静まり返った通路は既に先程までの熱くなった空気すら完全に冷却した様だった。
これまでの通例からすればFランクがCランクに勝つのはある意味では大番狂わせとも言える内容。確かに異能のレベルだけ見ればそれは一つの側面でしかない。しかし、今回からの実戦ルールではランクの格付けは殆ど無意味でしか無かった。
「風間龍玄さんですね。確認が終了したしたので、少しだけ説明させて頂きます」
受付カウンターに居る女性はこれまでの選手と同様に、龍玄に対し説明をしていた。
元々予選とはいえ、幻想形態ではなく、実像形態での実戦。当然ながら負傷するケースもある事を訥々と説明していた。
元々龍玄からすればそれが当然の世界で生きている。そんな当たり前の説明をされた所で、特に何かを期待する様な事は無かった。
「とう言う事は、仮にこの戦いで死んだ場合は事故として処理される認識で良いんだな?」
「え……まぁ、そうなりますね」
これまでの説明をしてきた中で明確に死を意識させる言葉を聞いた事が無かったからなのか、これまで流れる様に説明してきた女性職員が僅かに固まる。
実戦形式であればその可能性は否定できない。実際にこれまで説明をした後で辞退するケースも見てきた為に、まさか真逆の質問をされるとは思ってもいなかった。
当初は予選会を提案された際にその話も職員の中では少なからず出ている。しかし、本戦でもある七星剣武祭ですら、時として不幸な事故を回避する事は不可能であるとの言葉に誰もが頷く結果となっていた。
説明の中で担当の職員が会場で待機している。万が一の可能性を口にしただけだと自身に言い聞かせたからなのか、どもりながらも返答をしていた。
「了解した。そうならない様になると良いな」
不敵な笑みを浮かべながら龍玄が生徒手帳のYESのボタンを押す。既に了承したからなのか、職員もまたそれ以上の言葉は発しなかった。
「まさかとは思うけど、学び舎の中ではやらないでほしいね~。後が面倒だからさ」
「寧音か。お前には関係無いだろ?」
「ほら、うちもここの臨時とは言え職員なんだし、面倒事はね~」
「俺には関係無い。それにお前はここの職員ならば契約に従うのは当然だと思うが、間違ってるか?」
「随分と冷たい事言ってくれるね」
「冷たい?寝言は寝てから言え」
龍玄との会話をしながら寧音は少しだけ嫌な予感を持っていた。
あの職員との戦いを見たからではない。風魔の『青龍』としての技量を理解しているからこその会話だった。
実際に寧音は青龍はおろか、小太郎とも戦った経験がある。A級リーグ三位とは言うものの、実際には上位三位まではそれ程差は無い。寧ろリーグ戦の状況と自身の体調によって勝敗が決まる事が殆どと言える程に僅差だった。
そんな世界の上位に入る人間に対し、小太郎はまるで子供を相手にするかの様に寧音をあしらっている。一方の青龍は、まだ今よりも技量が低い頃に、ギリギリではあったが寧音は負けている。
当時の差はそれこそ運命の天秤が僅かに傾いた結果でしかない。しかし、入学試験のあの時点でほぼ完成されている様にも思えていた。
一撃必殺。文字通り一撃で相手を死に追いやる技量を持つ人間が手加減をするとは到底思えない。そして先程の確認の言葉。
間違い無くこの予選会で下手をすれば何人か死人が出ると予想するのは、ある意味では当然の帰結だった。
「そう言われるとね~。とにかく頼むよ」
「報酬も無く、面倒な事する訳無いだろ」
「それでもだよ。宜しく~」
それ以上は無駄だと判断したのか、龍玄は寧音との会話を強引に打ち切った。時間が押しているのであれば、これ以上は無駄な時間になる。そんな意志の表れだった。
会場の入口まで気負う事なくゆっくりと歩く。寧音の目には命を刈り取る大鎌を持った死神の様にも見えていた。
「どうなるんだろうね」
「さぁ。私にも予想は出来ませんね」
先程までの会場は見物する為の人間がかなり居たが、今ではその人の波は完全に引いていた。
元々桐原静矢の親衛隊の様に居た女子はあまりにも情けない負け方に嫌気を差したからなのか、人の波が引いた様に会場から去っていた。
事実、周囲を見渡せば会場に居るのは満員時の二割程度。ガラガラの席に座る人間が誰なのかすら判断出来る程だった。
そんな中で生徒会の人間が居る。当初は疑問を持つ者も居たが、結果的には全体の把握だろうと考えたからなのか、誰もがそれ以上の事を考える事はなかった。
