英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第15話 それぞれの過ごし方

 メガネのレンズに映るのは、先程まで行われていた予選会の映像だった。

 事前の下馬評では圧倒的に昨年の七星剣舞祭の出場者でもあった桐原静矢の圧倒的な優勢のはずだった。元々一輝は一年ではあるが、厳密には二度目の一年生。少し記憶にある人間であれば、昨年までのやり取りを理解した上での予想結果が出るはずだった。

 ランクの違いと当時の経緯。それを無視してまで一輝に期待したのは、極一部の親しい生徒だけだった。

 

 事実、今映像として映っている画面では一方的な攻撃によって一輝の制服がズタズタに切り裂かれ、それと同時に皮下からも多量の出血をしている。

 白いはずの制服は流れる血液で赤黒く染まり、結果を知らない人間からすれば、このまま敗北するのは時間の問題とまで思える程だった。

 そんな流れを変えたのは一人の少女の叫び。それがきっかけに自身の持つ抜刀絶技の『一刀修羅』が炸裂していた。

 瞬時に変わる立ち位置は既に肉眼で追う事は困難となっていた。しかし、メガネに映る画像はスロー再生だったからなのか、一輝が桐原を追い詰める動きが逐一映されている。

 少女は肉眼で捉える事が困難なその行動が逐一見て取れていた。

 

 

「やっぱり凄い。まさかあれ程の窮地から逆転するなんて」

 

 先程まで見ていた端末から目を離すと、メガネをかけた少女は大きく伸びをしていた。

 少女の名は『日下部加々美』新聞部所属のジャーナリスト志望の少女だった。

 元々同じクラスになったのは偶然ではあったが、一輝の事は入学の手続きを行った際に偶然耳にしたステラとの戦いが最初だった。

 

 当然の様に考えれば、AランクにFランクが勝てる道理はどこにも無い。何も知らなかった当初はどこかそんな目で見ていた。

 しかし、戦いの序盤からの攻撃は明らかに一輝が優勢に立ち、ステラが常に劣勢に立たされていた。所々逆のケースになる事もあったが、剣技だけを見れば完全に一輝が圧倒していた。事実、ステラもそれを認めている為に試合中に口にしている。

 

 ステラのやや強引ながらも自身の抜刀絶技『天壌焼き焦がす竜王の焔』を回避してからは戦いの流れは一気に加速していた。実質的なブーストとも取れる一輝の抜刀絶技は剣技の速度を加速させ、一気にステラを劣勢に追い込んでいく。

 最後はやはり一輝の『一刀修羅』が決着の決め手となっていた。そんな過去のデータを思い出しながら加々美は新聞の記事に手を付ける。

 部室には誰も居なかったからなのか、加々美はゆっくりとした動きで用意した紅茶を口にしていた。

 

 

「だけど、あの後の方がインパクトが大きすぎるよ」

 

 不意に出た言葉が全てだった。桐原静矢と黒鉄一輝の試合は会場の観覧席が満席の中で行われ、逆転劇と不様な結末によって観客の殆どはそのまま退出していた。

 事実、残っていたのは事務的な人間ばかり。そんな中で生徒会の人間が残っていた事が妙に記憶に残っていた。

 

 事実上の消化試合と思われた次の一戦は正にそんなつまらない結末では無かった。

 試合開始僅か一秒と言う、予選会始まっての最短の終了。しかも対戦相手は事実上の戦闘不能。

 幾ら破軍にはIPS再生槽があるとは言え、右肩切断と右肺挫傷は余りにも危険な結末。刹那の攻防がどれ程の物なのかを映像に捉えていたのは学園内でも加々美だけだった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、加々美はあの試合って見てたんだよね?」

 

「映像にも残してるよ」

 

「見ても良い?」

 

「良いよ」

 

 違うクラスの同じ部員から聞かれた質問に加々美は特に気にする事もなく答えていた。

 予選会場から聞こえた悲鳴と職員の動きによる救命措置。元々実戦であれば当然の結末ではあったが、ああまで酷いとは誰も予測していなかった。

 実際に目で見た人間はかなり少ない。そんな事実も手伝ってか、加々美と同じ部員は映像に残ったそれを確認したいと聞いていた。

 試合ごとにフォルダ分けされているからなのか、問題の試合映像を見る。そんな中、あの結末を見たからなのか、加々美に対して不思議な質問が飛んできた。

 

