「提督、榛名とお買い物に行きませんか?」
ふと、初出撃まで計画書と必要物資詰込み、航路図の作成、前段階での友軍飛行機部隊による偵察要請書等のもろもろの書類を用意していた時のことであった。時は12月23日のことである。はて、今日は書類を仕上げねばならないし、明日は引き船の申請、湾口内での活動申請もしなければならない。更には簡易軍議も他の提督に話を通して行う予定であった。どう考えても時間がない。
「申し訳ないが、やることが多々あってな。艦艇数が多いと申請書が多くてなぁ……明日は出れそうにもない」
そもそも休日ではない。彼女たち、……と言うかこの鎮守府の艦娘に関しては23日から三日間完全休養であるし、結構な数の司令階級も休みを取っているらしいが……23日は分かる、この国にとって重要な祝日であるのだから。だがなぜ三日間なのであろうか?
「え……?そ、そんなもしかして提督は休日を取ってはいらっしゃらないのですか?」
「ん?そうだなぁ、今日は一応休日だが……陛下の御心をお察しするに、お祝いよりも早期の終戦を願ってらっしゃると思って、仕事をする所存だが?備品買い出しならレシートではなく領収書でよろしく頼むよ。あぁそうだ、君たちが休みなら、少しばかり私の懐から出しておこう。遊んでくると良い、外出届は出しておくからな」
そこまで言い切ると榛名は非常に落ち込んだ様子で何事かを呟くと入ってくる時とは真逆の小声で『失礼しました』と退出していった。その様子が何気に気になったが、思い返してみても別段と悪いことは言っていない。むしろ外出届は艦娘であろうと年頃の少女の感性も併せ持っている彼女たちにはうれしいことだと思っていたのだが……
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しばらくすると、再び鉄製の重苦しい扉がガンガンガンとノックされる。先ほどより少し荒いのだが、今度は誰であろうか?休日にも拘わらず
「失礼するわ……やっぱり今日も休んでないのね」
「必要がない、そもそも以前より十分休めているさ。何よりどこにいても爆撃の心配がないのが良いな」
常に気を尖らせる必要がないのは楽である。基本軍港であれ、艦の上であれ、どこにいても爆撃、空襲は常日頃からであった。寝ていたとしても、浅い眠りが普通であるし安心とは程遠い世界である。今は戦時下であるいえ、穏やか過ぎる毎日であるものだと、感じている。何より、物資を気にせず不味くないコーヒーで一服できるのが良い。特に頭を使った後は砂糖一杯にミルクを少し垂らすという、地味ながら贅沢もできるのだ、ささやかな幸福ではないか。
「それで、何かあったのか?傷病なら今のうちに行っておきなさい、医務室では対処できるものに限りがある。病院であっても、この時代は年末年始の休養が普通だからな。君たちもこの三日が終わって、二日訓練したら1月4日まで休みだろう?寝正月なぞ誰だって実に否だろう?」
少しばかり苦笑いをすると、叢雲は目を軽く見開いてすぐに俯き溜息を吐く。なんだ、その理解がいったと言わんばかりの納得顔は。別段おかしなことはやはり言っていないつもりである。
「少し聞いてもいいかしら?司令は明日明後日は何の日か知っているかしら?」
明日明後日?今日は天皇陛下のご生誕日の祝日である。そこまで切迫していない現状、常時警戒態勢の自衛官と違って艦娘運用特設日本海軍では普通に休みが与えられている、と言うか名前こそ軍であるのだが、優良企業並の待遇だ。流石に土日も深海棲艦に有効打を与えられる唯一無二の存在が全て、休日だからといなくなっては困るので、蛻の殻とはいかないのでローテーションを組んでいる。ちなみに私の最近の休日は執務室に籠って、お茶をすすり苺大福等を頬張りながら占領下にある海域の海図と解放海域を眺め、友軍の活動状況を把握することである。以前と比べゆっくりしすぎて、偶に船を漕ぐのはご愛敬であるだろうか?……話がそれていた。
