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『大東亜興亡史~亡国の後の興国~』 著 竹田 兼次
第一章~興亡の亡の記~
戦艦ネヴァダ、ペンシルバニアから吐き出された砲弾が島をえぐる。作業小屋、医療小屋、兵舎すべてを等しくなぎ倒す。これだけの砲撃だ、更に航空機による事前偵察でも兵力差は歴然、爆撃も行っている。日本軍など虫の息だろうと、この戦いはすぐ終わると皆が思っていた。
だが実際はどうだろう?すぐに戦いは終わったのか?否終わらなかった。実質的な戦闘は散発的ではあるが1ヶ月程してようやく終了することとなる。
これはアメリカにとっての苦い戦いの始まりに過ぎず、アメリカ合衆国の日本への厭戦気質が上昇する最初の戦いとなったのである。
確かに日本兵は強いという訳ではない。装備も、能力も比較的に高いほうではないかもしれない。だが普通の軍隊ではないことは確かだった。白人至上主義、有色人種差別が根強く残る時代である。勿論、全てがそうであるとは言えないが、黄色人種が白人種に劣ると思われているのは確実だった。その中で置いて、彼らアメリカ兵にとって、戦いたくない相手は日本兵である。
玉砕が楽?さっさと死にたいから?バカな、そんな筈がない。撃たれて即死するのは急所に当たった場合のみだ。高火力機関銃であれば、ショック死する可能性もあるが、基本撃たれれば苦しむことは確実である。個々の能力が最高峰のドイツ兵であっても撃たれて倒れれば、基本起き上がることはない。
誰かが言った。『日本兵を殺すことは楽だ。何せ、自ら勝手に弾に当たりに来るから。でも戦いたくはない。こっちの精神が逝っちまう』
死を恐怖してなお、それを名誉として死にに来る。彼らを止める術はない。
『奴らとは戦いたくない』
絶対な兵力差でありながらも降伏しない、捕まえたとしてもほぼ全てが自害しようとする。これが、終戦のその日まで3年にわたって続くことになるのだ。
アメリカでの厭戦思想は常に上昇にあった。日本が昼夜を問わず爆撃されても、竹槍を持って訓練している中、アメリカでは風船爆弾や潜水艦より発進した、僅か1機の日本軍航空機でもうだめだと大騒ぎしたほどである。風船爆弾は確かに少なからずがアメリカ本土へ到着したが、それでも広大なアメリカ大陸である。効果の程は推して知るべしだ。余談だが、この作戦にて有効視された細菌兵器による風船爆弾攻撃は、当時昭和天皇によって却下されている。
特攻兵器とはいまだにアメリカ憎しの兵器だと思われがちだが、実際にはどうなのだろう?特攻機として有名なのは戦闘機隼である。これ実際に爆弾を括り付けて船に体当たりするよりも、爆弾は投下したほうが貫通力もあり有効性も高かった。只でさえ、少ない兵器を態々使い潰す必要性とは何なのであろう?爆弾の迎撃は不可能だが、固定された特攻機の迎撃は可能である。つまり、特攻可能位置にまで行ったのならば、爆撃は可能なのである。(青年将校らの暴走による、無意味な特攻兵器もあるにはあった。これらは基本回天や、伏龍等に始まる見えない特攻である)
まず、特攻とは初期段階では確かに敵を撃破することを重きに置いている。だが、ダメージコントロールによる対処が施されてからの終期にかけては敵の厭戦思想を高めることにあった。迎撃されることが間違いない、成功率が非常に低い練習機や木製機での幾度となく繰り返される特攻はアメリカ軍を狂気に陥れたのである。
傍から見れば、アホの所業とそこで終わってしまうのかもしれない。が、第一前提として、当時の日本軍、政府はアメリカに勝てるなどと一度も思ったことなどない。更に言えばフィリピンでの敗北によって日本自体の敗北は決定打となった。当時日本は無能と言われがちだが、それは神の目線からの我々歴史を知る者によってからの思想であり、事実、目に見える選択肢の中で、当時の日本はよくやったと言うべきであろう。
