオのDJが、彼の両親に感謝の言葉を紡ぎ始めた。言葉はゆっくり紡ぎだされ、親への感謝が終わると彼の友人、昔の彼女、職場の人たちへ、と彼の言葉は止まることがなかった。これに僕は雷にでも撃たれたような衝撃を受けた。具体的には急に人恋しくなったんだ。

それからは悲劇的だったな。登録された友人の数が著しく乏しい連絡先から僕は誰彼構わずメッセージを送った。そして誰一人として返信は返ってこなかった。

当たり前だ。今まで幾らでも猶予があったんだ。それまでに健常な人間っていうのは自分の最期をどうするかなんてことくらい早々に決めるんだ。

つまり僕は完全に出遅れたんだ。

もう訳が分からなくなって僕は外へ飛び出した。

 

 

外に出て最初に思ったことは、疎外感だった。

そこそこ栄えていた街は嘘のように静まり返り、開け放されたコンビニやスーパーには電気も点いていなかった。大きな道に出ても車の通りはほとんどなくて道行く人も余りいない。いたとしてもそれは「誰かと隣にいる誰か」と「その誰かと隣にいる誰か」だけだった。

もう今日も半分以上が過ぎている。みんなそれぞれ自分達に相応しい場所に相応しい人間と出掛けたのだろうか。それとも家で暖かい時間を過ごしているのだろうか。

外に出てもそんな寂しい世界しか残されていなくて、まるで自分が世界から弾き出されたようなそんな疎外感を覚えたんだ。少し気が狂いそうだったよ。いや、狂っていたかも知れないね。

それから暫く感傷に浸った僕は近くのコンビニに入った。中には誰もいなかったけど誰かが荒らしていった跡は多く残っていた。同じことを考える人間もいるわけだ。それにしたって僕はやはり出遅れていたみたいだったけど。僕は酒のコーナーから全種類、一本ずつとデザートのコーナーにあったスイーツをいくつか掻っさらってレジにあった大きめのビニール袋に入れて店を出た。今日ぐらい無礼講だろうと思ったが、人間どうにも習慣や良心の呵責っていうのに抗い難いようで僕は財布を丸ごとレジに置いて店から出た。「お釣りはいらない」そう呟いて。

その後は無残にも乗捨てられていたバイクを見つけ走らせた。どこか、綺麗な場所、或いはどこか、心地よい場所。とにかく“ここではないどこか”を目指して僕はバイクを走らせたんだ。

 

 

森の中の湖、郊外にあった田園風景。良さげな場所は多くあったが、いざ最期となる場所、しかも一つを選ぶとなるといずれにも決め難かった。

このまま終わるのかも知れないな、そう思った。

死に場所を探してる最中に死ぬ。それはそれでなんだか滑稽で、それもこんな自分にはありかも知れないなと今なら思う。

空が綺麗に橙に染まって、明日があるならきっと晴れるのだろうなと他人事のように思った。今ひとつ世界の終末なんて実感が湧かない。そんなものだろう?ほら単純な話「この世界は今より五分前に完成しました」なんて言われても実感なんてまず湧かないだろう。そういうことだ。とにかく未経験の何かを未経験のまま納得するなんて、難しい話だっていうことだ。

 

 

最後の太陽が姿を消した頃、僕は未だ飽きずに小さな山の峠を走らせていた。どこか鬱蒼として人の寄り付きそうにない山道。残りのガソリンや時間を鑑みるにこの山の頂上が僕の最期の場所だと決まった。そこでどんな景色を望めるかは期待少々、諦めが大半だった。

失望するのは嫌だったからね。

ふと空を見上げると鳥達が群れを成して飛び回っていた。彼等にも暖かい仲間がいるのになと僕は鳥類に劣等感まで覚えた。

ははは、我ながら随分と短時間で拗らせたものだと思うよ。

 

 

リミットはあと3時間を切っていた。

途中、星が出てきた。遠目に街を見下ろすと、まばらに光る夜景を見ることが出来た。上下に煌めきが一望出来て少し気分が良くなって少し荒い運転をしてみた。

そのせいか山道を抜ける直前、バイクが動かなくなった。この高燃費め、そう吐き棄てて僕は歩いて山頂を目指す。

 

 