 

「ねぇ加々美。ちゃんと設定は間違ってないんだよね?」

 

「その前の試合から弄ってないよ」

 

「これ、どう見ても変だよ」

 

「え?」

 

「だってほら」

 

 試合を見ていた為に画像は改めて見ていなかった。刹那の戦闘を文字に書けと言われれば確実に返事に困る。

 事実、あの風間龍玄が近づいた瞬間を肉眼で見た人間は皆無に等しかった。

 突如消えたと思った瞬間に右腕が血を流して吹き飛ぶと同時に、その身体は地面に叩きつけられている。あまりの衝撃に弾んだそれは明らかに尋常ではない衝撃を叩き込んだ証拠だった。

 見えない物を憶測で書く訳には行かないからと、一先ず映像は後回しにして一輝の記事を優先した結果だった。

 加々美も初めて見たが、確かに映像は『変』の一言だった。

 移動した瞬間はスローで再生してはいるものの、まるでコマ落ちしている様に飛んでいる。

 それだけでは無い。良く見れば全体の輪郭までもが歪んでいる為に、これは明らかに残像だった。

 設定そのものは間違っていない。事実、抜刀絶技を使った一輝の行動はスローでは完全に捉えている。しかし、目の前に映る映像はそうでは無かった。

 

 

「スロー再生してるよね?」

 

「うん。でも処理落ちしてるんだよね」

 

「おかしいな。そんなはず無いんだけど……」

 

 そう言いながら加々美は映像の処理速度を見ていた。24fps(24フレーム)の処理速度。設定を見た瞬間、加々美はまさかと思い改めて設定を変更していた。

 

 

「だったら、これならどう?」

 

「……さっきと変わらないかな」

 

 設定は30fpsだった。改めて見ればそれでも処理落ちしているからなのか、残像の様にも見えている。

 少なくとも自分が知る中でこうまで早い動きをする伐刀者は見た事が無かった。これでこうならば少なくとも60fpsは必要かもしれない。しかし、手持ちのカメラではそこまでの性能は無かった。

 だとすれば当然記事を書くにも殆どが想像になってしまう。ジャーナリストを目指す立場からすれば到底容認出来る内容では無かった。

 

 

「これだと流石に記事には出来ないよ。それに、この結末は流石に削除対象だよ」

 

「だよね」

 

 そんな取り止めの無い言葉に加々美も同意するしかなかった。腕が吹き飛ぶ映像は流石にショッキング過ぎた。幾ら学生とは言え、魔導騎士でもこうまで派手な結果は年に数える程しかない。分かり易い未来に、少しだけ溜息を吐きたくなっていた。

 

 

「一度、本人に突撃取材するのが手っ取り早いかも」

 

 事実上の証拠とも取れる映像が役に立たない時点で加々美が記事にする事を諦めていた。

 憶測で書いたとなれば万が一の際には自分の信用問題だけでなく、ひいては新聞部全体の問題にも発展し兼ねない。しかし、これ程の結果を記事にしないのも癪だった。

 出来る事はただ一つ。既に加々美の手は止まる事は無かった。同じクラスであれば接点は簡単なはず。そう加々美は考え筆を走らせていた。

 

 

 

 

 

「風間君は本日から三日間の休みが出ています」

 

「み、三日ですか?」

 

「そうですよ。事前に申請が出てますので」

 

「そうですか……」

 

 担任の折木有里は自身の持っているハンカチを赤で染め上げ、一言だけ告げる。

 昨日の結果では無く、事前の申請である以上は元から入っていた予定でしかない。それと同時にそれだけ時間が空けば、今度は新たな試合の結果を記事にする事になる、この時点で加々美の希望は見事に砕け散っていた。

 

 

「日下部さん。どうかしましたか?」

 

「いえ。何でもありません……」

 

「困った事があれば私を頼っても良いんですよ」

 

「いえ、大丈夫です。お手数おかけしました」

 

 内心愕然としながらも表面上は笑顔でいるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室で色々と複雑な空気が漂う頃、その問題の人物でもあった龍玄は何時もの制服ではなく、黒のタキシードを身に纏っていた。

 ここは学園ではなく、政治家が集まるパーティー会場。身元を特定されない様に、黒髪ではなく灰色に染め上げ、カラーコンタクトをする事によって完全に身元が分からない様にしていた。

