誰かのための私の物語 短編集   作:航鳥

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一個前の、世界の終わりに不思議な君と、の蛇足です。


不思議なあなたと世界の終わりを

待ち合わせの場所、駅前の時計。そこで待たされること今で丁度、1時間。そろそろ見限りましょうか。まあ、見限られたのは私なんでしょうけどね。

「はあ…」

ふと溜息が出ます。

 

今日は世界最後の日です。16日前に発表された『地球滅亡宣言』——全く酷い名前ですね——実は、2ヶ月前から分かっていたとされるその確定された死亡宣告。人々が余計なパニックを起こさないために黙秘され続けていたそれは発表と同時に世界を震撼させました。

なんと巨大隕石で世界が滅亡するというのです。

余程綿密に計算されていたのでしょうか、残りが2週間と2日、そこまで後がなくなると人は必要以上にパニックになったりはしませんでした。

せいぜい、仕事を辞める人がたくさん出たくらいです。不思議なことに犯罪率の増加なんて事態は起こりませんでした。結局、いつもの習慣が抜けきれないのでしょう。善良なフリをして生きてきた悪人もいつしか善良な市民の仲間入りをしていたというわけです。

 

そして各々、最期までをどう生きるかということを必死に考えました。“いつも通り”を装って生きることを決める人、大好きな恋人や家族と最期の時を刻むことを決めた人、兎に角友人を集めてみんなで一緒に……と考える人。私は言ってみれば3つ目に当たるのですが、残念。みんなの思うみんなに私は入って居なかったようです。最後の1日の24分の1。それだけの時間を私から奪っておいて彼女たちは私に音信の一つもありません。

きっと、顔のいい男子のグループとでも合流して仲良く楽しくやってることでしょう。隅っこがクラスの指定席の私には勿論、招待の声はかからないようです。

「こんな世界、滅びてしまえ」

常々思ってきた、そんなことを呟きます。でも今日のこの呟きはいつものそれと違います。なぜならこの願いは必ず叶うからです。嬉しいです。やったー。

「はあ…」

いけませんね。虚しさが込み上げて来ます。少し熱くなった目頭をグッと押さえます。こんな感傷今更です。

背中を預けていた時計を見上げ、現在時刻を確定します。あと13時間。さて、どう過ごしましょうか。

 

父親は蒸発、母親はこんな日でも家に男達を招いてパーリィーです。全く、人の根なんてそうそう変わりませんね。根が腐ってるなら尚更です。

なんであの男たちは毎日のように私と母の家に通うのでしょうか。未だに頭が平安時代なんでしょうか、いえ、そうです。そうに違いありません。

けっ、あの時代遅れ共め、心の中でそう毒付きます。

ま、兎に角そういう事情で家には帰れません。もう最期を共にしてくれるだろう友人もいません。

ひとりぼっちです。最初から最後まで一貫して私らしい人生です。馬鹿も孤独も死ぬまで治らないようですね。少なくとも私の場合は。

 

 

美味しい物を食べる。

思う存分お買い物。

綺麗な星をみる。

 

死ぬまでにやりたいことを書き出してみましたが、案外ありきたりなものですね。意外と人は根っこの所では同じ願望を持っていたりするのかもしれません。或いは誰かが行った綺麗な死に方にみんなが憧れているのかもしれません。

 

 

ありきたりな最後の1日について考えて歩いていると聞いたことも見たこともないような回らない寿司屋が見つかりました。開いてるでしょうか。

「すみませーん、やってますか?」

「ああ、やってるよ。嬢ちゃんは最後の贅沢かい?」

快活な笑顔が特徴的な店員さんです。ですが、明るい表情の裏に少し疲れた顔も窺えてまさに今日という日を形容する表情だなと思います。

「ええ、そんな所です。特上の握りをお願いしますね」

「ははは、ハードル上げてくれるねぇ」

どんな会話にせよ人と言葉を交えるのは心地良いことです。私は静かに、カウンターの席へ腰を下ろします。彼の真向かいに。

 

「こんな日までよく営業してますね。こんな場所じゃ客入りが良いとも伺えませんけど。あ、鯛と大トロと秋刀魚を」

 

「厳しい意見だねぇ」

そういうと大将は天井へと目をやりました。その目はどこか遠くを見据えているように、そう見えました。

 

