俺には完全に霊感がない事が分かり、今日一番へこんだ。
「八幡に霊感がなくても、このお店の中だったら喋れるんだから大丈夫だよ」
「いや、フォローしているつもりなんだろが、お前が霊感ないっつったんだからな」
「あれ、そうだっけ」
「忘れんじゃねぇよ」
相変わらず大学の頃から変わってないが、こいつとこうして会話するだけで面白い。
「それで、土地で一時的に霊感ついちゃうとその場所意外じゃもう霊感が働かなくなっちゃう事があるから」
「……だから無理なのか」
「うん、だから八幡の霊感はずっと店内限定だね。あ、分かっていると思うけど八幡以外には、皆の声は聞こえないから」
「まぁ、それは分かるが土地なら俺のように相性がいい奴だったら聞こえるんじゃないのか?」
「土地っていうのは早い者勝ちみたいなところがあるんだよね。どんなに八幡以上に土地と相性が良くても八幡以外には霊感がつかないよ」
「つまりは、椅子取りゲームでたった一つの椅子にすでに座っている状態か」
「うん、その例えであってる。でも、元から霊感がある人なら聞こえたりすることがあるからね」
まぁ、それはそうだ。
「それと、憑模神の危険性について話しておかないと」
「……ああ、それは聞いておかないといけないな」
今まで害と言う被害にあっていないと言っても昨日の今日ではあるが、原因が妖怪である。害のない妖怪も居れば、害を振りまく妖怪も居る事は一二三が話していた。
知っていれば害があるかどうか分かるが、ついさっき知ったばかりの聞いたばかりの妖怪の事は分からないのは当たり前だ。
知らないことまで知っているなんて、それは知らないことがないと言う事だ。せいぜい、知らないことを知っている程度でしかない。
「憑模神は……」
「は……」
「……無害だよ」
「……さらっと言えよ!」
ああ、そうだ、こう言う奴だった。
「ほら、やっぱりこう言うのは緊張させた方がいいと思うんだ」
「いや、まぁ、それは同意するがやられるのは嫌いなんだよ」
「本当にヤバい時はすぐ言うんだから、危険じゃ無い時はおおめに見て欲しいな」
「はぁ。
んで、こいつらに危険はないんだな。命の危機が隣にいるのだけは勘弁してくれよ」
「大丈夫。憑模神は基本的にキャラを演じるってだけの妖怪なんだから、危ないことなんてないよ。このまま相手をしてあげてくれたら皆喜ぶから特に言う事はないかな」
「なるほどね、ならこのままでいいか」
今も喋っているフィギュアを見渡しながら結果を出した。
「あ、そうそう、憑模神は自分が取り憑いた物のキャラになりきるから本当は自分が憑模神だってことが分からないから」
「なりきって本来の自分を忘れるってことか」
「うん、でもごくまれに憶えている個体もいるから見つけたらラッキーだよ」
「ラッキーって特に何もないのかよ。あ~いいや、まとめると今まで通り楽しめばいいって事だろ」
「その通り。それに何かあったら僕がいるからね、変な事が起きたら電話してよ」
「了解、そんときはまた頼むさ」
「じゃあ、そろそろ帰るかな」
そう言って、一二三は立ち上がる。
「ああ、また来いよ」
「たまに来るよ」
そう言って入口に向かって歩き出した一二三だったが、まだ何か言い残した事があるのか途中で立ち止まった。
「そう言えば八幡、雪乃ちゃんと結衣ちゃんたちに仕事が変わった事伝えた?」
……あ、ヤベ、言ってねぇ。
「その顔はまだみたいだね。早めに言っておかないとどうなるか分からないよ」
「ああ、忠告サンキュー。今日、仕事終わってから連絡入れてみるわ」
「うん、その方がいいよ。じゃあ改めて、またね八幡」
「またな、一二三」
一二三は来た時のように帽子をかぶり、店から出ていった。
「面白い友達ですね」
「ああ、そうだな」