僅かに聞こえた会話の内容も、恐らくは先程のFランクとCランクの戦いでFランクの一輝が勝った事を踏まえた上での話。聞こえた人間の誰もがそう考えていた。
「刀華とナカタが居るなんて珍しいね。そんなにこれから始まる戦いに注目してるの?それだったらさっきの方が見応えあったと思うけど」
「さっきの戦いはあれはあれで見応えもありましたし、やはり実戦形式であればチェックするだけの内容だったと思います。ですが、これから始まるのはそんな物じゃないはずですから」
「そう言えば、うた君は見た事が無かったんだよね。詳しい事は見れば多分……分かると思うよ」
二人の言葉に泡沫は疑問だけが先行していた。
選手の紹介を見た限り、方や一年のEランク、方や三年のCランク。しかも三年は昨年の本戦出場者。
魔力のランクだけでなく、実戦としての実力を見ても、見る価値がありとは思えない。実際に周囲を見ても、事前の選手を紹介されたからなのか、半ば消化試合程度にしか思っていないようだった。
試合開始の時間が近いからなのか、二人が会場へと足を運ぶ。この時点で戦闘の結末を正確に予想した人間は誰も居なかった。
「相手は昨年の本戦出場者か。少しは楽しめると良いがな」
龍玄は気負う事すらなく、何時もと同じ様に会場入りしていた。天井には選手紹介の電光掲示板に自分のデータと相手のデータが表示されている。
元々
対峙した男の視線もどこかこちらを見下している様にも見える。事前情報の信用度がどれ程なのかを理解していないからなのか、身に纏う雰囲気は既に緩んでいた。
お互いが試合が出来る距離へと近づく。元々審判は存在せず、試合開始のブザーで始まるだけだった。
この試合の審判と同時に、救護を担当したのは珍しく西京寧音だった。
元々臨時が故にこの予選では解説をする為に来ているだけのはずだった。しかし、突如として立候補した為に他の職員もまた訝しむ部分が多分にあった。
そもそもあの試験の事を知っているのは理事長の新宮寺黒乃と西京寧音の二人だけ。
直ぐにIPS再生槽で治療した為に、周囲は何も知らないままだった。だからなのか、黒乃と寧音以外にその事実を知るのは試験をした人間の三人だけ。余りにも異様な雰囲気に職員の誰もが疑問を持っていた。
「あの……理事長。この試合に何かあるんですか?」
「あると言えば……あるのかもしれん。我々は事故が無い様に安全に勤めるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そ、そうですよね……」
「それとIPS再生槽は直ぐに利用出来る様にしておいてくれ」
「……分かりました」
黒乃の言葉に質問を投げかけた職員は大人しく退散するしかなかった。
先程までの一輝と静矢の戦いでさえ、こうまで緊張感が高まる事は一度も無かった。しかし、これから始まるそれには、周囲すら気にしない程の緊張感が漂っている。
事実、黒乃と寧音の醸し出す圧力に場当たりしたからなのか、数人の職員の顔色は少しだけ青褪めていた。
試合開始時間が徐々に近づく。眼下ではお互いが固有霊装を展開していた。
《LET's GO AHEAD!》
会場にブザーが鳴り響いた瞬間、誰もがその異様さを理解するのに時間を必要としていた。
対峙した生徒は昨年の本戦出場者。まごう事無き実力者のはずだった。
会場内には二人と一つの物体だけが舞台の上に存在している。一人の男はその場に佇み、もう一人の男は赤い液体をとめどなく流しながら仰向けになって動く事すらしない。
そして同じく赤い液体を流しながら、もう一つは会場の壁に棄てられたかの様に落ちていた。会場の空気が固まる。
佇んだ男はゆっくりと仰向けになった男の下へと歩を進めていた。
「殺すのは面倒だから、戦意を奪うまでにするか」
開始のブザーが鳴った瞬間、龍玄は四割程度の力で、対戦相手の下へ一気に距離を詰めていた。
風魔の歩法でもある『斬影』縮地や抜き足などと比べる事すらあり得ない速度は瞬時に懐に入っていた。
相手の固有霊装は青龍刀なのか、大型の刃が湾曲している。幾ら大きかろうが切れ味が良かろうが、使用する人間が盆暗であればまるで意味を成さない物だった。
龍玄は瞬時に相手の手首関節を叩きつけて破壊すると同時に、そのままの勢いで青龍刀を持った手首を強引に下から回転させる。