最後に原子爆弾の投下、いまだ実験段階で実用性の疑問視されていた大威力爆弾を日本へ落としたのは、高まる厭戦と日本に対する恐怖心によって、本土決戦だけは絶対にしたくなかったからだ。アッツ、沖縄、硫黄島、更に様々な戦地があるが、戦力差を大いに付けながらも何処も完全勝利とは言い難い。大局的には連合国の勝利として終わったかもしれない。だが、欧米列強の帝国主義は事実としてこの戦争で幕引きとなったし、結局日本を完全に屈服できたとは言い難い。
事実、アメリカは日本を従わせることを不可能とし、日本をソ連に対する防波堤として置くことにし、終戦五年で警察予備隊の設置を決めている。第一次大戦後のドイツでは必死に合法非合法問わず陸軍の保持に努めたが、日本の場合は異なる。自ら再軍備を進めることなく、アメリカ主導で兵器供給が行われ、更に追放解任されていた旧尉左官の再登用も行われている。これらは全て日本主導ではなく、アメリカ主導であった。激化する朝鮮戦争(ソ連対アメリカの代理戦争)で7万5千と少数でありながらもいかに日本がソビエトに対する防波堤として期待されていたかが分かる。
(中略)
現に日本は占領されて直に復興し、世界が驚く速度で躍進を遂げた。1980年代には自動車による貿易摩擦が起こるほどである。
今、日本は世界でどれほどの地位を築いているだろう?さて、国連であっても確かに常任理事国と言うものがあるが、非常任理事国であっても日本は最多の当選率を誇る。世界に置いても日本は決して無視できる存在ではなく、あの戦争での実質的な敗北者でありながら、最新鋭、最先端を幾つも先駆けているのだ。事実今、帝国主義はほぼ全て払拭されている。確かに日本主導ではないが、現在東南アジア諸国連合が存在し、かつての植民地は独立を果たしている国が多い。
大東亜共栄圏と言う聞こえだけは良い建前ではあったが、今世界を見てみれば、日本はこうして無視できぬ
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4月より度々飛来する敵飛行機。何故か海をよく飛ぶ。何事かと思えば船見ゆる。4隻の船である。一度この地に訪れてより、幾度となく見ゆ味方の戦船なり。空へとその銃砲を撃ち、敵を墜とさんとす。時折、敵大飛行機隊が味方船を探すも、その次には無事にその姿を見るものなり。
5月に入りて、幾度となく飛行機による、攻撃を受けるものなり。果敢に空へと砲を撃つものの、これ当たる効果なし。この時になると味方の船も見ること叶わず。されど、霧深きときに幾度となく既に聞きなれた発砲を認む。これ聞く度にああ、居るなと思ふ。
『撃てぇ!』
叫び声が聞こえる。声だけは勇ましくも、既に時過ぎて弾も尽き、疎らにしか音は聞こえず。それに合わせて雄叫びを出し、棒っ切れ一つわが身一つで敵へと突っ込む者が後を絶たぬ。
自棄であると称せばそうであるし、違うと言えば違う。明日への突撃と言えば聞こえが良いが、ようは口減らしである。身体の何処かを痛め、長くないと思った者よりこれを敢行す。時折、皆、酒を含む。少しばかり気が強くなり、死ぬ時に楽になれると今は感謝する。
『まだ死ねぬ』
既に弾、食料も尽き、あとは少しばかりの時を待つばかりとなった。壕の中に身を潜め、考え無き敵を待つ。壕へ降りて来た所を一突きである。これを何度何度と繰り返す。なれど、敵以上味方がそこには倒れる。
『まだ死ねぬ』
死ねば次に死ぬのはお前の隣だ。だから死ぬな。だから死ねぬ。一人でも、多くを看取って最後にいけ。皆にそれが言い渡される。つまりこれ以上誰も死ねぬらしい。これには皆苦笑いを浮かぶる。皆で酒を仰ぐ。
『歌え!陸軍一番!』
天に代わりて不義を討つ忠勇無双の我が兵は
勝たずば生きて還らじと誓う心の勇ましさ
『全員着剣、抜刀!!』
言うが、武器を持つものは少ない。良くて円匙や鍬、酷ければ小枝である。それを手に添え、ただ一言叫び走る。撃たれて倒れて、それでも走る。
『大日本帝国万歳!』