「知らん、君たちは休みだろう?ふむ、やはりそれだけだな、知っているのは」
「明日明後日の休日申請は東雲が勝手にやっていたわ、
ここまで聞いて思ったことは榛名には悪いことをしたなと言う感想だけであった。まぁ、今日の深夜まで頑張れば、全ての書類が終わるかな?と少しばかり思ったが。
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何時頃だろうか?気づけば、ソファーと簡易机が増え、更には本棚、壁紙、冷蔵庫、食器棚(菓子類とティーカップや湯呑、ポットなど内蔵)が置かれ、私自身の執務椅子や執務机も紫檀のモノへと変化していた。
更に五畳のうち四畳半に本当に畳が敷かれ、少し手狭だが快適度が遙かに向上している。ちなみにここまで進化するに一週間とかかっていない。これらのモノもすべて彼女たちが気づけば設置していたものだ。
気づけばというのは、本当に目を離したすきにという意味である。実際、休日に散歩がてら一人で鎮守府外に買い物に出かけることが少しばかりあって、一日、執務室の内部から目を離していたことがあった。そうすると既に現状の八割が完成していた。戻ってきたときに部屋の位置を確認したのはお約束なのだろう。
その後、今までの作戦書や戦果報告、敵情報の参照をしている間に何かごそごそしているなと思ったのだが、二時間ほどして目を休ませるために頭を上げれば、コンクリート壁が落ち着いた感じの焼杉柄の壁紙が変わっていたのである。その際、裸電球も回転翼付きのLED電灯に変化している、はっきり言って私の頭上からそこまで離れていない位置にあるのでどうやったのだ?と思わないでもない。暖房も上部でお湯が沸かせ、簡易的な煮込みもできる昔ながらの石油ストーブが置かれていた。今の
「これとこれ、東雲の物資と湾口内予定曳航進路ね、確認してちょうだい。良ければ響のモノに取り掛かるから」
叢雲が書類の手伝いを買って出てくれた。当初東雲と響も呼ばれて居たのだが、二人ともストーブの前で丸くなっている。まぁ、本来休みであるのに、わざわざ呼ばれてきてくれたのだ、それに華があって賑やかで良い。
「大丈夫だが、此処と此処だな。機銃弾は上乗せしておいてくれ。友軍母艦がいないので、飛行機は榛名の水上機しか居ない、ならば対空戦闘の継続可能時間は増やしておきたい。酒匂が到着してくれればもう少し楽なのだが、彼女自身ではなく、艦本体のほうが対空改装中であるらしい。ので、もう少しかかるだろう」
「了解、私と響のモノも上乗せしても良いのね?」
「よろしく頼む。あ、すまないが東雲、一つ焼き芋をとってくれ」
「私のもお願いするわ」
「はいはーい、あ、そうだ!手が離せないようでしたら木村提督、私が食べさせてあげましょうか!」
「必要ないでしょう、もし必要なら私がするからいいわよ。アンタそこで寝てなさい」
流石にそんなことしてもらわなくても、芋ぐらい食える時間はある。今日中に終わらせたいのは確かであるが、芋に何時間も掛けるわけがないので、不必要なのは間違いない。
「朝雲と白雲も居たらもう少し楽な対空編成ができるのだがなぁ」
「船体はできているのよね、ただ艦娘召霊が出来ていないみたいなのよ、意識は既にあるらしいわ」
「……12.7サンチ砲三式弾?こんな効果の薄い砲弾なんぞ要らんぞ、通常弾に積み替えておいてくれ」
「あぁ、あれね。了解したわ」
やはり勝手知ったる者が手伝ってくれると早いのか、当初の予定より早く仕事を終えることとなった。深夜予定が最近の私の夕飯時の1900で終了したのだ。上出来と言うほかないだろう。
「さて、夕飯を食べて寝るか……」
「そうね、明日ははや……ん?少し聞いていいかしら、司令。貴方お風呂入ってる?」
