艦隊これくしょん -本当に何も知らない提督- 作:7seven
マルゴーフタマル。
俺の門出の朝。
お世話になった佐伯さんに、こんな朝早くから留置場などというところに呼び出されている。
そもそもなんでこんな施設が鎮守府内にあるのかというと、俺がここでの後期修習を始めた日のように、密輸入者を捕縛できた時とか、規律を破った艦娘への懲罰する時とかに使うらしい。
確かに、こんなところ用さえなければ、幼くなくても近寄りたくはない。
「やあ、おはよう内海」
昨日あれだけ飲んで翌未明だというのに、よくもこれだけピンピンしていられるな、佐伯さん。いつも通りのピンヒールを履きこなし、化粧もバッチリ、階級章もきちんとついている。
これが、大鎮守府の提督というやつなのか……。
「おはようございます」
「朝早くにすまないね。6時を超えると起きる艦娘が多いから」
確かに。2か月前のあの日、龍驤さんと会った時には服装もばっちり決まっていたし、トレードマークのツインテールもきちっと結ばれていた。男の身だしなみじゃないんだから、あれを10分ほどでやるのも難しいだろう。朝食を作る鳳翔さんたちだってそうだ。あんな大量の朝食を7時に提供するには6時起きでも遅いぐらいだ。
「それじゃあ早速本題に入ろう。叢雲-お前の初期艦のことではなく、ウチに在籍していた叢雲の話だよ」
-初代呉鎮守府提督、東雲浩二元帥は、深海棲艦登場によって再編成された日本海軍の中心を担っていた人物である。
東雲元帥は海軍の前身である日本海上自衛隊でも次席に座っていた人物であり、主席の初代横須賀鎮守府提督の一之瀬元帥とは意見と人気を二分していた。
そして深海棲艦が現れ、首都圏を守る横須賀鎮守府には主席だった一之瀬元帥が着任し、天下の台所大阪を守る呉鎮守府には東雲元帥が着任。後任が育つのを待ち、後任が育った後は元帥2人が中心となって海軍本部を立ち上げ、各鎮守府や各泊地の統率を取ったのだ。-
「ここまではいいね?」
「はい。『最初の艦娘』に書いてありました」
あの本はかなり優秀で、深海棲艦が現れてからの日本の動向がとてもよくわかるのだ。それもそのはず、論調が小説のようなので小説と思われがちだが、提督候補養成学校の1年生に必読とされている本だというじゃないか。
言ってしまえば、教科書の前に読む教科書だぞ。すごくないか?
「ちなみに、私は一之瀬元帥の派閥だ」
「えっ、そうなんですか?」
言外に呉鎮繋がりなのに、と含ませる。
「そもそも私の後期修習は、一之瀬派だった当時の横鎮提督の下で行っている。その後直接ここに着任したんだ」
「えっ!? こんな大きな鎮守府に、いきなり着任ですか!?」
「ああ。当時は成績優秀者でも後期修習は必須だったし、私は養成学校主席だったからな。これから話すが、人事の色々があったんだ」
-一之瀬元帥と東雲元帥。この二大派閥の争いは熾烈かつ、到底交わりえないものだった。
艦娘はただの女の子であり、艤装がなければ身体能力が高いだけの一般人とする一之瀬元帥。
艦娘はただの軍艦であり、心も何もないただの道具とする東雲元帥。
戦艦長門、空母赤城、駆逐艦吹雪と名乗った最初の艦娘たちの協力のもと行われた研究によっても、彼女たちの起源は計り知れなかった。それゆえにどちらの論が正しいかもわからない。
自衛隊時代は阿吽の呼吸でわかり合えた両元帥間の冷戦は、留まるところを知らなかった。-
「え? なんで道具なんて考え方が出てくるんですか? 道具があんなに流暢に喋れたらノーベル賞もびっくりですよ」
それに。昨夜の翔鶴さんが、頭の中をちらつく。
道具があんな熱っぽい瞳をしたりはしない。