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今年は1985年。戦後40年という月日が経ちました。今日は如何に戦争が愚かであるか、特集としてアッツ島での悲劇をお送りしたいと思います。
さて、夏休みのこの時期ですが、終戦記念日には皆さん学校へ登校なされた記憶があると思われます。そして、同時刻に黙祷を捧げますよね。あまり知られていないことなんですが、実際の終戦は調印のなされた9月2日で、諸外国では9月2日~3日であることが多いです、まぁこれは一旦置いておきましょう。
本題にはいりましょう。
今日お話しすることは、歴史の授業で習った日本最初の玉砕、アッツ島玉砕の起こるまでのお話です。
『アッツ玉砕は防げた?』
さて、皆さんよく知るように、アッツ島があるのは北半球、分かりやすく言えば、いえ、厳密には違いますが、アラスカの近くです。アッツ玉砕はアメリカ軍に包囲された日本軍が止む無くして自らの意志で決行したと永らくの間されてきました。ですが、事実はそのようなことではなく、大本営、つまり日本軍の司令部ですね、こちらがアッツ島にいる日本軍へ玉砕の命令を出したのだと分かっています。
ではこちらをご覧ください。これは当時の日本海軍のアッツ島周辺の航海記録の一部です。
皆さんお判りでしょうか?日本海軍の船が幾度となくアッツ島周辺に到達しているのです。しかも、玉砕までの戦闘が始まる半月ほど前には4隻もの船がアッツ島に到達しているのです。その後も数度にわたり、アッツ島が見える、アッツ島からも見える位置までこの4隻は接近しております。
そうです、日本軍はアッツ島に存在する日本兵を救出することが出来ていながら、あえて、玉砕を強制したのです。これは如何に当時の日本軍が非道で合理的ではない軍隊であったかが伺えます。しかし、アッツ島の本当に近くのキスカ島では全ての日本軍の撤退に成功しています。当時の日本軍は愚かにもアッツ島にいる軍隊が壊滅するまで精神論で何とかなると、そう考えていたのです。
『この時の4隻の船の指揮官はあることで有名なあの人』
日本軍の悲劇で有名なのは、アッツ島やガタルカナル島の戦い、沖縄戦における航空機および戦艦特攻があります。意味のない戦いを繰り広げ、いたずらに被害を拡大させ続けた愚かな戦いの一群です。
そして、沖縄特攻において、日本海軍の艦隊で沖縄付近に到達し、アメリカ艦隊との戦いを繰り広げた艦隊の指揮官が『木村利正少将』です。この作戦は特号作戦と呼ばれ、当時航空機特攻でアメリカ艦隊への被害が減ってきたことによって代替案として『木村利正少将』に発案されたものであるそうです。
アメリカ艦隊に無差別攻撃を繰り返し、そして参加した船全てを損失するといった大敗北でありました。結果的に言えば、それまでの航空機特攻での被害よりも遙かに多くの人的損失を被ったことになるのです。
さて、件の『木村利正少将』ですが、あまり知られていませんが、アッツ島での玉砕にも大いに関わり合いある人物なのです。
では、続きを見ていきましょう。
このアッツ島に何度も近づいた船なんですが、種類で言えば小型の駆逐艦というものになります。足が速く、小さいので、キスカ島での撤退でも主力として活躍した船ですね。この時、アッツ島の4隻の船の指揮官がなんと、沖縄特攻艦隊の指揮官と同じ『彼の少将』だったのです。
正しく当時の唾棄すべく、『軍国主義者』『軍人精神』の持ち主だと言えましょう。
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發一 必要ナ物資、人員ヲ求ム數ヲ早急ニ傳エラレタシ
現在、海、陸合ワセテ敵軍ヲ擊滅戰ト更ナル作戰ノ進行ヲ進ム
今暫シ待チ、增援到着マデ奮起セヨ
着二 出來モセ補給、虛言、此ノ期ニ及ンデ不要ナリ
我ラ此ノ地ニテ身ヲ埋メル者ナリ
爲レド、一二驅逐隊ヘノ我々ヘノ盡力萬感ノ思イニテ感謝スル
發一 傳エ置ク
ナオ作戰書全テノ投棄ヲ命ズ
一ツノ破片モ殘サズ、處分サレタシ
着ニ 此レヨリ無線機ノ破壞ヲ敢行後