「当たり前だが俺にも師匠ってのがいたんだよ…頭の固ぇ親父だったよ。自分の意見は絶対に変えねぇんだ。何度赤字で経営が傾いても、俺の忠言なんざ聞きやしねぇ」

何か声を出すのは無粋な気がして、私は静かに相槌を打ちます。

「そんな親父が言うんだよ…“信念曲げたらやってる意味がねぇ。年中無休、赤字覚悟、客の満足がテメエの満足。ここでこうして寿司を握れねぇなら俺に生きてる意味はねぇ”ってな。なんかそれから俺の代に変わってもその言葉が頭から離れなくてな」

そう言って大将は、阿保みてぇだろ、と笑います。

私は、そんなことないですよ、と応えます。本当に、そんなことないと思います。こんな最後の最後誰もが正直になるだろう日にそんなことが言えるなら、その信念は本物なんだろうなと、そう思います。

「ホレ、出来たぞ味わって食いな」

「いただきます」

少し醤油に浸して口へと運びます。

 

鯛は、凄く甘みが強くて歯応えが最高で、逆に大トロは脂が乗ってとろっとろで、秋刀魚はシャリとの調和が完璧で、そのいずれもが口中を旨味が広がり鼻から抜けていきました。

もっと語りたいのですが、私の語彙では足りませんね。筆舌に尽くせないとはこのことを言うのでしょう。

「ほふぅ…」

予想以上の逸品たちに気の抜けた声が出てしまいます。

「通みたいな頼み方してんのに、初々しい反応だな嬢ちゃん」

「ほっといて下さい、初めてなんです」

「それは光栄だ。嬢ちゃんの“ほふぅ”を聞けたのは俺だけってこったな」

そういって感じのいい大将はガハハと笑います。

「ほっといて下さい」

程よい温度の緑茶を飲んで。席を立ちます。

 

「幾らですか?」

「いいよ、金なんか。もう何にも使えねぇだろうからな…」

「それもそうですね」

「その代わり最後の客の名前ぐらい知っておきたい、聞いてもいいか?」

「早蕨 ナオ」

「さわらび?変わった名字だな」

「でしょう?全国的にも極めて珍しいみたいですよ」

そりゃ、レアだな。大将はそう呟きます。

「まぁ、なんだ。最後の客が可愛い嬢ちゃんで良かったよ」

彼はそういいまた快活な笑顔を見せます。

可愛いだなんて、御上手なんですから、そう応えようとします。

でも、止めました。

この正直な大将には正直に返事をしましょう。とっておきの微笑み付きで。

「それほどでも、ありますね。ご馳走様でした」

大将は呆気に取られたような顔をしていいます。

「なんだ、そりゃ」

「今日は正直者の日ですから、セプテンバーワイズです」

「なんだ、そりゃ」

大将は繰り返します。エイプリルフールの逆ですよ、と答えて私は店を出ます。背後から小さな笑い声が聞こえてきます。

ありがとうございました、名前も知らない大将さん。

 

 

次はお買い物でしょうか。これは難易度が高い気がします。何故ならどこの店も中々開いていない、最早通貨が機能していないからです。

こうなると、まず店に入れない。そして、“買い物”にならない。まあ、後者は気分の問題な気がしますが、今日みたいな日こそ特に気分は大事です。むしろ全部無に還るのですから良い気分だけでももって逝きたいものです。良い気分、プライスレス。

 

 

開いてる可愛くてオシャレなお店を求めて右往左往。これは駄目ですね。この辺は町単位でやる気がないようです。まあ、それは各々幸せを過ごそうとしている証左なのでいいことではあるのですが、こう痒いところに手が届いてくれないようなこんな歯痒さは、少し不愉快です。

まだ3時ぐらいだというのに町は閑散として、道行く人すら中々見ません。見ても傍に誰かが居て、どうにも気分が晴れません。

そんなことを考えていると、ポツリ、ポツリと雨が降って来ました。

晴れないのは気分だけではないようです。弱々しく降り始めたそれは、私が歩みを進めるにつれて激しくなってきます。驟雨です。解せません。

丁度、近くにいたカップルが悲鳴を上げて走って行きます。

どこか、背徳的な感情—–恐らくはシャーデンフロイデのようなもの—–がスッと胸の当たりに落ちて来ます。

ふふ、まあ、いいです。捨てたものじゃありません。きっと最後の雨、みんな平等の不幸です。許してあげましょう。

 

 

突然の雨に導かれ、屋根になるものの下を縫うように進んで行きます。一箇所に留まって雨宿りしても良かったのですが、一人で立ち止まって時間を浪費するのは少々焦りを覚えてしまうので私は今、走っています。

