帰ろう、帰ればまた来れるから   作:髪様

4 / 15
なれど、再び我は立つ

 「……叢雲か」

 

 そうつぶやけば彼女はそっと私の頭を離した。そしてタンっタンっと木板(デッキ)の上を跳ねるようにして私の正面へと回り込む。その顔は非常に穏やかで、想像していた様なツンケンとした様子は伺えない。見れば見るほど美しい少女だ。そんな少女がこちらを向いてひまわりのようなと言うべき笑みを浮かべている。

 

 「そう、よく分かったわね?提督にはこの姿を見せたことはなかったと思うのだけれど?」

 

 えへへ、と聞こえてきそうなほどに喜色満面の笑み、彼女からこぼれ落ちそうなほどの幸せとでも表現すべきか、が見て取れる。彼女の言う『見せていない』というのは、本来であれば確かにそうであった。が、残念ながら彼女が嬉しそうに想像しているであろう運命的なモノではなく、もとより私が知っていたというだけである。そして私が今胡座をかき座っているのは駆逐艦叢雲の甲板の上だ。この場にいるのは彼女しかありえない。

 

 「すまん、君に八つ当たりしてしまったようだ、無駄なもので君を汚してしまったな」

 

 ポタポタと血が流れる拳を胸の前に運び、彼女へと謝罪する。ふと横目で見れば鋲留された砲塔にも血が付いている。衣嚢(ポケット)より洋巾(ハンカチ)を取り出し、それを拭おうとする。が、それを真っ白で折れてしまいそうなほどに細い腕に止められる。

 

 「君なんて他人行儀じゃなくて、叢雲でいいわよ。ワタシと提督の仲じゃない。それとそんなこと気にしてないわよ?アナタの血を無駄だとも汚いとも思わないもの」

 

 彼女を沈めたのは私だと言っても過言ではない、あのまま行けば彼女は戦後を迎えることができたであろう。確かに賠償艦としてどこぞに送られるか、本国で解体されるか、接収されるかの違いでしかないが、少しでも長く存在できたのは間違いない。彼女は何を思ってここまで友好的に接してくれているのであろうか?裏表がある性格には見えないからこそ知りたいこともある、がしかし、それを尋ねるようなことも罪悪感によってできない。

 

 「さて、アナタとこれ以上会話を続けるのも心躍られる話だけど、これ以上は無用な押し問答になりそうだから行きましょう?するんでしょ、見学」

 

 彼女はそうやってこちらに手を差し伸ばしてくる。その手を少しばかり見つめ、そうすれば彼女が少し不安そうに首をかしげる。いつまでたっても彼女の腕を取らず立ち上がろうとしない私を見つめる叢雲。

 

 「どうしたのよ?」

 

 未だ止まらぬ流血を見、空へと拳を掲げる。そうすれば血は腕を伝い服の中へと流れ込む。

 

 「いや何、無様にもと思ってな。不思議で仕方がない、何もかも。幾度となく死に、そして今を生きるのが。神は私に何をしろと仰られているのだろうか?死では贖えぬ罪を濯ぐまでは今を生きろとそういう事なのだろうか」

 

 「……アナタに罪なんてないわ。後悔はあっても、みんな満足して死んだし納得して沈んだわ。もしアナタに罪を押し付ける(やから)がいるのならば、安心しなさい、この叢雲が吹き飛ばしてあげるわよ」

 

 

 ▼△

 

 

 気づけば無理やり立たされて、艦を下ろされた。我が事ながら正しく母に手を引かれる子の様だと思い、己の幼稚さを恥ずかしむ。彼女にゆっくり引かれながら彼女の後ろ姿を眺める。今にも跳び進みそうなほどの上機嫌。

 

 考えれば考えるほど、生きるのが恥ずかしくなってくる私。皆死んだのになぜ貴方だけは悠々と生きているのと言われれば、確かに傷つくだろう、だが納得できるし理解しがたいものかもしれないが逆に心休まる。それほどの事を仕出かしたとの思いが、最後の戦いのために港を出てからずっと抱えているからだ。艦隊の内訳はほぼ志願兵であった、沖縄に居る戦友のため、祖国帝国のためにと約束された死の()へと赴くのだ。それを一人だけ逃れた、本当なら指揮官として自害すべき程の痴態。お上に禁じられているからこそ、誰かに断罪されるべきだと感じているのであろうか?

