帰ろう、帰ればまた来れるから   作:髪様

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とりま、以前のモノを掲載。
ボチボチ時期も時期なので、気が向いたときに書こうかな。うん
私は書きたいこと書きます。

文句あるならかかってこいや!
隅で丸くなってほとぼり冷めるまで、丸くなってますから(チキン野郎)
嫌いな人の要求でも、対価をくれるなら応えます。
とはいえ、石ころ渡されたって鼻で笑いますが(喧嘩腰


悪夢の終わりを始めよう

 英国学会及び英国海軍の共同発表より

 

 

 まず我々は、全世界において突如として出現し、人類に攻撃を継続する存在。彼ら人類に敵対的な存在を、帝国主義の亡霊(Phantom of imperialism)と名付けました。ロンドンをはじめ、今現在我々は彼らと様々な土地で交戦を続けております。陸上に置いて、彼ら帝国主義の亡霊は、亡霊の名にふさわしく我らの攻撃をことごとく無効化しており、戦線の後退は避けられないモノとなっております。陸上における亡霊、とは別に海上における亡霊を突如として水底から湧き出るように現れたことから深きに生きる艦(Deep inhabiting ship)、深海棲艦と名付けました。

 

 彼ら亡霊が我々人類と敵対する明確な理由は今現在調査中ですが、断片的に判明した部分から先の大戦の連合軍側からの被害が大きく出ているということです。彼ら亡霊たちが時々呟く内容から、我々は此度の命名に至りました。旧枢軸国側からの被害が現状少ないことについてですが、彼らは敗北によって一度もしくは二度、帝国主義を諦めざるに負えない状況になりました。然し我らは戦争の勝者側についておきながらも、帝国主義を自ら放棄する事となりました。帝国主義とは言い換えれば大航海時代の幕開けより続く我らの負の歴史であります。そして、その達成にかけられた歳月は何代にも渡ります。悪しき善しきは別にして、これを放棄するに至った不甲斐なさを彼ら帝国主義の先人たちはどう考えるでしょう?

 

 結果はこれでしょう。例えていうならば、10連優勝のスポーツ強豪チームがまず、負けたとします。この場合OB呼ばれる存在はまず、どこに怒りを覚えるでしょうか?敵チームでしょうか?いえ、味方の不甲斐なさに怒るのです。つまり、此度は悪しき主義の亡者たちが、我らに八つ当たり的に怒りを覚え、そしてやり場のないそれを態々こうして死より這い出て発散しようとしているのです。――

 

 

 

 

 当初、この発表は英国の名を妖精さんの国と笑い、地に貶めた。しかし、戦況が悪化の一方を辿るにつれて、これを各国が逆説的に証明する結末となった。だが、気付いたところで何の対処もすることはできない。欧州はほぼ陥落し、ドイツ、フランス、オーストリア、イタリア、ルーマニア、フィンランド等に分けて亡命政府を立てることとなるのである。

 

 

▽▲

 

 

 「公表しないとはどういう事でしょうか?」

 

 とある転換期の後に行われた閣僚会議の一幕である。後に太平洋決戦と呼ばれる、西海岸アメリカ海軍と在日太平洋艦隊、自衛隊との合同作戦。その4日後であった。この戦いでは自衛隊は在日太平洋艦隊支援として参加。初めて深海棲艦との戦闘を目撃することとなる。

 

 「今現状では必要ないと判断する」

 

 海戦の結末は西海岸より出撃した艦隊の壊滅をもって終結する。在日艦隊と自衛隊の目と鼻の先、合流直前に西海岸艦隊の最後の一隻、旗艦ジョンFケネディが海中に没したのである。それに伴い作戦は中断、在日太平洋艦隊と自衛隊は何をするまでもなく横須賀へと帰港することとなった。深海棲艦大戦が始まって2年ほどの月日が経過したある日のことであった。

 

 「何故でしょうか?正直今ここで危機感を煽らなければ、次は防衛線を突破されたその時になるかもしれないのですよ?それでは遅すぎる」

 「……まだ我らが亡霊どもと戦うことになるかは分からんではないか?むしろ現状で公表して、我々は成す術もなくやられるしかありませんと国民に向けて発信するとでも?どうなるか分かったものじゃない」