20分程、歩いたところで斜面が終わった。獣道に終わりが見えて、さらに先へと進むと少し場違いに思える古びた建物がそこにはあった。「御形天文研究所」入り口のところにあった欠けたプレートにはそう書いてあった。

立ち入り禁止と書かれた鎖を跨いで中へと足を踏み入れた。蜘蛛の巣を2回被り、その都度大袈裟に顔を払って進む。雨が降る前のような湿気た匂いと埃の砂のような匂いが鼻腔をくすぐって、不快感とその裏に懐かしみと心が躍るのを感じた。昔から廃墟というのが好きだった、その世界から取り残されたような場所にはまだ自分の居場所が残っているようだったから。

中には螺旋階段があり、それを一歩一歩慎重に進む。腐敗していて足を取られるなんて間抜けだからね。

登りきって部屋に入る。そこは殺風景な部屋だった。でも中心部に何か大きなもの——恐らく大型の天体望遠鏡——でもあったのであろう跡が残っていた。その頭上にだけ天井がなく、空へと筒抜けになっていてそこからは綺麗に星が見えた。

そして部屋を見渡すと外に出れそうな扉があった。外の方が酒は美味いだろうと判断して僕は扉を開けた。

こんな体で放置されていたら、扉も固まってしまうのではと思ったけど、想像よりもスムーズに扉は開けた。

9月末で世界の終末たる本日、日も落ちた外は仄かに肌寒く風が冷たい。

世界最後の夜、星を眺めて星の到来を待つ。酒は道中で温くなっていて微妙に味気がなかった。

 

 

僕はそれから暫く一人廃墟と化した天文台で世界の終わりを待ち侘びる。

働き者の腕時計が、あと1時間と27分で世界が終わることを告げる。君の役目ももうすぐ終わりだ。

暫く一人酒を煽っていると寂しさが人恋しさが帰って来た。

 

寂しい、悲しい、訳が分からない、泣きたい。涙が零れた。理由なんて分からないでも、これで終わりたくないと思った。

空も夜景も秋に色付く夜の山も全部、綺麗だ。ここほど良い場所はないだろう。それでも何か足りなかった。

もう一度働き者の腕時計を見直すと2分しか時が進んでいなかった。

世界の余命、1時間25分。それは僕には長過ぎる。

 

 

「あらら、こんな所に先客ですか。お兄さん、お兄さんも世界にハブられたんですか?」

辛辣な声が聞こえた。その時、僕の時間が加速するのを感じた。

振り返るとフリフリのお姫様みたいな服を身に纏った高校生くらいの少女が立っていた。

瞳を涙が伝った。理由はわからない。

「お兄さんもってことは君もハブられたのかい?」

「質問を質問で返すなんて芸のないお兄さんですね」

いちいち煽るような言い回しだったけど、余程の人恋しさからか余り気にもならなかった。

「うるさいな、そうだよ。誰も僕のことなんて興味なかった。それだけだ。君もなんだろう?」

「いいえ、違います。私は自ら世界をハブったのです」

すごく曲解をしている、でもそれを聞いて僕はどこか嬉しかったな。

でも僕は少し意地悪な返答をしたんだ。

「ああ、えーっとな、最後に教えてやるけど君、そういう性格だからハブられたんだよ」

「あら、ご親切にありがとうございます。でも残念ながら知ってました」

「本当に残念だな」

「それにしても、こんな所を最期の場所に選ぶなんてなかなかいい趣味してますね」

「それはどうも」

「ええ、私のいつものとっておきだったのですが」

「こんな所にいつも来てるのか」

「ええ、毎晩星を見に」

「いい趣味だな」

「いえいえ」

そう言うと彼女は天体望遠鏡のケースを取り出した。

「へえ、ここはやっぱり星がよく見えるのか?」

「天文研究所の跡地ですよ見えないワケがないじゃないですか?」

愚問だった。そう思うと同時に少し生意気に返事が帰ってきた。

二人の間に心地よい静寂が流れる。

 

「君、名前は?」

カチャカチャと望遠鏡を組み立てながら彼女が応える。

「いいじゃないですか、そんな野暮なこと。これから世界が終わるんですよ。その情報要ります?」

いまひとつ腑に落ちなかったけど、それもそうかと僕は応えた。

 