いつも活気がない通りでしたが今日は特にその傾向が顕著です。ほとんどがシャッターに閉ざされていて、余計な感傷を助長させます。

「あ、あの、そこのあなた」

弱々しい声が雫と雫の静かな間隙を切り裂きます。私は声の主の方へと振り返ります。

「私、ですか?」

「そ、そうあなたです。あの、少し、私の最後の望みに協力してくれませんか?す、直ぐ済むので、どうか」

年は私と同じか少し下。上下、紺色をベースとしたジャージ、短い髪、眼鏡が特徴の、地味という言葉を象徴するかのような少女でした。

彼女は、切実にそう言いました。

「あなたが私のイメージとぴったんこなんです」

彼女がそう続けます。

「イメージ?」

「あ、えっと、その、モデルのイメージです」

益々意味が分かりません。

「モデル?」

そう訊くと、彼女は少し考えて、恐らく日頃余り使っていないであろうその声を紡ぎます。

「私の家、服のお店をやってるんです。お父さんもお母さんも『今日は流石に店なんてやってられない』って言うんですけど、私は『最後にウチの服が最高に似合う人にこの服を着せて写真を撮りたい』って言ったんです。そしたら、『じゃあ6時までにそのモデルさんを連れて来なさい、6時以降は家族で過ごそう』と父が許してくれました。それであなたはとっても私のイメージにぴったりなんです。直ぐ済むので来てくれませんか?小さいですけど可愛い服が沢山あるお店なんですよ』

一思いにそこまでを言い切ると彼女は笑顔を見せました。

素晴らしく利害が一致しています。

私はその話を受けることに決めました。

 

 

隣町の端。大分行った所に彼女のお店はありました。なんだかとてもファンシーで可愛らしいお店で、私がいつも着ているような服とはジャンルを違えているように感じられます。でも、不思議と嫌だとは思いません。寧ろ微かな心地良さすら覚えました。なんでしょうね、内気な少年がロックミュージックを少しの憧れから好きになるような、或いは日頃男勝りと言われている少女がお姫様や王子様のラブロマンスに焦がれるような、そんな憧れ。私みたいなのにもそんな可愛らしい物への憧れが心の何処かにあったのかもしれません。

 

「こちらへどうぞ」

彼女に誘われるまま、試着室まで連れて行かれます。

「今から順次、私が服を持ってきますからそれに着替えて下さいね」

「はい」

そうして私は次から次へと着せ替え人形のように着ては撮られ着ては撮られを繰り返しました。一枚撮る毎に彼女の表情は柔らかくなっていき、私の気分も良くなって行きました。

 

 

「これで最後です。最後はとびっきりの笑顔でお願いします」

途中、何度か少し長めの休憩を入れてもらい漸く最後の一枚になりました。

「えっと、笑顔は苦手なのですが…」

「頑張ってください」

「ええと」

「頑張ってください」

そう頑なに譲らないので、少し頑張って笑顔を作ります。

……おかしくなかったでしょうか?