大型の刃はそのままの勢いで脇から一気に右肩を切断していた。斬れた瞬間、固有霊装を持った腕は弾き飛ばすと同時に、無防備になった男の右肺に痛烈な肘を入れる。
衝撃はそのまま体内を浸透したからなのか、その衝撃で右肺は完全に破裂していた。
右肺の破裂を意識した瞬間、そのまま全身を弾き飛ばされている。地面に叩きつけられた体躯はそのまま大きくバウンドし、意識を完全に飛ばしていた。
「所詮は雑魚か。ついでに始末する……面倒なのが出てきたな。寧音、仕事が出来て良かったな」
寧音が出た事によって事実上のレフリーストップとなっていた。
戦闘時間は一秒。まさに刹那の戦いだった。右腕は固有霊装を握ったままだからなのか、そのまま勢い良く液体をまき散らしながら壁にぶつかっている。
衝撃と共に意識を失ったからなのか、固有霊装はそのまま消滅していた。
その際に数人の顔に何かがかかったからなのか、突如として起こった悲鳴に会場はカオスとなっていた。
敗者には何の価値もない。まるでゴミでも見るかの様に龍玄の視線は冷たい物だった。
「何、あれ………」
泡沫が口に出来たのはその一言だけだった。
先程の戦いとは違い、刹那のやりとりを完全に理解した人間は会場の中には一人もいなかった。
本来であれば放送した人間が実況するはずだが、あまりの光景に声が出ない。聞こえたのは女生徒が飛び散った血液が顔にかかった事を理解し、悲鳴を上げたからだった。
恐らくは対戦相手は何も感知する間もなく意識を失っている。常識を逸脱した光景は会場の空間を完全に凍結させたかの様だった。
「やっぱりでしたね」
「そうだね。まさかとは思ったけど……」
「二人はあれが誰なのか知ってるの?」
刀華とカナタの言葉に泡沫は改めて確認するしかなかった。
これ程の実力を持っているのであれば少なからず噂にはなるはす。ましてや戦闘力だけ言えば確実にこの学園でも上位に入るのは明白だった。にも拘わらす、その存在は知らされていない。衝撃の光景から現実に戻るにはそれなりの時間が必要だった。
「知ってますよ。元々今回の台風の目になるのは確実ですから」
「少なくとも私も感知できるかと言えば怪しいですね」
気が付けば刀華はメガネを外していた。『閃理眼』は刀華が持つ抜刀絶技の一つ。
人間の体内にある電気信号を読み取る事によって相手の行動を読む物。電気信号を読み取る事が可能なそれでさえ怪しいとなれば、どれ程規格外の実力なのかは言うまでも無かった。
会場を見れば職員は既に整理が完了したからかのか、元に戻っている。何が起こったのかすら理解できない現実を他所に、本日の予選会は終了していた。
「風間。あれはやりすぎじゃないのか?」
「何故そう思う?」
龍玄は直ぐに理事長室に呼ばれていた。内容は聞くまでも無く、明らかに先程の件。事前に判断した結果だからなのか、龍玄が理事長室に入ると、そこには黒乃だけでなく寧音も同室していた。
「あれは明らかに過剰だ。少なくともお前の技量であれば、そこまでする必要はなかったはずだ」
「所詮は実力も無いくせに粋がるから起きた事故だろ?現実を理解させた事に対してそんなに目くじらを立てる必要は無いはずだが?」
黒乃の質問に対し、龍玄はいつもと変わらないままだった。
既に風魔の人間である事は黒乃も理解している。少なくとも自分が知る中でも最狂、最凶を地で行く人間には無駄とは理解したが、教育者である以上は確認するつもりだった。
そんな質問に対する答えがそれだからなのか、黒乃はそれ以上は何も言えない。実際に本戦でも事故で死傷者が出る事はこれまでに数回あった。それと同じであればこの結果を詰問するのは最初からお門違い。それを分かった上で確認するしかなかった。
「言っておくが、肩口から切断したのは俺からの温情だ。本来ならば、あのまま頸を刎ねる。そうしないだけも有難いと思え。それと受付でも確認したんだ。それ以上言われる筋合いはどこにも無いはずだ。それとも何か?俺だけはルールを適用しないとでも言うのか?」
「そう言ってる訳では無い」
「だとすればこれ以上は時間の無駄だ。仮に文句があるならいつでも受ける。ただし、理論が破綻している場合、全うな生活は送れないと思え」
正論を言われたからなのか、黒乃の言葉に力は無かった。龍玄も最初からそうするつもりは毛頭無かった。
