「如何せん、理解し難し」
涯て、何故に見覚えあるこの場所にいるのであろう?どう見ても九段、どう見ても靖国。長期出兵の前には将官となって幾度となく訪ねた地。『桜舞う九段の先で会おう』とは陸海揃っての合言葉であったか。
だがしかし、不明瞭。この身果てたのは南国にほど近き海である。幾重もの雷影をみて、爆発した叢雲の上。船体がへし折れるなんてものじゃない、正しく金属片に木っ端微塵だった。場所的にも遥か1000kmを優に超えるのだ、本土の地を踏める場所ではない。覚悟の掛け声が真になったというべきか、であれば今この体は魂魄だとでも言うのであろうか?
「ふむ、陸軍さんに頭を下げて手に入れた九段刀も腰には確りとささっている。何故かは知らぬが階級章は大将、いや察しはつくがな。戦死昇級にて一級昇進とな、笑えん。ご丁寧に勲章もごてごてと取り付けおってからに」
正直、我が想いは武勲を誇るような人間でもなし。あの時代を生きたから解ることも多々ある。完全に帝国は追い込まれていた。印度、東南アジア諸国占領、布哇の米国統合等も非常に近い時期であり、欧米列強の植民地化は真実味を帯びていたのである。満州に置いては一分の野心があったことは否定できまいが、それでも鉄と銅、そして石炭と油、ゴムはなくてはならないものとしてあの時代のレアメタルの様なものだったのだ。
戦いたくて戦ったのではない、自殺願望であの
血反吐を吐きながら自らが働けば、それを眺めるだけの兵は居らじ。誰が言ったかは知らない、だが現にそうだった。糞みたいな時代であったが、それ以上に人の良き思いも溢れる時代であったと思う。それこそ平成の世と比べるのも馬鹿らしくなるほどに人との付き合いは多くあった。
「悲しきはあの時代に散っていった良き志を継ぐ者があの時代には居なかったことか。ままならぬものであるな、負ければこうなると古きより解ってはいても世知辛い」
腰に下げた軍刀の紐を外し、カツンと地面に鞘を突き立てる。生憎と桜舞う季節ではないようだ。初夏の青々と茂った葉ばかりが風に揺られガサガサと音を立てる。義兄のように整えたガイゼル髭を撫でようとして、空振りをする。「ん?」と鼻の下を撫でれば、そこに髭はない。潮風に撫でられカサついた肌も何故か脂ぎっている。
「義兄上と同じ髭でいたからか、気づけば水雷髭と呼ばれていたなぁ……」
手鏡でもあれば、顔面を確かめることもできようが、生憎と腰や衣嚢にあるのは短剣と懐中時計、洋巾ぐらいのものである。結局のところ結婚をしてはいたが、外地に長く居たため、ほぼ顔を合わせることなく子もできず家族という思いなきままに亡き別れた故に写真が入っているという事もない。
誰もいない靖国の境内を歩き、階段を降りる。
「あかん、ぷりうす走っとる」
我が目を疑った、いや、プリウスだけじゃないけど、アクアとか、アテンザとかNBOXとかランクルとか、エルフとかキャンターとかワゴンRとかいろいろ走ってるけど。くろがね四起とか豊田のKB、GB、BM、KCトラックなんかじゃない車は久しく見ていない、およそ50年以上。
思わず、手に持った軍刀を目線まであげる。
「捕まるよなぁ、これは」
案の定、というべきか気づけば半包囲状態で見覚えのある制服に囲まれた、どうやら官憲のお世話になるようである。
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「どうやら貴方は提督候補ですね」
どう考えても御用となった者の扱いではなく、丁寧に案内されたのは、政庁府の一室。そして、第一声がこれである。候補もなにも、生前は水雷戦隊の提督だった。一部、重油不足で動けない戦艦の仮艦長にもなったこともある。基本は南方での輸送艦護衛戦隊指揮であったが。
「まず、全くと言って掴めないこの状況を説明してほしい」
初老にほど近い、正装をした男。海の藻屑となった時の私と同じ頃の年齢であろう。柑橘系の香水がこちらまで香る。身なりを整えても汗臭いのが当然の戦中とは全く異なる清潔感だ。
「では、手始めになぜこのような扱いを身元不明の貴方にしているかを話しましょう、今この時代は平成29年です。そして貴方のように突如として人が現れる不思議な時代です。様々な年代性格の方がいますが、共通して言えるのは皆二十歳前後に若返っており、『艦隊これくしょん』というプラウザゲームを知っていることです。まぁ、貴方のように提督や艦むすのコスプレしている方も多くいたのですよ、この世界には恐れ多くてそのようなことをする人間はいないので、すぐに分かるのです」
残念ながらコスプレではない、どちらかといえば私にとってこの服装は死装束に近いのだが。ここで色々と語っても話が進まなくなるのは目に見えているので、聞き流す。
「そして、この世界は貴方方が知る艦隊これくしょん同様に深海棲艦が存在し、艦むすが存在する世界です」
そこまで緊迫下状況ではないのは確かですけどね、と笑う男。聞けば、苦しくない程度の資源は確保できるが、今までのような裕福な日本という訳にはいかず、そして予断を許さぬ状況であることには変わりないらしい。むしろこの世界は一部除き枢軸国以外は存在しない、つまり米国や予ての連合軍参戦国家が軒並み倒れた世界なのである。