「それは私にもわからん。私も彼女らを1人の人間として見ている。だから東雲元帥の考えは奥が知れん。……そして、元帥たちの後任として各泊地や鎮守府に着任した当時の提督たちも、一之瀬派、東雲派で分かれたんだ」
-問題が起こったのは、鎮守府が稼働し始めて半年の頃。
場所は、奇しくもこの呉鎮守府だった。
当時の呉鎮提督、小田原大佐もまた、親一之瀬派の提督であった。
そして……重度のロリータ・コンプレックスを患っていた。-
「……なんだか何が起こったのか想像できるのが怖いんですけど」
「そう言うな。私も知った時にうわぁ……と思ったしな」
「言っちゃあれですが、なんでそんな人が提督になれたんですか?」
「その時はとりあえず人手不足だったから、性癖まで気にしていられる状況じゃなかったのさ。それに、小田原大佐は輸送作戦のスペシャリストなんて言われ方もしていたからね」
-小田原大佐は珍しいほどに水雷戦隊、とくに駆逐隊の強い艦隊を率いる提督で、当時は大きな艦で海域をブイブイ言わせていた横鎮提督と並べられ、西の駆逐・東の戦艦などと言われたものであった。
そして、ある日。当時の呉鎮に所属していた艦娘・叢雲は見事な練度に到達した。演習では毎回酸素魚雷でジャイアント・キリングを披露するほどまでに強くなっていた。
その演習の日の夜、小田原大佐は叢雲を自室へと呼んだのだ。
翌朝、叢雲は痛々しい姿と、左手の薬指に少し小さすぎる指輪をはめた姿で、特型駆逐艦の姉妹たちの前に現れた。
幼い駆逐艦の中でも、それなりに大人びた娘はいる。彼女たちは叢雲の姿を見て、一目でどんな目に遭ったのかを理解し、胸に抱いて慰めたという。-
「むら、くも」
「ああ。……叢雲は、小田原の毒牙にかかってしまった」
「むらくも、叢雲」
脂汗が浮かぶ。呼吸が浅くなる。
「まあ落ち着いて聞け。今お前の秘書をしている叢雲とは別の叢雲だからな。まあ、結末から言ってしまえば、何度も襲われて、最後には叢雲は艤装でもって、小田原大佐を射殺した」
-海軍の両元帥の合意の下、提督に反逆した艦娘については一定の処分が下ることを軍規で定めている。理由はどうあれ、叢雲には処分が下る。
そしてその処分こそが、『解体』。-
「……その叢雲と同じ艦隊に所属し、同じ部屋で寝ていたのが、ウチの吹雪だったんだ」
その叢雲と仲がよかったのが、ここの吹雪ちゃん。
あのどす暗い瞳の意味は、つまり。
「……提督を失った呉鎮だったが、こんな大鎮守府おいそれと潰せなくてね。駆逐艦たちのうち大半は叢雲の後を追わせてくれと志願して自主解体、数少なくいた軽巡以上の艦娘は他の泊地に転属し、私が着任したってわけだ」
「吹雪ちゃん、は、どうして」
「……叢雲が、共同の部屋に手紙を残していたんだそうだ」
-吹雪へ。
直接言うのは辛いから、手紙で言わせてもらうわね。
今日この日まで一緒に戦ってくれてありがとう。
今日は演習があるから、きっとMVPになる私はまたあいつに犯されるわ。
もう、耐えられないの。ごめんなさいね。
私はきっとすぐにでも解体処分になるだろうけど、吹雪、あんただけは生きて生きて生き続けて、素敵な提督と一緒に深海棲艦をやっつけてちょうだい。
吹雪さえ元気なら、私は大丈夫だから。
お願いよ。大好きだったわ。
叢雲-
一之瀬元帥
初代横須賀鎮守府提督。艦娘は人間派の一之瀬派閥の代表。
海軍本部で一番偉い人。実は『最初の艦娘』著者。
東雲元帥
初代呉鎮守府提督。艦娘は道具派の東雲派閥の代表。
海軍本部で二番目に偉い人。
故・小田原大佐
二代目呉鎮提督。ロリコン。親一之瀬派閥。
叢雲を襲った人。もう死んだ。