 本来であれば政治家の警備は警察の中でも『備』の管轄。

 民間企業に委託すると言うのはあり得ないはずだった。しかし、今回の政治家は時宗であると同時に、来賓は以前の内乱でクーデターが成功した国だった。

 

 当時の反乱軍の若きリーダーがそのまま国の代表になっている。そんなつながりがあったからなのか、今回のパーティーは事実上のお礼と今後の国交の回復だった。

 元々首相が来るのが本来の筋ではあるが、先方の指名であると同時に立場が官房長官である為にそのまま依頼される流れだった。

 

 

「これで漸く全ての依頼が完了した訳だ。やっぱり仲介なんてするもんじゃないよ。龍もそう思うだろ?」

 

「そんな事は親父にでも言ってくれ。それは俺の管轄外だ」

 

「手厳しいね。だが、これで例の派遣の一件は完全に終了だ。下手に長引かせるのは大変だからね」

 

「そうか。だとすればこれで暫くは暇が出来そうだな」

 

「残念ながらそうは行かないだろうね」

 

「どう言う意味だ?」

 

 会談を終えたからなのか、時宗は休憩とばかりにグラスを片手に壁に寄り添っていた。

 護衛として来てる為に、龍玄は視線を動かさず、草擦れレベルの会話を続けている。周囲から見れば単に休憩している様にしか見えなかった。

 

 

「実は今回の護衛以外にも幾つか依頼が僕経由で来てるんだよ。で、小太郎には伝えたんだが、早々に例の会社経由で依頼が来るはずだよ」

 

「そんな話は聞いてない」

 

「そりゃ、今さっき決まった話だからね。今回の依頼が終わればカナタ嬢から話が来ると思うよ。報酬は割と高めだし、悪くは無いと思もうけどね」

 

 サラッと伝えた言葉に龍玄は表情を変える事無く愕然としていた。

 元々あれは自分達が報酬の回収の為に設立した様な会社。だとすれば風魔には関係無いはずの物だった。

 しかし、設立パーティーの際に時宗と小太郎までもが顔を出している。冷静に考えれば、時宗が持ってきた依頼はある意味では当然の結果だった。

 

 

「まぁ、良い小遣い稼ぎ程度で良いよ。破軍は確か日常生活に費用は掛からなかったはずだからね」

 

「それは全てが学園に居ればの話だ。実際には幾つかの食材などで金はかけてる。無いよりはマシ程度に考えておくさ」

 

「相変わらず食に対するこだわりは凄いね、僕なんて食べれれば良いと思うだけなんだけどね。それと、そう言ってくれると助かるよ。近日中に小太郎からも話が来ると思うから宜しく」

 

「分かった。留意しておこう」

 

 頃合いを見計らったからなのか、時宗は再び空になったグラスをウエイターへと返し、新たなグラスを片手に談笑の輪へと消えていく。

 普段は適当でも、事実上の国家間のやりとりを蔑ろにする事は無い。先程とは違い、既に政治家としての仮面を被っていた。

 

 

 

 

 

 予定されたパーティー会場での不穏な動きは結果的には無いまま終了していた。幾ら小国とは言え、外交に関する内容に最初から不備は無かった。

 仮にあったとしても、全てがが内々で終了する。今回の招聘されたメンバーを見ればある意味では予想出来る結末だった。パーティーが終われば警備の仕事は解除となる。明日からの予定を考え、龍玄は帰る為の準備を進めていた。

 

 

「これで例の一件は完全に終了だ。暫くは大きな仕事は無いだろう」

 

「時宗の話を聞く限りでは、そんな事は無いと思うが?」

 

 龍玄の背後から聞こえたのは小太郎の声だった。

 今回のパーティーで直接現場に出向いたのは『青龍』としてだが、全体の管理は小太郎が取り仕切っていた。

 本来であれば民間の護衛が外交の場を仕切る事は無い。しかし警察や侍局の警備の前に先方から指名された事が一番の要因だった。

 事実、上層部はこの会社の実態を良く知っている。幾ら国としての組織があっても風魔を敵に回したいとまでは考えていなかった。

 仮にやったところで同じだけの安全を保障できるかと言われれば何も言えない。

 事実、霞が関でもかなり大モメではあったが、最後は内閣からの依頼と言う事で幕引きを図っていた。

 