ただ、直前の一輝の試合と自分の対戦相手の顔を見た際に、予定していた方針を変更したに過ぎなかった。そもそも全力ですらない。
これならば自身の配下と訓練した方がはるかにマシ。その程度の認識しか無かった。
「一つ良いかな?あれって、全力?」
「……あの程度の相手に全力を出すだけ無駄だ。精々が四割程度。寧音、お前も同じならそうだろ?」
「そうさね……確かに言われればそうかもね」
「だとすれば、それが全てだ。そうだな。生徒会レベルなら少し位は力を出しても消える事はないよな?」
龍玄の言葉に黒乃はどう答えて良いのか判断出来なかった。あれで四割だとすれば全力でどれ程なのかが想像出来ない。
仮に今、自分が現役だったと仮定した場合、どうやるのだろうか。既に引退した身にも拘わらず、自分の中に眠る血が騒ぐ様な気がしていた。
「寧音。一つ確認したい。あれはお前と戦えばどうなる?」
「そうさぁね~。どうだろうね~」
「茶化すな。まさかあれ程危険だとは思わなかったぞ」
龍玄が理事長室を出た後、黒乃は無意識の内に煙草に火を点けていた。
ゆっくりと立ち上る紫煙とは裏腹に、煙草を持つ黒乃の手は僅かに震えていた。
自分がまだ現役の頃であっても、ああまで厳しいプレッシャーを受けた記憶は数える程しかない。今の状況でその素性を知っていると考えたからこそ黒乃は寧音に確認するかの様に聞いていた。
「本当の事を言えば、状況次第じゃないかな。その代り、どちらかの命が確実に消し飛ぶけど」
「A級のお前でもか?」
「あのさぁ、オフレコでお願いしたいんだけど、くーちゃん。風魔の事ってどれ位知ってる?」
龍玄の事にも拘わらず、突如として風魔の話をした寧音の思惑が黒乃には分からなかった。
あの一件で龍玄がそうである事は明言こそしないが、言動で理解出来る。しかし、今寧音が行ったのは間違い無く『風魔』の単語。何時もの様にふざけた雰囲気は既に無くなっている。友人であるが故に、今の寧音は何かを伝えようとしている事だけは理解出来ていた。
「知るも何も、世間一般的な事だけだ」
「だよね。でもどうしてああ言われてるのに、警察や騎士団が動かないか知ってる?」
寧音の言葉に黒乃は改めて考えていた。確かに『解放軍』程では無いにせよ、ここまで戦闘力が知られて法律に基づく規制が出来ないのかは不思議だった。
世間には確かに例外と言う物もある。しかし、傭兵である事は裏の人間や、情報に詳しい人間であれば誰もが知りうる事実。寧音の言葉から予測出来るのは一つだけだった。
「まさか、あいつと同じなの……か?」
「大正解だよ。くーちゃん、因みに言っておくけど棟梁の小太郎は多分、私レベルは歯牙にもかけない。事実五分と持たなかったから。本当の事を言うとね、次に対戦する事があれば私の命なんて簡単に消し飛ぶさね」
「それは……だが、それと風間とどう関係がある?」
「詳しい事は言えないけど、少なくとも私は一年以上前に戦って負けてる。さっきの戦いだって殆ど手抜きだよ。ここの序列一位って確か東堂刀華だよね。本気で戦えば一方的に血の海に沈むだけさね」
寧音の独白に近い言葉に黒乃はそれ以上の言葉は出なかった。
確かに試験の際にも自ら動く事無くその場で終わっている。後々考えれば、一歩も動く事無く血反吐を吐いたとなれば、事実上の武力は天地程の差があるのは間違い無かった。
既に理解しているつもりではあったものの、やはり近しい人間の言葉の方が実感したのか、黒乃は今後の事を少しだけ考えていた。
「そうか……だが、予選会は既に始まっている。対戦相手はランダムだ。私もどうなるのかは分からん。ここで介入しよう物なら信用も信頼もこの学園から無くなるだろうからな」
「死なない程度にってお願いすれえば良いんじゃない?ほら、依頼って形式だった受けると思うよ」
「何も知らないと言っても風魔に依頼するには最低はこれだけ要るのだろ?そんなくだらない事で出せる訳がない」
「それなら学園の予算をちょっとだけ」
「寝言は寝てから言え。それとも何か?お前が支払ってくれるなら問題無いぞ」
「それが臨時職員に対する言葉かね」
「お前だからだ」
黒乃の指は既に五本開いていた。百万単位で依頼を受ける事は絶対に無い。事実、依頼を受けるかどうかは依頼料と内容によって大きく変動する。それならば自分達で何とかした方が随分と簡単だった。