「大丈夫でしたか」

「うん、すっごく可愛く撮れた!」

そういうとうっかり素が出たのに気付いたからか彼女は笑います。

最初の時よりずっと明るい顔です。

「協力してくれてありがとう。私は四宮京香、あなたは?」

もうすっかり憑き物が落ちたような明るい顔をです。だから私ももう一度笑顔を作って返します。

「私は早蕨ナオ、こちらこそありがとう。私、この服買います。気に入っちゃったから最期まで来ていたいな」

彼女に合わせて敬語を外します。すると彼女は嬉しそうに微笑んで言います。

「えへへ、そう?じゃあ、あげるよそれ」

「ダメです。私はこの服を買いたいのです」

おや、もういつもの口調に戻ってしまいました。習慣というのは抜けないものですね。

「えーなにそれ」

「気分の問題ですよ」

「気分の問題?」

「はい」

「まぁ、いっか。えっとね、税込で6264円です」

「ふふ、その消費税意味あるんですかね」

そう言って私は5000円札とずっと財布で眠っていた2000円札を取り出します。

「2000円札だ!まだ生き残ってたんだ」

「ま、あと数時間の命ですよ」

おっと、この手のブラックジョークは禁句でしたか、京香が苦笑いをしています。

「失言でしたね、ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。はい、お釣り」

「ありがとうございます、それでは行きますね」

「あ、ナオちゃんはこれからどうするの?」

もうすっかり打ち解けたようで堂々と京香はそう訊きました。

「星でも見に行こうかな、と」

最後のやりたいことを京香に伝えます。

「そう、なんだ。そのまま?」

「ええ」

「あ、じゃあちょっと待ってて」

何か、思いついたのか京香はそう言い残すと慌ただしく2階へと駆けて行きました。2階は彼女たち家族の居住スペースのようです。

このヒラヒラの服をくるくるしてヒラヒラさせながら暫く過ごしていると、京香が彼女のお父さんを連れて来ました。お父さんの手には何かの四角いケースが握られています。

「星を見に行くんだってね。京香から聞いたよ」

「ええ、最後にいい景色を、と思いまして」

そういうと彼は朗らかな笑みを見せて言いました。

「すごく素敵な考えだと思うよ。僕も昔からずっと星を見るのが好きでね、だから、これを持って行くといい」

そう言って彼は私に大きな箱を渡します。

「これは?」

「天体望遠鏡だよ」

「いいんですか?大事なものでしょうに」

「いいんだよ、最期は家族と過ごすって決めてるからね。これも使って貰った方が嬉しいだろう」

そういうと彼は再度、朗らかな笑みを見せます。

「わかりました。そういうことならありがたく」

「ああ、そうだ。場所に拘りがないのならここから西に少し行った所にある山の頂上に『御形天文研究所』という研究所の廃墟がある。天文研究所を銘打つだけあって綺麗に星が見える良いところだよ。おすすめだ」

「そうですか。検討してみます」

 

そうして私は望遠鏡片手に店を離れました。

 

 

外はいつの間にか晴れていて綺麗な星々が輝き始めていました。これなら綺麗な星も見れそうです。それにしてももう夜ですか、早いものです。

具体的な時間は分かりませんけど終わりの時まであと3時間といった所でしょう。私は京香のお父さんの言っていた山を目指して西を目指します。

隣町の更に先へ、そこを目指して進めば進むほど自分の土地勘の効かない、まるで違う世界の道を歩いているような気分になります。

ここはどの辺でしょう。まあ、どうでも良いことです。

更に暫く進んだところ、紅葉の始まった、赤に燃ゆる山が見えました。きっと京香のお父さんが言っていたのはアレのことでしょう。

あまり高さはありませんが立派な山です。少し、登ることを考えるとうんざりします。まあ、登りますけど。

綺麗な山道を歌を口ずさみながら登って行きます。たまにフリフリの服をヒラヒラさせながら。

そうして30分くらい登ったでしょうか凡そ半分くらい進みました。

感情なんて連続しないもので、さっきの楽しみもどこへやら、私は今疲れでいっぱいいっぱいになって来ました。

まだ半分ですか。

 

紅葉始まる山道の中腹。少し歩き疲れて私は足を止め、手頃なサイズの切株に腰を下ろします。

「ふぅー」

息を一つ。呼吸を整えます。疲れからか色んな事が頭の中をよぎります。

今まで、そして今日のことに思いを馳せます。

私のことを棄てた顔も知らない父。

毎日どこぞの男を部屋に連れ込む母。

私のことを蔑ろにするクラスメイト。

そんな碌でもなかった今まで。

そんな碌でもなかった私の人生。

でも、なんでか今日は、今までで一番楽しかったなってそう思います。

不思議です。

まるで世界が帳尻を合わせようとしてるみたいで。全く酷い世界ですね。こんな程度じゃ得点稼ぎにもなりやしません。まだまだ私は満足してやりません。

私は再び歩き始めます。

 

 

もう20分くらい進んだ所、京香のお父さんが言っていた廃墟が見えて来ました。立ち入り禁止の鎖を飛び越えて中へと入ります。中は、先ほどの雨の所為か湿気た匂いと砂のような埃の匂いが広がってました。

螺旋階段があったので上へと登って行きます。

上の階では、恐らく大型望遠鏡の跡、天井に開いた小さな星空がありました。まるで宇宙への覗き穴のようなそこからは数数多の星の光が入って来ます。

「外に出たいな」

そう思って部屋の中を見回すと、すごく分かりづらくドアが壁と一体化していました。

近付いてドアを開きます。外に出ると冷たい空気が一気に吹き込みます。

そして、外に目をやると綺麗な夜景と星、それに一人の男性がそこを陣取っていました。解せぬ。

私は指定席に誰かが座っていたような居心地の悪さを覚えてつい、棘のある質問をしてしまいます。

「あらら、こんな所に先客ですか。お兄さん、お兄さんも世界にハブられたんですか?」

さっき少し振り返ったからでしょうか、“も”なんて助詞を選んだ自分に驚きます。

すると、彼は瞳を涙で満たしました。そんなに私の言葉がダメでした?