 

 日本という国は世界が大混乱の渦に巻き込まれ、空路と海路の7割を損失してもなお、現状では不運な戦闘に巻き込まれた以外で深海棲艦より攻撃を受けていない。だからであろうか、現状のままでも亡霊(かれら)と戦うことなく全てが終わるのではないか?という希望的なものを抱いていた。後にそれは間違っていたとツケを払わされるのだが、現状では仕方がないと言えた。

 

 「要らぬ危機感を煽って、もし、世論が開戦に傾いてみろ。今は大丈夫だが、こちらから攻撃を仕掛ければ、奴らが応戦しないわけがないだろう?そうなれば、待つのは現状の世界各国と同じだ」

 

 もしこの時に発表していたのならば、日本は深海棲艦の標的ではないとの思い込みが生まれなければ、日本海決戦での自衛隊の壊滅はなかったのだろうか?いや、変わらないだろう。世界最大のアメリカ海軍艦隊ですら、成す術もなく消滅したのだから。

 

 

▽▲

 

 

 みろよ、我らがアメリカ(ロシア)もこれで終わりだ!陸も海も全て奪われた!撃て撃て撃て撃て!クソめ!航空機支援はまだか!飛行場が燃えている?もうだめだ。撤退しろ!もうここもだめだ!逃げろと言われても何処に行けばいいんだ。腹がへったな、兄弟、これが最後の板チョコだ。俺はだめだから、お前にやるよ。行け行け行け行け(GOGOGOGO)、止まるな死ぬぞ!化け物どもめ!誰かこいつを頼む!助けてくれ。死にたくない、死にたくない。嫌だ、嫌だ、来るなっ!俺の足はもうついてないのに、足の場所が痛いんだ。誰か俺の頭を撃ってくれよ、この悪夢から覚めたいんだ。なぁ、次起きれば母ちゃんとが作ってくれたシチューでもあんのかな?もう一度食いたかった。

 

 死にたい、死ねない、死ね、殺してやる。亡霊どもめ、今に見てろ。絶対に根絶やしにしてやる。

 

 

 『全艦抜錨!我らはこれより対深海棲艦戦闘を開始します!』

  『これ以上はやらせません!』

『貴方たちの無念、私たちが晴らして見せましょう!』

   『世界、そして皇国の興亡この一戦に在り!』

  『亡者如きが人の世を乱していい通りはありません!』

 『穿て!その怨念!』

『よっしゃ、いっちょやったるか!』

   『魚雷装填よーい!15分でやっちゃって下さい!』

 『此処は私達が通しません』

  『もといた場所に、沈みなさい!』

    『夜戦だって?お任せ―』

 

 

 ご覧ください、この堂々たる勇姿を。過去の英霊たちが我々の為に馳せ参じてくれたのです。

 ご覧ください、誇り高き姿を。未だ開けぬ夜を一筋の光として駆け抜ける彼女らを。

 

 

 我らは忘れてはなりません、過去を、今を、そして未来を。

 人はその過去を知ることで強くなります。

 人はその今を知ることで弱さを知ります。

 人はその未来を見ることで歩くことができるのです。

 

 上だけを向いて進む時代は終わりました。

 下だけを向いて懺悔する時代は終わりました。

 過去(うしろ)だけに縛られて、立ち止まる時代は終わりました。

 

 後ろを向いても、進む事は出来ないのでしょう。

 上だけ向いても、足元をすくわれるのでしょう。

 前だけ向いても、過ちは正されないのでしょう。

 

 歩きましょう、少しずつ。

 支えましょう、隣人を。

 前も後ろも横も等しく全て見渡しましょう。

 

 さすれば、世界はきっと良くなる。

 

 今我ら日本は、再びの転換期を向けました。

 まだまだ辛い時期は多くあるのです。

 ですが、我らはそれすらも容易に乗り越えられる。

 貴方の祖父母がそうであったように。

 今という時代を作り上げてきた祖先祖霊がそうであったように。

 今あることを感謝して、戦いましょう。

 

 日本は再び、日出国として羽ばたくのです。

 

 

 『『さぁ、行こう、暁の水平線に勝利を刻め!!』』

 

 

▽▲

 

 出張板、靖国のあのね!