深海棲艦は戦前戦中に連合国があった場所や駐屯していた場所より現れる、というのだから当然である。つまるところの世紀末近い世界なのだ。
「我が日本にも元より提督の素質があるものは居ります、ですが圧倒的に少ない。そして扱える、指揮できる艦艇数が渡航者、ああ貴方方のように『艦隊これくしょん』がある世界から来た人々ですね、より遥かに少ないのです。ですので、然るべき訓練の後に今後の衣食住金銭、生活地位全てを保証することを条件に提督職に就いて欲しいのです」
ああ、戦友よ、九段を登り終えた後の次のこの世界も糞の時代のようだ。
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「見学ぅ~?またなの?ほッんとに!なんでこんなに毎度毎度バカばっかりクソ提督ばっかりなの、今度もまた飛びついてくるような馬鹿じゃないでしょうね?」
長髪の銀髪に橙色の瞳白色を基調とした独特な制服と頭上に浮かぶアンノーン物体。駆逐艦叢雲の艦娘である。その隣には同じような銀髪をサイドテールにし、同じような制服に物体が浮かぶ少女。となりの叢雲に比べて遥かに穏やかな顔つきの少女であるが、彼女は駆逐艦東雲の艦娘である。
「あ、あはは、ど、どうだろうね?まぁ、あんな痴女や痴漢みたいな人ばかりじゃないと思うよ?まぁ、断言はしないけど」
東雲は困り顔で首を肩に倒す、今回彼女たちは鎮守府見学を行う提督候補達の案内を仰せつかったのである。偏見というべきか、まともな人間が多くいる中で、少々勘違いした人間が複数人のみ居たばかりのために、彼女たち艦娘の中で渡航者提督の評判は著しく悪かった。今現在赴任している提督の多くがこの世界の出身(以下提督、渡航者提督と表記)であるが、近海を開放したのは渡航者提督であるというのも艦娘と提督間の関係をこじらせる一因を担っている。つまり提督の渡航者提督への嫉妬等による根も葉もない噂も主原因であった。
「ああ、叢雲殿、ここに居ましたか!」
一人の海上自衛官が近づく、この世界にも自衛隊は現存し護国の任務を遂行している。深海棲艦によって縮小せざる負えなかったのは勿論だが、艦娘の運用や鎮守府の運営、提督の管理は防衛庁の管轄であるのでこういった役目を自衛官が受けることは多い。
「今回の提督候補の方々です、今回は渡航者の方のみですね、合計7名です」
「……6名しかいないようだけれど?」
「……え?」
海上自衛官が後ろを振り返れば、そこに急遽追加された一人、黒服軍刀大将コスと呼ばれた人物がいない。慌てる自衛官、先ほど案内がてらに駆逐艦が繋がれた軍港を歩いた時には確かにいたのである。では彼はどこに行ったのであろうか?
答えは、まだ駆逐艦が繋がれた港に居たのである。
「やっぱりクソよ!渡航者なんて愚か者ばっかり!一度魚雷を食らわせないとわからないのよ!」
「叢雲ちゃん、どぅどぅ」
ぶちギレる叢雲とそれをなだめる東雲を見て、またかとため息をつく海上自衛官と本物の艦娘を見て目を輝かせながらも厄介事をとこの場にいない人間を恨む渡航者たちだった。
▼△
「しかしまぁ、これもまた形容し難き想いよなぁ……自らの棺桶であるとそう定めたはずであったが、生きてこの艦に再び乗れることになろうとは!」
黒服軍刀大将コスの男こと木村利正は駆逐艦叢雲の本体に乗っていた。もちろん
「吾妻に広き武蔵野もー宮古となりて栄えゆくー我が日進の君が代はー、白雲蹴立つる天竜かー大空高く舞い翔るー、隼、小鷹、速鳥の迅き羽風に掃われて散る薄雲は跡もなしー、鳴る雷も電もー、ひと村雨の間にて東雲霽るる叢雲に交じる浅間の朝煙ー」
護れやー日本帝国をー万々歳の後までもー「鎮遠」「済遠」「平遠」艦、「鎮東」「鎮西」「鎮南」艦ー
輝く国旗さしたててー海外万里の外までもー、進めや「鎮北」「鎮中」艦、進めや「鎮辺」「操江」艦ー
思い出したのは、戦中良く歌った軍歌の一部であった。幾度となく、暇さえあれば艦の上で口ずさんでいた。護国の想いは、いつからであろう?本当に日本という国を愛したのは?死にたくないとの想いは、護りたいに。戦いたくないとの想いは、俺が戦わねばに。いつそうなったのかは、遠くない過去であったとしても、もう思い出せそうにない。一つ言えるのは皆がそう思わせてくれるほどに良き人で本当に帝国の行先を思って暗き海へと沈んだのだ。多くの戦友が傍らに存在した。しかし、たった一人でなくとも、多くの戦友がいたとしても、より多くには勝てずに……、
「……護れやしなんだ、結局は米艦隊を引かせる事なぞ終ぞできず。沖縄臣民は散り帝国は負け!徒に多くの戦友を水底に誘っただけではないか!!自己満足にも程がある!何が、航空機特攻は意味がないだ!俺のほうが多くを殺したではないか!!」
「……そんなことはないわ」
気づけば鋼板に叩きつけていた拳からは血が流れていた。その手を持ち上げられ、命の雫、今を再び生きているという証を撫でられ、そして不意に頭を抱かれた。ふわりと優しくそして力強く。いわば母の包容というのだろうか、慈愛に溢れたものであった。始めはゆっくりと、そして後には逃がさぬようにじっくりと。決して壊さぬようにじんわりと。
「聴き慣れた、うんん、すごく聴き慣れた歌だと思ったら……まさかアナタだったとはね、お久しぶり、また会えて嬉しいわ提督」