それから店中のフィギュア達がやいのやいの言って来た。そして、腐女子キャラのフィギュアが物凄く聞きたくないことを言って来たのは割愛しよう、いや割愛させてください土下座しますから。本当に。
意外に話しこんでいたみたいで、外はいつの間にか外が暗くなっていた。
今日もこの時間まで客は来ず、このまま今日も客が来ないだろう。てか、今まで散々と×系妄想を垂れ流されて聞かされ続け、さらには感想を聞かれて正直SAN値がごっそり持っていかれている。今日はもうこれで閉店し帰宅したい気分だ。泊まる? 勘弁してくれ。
さて、残りの時間は今日得た知識を整理しよう。
こいつらが喋り出した原因は『憑模神』と言う妖怪だと一二三は語った。
そして『憑模神』と言うのは『付喪神』とは別物で、人形の様な喋ってもおかしくない物にしか取り憑かないだっけ。それが『憑模神』の本質で、なぜかと聞かれればそうであるのだから仕方がないと答える。
肉食動物が肉食であるように、草食動物が草食であるように、それが『憑模神』が『憑模神』である生き方なのだろう。
そして『憑模神』はどうやら無害な妖怪の部類に入るらしく、話している間に生命力をとられる事は無いらしい。知らない間に生命力を吸われて、いつの間にか死んでましたじゃ笑い話にもならねぇ。絶対「返事がない屍のようだ」とか言われるし、吸った本人達に。ま、どちらにしろ危険がないならないで良かった。
さて、ここからがもっとも重要な事だ。なぜなら、俺には霊感がないと言う事が確定してしまった! 今回の事で一番この情報が最大重要事項だ。
なんせこれから先、妖怪はおろか幽霊まで見る事ができないんだから。いや、妖怪は実体化することができる奴もいるらしいから絶対見る事ができないと言えないか。幽霊もチャンネルが合えば霊感がなくても見えると言うが、なんかチャンネルが合いそうもないんだよなぁ。
ゆえにこの店意外でこんな楽しい事に遭遇しそうにない、これが悲劇じゃなかったらなんだって言うんだ。
「カノ、急にへこんだよ」
「そうだね。何か思い出したんだよ、きっと」
「うるせぇ、これがへこまずにいられるかよ。
この先、霊感がつかないって分かって希望が消えたんだ、これでへこまずにいたら俺じゃねぇ」
この店限定って事はこの店内だったら面白い事が起こるってことなんだが、必ずしもあっちから来るわけじゃないこっちから行かなければならない事がある。それに、いつまでもこの店の店員ができるわけじゃない。
経営者なら自分の匙加減でどうにでもできるだろうが、自分の様な雇われの身としてはその匙加減でどうにでもされる。クビと言われたらそれまでだ。
なら常連としてくればいいのだろうが、それはそれでどこか気まずいだろう。それに、この客の来なさ、潰れる可能性も視野に入れなければならない。
「まったく、戯言だよな」
まだ働きだしたばかりだ、やめるやめないを考えるのはまだ早い。それより今は自分ができる事をやるまでだな。
さて、やるべき事は雪ノ下達に電話する事か……うわ、いきなりやりたくねぇ。
あ~すぐに連絡入れておけばよかった。絶対に怒られるわ。やめた事に対してじゃなく、やめた事と再就職をした事を連絡しなかった事に対して。なんて、理不尽だ。
憂鬱だ、これ以上なく憂鬱だ。こんな時は外の空気でも吸ってこよう。
完全に夜の帳がおりており、外に出ると気持ちのいい風が頬を撫で嫌な事を吹き飛ばしてくれそうだった。気のせいだけど。ずっと座りっぱなしだったから体をのばすにはちょうどいい。
「今日も客来なかったな~」
店の前の道路をいくつもの車が行き来するのを眺めながら背筋を伸ばしていた。
「さて、もうひと踏ん張りか」