私は心の中で狼狽します。

でも、彼は少し明るい顔をすると私に言います。

「お兄さんもってことは君もハブられたのかい?」

そこを突いてきますか、この人は。

「質問を質問で返すなんて芸のないお兄さんですね」

すると、嫌そうなでも心地良さそうな不思議な不思議な表情をして彼は答えます。

「うるさいな、そうだよ。誰も僕のことなんて興味なかった。それだけだ。君もなんだろう?」

今度は少し微笑んでそう言います。

なんだ、この人“も”か私はそう思いました。そして最初に感じた居心地の悪さは何処かへ行ってしまいました。

「いいえ、違います。私は自ら世界をハブったのです」

そうです。私が、待ち合わせをしてる最中にその友達との約束を破ったんです。

別に私がハブられたワケじゃありません。心中で自分に向けてそう言い訳していると闇の中で一陣の光を得たかのように彼は嬉しそうな顔をします。

何があったのか気になりますが、踏み出すほどの意気地はありません。

そして彼は言います。

「ああ、えーっとな、最後に教えてやるけど君、そういう性格だからハブられたんだよ」

まあ、失礼なことを言う人です。

「あら、ご親切にありがとうございます。でも残念ながら知ってました」

「本当に残念だな」

ええ、本当に。そしてもう一人の残念なあなたに私は一つ優しい言葉をかけます。素直な賞賛です。

「それにしても、こんな所を最期の場所にするなんてなかなかいい趣味してますね」

「それはどうも」

素っ気ない態度と、限りなくゼロに近い『ここで一人で最期を迎えたいから帰ってくれないか』という言葉を恐れて私は一つ嘘をつきます。

このセプテンバーワイズ——正直者の9月——に。

「ええ、私のいつものとっておきだったのですが」

すると少し驚いたように彼が応えます。

「こんな所にいつも来てるのか」

「ええ、毎晩星を見に」

嘘に嘘を重ねます。

「良い趣味だな」

「いえいえ」

そして私はこれ見よがしに手元の天体望遠鏡のケースを弄ります。

「へぇ、ここはやっぱり星がよく見えるのか?」

「天文研究所の跡地ですよ見えないワケがないじゃないですか?」

私も経験はないけれど。

そう答えると彼自身も愚問だった、と思ったのか少し苦々しい顔をします。

 

私たちの間に心地良い静寂が流れます。

 

「君、名前は?」

私が望遠鏡を組み立てていると彼がそう声をかけました。私は手を止めずに答えようとします。

「いいじゃないですか、これから世界が終わるんですよ。その情報要ります?」

どうしてでしょう、彼の前だと私は正直者じゃなくなるようです。

彼は、それもそうか、と呟きます。

何が「いいじゃないですか」ですか、訳が分かりません。この人も何が「それもそうか」ですか、どこに納得したんですか!?

そして口元を腕が掠めた時、何故か笑っている自分に気付き、私は居心地の良さを再認識しました。

そして何か勝手に一人で恥ずかしくなって私は彼に話しかけます。

「今何時ですか?」

「10時43分」

「あと1時間と17分ですね。楽しみですか?」

「まあまあだな」

やっぱりこの人も私と同じ世界の終わり肯定派のようです。

でも、どこか、この心地良さの所為か少し心のどこかで物寂しいさを覚えます。まったく我ながら矛盾したものです。まあ、いいです。感情は矛盾を許容するのです。今私は矛盾できているのです。

よく組み立て方も分からない手元の天体望遠鏡が漸く形になったので、覗き込みます。しかし、いかんせん良く見えません。流石初心者、どの口が毎日通ってるなどと言ったのでしょう、時間差で恥ずかしくなります。

私は望遠鏡から目を離すと一つ彼に提案します。

「時間潰しにゲームをしませんか?古今東西ゲーム」

あんまり縁のなかったパーティゲームです。

「いいけど、お題は何だ?」

「えーとですね。じゃあ、世界から消えて欲しい物」

すると彼は少し怪訝な顔をします。

「これから消えるのに、か?」

「これから消えるから、です」

「そんなもんか」

「そんなもんです」

分かってないですね、私はそう思いを込めて微笑みます。

「それじゃあ、僕からな。蜘蛛」

リズムに合わせて世界から消えて欲しいものを唱えます。

「ゴキブリ」

「トマト」

トマトが嫌いなんですか、勿体無い。

「椎茸」

「セロリ」

「しめじ」

ふふふ、菌類パレードです。興が乗ってきました。

「携帯、あ、もう菌類禁止な」

ぬ!?