 

「それに関してはどれも時間の制約は無い。だったら問題無いだろ?」

 

「そう言われればそうなるな。取敢えず、学校の件があるから俺は帰る。後の処理は頼んだ」

 

 契約解除の時点でやるべき事が終了している。明日は自分の試合がある為に少しでも早く戻ってコンディションを整えたい。だからなのか、龍玄は着替えると同時に自身のバイクにまたがりそのまま寮へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろシャワーでも浴びようかしら」

 

 カナタは事前に聞かされたスケジュールから、ここ数日は独りの生活を少しだけ満喫していた。

 元々破軍学園は寮生活を送る前提での入学ではあるものの、生徒の状況によっては一部それが免除されるケースがあった。

 特にカナタの様に家の絡みで不在にするケースが多ければ、寮よりも自宅の方が都合が良いケースが多く、また実力もある事から一部はゆるやかになっていた。

 しかし、今年は早々の出来事から家の用事よりも学業を優先する事になっていた。最大の理由が『風魔』とのパイプの構築。自身の結婚の話までもが白紙となってでさえ実行するとなれば、当然ながらその先の事は考えるまでもなった。

 

 しかし、入学してから今に至るまで、同じ空間で生活はしているものの、実際に顔を合わせるのは朝と夕方のみ。殆どはカナタが就寝してから戻る事が殆どだった。

 普段から音を消す生活を送っている為に、寝ている際にも気にした事は一度も無い。だからなのか、今日もまた何時もと同じだと完全に油断していた。

 

 

「そうだ。久しぶりにあれを使おうかしら。最近は結構疲れも溜まってるから」

 

 カナタの手にあるのはアロマエッセンシャル。自宅では良く使っていたが、寮に入ってから使う事は殆ど無かった。

 基本的にアロマを使用するのは自身が完全に疲れ切った時だけ。少なくとも去年までは使用する事は殆ど無かった。

 しかし、ここ最近の自分に降りかかる仕事の量は予想を遥かに越えていた。

 あのパーティー以来、仕事の依頼は通常では考えられない程に膨れ上がり、実際には幾つか断っている事態にまで陥っていた。

 最大の要因な時宗と小太郎の存在。誰もが政府の中枢や圧倒的な暴力装置に近寄りたいと考えるのはある意味では当然だった。

 事実、情報収集能力は群を抜いている。産業スパイを撃退するだけでなく、報復措置として逆に仕掛けるなど手痛いしっぺ返しなど、言い出せばキリが無い程だった。

 

 そんな人間は本来であれば正規のルートで依頼は出来ない。しかし、貴徳原財団が設立した会社であれば誰もが大手を振って依頼出来る事が最大の要因だった。

 顧客が顧客を呼び、そのルートで依頼が次々と舞い込む。勿論、通常の依頼に風魔の人間を駆り出す事は出来ないが、それでも政財界のパーティー等では断る事は出来なかった。

 本来であればカナタにまで決済が来るケースはそう多く無い。しかし、想定外の数によってカナタもまた学生の身でありながら実業家としての側面を見せていた。

 思い出す度に溜息しか出ない。そんな事を思いながらカナタは用意した物をお湯へと溶かす。一気に広がる匂いはカナタの心を癒す様だった。

 

 

「やっぱりシャワーよりはこっちの方が良いかも」

 

 お湯に溶けた香りは浴室の中へとゆっくり広がる。肌にも潤いの効果を持っているからなのか、珍しくカナタはゆっくりと浸かっていた。

 身も心もゆっくりと解きほぐされる感覚は先程までのささくれた精神を癒す。時間を忘れたかの様に存分に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

「さてと……何だ?風呂か」

 

 龍玄は自室へと戻ると、そこには何時もとは違った光景が広がっていた。

 これまでの記憶の中では無かったはずの物。実際に同じ部屋になったからと言って、良く考えれば食事以外に一緒に過ごした記憶は殆ど無かった。

 もちろん、寝る際には既に部屋の照明は落ちている為に、気にした事はなかった。気が付けば浴室からは鼻歌の様な物が聞こえて来る。

 まさか他人が使用しているはずがない。だからなのか、龍玄は気にする事なく冷蔵庫から冷えた炭酸水を取り出し、そのままラッパ飲みで飲んでいた瞬間だった。

 