「今何時ですか?」

「10時43分」

「あと1時間と17分ですね。楽しみですか?」

「まあまあだな」

常日頃、こんな世界は滅びてしまえと思ってみてもいざ本番がやってくると少し物悲しいものだ。これは実際に体験してみないと分からないだろうけどね。

心地よい時間、嵐の前の静けさ、或いは死を目前としたひっそりとした妥協。

沈黙は金、静寂は美徳。そう言われたりするけれど、その裏には少しの残酷さが隠れている気がして、この静寂がくすぐったい。

少女もきっとそれを感じたのだんだろうね。彼女は望遠鏡から目を離すと唐突にある提言をした。

「時間潰しにゲームしませんか?古今東西ゲーム」

あんまり縁の無かったパーティゲームだ。

「いいけど、お題はなんだ?」

「えーとですね。じゃあ、世界から消えて欲しい物」

「これから消えるのに、か?」

「これから消えるから、です」

「そんなもんか」

「そんなもんです」

「それじゃあ、僕からな。蜘蛛」

リズムに合わせて世界から消えて欲しいものをいう。先に無くなった方の負けだ。

この場合、消えて欲しいものが少ない方が人生的には勝者だったのだろうけどね。

「ゴキブリ」

少女がいきなり切り札を切ってくる。

「トマト」

「椎茸」

「セロリ」

「しめじ」

「携帯、あ、もう菌類禁止な」

「松ッ、田」

無理のある答えに笑いが起きる。

「松茸って言おうとしたな。松田ってなんだ全世界の松田さんに謝ってこい」

「というか、途中でルール挟むのがいけないんです。それに謝るべき松田さんももうすぐ消えます」

「それは言わないお約束」

こうして、賑やかな二人ぼっちの夜が更ける。

 

 

そして今、世界の終わりまであと4分と36秒。

「る、る、ルール」

「ほい、ルミノール」

「もう、ル攻め止めて下さいよ」

「次が答えられたらいいぞ」

「この外道」

「はい、5、4、3、2、1」

「うっ、私の負けですよ」

「よし、勝ったー」

「この外道」

全く、緊張感の一つもないそんなことを繰り返してる。でもよく見ると少女は時々、不安そうに瞳を揺らす。

「酒でも飲むか?最後だしいいだろ」

「うわー未成年に飲酒勧めるとか犯罪ですよ」

「いいんだよ。悪い大人は悪いお酒を勧めるものなの」

「じゃあ、折角だし頂きましょう」

なんだかんだいって満更でもないようだ。思いっきり缶チューハイを呷っている。

「少しは不安も薄れるだろ」

そう言うと静かに彼女は首肯した。

「その服可愛いな。いつもそんなの着てるのか?」

酒が回ったせいか、それとも終わりが近いせいか、普段なら絶対に言わないようなことを言ってしまう。

「うわ、少し今のは引きました」

「悪かったな」

「いえ、いいですよ。今日は無礼講ですからね。私が許して進ぜよう」

どうやらアルコールが回ってきたらしい。お互いほろ酔いだ。

「今日だけですよ、こんな格好してるのは。いいですか、いつの時代も女の子っていうのはお姫様に憧れるんです」

自慢気にそう言うと彼女はくるりと回る。過剰にフリフリとした服がひらひらと舞う。

「そんなものか」僕は呟く。

「そんなものです」彼女が応える。

お互いにちらりと見合うと、笑い合う。

 

これから、僕はこの名前すら知らない——知り合いにすら成れていない彼女と終わりを共にする。

満足、不満足とかそういう話じゃない。ただ世界にハブられたもの同士身を寄せ合って消えていくだけ。

でもそれだけ僕の心は暖かくなって、それだけで息苦しかった世界が意外と捨てたもんじゃないなと思えるようになった。全く、単純だな僕は。

 

「あ」

隣で彼女が小さく声を上げた。

ああ、終わりが近付いてきた。目に見えたその星はとても綺麗で、目に見えないその終わりは少し悲しいものに感じる。

 

あわよくば彼女と一緒にもうちょっと。そう考えていると彼女が僕の手をギュッと握ってきた。僕もギュッと握り返す。この時間がずっと続けばいいのに。そう思う。

光が届いた。音が届いた。そして衝撃が届くだろう。美しい場所も美しい君も美しい世界もあったのに。それでも世界は終わるんだ。

 

——ああ、後の祭りだ。

 

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