全テノ武裝及ビ作戰書投棄ヲ實行ス
大日本帝國萬歲、皇國軍萬歲
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幾度となく来る無電を躱す。
『第壱弐隊帰還せよ』
聞こえぬ。
『第壱弐隊帰還せよ』
聞こえぬ。
『第壱弐隊帰還せよ』
我ガ隊、通信機故障ニテ、内容ヲ確認スル事叶ワズ
一度帰還し、再びこの海へとやって来た。これ以上は危険と、キスカからの状況から判断した上層部より、作戦期間の短縮を命ずられた。なれど我ら未だ海にあり。大目玉を頂戴するだろう。だが、捨て置けぬ。これ以上は近づけなくても彼らの、心少しでも労わろう。
敵の飛行艇を落とした。少しでも時間が稼げるだろうか?大量の飛行機を見つけた。慌てて島陰に隠れ、船を隠した。見つからねばいいが。霧が濃くなる、島に近づき鐘を鳴らした。彼らを本土へ返してあげたい。だがせぬと決めた。
『天に御座す神々よ、我が悪事特とご覧あれ
千里を越えて、何時か此の罪償わんと、此処に誓わん』
1942年5月10日 第12駆逐隊帰還す。我ら彼らに出来たこと爪の先にも満たぬと思う。
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「言わずとも分かるな?」
「是非もなし」
「よろしい!憲兵!こ奴を連れて行け!」
作戦終了直後、船を降りてすぐに拘束され、連行拘留される。幾度と殴られ、顔は腫れ上がり、目を開けることも辛い。再三なる命令無視、感情論で貴重な吹雪型駆逐艦4隻を失う可能性があったのだ。このまま軍法会議にかけられ、最高でも更迭予備役編入、もしくは銃殺刑。最悪、名誉無き絞首刑もあり得た。
この拘留が解かれたのは、5月30日のことである。
「拘束解け!電文読み上げる!心して聞くように!」
朕、熱田ニテ戰ッタ者達ノ故鄕ヘノ歸參ヲ望ムガ、ソレ叶ワズ。再三ナル我ガ望ヲ意圖的ニ曲解シ、此ノ非常爲ル結果ヲ招イタコトヲ甚ダ遺憾トス。サレド驅逐隊壹貳は危險ニ置居テモ、恐レズ、熱田ノ支援ヲ果タシタ。朕此レヲ嬉シク思フ。熱田將兵等ノ感謝モ、其ノ方等ニ在リヤ。今後モ、其ノ力、祖國繁榮ノ爲ニ役立レタシ。
「以上!……お疲れ様でした、木村殿よくぞ耐えられた。ご噂はかねがね聞き及んでおります。確かに褒められた行為では無かろうとも、我らは貴方方の心意気に非常に厚感を覚えております。……それとこれは別件ですが貴方に会いたいという者たちがおります」
濡れ布で血まみれの顔を拭き、室外へと肩を借りて出る。そこにはあの時の陸兵らがいた。
「我ら一同、聞き及んでおります!」
彼らが言うのは、私の命令曲解、そして無視のことだ。その結果彼らの命は助かった。だが言えば、知っていながら彼らの戦友を見捨てたこと他ならない。
「すまん……」
「何を仰られますか!危険を冒し、皆を労い、陛下の御心をもご理解した御仁が謝りなさらないで下さい!我ら守備隊生還兵一同、感謝はすれども何一つ思うことはありませぬ!祖国繁栄のために更なる良き死に場所を下さること誠に感謝しております!どうぞ、お身体をお大事にともに世を駆け抜けましょうぞ!……部下の手前大声で失礼しました、今はただお休み下さい、我ら真非常に感じ入っております。ではまた」
「総員足開け!足閉じれ!海軍式敬礼!」
彼らは一糸乱れぬ姿で、やり慣れぬはずの右手で敬礼を行った。今はただこの感謝が重い、精神的にも参っているのだろうか?ただ少し、体が休息を欲しているのは確かであった。
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「ふへへへへ」
気持ち悪く笑う少女がいた。表情までも気持ち悪いと呼べるかどうか、といえばそうでもないが、でもやっぱり声だけで言えば気持ち悪い。彼女が整っている容姿で良かったと思える。
「キモっ」
「ひどっ!?」