……風呂、風呂か。そう言えば忘れていたな。嫌いではないむしろ好きな部類に入るのだが、なんせ駆逐艦には風呂がない。南方にいたときは陸に上がっても、もちろん風呂はない。つまり、入りたくても入らないことが多いため、入ることを失念してしまうのだ。まぁ、その代りスコールが訪れた際には皆一斉にシャワー代わりに服を脱ぎ去って浴びに行ったものだが……
「二日入っていない気がするな……どうにも忘れてしまう」
「……やっぱりね。慣れた臭いだからワタシは気にしないのだけれども他の人間はそうじゃないでしょう?身だしなみぐらい出来る時はしたらいいじゃない」
「どうしても、こればかりは長い習慣のクセだからなぁ。三日前も降雨がなければ確実に忘れていたよ」
思い出したことだし、風呂に向かうとするか。そもそも、燃料の節約で普段の臣民が風呂に入れることも少ない。海軍は大型の艦船、重巡洋艦ほどになれば入浴施設があることが多い。つまり、それ以下は風呂がついていない。海軍で若い者に人気なのはやはり戦艦で小型艦、小型艇は基本敬遠されがちなものだった。まぁ、乗りなれた駆逐艦を好む私や義兄殿のような変わり者も居るのだが。
「……東雲、良いこと聞きました!それなら提督、私が一緒にお風呂に行きましょうか?大丈夫です、大浴場を申請して貸しきれば妖精さん達とも一緒に入れますよ!それこそ昔の甲板シャワーみたいに一緒に!」
「あり難い申し出だけど、断らせてもらうよ、その気持ちだけはありがとう東雲」
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彼はいまだに一人だけ戦争をしている。頭では理解しているようだが、心がそれを理解できない。それに気づいたのは何時だっただろう?
ある日、私は深夜に彼の部屋を訪れた。理由なんてない、いつも消えそうな笑顔でいた彼を見て、本当にそこにいるのか試したくなって、あれは夢で今もまだ夢なんじゃないかと疑って、今の幸せを否定したくなくって。
消えそうな、そして聞こえるはずもない小さなノックを、コツコツコツとする。
「提督、いますか?」
既に時計も0時を回っている。聞こえないことを承知で声をかけた。彼の安らかな寝顔を見れば少しでも安心できるだろうと、私なりに考えての行動である。一人だけ張りつめた空気の彼はこの世界の提督ともあちらの世界の提督とも違った空気を醸している。この世界にようやく私たち艦娘が現れたときの末期の自衛官よりも更に重く、どす黒い死の雰囲気。彼が、いまだにこの
他の提督方は彼に聞きたいことが多くあるらしいが、やはり近寄りがたいのか誰も必要時以外は話しかけない。自衛官にしても、私たち艦娘からは多く語っていないので彼は謎な存在のままだ。彼自身も、戦時下の将兵であることを誰にも話していない。皆からの評価は生真面目すぎるコスプレ勘違い野郎だ。それが違うと分かっていても、声高に否定したくても、彼はそれを望んでいない。だから、私たち艦娘は彼のことを話すことをしない。
一度彼が言った言葉を思い出す。
『武勲武勲と皆は言うがな、結局は人殺しさ。それは変わらん。それでも私たちは戦うぞ?この戦争は既にだれがどう見ても、名目通りとはいかないだろう。それでも、日本という国が唯々良くなれと願って戦っているのだから。この国の行いが世界にとっての大罪であったとしても、この国が良くなれと願い戦う心だけは誰にも否定できぬ。そうだろう?他国から見て自己中心的で利己的でもだ、もちろん隣の戦友を死なせないためでもある。だから、人殺しでも戦争では武勲と誇るのだ、罪悪感を抱くのは罪を受けるのは行った人間ではなく命じた人間だ。だから誇ろう?人を殺すことでも、味方をその時は見捨てることであっても、いまだ生きて戦うことを誇ろう?』
安心しなさい。私は偉いからな、君等の分までしっかりと裁かれるつもりだよ、だから君は誇りなさい、若き戦友よ。