 

「どうしましょう、叢雲ちゃん。後書きからの脱却ですよ!?」

「安心しなさい、今回だけよ。面倒な内容が多いので触りだけ読んで無理だと思ったら飛ばしなさい」

「文章量の関係上、後書きで書くことは好ましくないからここに来たのよね」

「例によって本編とは関係のないお話です!でも、このお話での深海棲艦と艦娘の関係には大きくかかわってきます。まぁ、補足知識としてここでは小難しい眠たくなる話をしていきます」

「今回は神道思想の根源より、靖国思想とはどういったモノかというモノを解説していきたいと思うわ」

「まぁ、神社信仰でも百人十色ですのでこれ全てが正しいという訳ではないのです」

「単なる本来の考え方を淡々と述べていくだけだからそこの所理解はよろしく頼むわよ」

 

 さて、最初の結論から言えば、今現在、全ての宗教は神道も含めて根源にあったものからは大きく外れているの。

 イスラームの教え然り、キリスト然り、仏教然りね。

 言うならば天上天下唯我独尊という言葉があるのだけれども、これは私は誰より尊いと言う意味よね?でも現状では、自分勝手な奴を指す言葉として唯我独尊と使われることがあるわ。大きな誤りよね?世界全てを見渡しても何一つ比べることなくあなたは尊いのです。人の命が軽い時代に、その身分も隔てなく等しく命は平等であるという意味で使われた言葉であって、自己中を指すものでは断じてないの。

 イスラームの教えでしても本来ならば、多神教であり、アッラーはその中の一人でしかないの、この時点で破綻しているわ。時の権力者が自分に都合の良い神だけを残し、全てを消してしまったから今のイスラム教になってしまったのが原因なのだけれどもね。

 キリスト教でもそうなのだけれども、何時何処で誰が聖戦を唱えたのかしらね?イエスは隣人を愛しなさい、全ての人が隣人を愛し、手を取り合えば……、なんて人が『そこにいた他宗教の奴皆殺しにして私が死んだ場所取り返してくれる?』なんて内容の聖戦を唱えるハズもないわ。聖書の教えに従いなんて言っても、どこにもそんな教えなんて書いてない訳よ。

 

 で、靖国思想、いわば神道の在り方に移るのだけれども、まず、神社信仰の在り方も現状ではこれらの宗教同様既に改変されており、元の在り方を知るモノ、その在り方通りに信仰している人は限りなく少ないの。

 神社に行けばある御利益というモノだけれども、そもそもこれは何なのかしら?正直意味が分からないどころか、商売繁盛子宝必勝祈願、どれもこれも無意味なこじ付けにも程があるの。といっても神仏習合やらで失われた神様が多すぎて、仏教思想が混じり合ってしまっているので、これらも原因の一因でもあるのよね。

 

 日本書紀、古事記、晴れとケと穢れから起こった土着信仰から見る日本の神様を順に話していきましょう。まず、日本の古来の神様は幾つかに分けられるわ。まず、人神、これは有力者、当時の権力者ね、将軍や為政者を神様として出来上がった神様よ。イザナミ、イザナギ、スサノオ、アマテラス等がこの人神に分類されるわね。そして土着の穢れ信仰厄神、ミジャクジ様や只単に御祟り様として祭られる畏れそのもの具現化の神様よ。そして三つめ自然神、これは竜神、水神や山神等が該当するわ。

 

 人神というのは、最近で言えば豊臣大明神などもそうなのだけれども、今現在の日本を形作るうえで歴史に大きな楔を打ち込んできた人たちのことなの。スサノオは八岐大蛇の討伐を行ったのだけれども、考察の一つで八岐大蛇とはたたら製鉄によって赤く染まった川のことではないか?と言う学説があるのだけれども、これに照らし合わせれば、スサノオが成したのは、鉄器で鋼をもつ土着の民を滅ぼして大和の国に鋼(草薙の剣)をもたらしたという考えもあるのよ。といっても八岐大蛇には治水説など様々な学説があったり両者のあり得そうなところを複合した考えもあるので、何が正解かはさっぱりなのだけれどもね?