それでも、やはり思わず声に出してしまったようだ。いつも以上の上機嫌で嬉しそうなため、どうせ彼関係のことだと分かっていたから、少し嫉妬も入っているのかもしれない。彼と再び出会えてから、大人になると決めたのに、これではやはりガキである。見られてないと良いのだが。
「で、何があったのよ?聞いて欲しいんでしょ」
少しため息交じりに、朝からいまだに緩みっぱなしの情けない東雲に、前を向いたまま歩きながら問いかける。怒気が入っていると思われてないと良いが。私はやはり、感情面を抑えることでは東雲に劣る。彼女のようにいつも機嫌よく笑ってはいない。そもそも彼の前で笑えているのだろうか?いつも仏頂面のような気がして少し落ち込む。
「はぁ……」
「……叢雲ちゃん?」
またため息が出てしまった。しかも、思わずといったばかりに東雲の笑顔が途切れるほどの深いモノだ。心許せる親友の、むしろ家族と言って差し支えないほどに一緒にいた彼女の表情を崩すのはいつも私だ。
「……あっ、それで私が笑っている理由ですか?聞きたいですよね?聞きたいんですよね?」
どうやら、気も使わせてしまったよう。彼女には言わなくても、ばれている節があるので当然か。東雲は彼が初めて艦長になった
第12駆逐隊の司令について、ホンの僅かの期間を除いて彼と共に私たちはあった。すぐにすげ替わる艦長職や司令官でありながら開戦からほぼずっと一緒に居た。東雲なんて、私たちが持ついくつもの平行世界の記憶でも、彼が居るときと居ないときでは、生き残れる時間は全く違う。彼が居なければ彼女の名前を知る人なんてほとんど居ないのだ。彼女の彼に対する思いは私以上かもしれない。
「で?早く話しなさいよ、聞いてあげるから」
少し足を止めて彼女の方を向く。笑えているだろうか?いや、やはり苦笑いであろう。
「あっ!それでですね!私が気持ちよく笑って居る理由なんですけどね!」
それは嫌味か?
曰く、響と榛名と初売りに行った時に買った簪を褒めて貰ったらしい。にじみ雲の簪袋に入ったそれを見せて貰えば円盤に雲の間から陽光が浮かぶ様を縁取った簪。この品の名前も『東雲』と言うので、思わず買ってしまったのだとか。そして、気づくかな?とさり気なく彼の前でいつも側頭部に揺っている髪留めを見せたらしい。多分いや絶対に彼女が挙動不審だったのは間違いない、それだけは言える。そして、彼はもれなく彼女が欲しかった言葉をくれたのだとか。
「綺麗だね、東雲……ですよ!ふへへへへ私綺麗なんだぁ~」
……何それずるい。私も言われたいよ。
「ワタシ知らないんだけれども?どういうことよ、誘いなさいよ」
ついでに、一人だけ置いて行かれていや、酒匂も置いて行かれているか……。それでも仲間外れにされていることに変わりはない。少し落ち込んだ。そして、またキツくなる語調。これではいけない、でも顔が少しひきつる、
「え?誘ったよ?ただ、叢雲ちゃん夜中にどこかに行ったと思ったら、明け方に帰ってきて起こしたけど、いいわ、勝手に行ってきなさいって言ってたから」
身から出た錆である。ことあるごとに彼の寝室で寝顔を覗きに行っていることで、起きた不祥事である。彼女東雲に不機嫌な八つ当たりをすることは間違っている、それは違いない。
「そう、それはごめんなさい。ワタシが悪いわね」
「叢雲ちゃん、お昼から一緒に出掛ける?どうせ最近は訓練も物資関係の為に終日休業だし、申請すれば比較的通りやすいと思うよ?提督も誘って行けば……」
「……そうね、行きましょうか。彼のことだし身だしなみを最低限整える私物しか持っていないし、これを機に少しそろえてもいいわね」
あれだけの申請をしたが、どうせ作戦が通るのは早くて二週間、遅くて
『戦争はしない』戦後のこの国に生まれてきた者達のこの気持ち、否定はできないししたくもない。憲法も世界に誇れる日本の良い法であると断言できる。それでも、彼らは人ではない、
それはともかく、出かけよう。一度私との約束をぶっちぎったのだ、断りはしないだろう。