 

 ふと、恥ずかしながらも己が完全な帝国軍人になっていたと理解する。

 

 「ひとつ聞いてもいいかしら?」

 

 突如足を止め、不安そうにこちらを振り返る。急激な表情の変化にこちらも戸惑うが、もしかすれば私の変わらぬしかめっ面に毒されたのだろうか?そうなれば、申し訳ない。いい歳をこいて艦齢は別として見た目麗しの少女にまで悪影響を及ぼすのはこちらの不徳の致すところ、そろそろ切り替えねばならないだろう。

 

 「ああ、大丈夫だ。それとありがとう、不甲斐ないな、私も」

 

 「……?まぁいいわ、じゃあ、ひとつだけ。アナタはもう一度私たちの司令官に、提督になってくれるの?」

 

 ここで、ならないといっても彼女はきっと納得するだろ。だが、それはまずありえない。この時代が私の居た世界とはもし異なるとしても、ここにあるのは日本で、そして私が戦友が守ろうとし、皆が良き国へと導こうとした国の今行き着いている場所である。小康状態といっても、世界が滅亡状態とあってそれを見捨てて死へと逃げるのも飄々と生きるのも、考えることはできない。

 

 「……そうか、そうだな。安心してくれ叢雲よ、()お前(・・)達と共になら何度でも海に赴こうぞ。俺が生きるのも死ぬのも艦の上が良い、結局のところ此処にいるのも果たさなんだ使命を果たせとの単純なことなのだろう。叢雲、共に海に沈もう、平和をもたらしたその後に」

 

 そのまま破れた方の拳でない手で彼女の頭を撫でる。少し驚いたようにクリクリとした大きな目を見開き、そして閉じる。乱暴な撫で方であったろうが、彼女は少し肩を上げ、顔をうつむき気味にし、頭を差し出すように大人しくそこにいる。

 

 「ぶ、物騒なことを言わないでちょうだい、平和になったら自由に生きれるのよ?アナタも私も縁側でお茶でもすすってのんびり過ごせばいいのよ」

 

 「……ふ、はははは!そうか、そうだな。そういう後生も悪くない。皆次こそは生き延びて、そして帝国の、いや日本の行く末を見届けねばな!」

 

 

▼△

 

 

 「連れてきたわよ、高城二佐」

 

 ブチ切れていると思っていた少女が上機嫌で帰ってきた。それだけで彼にとっては天地がひっくり返る思いだった。しかもご丁寧に手まで引いている。しかし、思わず口を開けて見つめてしまったのはいけなかったことなのだろう。叢雲によって非常に怪訝な顔で見られる事となってしまった。

 

 「何その呆けた顔?大丈夫アンタ?」

 

 気を取り直して何度も目をこする。何度見ても叢雲は冷静であり、前回や前々回、つい先ほどまでのイライラや憤怒の様子は見受けられない。どういうことなのか理解できないし、周囲の提督候補も少々ばかり驚いているのを見るとこの異常感が彼一人だけではないのは確かであろう。

 

 「き、き、き、き、き」

 

 そして、突如として壊れたラジオのように『き』だけを発音し出す駆逐艦東雲。その手は黒服軍刀大将コスの人間を指さしている。普段は常に落ち着いている彼女の突如の奇怪な行動に高城と呼ばれた海上自衛官はさらなる混乱を受ける。そして、その原因であろう人物を見る。

 

 「申し訳ありませんが、木村殿。これはどういった?」

 

 「どういったと言われてもなぁ、何私と彼女たちが長き付き合いだっただけだよ。ついでに言わせてもらえれば二度と会うことはないとそう思っていたものだからこそだ。叢雲よ、察するからに君と常にともに行動していることからやはり彼女は東雲か?」

 

 「そうよ?よく分かったわねって言っても、アナタなら分かるのも当然かしら?艦娘の存在をあまり知らない状態で私を初見で見破るくらいだもの、東雲何してるのアナタも。そろそろ立ち直りなさい、本来ならミリで沈むアナタを救った艦長でしょ?いつまでもそうしていると」

 

 「ず、ず、ずるいずるいずるい!叢雲ちゃん!まさか一人で今の今まで木村提督と一緒にいたの!?こんなことならば私が行けばよかった!」

 

 「ダメよ、司令官は私の艦上にいたのだから。私が迎えに行くのは当然でしょ?それより東雲、アナタ提督に挨拶の一つもしないでいいの?」

 

 その一言で、両足を少し開きながら仁王立ちで指をさしていた東雲はビシりと擬音が聞こえそうなほど急激に姿勢を正す。右手は手のひらを内側に額付近へと持ち上げ、海軍式の敬礼である。