 

 人神の権能というモノが時折語られるのだけれども、太陽の化身である天照で言えば、大和の国にとって太陽の様に欠かせな存在、要するに太陽そのものを指すのではなく、象徴としての物であるの。日本の象徴が天皇陛下であっても日本そのものを指すことはないわよね?これは本来の神社思想の在り方の一つよ。別に太陽そのものの力を持つ存在を指すわけではなかったの。

 

 ここから自然神信仰というモノに移ってくるのだけれども、そも神様というモノはどう印象なのかしら?きっと漠然的に兎に角偉い存在や人の枠組みを超えた超常的な存在を想像すると思うの。これはそのままの在り方で『神』という感じの成り立ちにも関わってくるわ。神とは『示』『申』の二つであるのだけれども、これは象形文字である祭壇を表す『示』と雷をそのまま形にし、雷そのものは同時に音を必ずもたらしたことから音そのものを表す『申』すという文字から構成されているの。要するに、人とは違う何かそのものを表すのが日本で言う『神』なのよ。

 

 人神に至るというのはギリシャ神話でのヘラクレスなどもそうなのだけれども、普通の人が成すことが出来ないことを行った所謂英雄そのものを指すの。人を祀り、汚れを晴らい云々という訳。

 

 竜神や山神もそうよね、竜神であれば水の神様、洪水などそのものを表す神。山神であれば土地そのもの、山神の怒りと言えば地震や土砂崩れであるわね。日本という国はまず、平野部が少なく、山が見えない地域が殆どない国であるから、山そのものが大地を象徴しているの。ここでも大地=山とはならないわよね?山は大地の一部であっても大地そのものは指さない。

 で、これら自然神を祭るというのは晴れとケと穢れ思想から類を発し、人そのもの味方でもあり敵である自然を祀ることによって負の穢れを晴らし、人の敵でも味方でもあるどっち付かずの存在から神としての人に味方に昇華しようとする考えよ。晴れケ穢れ思想はこれもまた曖昧で、学説や宗教観が個人によって色々とあるので、一部の考えを抜粋しているわ。

 

 

 まぁ、要するにこの時点で、大地や水そのものに私たちは恵みをもらっているのだから、ここに御利益を願うのはいわば強請同然の行為といっても可笑しくないわよね?

 これは人神であってもそうよ、歴史を作って来た彼らは、今あるのは貴方たちのおかげですとただ感謝されてしかるべき存在として本来はあるはずなのに、現代日本人はそこに更に御利益を求めているの。実際に理解してみれば、どれほど強欲なのかというところに落ち着くのではないかしら?

 

 ではここでようやく靖国思想に入りましょう。靖国といえば安らかなる国という意味なのは知っている方も多いでしょう。これに祭られるということは、寿命ではなく国の為の戦死という無念のうちに亡くなった方々を、ありがとうございましたとの感謝の念で祭り、神様としておくことで穢れを晴らい、護国の安らかなる国の為の存在としてあるために置いているの。

 

 死んで靖国で会おうとは、死んでからも我々には行き場があるという考えのほかに、守護神、守護霊として国を守ろうという心構えも含まれているの。では、そんな存在に我々はご利益というモノを更に願ってもいいのかしら?これは、本来ある信仰であると言えるのかしら?

 

 要するに求め過ぎということね。死んでからも守護神として祭られている彼らに護国平和以外の何かを願う方がいるのだとしたならば、それはその他の人神や自然神含め、彼ら英霊を働かせすぎとしか言えないの。

 

 じゃあ、何故御利益というモノが存在するのかしら?これは時代によって人が神という存在を解明していき、敬う事がなくなったから起こりえた弊害で、生きている人間に何をしてくれるわけでもない神さまにお金を払う人はいないわよね?ここで、ご利益としてのこじ付けを得ることによって、人の心を救う対価として今の神社は存在しているの。残業マシマシでブラックな、世知辛い世の中なのは神様も同じという訳ね。

 

 「さて、長々と語りましたが」

 「此処にも独自解釈が多く含まれるわ」

 「宗教というモノは千差万別であり、人の数だけ教えがあるとも言います」

 「今回はこうあったらいいのにという考えでの一部であり」

 「何かを断定している訳ではありません」

 「宗教とは何かの救いであるべき存在なのだから、誰に諭されたからといって変える必要はないの」

 「こうだと思う自らの宗教観をもちましょう!」

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