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こうして、計画通りに彼を連れ出すことに成功した。と言うより、無理やり引きずって出てきた。私服を持っていないというのだから当然である。ちなみに、東雲は罰として連れて行かない。私とだけである。
『落ち目もある、かまわんぞ?だが私も行くのか?生憎とこじゃれた服飾など持っていないので、
私服を持っていないと宣うので、今の今まではどうしていたのか聞くと、
「これはワタシが先導しないと行けないわね……」
何せ、旧帝国の人間だ、今の時代なんて分かりもしないだろう。
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彼は手際よく、手続きを済ませるとゲートの警務隊員に声をかけ、車の手配を済ませる。有無を言わせぬ早業だ。私たちが何時も外出するときはバスに乗るが、今日は運転手送迎付きである。彼はなぜか当たり前にように使っているが、何故警務隊員《かれら》も従っているのだろうか?聞いてみた。
『少し差し入れをしてから仲良くなってね、優遇してくれるようになったのだよ』
何を差し入れしたのかと聞けば、森伊蔵である。確実に買おうと思えば相当な値段がするはずだ。抽選に当たりさえすれば3000円ほどで済むが、普通はその10倍はするらしい。
さて、本人は自らを昼行燈、と称しているが、そんなことはない。戦時中、第12駆逐隊の面々は勿論のごとく、彼は陸軍にも一部熱狂な信者が居たし、厄介な青年将校にも大変好かれていた。それこそ、聞伝えだが彼の遺書で反乱傾向が一瞬で収まるほどである。最終決戦時も乗員を有志のみに限っても上限以上に人が集まるほどだ。彼は確かにぼんやりとしているように見えるが、人を良く見る。声には出さないが、人を良く思いやる、そんな人間だ。
「でも、木村さんあんなものどうやって手に入れたんですか?あれだけの数、全部でいくらするのか……」
「ん?酒か?以前外出した時にね、とあるじい様から譲り受けたものだよ、値段は知らんなぁ。もう少し残っているが、今度約束があってな、その時飲むからこれ以上はやれんぞ?今日の礼にまた何か待機所に持っていくよ、期待しないで待ってくれ」
山国高尾、元陸軍中尉。……知っている、アッツの帰還兵である。その後のソ連侵攻も樋口中将の元戦い抜いた人だ。私も彼と会ったことがある、その時は東雲と二人だったが、4人そろった時にもう一度と言って約束したのだから当然だ。
山国中尉が彼と出会った時の状況を思えば、苦笑いが出る。私たちの時と同じように確実に男泣きしていたはずだろうから。彼を慕った人間は多くても、彼ほどの木村信者は3桁しかいない。生き残っている者で言えば2桁いるかいないかである。この世界では30年ほど昔、とあるテレビ放送があった後4000人の旧陸軍兵と4500人の旧海軍兵でのテレビ局包囲騒動があったらしい。
当時、既に年寄りばかりとはいえ軍人の集団である、警察は手が出せないでいた。更に当初のあまりの物々しさに自衛隊の導入もあったが、気づけば、何があったのか自衛隊は寝返って同じようにテレビ局を包囲しており、更に要請で導入されたアメリカ軍も周囲を取り囲むだけに留まり、その場はお祭り騒ぎになったらしい。事実、当時飯は大事だと、どこぞより引っ張ってきた出店が周囲には集まり、テレビ局内部の悲壮感とはことなり同窓会気分で『わいわいがやがや』していたのだとか。それが訂正放送の制作と放映される時までの3週間続いたらしい。ちなみに要望として、その時放送された内容と同じくらいの時間枠を取らなければ行けなかったので、テレビ局は涙目だろう。その時の矢面になっていた人が山国中尉ら帰還兵と最終決戦に参加できなかった第12駆逐隊の若年兵たちであった。
この世界はいわゆる混じり合った世界と呼ばれ、艦娘と一部の人間によって戦争で辿ってきた歴史が二通り語り継がれている。どこで混じったのか、30年ほど前を境に、異なった歴史と人が同時にして存在する奇妙な説明のつかない世界。そしてそれを不審に思わない世界。今思えば、これが今回の深海棲艦大戦の人類によって説明のつかない存在による戦争の一旦なのかもしれない。