 

 「駆逐艦東雲!対空戦闘から揚陸艦護衛、水雷戦までお任せあれ!どうぞよろしくお願いします!!」

 

 「知っているとも、久しくだな、東雲。また君とあえて嬉しく思うよ。さて、これ以上私の我儘で予定を狂わしてもいけない、今更かもしれんがな。案内をよろしくしてもいいかな?」

 

 「勿論です、提督!案内はお任せあれ!この東雲、提督とならばどこにでもお付き合いしましょう!」

 

 「それはなにか違うと思うわよ」

 

▼△

 

 

 気づけばあれよあれよと言う間に進路が決まってしまった。こちらも元よりそのつもりなので何の問題もないのだが。彼女たちもこちらの詳しい話はあまり上に通してないらしいのだが、叢雲東雲両艦の推薦もあり、配属は横須賀である。本来なら佐伯へとの希望であったが、これもゴリ押ししたらしい。正直私的には佐伯の方が海鮮も美味いし、一回目転生以前のの出身地も近いので、勝手知ったるなんとやらだった。

 まぁ一番の理由はあまり人の多い場所が好きではないというか、慣れていないというアレな理由だが。正直、周囲にいたのは軍人と、東南アジア系の華僑華人、マレー人、西班牙系と偏った者であるのだからあまり会話を必要とするものでもなかったというのもある。好き好んで他の将官と飲むこともしなかったのもあるが、下士官ともあまり気を張らせてはならぬだろうと、金は出すことはしても参加はしていない。コミュ障ではない、断じて。

 

 

 「ふむ、なんだかしっくりこんな」

 

 手には提督の心得なる少しおちゃらけた冊子。現代人にも親しみやすくなのだろうか?所々注釈しているのはデフォルメされた大淀であるからして、作ったのも彼女なのか?少しばかり仮にも軍人へとなる者に与えるものではないのではと思わずにはいられない。さらに拍子抜けすることは任命式が一切なかったことだ。本来、提督職ともなれば規模にもよるが、陛下の御前で任命式やら神事やらの儀式を行う。最終的には本土空襲などもあり、儀礼は大変簡素なものにはなったが、それでも無くなることだけは終ぞなかった。

 

 与えられた部屋へと歩く。あまり窓のない滑り止め加工されたゴム床の通路、既に案内すらいない。艦娘達との寮からは少しばかり離れているようだ。ここから幾つかの門を越えねばたどり着けない。しかも、作戦時と日中、艦娘側からの許可がなければならないといけないと言う。思わず、「学生か!?」と自らのキャラ崩壊も辞さぬツッコミを入れてしまっても仕方ないのであろう、多分。

 

 目的地の自室に到着する、部屋には簡易ベットにラジオ、少しばかりの荷物のみである。箱詰めされた中にはこちらの世界に到着した時に着ていた軍服が入っている。軍刀は帯刀許可を彼女たちが頑張って取ってくれたので今も腰にある。私自身が振るうことができるかどうかは別だが、あまり手放すべきものでもないのでありがたい。少しばかり、軍刀をずらしベットへと腰を掛ける。

 提督とは言いつつも、結局のところ小隊指揮官のようなものなのだろう、現に今この制服についている階級も駆逐艦艦長へと一部例外を除きようやく任命される少佐である。中将、いや一応大将からのあっという間の降格に思わず苦笑いものだ。少々懐かしい階級章、以前とは異なる形状であるが感慨深いものであるのは確か。また一からかと呟く。

 

 「さて、指揮所へと向かうか。彼女たちや他の提督方との顔見せも必要であろうから」

 

 自らの階級も考え、再び敬礼を繰り返す毎日が来るのかと軽く笑い、腰掛けていたベットを立つ。自分のように「そう気を張らず楽にしたまえ」というような人間はこの時代にはまれであろう。戦時下で小型艦艇は乗員皆家族という風潮もあったというか、手を休める暇があれば働き、機雷や潜水艦、飛行機を見つけろという考えもあったので略されていたというのもあるのだが、まぁ仮に居たとしても、このような内地であっては流石にそのようなことはやらないので結局は挨拶回りを避けられはしないだろうが。

 

 首を少しばかりひねって音を鳴らし帽子を脇に抱え、艦娘達、いや、指揮所に向かうまでの必要な手続きにため息をつきながら、わずか五分と経たずに部屋を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。