「松ッ、田」

無理のある答えに笑いが起こります。私も釣られて笑います。

「松茸って言おうとしたな。松田ってなんだ全世界の松田さんに謝ってこい」

「というか、途中でルールを挟んでくるのがいけないんです。それに謝るべき松田さんももう直ぐ消えます」

「それは言わないお約束」

こうして、私と彼の二人ぼっちの賑やかな夜は更けていきます。

 

 

色々なゲームを続け、暇を凌ぎました。終わりまであと5分ほど。世界の終わりに何を無駄な、と思う人はいるでしょうが、この徒な時間は何より心地良くてまるで春先の微睡のようです。

今はしりとりの最中です。

私はプ攻めを回避した後、怒濤のル攻を受けています。

「る、る、ルール」

どうだ、ここで仕返しです。私のカウンターに悶えなさい。

「ほい、ルミノール」

この外道ッ!

「もう、ル攻め止めて下さいよ」

「次が答えられたらいいぞ」

「この外道」

「はい、5、4、3、2、1」

「うっ、私の負けですよ」

「よし勝ったー」

「この外道」

刹那の静寂、秋の夜の冷たい風が私の肌を刺します。

そんな些細な契機で、今まで感じていなかった死への恐怖みたいなものが生まれます。きっと今までも押し隠していただけなのでしょう。それが漸く表出したようです。

「酒でも飲むか?最後だしいいだろ」

優しい声音でした。でも私は天邪鬼に少し意地悪な返事をします。

「うわー未成年に飲酒勧めるとか犯罪ですよ」

「いいんだよ。悪い大人は悪いお酒を勧めるものなの」

「じゃあ、折角だし頂きましょう」

まぁ、そんな法律なんて最早意味を成しませんしね。

思い切って缶チューハイとやらを呷ります。焼けるようなそれでいてふわふわとした感覚が頭を支配します。

「少しは不安も薄れるだろ」

彼の優しさを感じて、この心地良さで溢れて、何かおかしな事を口走りそうになったので私は口を閉ざしたまま首肯します。

「その服可愛いな。いつもそんなの着てるのか?」

ふふふ、可愛いと言ってくれました。当たり前ですね。

でも、私はそんな素直に褒められてやらないのです。

「うわ、少し今のは引きました」

「悪かったな」

彼は渋い顔をします。

「いえ、いいですよ。今日は無礼講ですからね。私が許して進ぜよう」

うわ、酔ってますね私。

これでお互いほろ酔いです。気分がいいのでさっきの突飛な質問にも答えてあげましょう。

「今日だけですよ、こんな格好をしてるのは。いいですか、いつの時代も女の子っていうのはお姫様に憧れるんです」

そう言って私はクルクルと回ってあげます。ふふ、可愛いでしょう?

「そんなものか」彼が呟きます。

「そんなものです」私が答えます。

お互いにちらりと目が合い、笑い合います。

 

これから、私はこの名前すら訊けなかった——知り合いにすらなれていない彼と終わりを共にします。

この心地良さの中、ただ世界にハブられたもの同士が肩を寄せ合って消えていくだけです。

なんて幸せでしょう。やはり私にとっては今日が一番幸せな日みたいです。

彼の隣にいると、今までの孤独も寂しさも凍りついた心も全てが暖かさに満ちていきます。恐らくは錯覚です。でも今はその錯覚こそが真実です。

 

「あ」

終わりを告げる星が近付いてくるのが見えました。その星はとても綺麗で、この瞬間が消える事への寂しさを助長します。

 

あわよくば彼と一緒にもう少し。私は彼の手を握ります。自分でも驚くぐらい自然な動作でした。不思議です。ああ、それだけ今、この瞬間が心地よいんだな、と思います。

ふふふ、もう何度も心地良いって言ってますね。

彼が私の手に応じて手を握り返してくれました。この瞬間がずっと続けばいいのに。そう思います。

光が届きます、次に音。最後には大きな衝撃が届くでしょう。

少し視点を変えれば世界はこんなに優しくて、醜いものも綺麗な何かの裏返しで、こんな惨めな私の最期に、あなたは寄り添ってくれています。

それでも世界は終わるのです。

全てがここで停滞し、閉塞する。

だからこの最期の感情が幸せだとそう思えているのが私には何より幸いです。

 

——ふふ、ありがとうございました。




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