考えことをしているうちに目的地に到着した。彼が下りると、ノリの良い警務隊員は二名は『ご無事のご帰還お待ちしております!』と敬礼。彼も苦笑いで『感謝する、ご苦労』と返す。提督連中の彼の評価はコスプレ野郎だが、自衛隊員の彼の評価はどう考えても逆らえない雰囲気の上級階級の人である。上層部では確信はないが、薄々気づいている人間もいるのかもしれない。見る人が見れば、分かるものを彼は身に着けていたのだから。
「どうした、叢雲。いかんのか?」
「……少し考え事をしていたの、いきましょうか」
彼と歩く。横須賀の大型モールの前ではあるが、中にはいるまで少し距離がある。少し電車に乗れば東京であり小洒落たお店が多くあるが、彼が渋った。『魔境には行きたくない』のだとか。なんでも、感性が合わんから無理だ。まして、爺が行く場所ではない。偏見でしょ、それはと思わず笑ったが、どうせ制服だし、彼に合わせて私も艦娘服である。それも彼が来る前の白ではなく明らかな迷彩服だ。少しこれで渋谷、銀座は遠慮したい。
ふと気づけば、さりげなく歩道の外側、車道より離れた位置を歩いていることに気付く。彼が車道側だ。歩幅も合わせているのだろうか、私はいつもの歩調で彼は隣にいる。今思えば、彼は私と二人だけの時は椅子だって引いてくれるし、扉だって開けてくれる。喉が渇けば、タイミングよく『紅茶かコーヒーでも入れようか?』と聞いてくれる。実に紳士的だ。女性として扱われていると思えば、ふと嬉しくなる。
……彼が紳士なら、もう少し、淑女然とするべきよね?
店内に入れば、さすがに奇異の目で見られる。実際には制服着て外出するのは一部だけなので軍港の町といえども珍しい。まぁ、こんな格好なので当然か。彼はここを室内として扱うのか、帽子を脱ぎ小脇に抱える。
「お茶にでもしようか」
そのまま、エスカレータのほうへ歩けば、彼はその手前で私を待ち、わざわざ手を差し伸べてくれる。確かに必要はないんだろうが、紳士的な様式美である。ここでもまた少し顔が緩む。
店のブースに入れば椅子を引き、私を座らせ飲みたいものを聞いてくれる。
「同じモノが良いわ」
そう告げれば、彼はカツカツと歩いて行きレジにて注文を済ませる。少し待って戻ってくれば、ロイアルミルクティー二つと苺タルト、エクセルチョコレートというケーキも盆の上に置かれている。
「ワタシに合わせてくれたの?そこまで気を使わなくてもいいわよ」
内容を伺えば、彼に対する私の印象と異なるモノが乗っていたの思わず聞いてしまった。
「ん?紅茶は好きだぞ?仕事中は珈琲だが、紅茶も結構口にする。それと甘味はすこし目についたからな、思わずといったところだ。食べるだろう?」
「あり難くいただくわ」
こうまでも言われればこれ以上はこちらは何も言えない。やはり少しの間だが、外は寒い。特に海風が流れ込むこの町はそうだ。あったかい、ほんのり甘いミルクティーは美味しい。少し考えたが苺タルトを受け取る。
「う~ん、まぁまぁね」
「そうだな」
奢ってもらって失礼かもしれないが、呟いてしまう。これで機嫌を悪くすることはない人なのでそこは気にしていない。何処で見つけたのか、少し前に彼が買って来たフランス洋菓子店のケーキの方が美味しかった。クリスマスケーキもそこで注文したほどである。
「ねぇ、そっちはどんな感じ?」
それでも少し気になるので、自分で買ってこようかなと思わず考える。
「少し、甘めのチョコケーキだな。食べるか?」
彼は少し端を切り取ると、それをこちらに差し出してくる。食べていいのかな?食べさせてくれるのかと、思ってそのまま口にパクリと運ぶ。うん、美味しい。さっきよりも美味しいかも。
「え?」
「……え?」
ふと彼が疑問符を浮かべたので、少し首をかしげて見てしまう。食べちゃいけなかったのかな?冗談だったとか?それなら欲深いとか食い意地張ったとか思われてしまった?