潜水艦を沈めたときに、浮き上がって来た幾つモノ白人兵の遺体を見て落ち込んでいた若年兵に気付き、彼が話しかけた言葉だ。浮かんできた遺体は、どれも苦しそうで、青ざめていて、手足のどれかが無いモノも多くあった。若年兵たちが『どうして戦争なんぞ、わしらはやっちょるんでしょうね?』呟いたときに、
真っ白な布に、百合の花をさらさらと描く、そして『
「あ、やっぱり」
扉を開けて、彼がいるであろうその方向を見れば、寝所に
「まだ、貴方はやっぱり戦争をしているんですね。もう大丈夫なのに、傷つくのは私たちだけでもういいのに」
彼にゆっくり近づく、これ以上近づけば彼は私に気付いて目が覚めるだろう。それは私の望む所ではない。が、それでも私の歩みは止まらないし、もう止めれない。
「……どうした?こんな時間に緊急の要件ならば、」
有無を言わさず、彼の言葉を遮って、彼を抱きとめた。
「いいから横になりなさい、アナタが自分で言ったことでしょう?ここには敵も居なくて爆撃もないの」
彼が両手で床に抑え立てた軍刀を奪い去り、着たままの軍服の上三つのボタンを緩め、被ったままの帽子をも奪う。「何をする」なんて言葉は聞こえない。力尽くで寝所に押し倒し、布団をかける。そして私は枕元に腰かけ、彼が起き上がらないように、額を手で軽く抑える。
「寝れないのね、寝れているなんてウソ。だって、普通の人なら起きないような小さな音でも気づくのだもの」
彼は、部屋に入った私に既に気づいていた。私が近づこうと歩き出そうとした時には顔を上げようとしていた。戦争で最前線に立ち続けた人がよくなる現象、戦争障害の一つだと言ってもいい。酷くなれば自らの家にいても敵の襲撃に怯え、誤って家族を殺害することもあるらしい。そこまでいけば彼らの心休まる時場所は既に何処にだってない。母国へと帰ってきても家族の元には帰れず、一人悲しく余生を送ることとなる者が多いのだ。近づくものは大切な者であっても全て傷つけてしまうのだから。そこまで彼が行っていないのは彼が、海の戦士だったからだと、陸の戦士には悪いが、そう思おう。だからまだ壊れていない彼を、私はそれを少しだけでも喜ぼう。
「ぼうやのお守はどこへいいった、里をこえて……」
少しばかり口遊む。自分でも驚くほど穏やかな声で歌えている、そういう自覚があった。気づけば、彼は目を閉じていた。息も穏やかになっている。そっと頭を一撫でしても、彼は目覚めない。それでいて、寝息が聞こえて……
「……毎日子守歌を歌ってあげないとダメなのかしら?ふふ、おやすみ司令、よい夜を」
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やってしまった。
それだけが頭を過る。叢雲との約束を完全にすっぽかしてしまったからである。あの日の夜、
流石にヤバいと思い彼女たちの元へ向かおうと申請所へと駆け込めば、既に受理されているらしく、更にこれはやばいと思って彼女たちの待機場所へと駆けていく。途中、驚いたような目でこちらをみる艦娘達がいたのだが、それらは全て横目に全速力で駆け抜けた。
「すまん!!」
バタンッと勢いよく扉を開ければ、机の上には様々な料理とケーキが置かれており、飾りつけまでなされていた。
「……ねぇ、司令。何か言うことがあるのじゃないかしら?」
「大変申し訳ないことをした、二日もすっぽぬかした挙句、」
「違う、違うのよ。責めてなんていないわ、そんなこと此処にいる私たち全員出来るはず無いもの」
「そうですよ、提督!びっくりしました!提督が寝過ごすなんて驚き桃の木山椒の木です!」
「は、榛名も驚きましたが、それ以前にうれしかったです。ずっと提督は張りつめていらっしゃったので」
「おそようだね、司令官。よく眠れたようで幸いだよ」
「聞きましたよ~司令、何をそんなに頑張ってるの?何時だって夜は酒匂が守ってあげますからね!」
大変申し訳ないとか、怒られなくて良かったというか、逆に心配されていたのが申し訳ないという以前に……
……なにか一人増えていた。