事実上の一撃は相手の闘争心を完全に鎮火させていた。
身に纏う雷は自身の闘争心の表れなのか、対戦相手の事など歯牙にもかけない程だった。
予選会は対戦相手の年代を一切問わない。幾ら相手の学年が上だろうが、下だろうがそんな事は一切関係無かった。生徒手帳に届く対戦相手の名前は自分がよく知らない相手。驕っているつもりは最初から無いがそれが相手にも伝わったからなのか、舞台に上がった時点で決着は事実上着いたも同じだった。
固有霊装の『鳴神』をゆっくりと抜き、威圧するかのように刃は雷を纏っていく。本来であれば刀華は居合いを使う事から最初から刃を見せるケースはそう多く無かった。 刀身から繰り出すそれは従来の戦法とは明らかに違うからなのか、刀華を良く知っている人間からは疑問だけが浮かんでいた。
何時もの如く一刀両断を旨とするはずが、それすらもしない。誰もが疑問と違和感を抱きながらも、その戦いぶりを見ていた。
「戦法を変えたんですか?」
「そんなんじゃないんだけど、あの戦いを見たから居合いだけでも困るかと思って」
「確かに言われてみればそうかもしれませんね」
具体的にどの戦いなのかを言うつもりは最初から無かった。元々戦場で相対した時点で居合いを完全に防がれたのは誤算であると同時に、利き手を潰された時点で居合いは放てないのと同じだった。
確かに雷を纏った攻撃は通常よりも殺傷能力は高いかもしれない。しかし、それだけだった。
実際に自分の剣の師でもある『南郷寅次郎』からも使い手としては上である事は遠回しに言われている。しかし、不意にその話をした際に、師からは厳しい一言を告げられたばかりだった。
──風魔と全力で闘うならば何かを失う事を躊躇するな。さもなくば己の命だけが瞬時に砕け散る。その覚悟はあるか?──
戦場で対峙していなければ言葉の意味は間違い無く分からないままだった。
しかし、一度小太郎と対峙した今なら完全に師の言葉を理解する事が出来る。
生きて返れたのは僥倖でしかなく、結果的には生かされただけに過ぎない。そもそも路傍の石を気遣う必要は最初から何処にも無かった。
自分は単なる石ころ程度の存在。精々が蹴られて終わるだけでの存在だったと。
直接言われた訳ではなかったが、自分でそう理解していた。小太郎がそのレベルならば龍玄はそこまでではない。そんな気持ちで観戦したのが全ての間違いだった。
刹那の中で繰り出された攻撃は自身の眼では完全に追いきれない。厳密には理解出来るものの、その動きに対応出来ないが正解だった。
幾ら認識しようにも自分の体躯が動かなければ何の意味も成さない。他の人間は惨劇だけに目を奪われていたが、少なくとも自分と友人だけはその危険性を理解していた。
「でも、自分を高める物が身近にあれば、随分と良い環境にあった。そう考えるのも悪くは無いかもしれませんね」
「そう考えたいんだけどね。まだまだだよね……」
汗一つ書かない戦いを終えた刀華を出迎えたのはカナタだった。
この後が対戦相手との戦いだからなのか、控室から既に出ている。普段は変化が無い様にも見えるが、カナタの眼もまた力が籠っていた。
「高みを目指す人間がそれではいけませんよ。少なくとも普通の鍛錬では届かないですから」
「そうだよね。そう言えば、カナちゃんは見た事があったの?」
「ええ。何度かあります。ですが、それを私も実行しろと言われれば間違い無く無理でしょうね」
カナタの言葉に刀華は僅かに息を飲んでいた。あれだけの動きをする以上はそれなりに何かをしているとは思っていたが、まさかカナタの口から出た言葉に刀華は驚いていた。
魔力だけでなく自身の力もあっての今の立場。だとすれば普段はどんなことをしているのだろうか。そんな取り止めの無い感情が刀華を支配していた。
「そろそろ私も出番ですので、これで失礼します」
「頑張ってね」
「ええ」
これから舞踏会にでも行くかの様にカナタは歩を進めていた。
刀華だけではない。カナタもまた新たな戦い方を模索するのは当然だった。自身の抜刀絶技を展開した状態で懐に入るとなれば幾らかは被弾しているはず。しかし、当人は傷一つ無いままに攻撃をしていたのはおぼろげながらに覚えていた。
友人だけではなく自分もまた更なる高みを目指す。僅かながらでも事実上の自由になった未来は今のカナタにとって少なからずそんな思いをさせていた。