「あ、いや何、大したことはない。そのフォークを渡したつもりだったんだが、そのまま食べてしまったから驚いただけだよ」
自らの顔がカッと赤くなるのが分かる。そして少し下を向いてしまう。やってしまった。フォークは横向きだったし、確かに少し食べ辛い位置だなと思ったけど、勝手な願望で行動してしまったのだと気づく。
「あぃや、その、これは違うのよ」
恥ずかしさのあまり、尻すぼみになっていく言葉。よく考えれば、この後彼は私が口にフォークを使うのである。あ、いや、これはそのまま口にしないでフォークを受け取っていても同じことか……
「叢雲、気にするな」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられる。……こんなことが、嬉しい。
彼のいつもの苦笑いで、また恥ずかしくなってばっと顔を上げ、残りのケーキを掻き込む。そしてそれを紅茶で流し込む。こちらの様子を見て察したのか、彼も慌ててすべてを平らげる。立ち上がって、そして足早にブース外へと出る。そこまでして気づく。やってしまった、また気を使わせてしまった。子供みたいだって思われてないかしら?
すぐに隣へと着いた彼を横目で見上げる。ここで『子供みたいだなんて思ってないでしょうね?』なんて聞けば恥の上塗りになるのは確実。いまだに顔は熱い。はぁ、おさまれ私の顔面。落ち着きなさい、叢雲。貴女はそんな性格じゃないでしょと自分に言い聞かせる。
その後、彼の服をみようと引っ張って来る。最近の服飾店は彼にはあうまい。値段が手ごろな有名店も入っているが、そこらは全部却下した。結局、彼に似合う服が見つからない。確かにそこらで私が選べば彼は着てくれるかもしれないが、それでは意味がない。彼も納得のいく、そして彼に似合う服でないといけないのだ。
ふと周囲を見渡せば、彼を皆が避けていく。結局たどり着いたのは、スーツを取り扱う場所だった。
こちらをチラリと伺うと彼はまた、頭を軽く撫で、少し座ってると良いとだけ告げ売り場の奥に消える。ダメだ、なんだこれは。今日は失態ばかりではないか。
「……叢雲?どうかしたのか?」
気づけば、彼が目の前に再びいた。試着しているのか、濃い灰色の
「あ、その、似合ってるわ」
「そうか、お世辞でもうれしいよ」
確かに青年と呼べる今の彼が着るような服装ではない。でも、やはりこの落ち着いた感じこそが彼だ。ダメじゃない、結局役に立てなかった。少し払ってくると言って、また彼は消える。着替えて、軍服に戻っている彼。今度は彼が場違いな服装の私に合わせてくれる感じだ。
「また髭でも蓄えるかな」
「……止めておきなさい、その顔であの髭は諸々に迷惑がかかるわ。それこそ大派閥ができるほどに」
「冗談だ、体調が悪いという訳でもなさそうだ、何を落ち込んでいるのか分からんが、これで機嫌を直してくれないか?」
にじみ雲の簪袋からそっと取り出したのは小さな二つの挿し櫛。
「月に叢雲という作品らしいぞ、東雲たちの購入した店で買ってきた」
東雲の簪は一本挿しの珊瑚簪に装飾として小さな雲と日輪がぶら下がっているものだ。今彼が取り出したものは赤鼈甲に金箔で装飾描かれた
「もみあげでいいのか?いつも横髪を結っているだろう?そこに挿してはどうかと思ったんだが……叢雲?」
「……何でもないわ、その、挿してくれるかしら?」
そうお願いすれば、一束ずつ私の髪を持ち上げ、いつもは耳下程の位置の赤の結い紐を少し上に、目元程までに上げ、そこに挿し櫛をいれる。
「その、どうかしら?」
「うむ、在り来たりで済まんが似合っているぞ、叢雲。綺麗だ」
「そう、ありがとう」
ゆっくりと顔を彼の方に向ける。できる限り東雲みたいにならないように努めて。どうだろう、笑えているだろうか?彼の顔は苦笑いではない。彼の瞳に映る私は、私が見たことのない笑顔の私。その日一番の、いえ、艦娘になって一番の笑顔でお礼を言えたと思う。
「……えへへ、司令官ありがとう、その、礼を言うわ」
あ、だめだ、崩れた。