あともう少しで閉店時間になる喋りながら掃除でもして時間を潰そうかと考えながら店内に戻ろうとした時、入口のすぐ横に一匹の白猫が座っていた。ここら辺はよく野良猫が出るのか? しかし、近づいても逃げないから飼い猫だろうか。
「おお、いい毛並みしているな。やっぱり飼い猫か?」
白猫は気持ちよさそうにされるがままになっていた。ここまで大人しい猫は初めてだ、カマクラは大人しく撫でさせてくれなかったからなぁ。やべ、気持ちよさそうに咽を鳴らしているこれいつまでも撫でちまってやめどきが分からなくなる。つか、雪ノ下がここにいたら何時間でも撫でていそうだ。
それからやめどきが分からず、かなりの時間撫でていて気がつくとあと数分で閉店時間になるところだった。
「名残惜しいが、またいつか撫でさせてもらえるか?」
フィギュアに話しかけるように猫にも話しかけてしまった。
ニャー
言葉が通じたかと思うほどにタイミングよく鳴いた。
「じゃあな」
最後に一撫でして店内に戻った。
閉店と施錠を終えた後に店の入り口を見ると白猫はすでに居なくなっていた。居たらまた撫でたかったのだが仕方がない。明日また居る事を願い車に乗り込んだ。
家に帰り部屋着に着替えた後、米をといで炊飯器にセットしてあとは炊きあがるのを待つだけだ。
その間におかずを準備するか。確か肉と野菜があったから野菜炒め作るとして、冷凍ホルモンあるから焼き肉のたれを絡めてホルモン丼にするか。と、こうやって現実逃避しているうちに時間が過ぎる。はぁ、さっさとかけるか。
『あら、誰かと思えば無報告谷君』
「いや、もはや別人だろ。むしろ、人の名前ですらねぇよ」
かけてワンコールで雪ノ下は出た。速過ぎだろ。
『それで、なんの用かしら比企谷君』
「ああ、その様子じゃ知っているみたいだが、前の会社を辞めて別のところで働き始めたって事を言っておきたくてな」
おそらく、雪ノ下が知っているって事は由比ヶ浜も知っているだろう。教えたのは、多分小町ってところか。
『そう、それでどんなところに再就職することができたのかしら?』
「あ~ちょっとした店の店員だ」
『……あなたに務まるのかしら?』
「うるせぇ、そんな事は自分が分かってんだよ。
っと、これから由比ヶ浜の方にも言わなきゃいけねぇから、もう切るぜ」
『ちょっと待ちなさい。あなたの働いている店の場所を教えてくれるかしら』
完全に来る気だな。まぁ、教えなかったとしてもどうせ小町が教えるだろうから、結局結果は変わらないだろう。
「わったよ、あとでメールしておく」
『ええ、早めに送りなさいよ』
「へーへー、んじゃな」
通話を切ると、続けて別の連絡先に電話をかけた。
『あ、もしもし、ヒッキー!』
「よう、久しぶりだな」
『本当に久しぶりだよもう! 三人で集まろうって時も、ヒッキーだけ来ないし!』
「あ~悪かったって」
相変わらずテンションが高いな、こいつは。
『ん、それで、ヒッキーどうしたの?』
ようやく由比ヶ浜は落ち着いたのか、これで本題にうつれそうだ。
「ああ、前の仕事を辞めて別の所に再就職した事を報告しようとな」
『え、そうだったの! 知らなかった! あ、それゆきのんは知ってるの?』
「ああ、さっき電話したところだ」
てっきり知っているものだと思ったが。
『あ、良かった。それで今度はどんなところ?』
「ちょっとした店の店員だ」
『あ、だったらそのお店の場所教えて!』
「ああ、いいぞ。っと、時間も時間だからもう切るぞ」
『うん、おやすみ』
「ああ」
短く言葉を返し通話を切り、俺はベッドに身体を投げ出した。投げ出してすぐ身体を起こしてメール製作画面を立ち上げた。
「っと、メールしておかないとな」
急いで雪ノ下と由比ヶ浜あてのメールを作成する。文面に店の場所と営業時間を書いてちゃんと正しいか確認した後送信した。送信して再びベッドに寝転がると、腹が鳴った。
「……さて、飯食うか」