 

「………え?」

 

「何だ?」

 

 普段であればこんな光景を目にする事は無かった。何時もであれば常に綺麗にしているカナタが珍しくバスタオルを身体に巻いてそのまま出ている。

 頭はトリーメントの関係なのか、タオルをグルグルに巻いている。風呂に入ると同時に身体のメンテナンスをするのは当然だからと考えたからなのか、龍玄も特に気にする事は無かった。

 まるで何時もの光景とばかりにそのまま炭酸水を飲んでいる。一方のカナタはまさかの同居人に対し、固まったままだった。

 

 

「何かあったのか?」

 

「そう言う訳ではありませんが……」

 

 この状況の中でも龍玄の態度は何も変わらないままだった。

 それに対しカナタは今の置かれている状況をどうやって回避しようかと逡巡していた。

 このまま浴室に戻っても何も変わらない。龍玄の状況を見れば恐らくは帰ってきたばかり。

 だとすれば、少しだけ時間が欲しいと言えば、『どうして』と確実に聞かれる。バスタオル一枚から着替える為の手段は既に存在していなかった。

 無意識のうちに視線は着替えに向いていく。冷静に見れば着替えもまた、服の上に下着がそのまま置かれていた。

 

 

「ああ。着替えか?ほら」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 当然の様に渡された事によってカナタはそのまま浴室へと戻っていた。本来であればこんな場面では悲鳴の一つも上がるが、生憎と同じ部屋の人間である為にどうしようも無かった。そのままゆっくりと扉を閉める。本人は気が付いていないが、顔は完全に赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

「今日、戻ってきたんですね」

 

「ああ。漸く目途が立ったんでな」

 

 先程の光景を無かったかの様にカナタは何時もと同じ様に話しをしていた。

 カナタの記憶が正しければ、ここに戻るのは明日の朝だったはず。それを覚えていたからこそ、最後に少しだけ羽を伸ばしたはずだった。

 しかし、想定外の事態によって先程までの癒された感情が羞恥へと変わって行く。

 自宅では無いにせよ、まさかあんな場面を見られたとなれば、決して気持ちの良い物では無かった。

 本当の事を言えば忘れてほしいは思う。しかし、それを言った所で願いが叶うはずも無い。だとすれば先程までの事を話題にしなければ良い。その思考が先に出ていた。

 

 

「そうだったんですか。ですが、予定よりも早かったのは意外でした。何か問題でもあったんですか?」

 

「いや。特に無いな。今日は最終日ではあったが、外交の兼ね合いで少しだけ予定が繰り上がっただけだ。だから帰ってきただけだが」

 

「そうだったんですか」

 

 既に時間が時間だったからなのか、龍玄は簡単に作った食事をしながらカナタに説明をしていた。元々今回の予定は風魔としてではなく警備の仕事。

 カナタの会社を経由した為に、カナタもまたスケジュールを把握していた。

 

 

「そう言えば、時宗から聞いたが、近々依頼が幾つかあるらしいな」

 

「ええ……確かにありますね。お蔭で暫くは随分と厳しいスケジュールでしたので」

 

 龍玄の言葉にカナタは少しだけ現実を見せられていた。

 元々破軍の生徒会活動はそう多い訳では無い。殆どが会長の刀華に来るが、実際には雑用が殆どだった。

 これまでであれば、カナタは生徒会室で優雅に紅茶を楽しむ事が出来たが、ここ一週間に関してはそんな事すら危うい物だった。

 社内で捌ききれない案件が次々とカナタの手元に届く。本来であれば学生のカナタまで仕事が来る可能性は殆ど無いはずだった。

 しかし、来た案件の殆どが重要な内容。学生の前に企業の代表でもあるからなのか、日程の調整やそれに対する手配など、学内の予選会が始まっていなければ完全に手が回らない状況だった。

 予選会がある日は授業は半日で終わる。自分の対戦相手は瞬殺すると同時に、直ぐに仕事にとりかかっていた現実があった。

 

 

「そうか。偶に羽を伸ばすのも悪く無いだろう。俺に気を使わなくても風呂位は好きに使えば良いぞ」

 

「……分かったわ。今後はそうするから」

 

 完全に回避したと思った瞬間、先程の状況が改めて思い出されてしまった。

 それと同時に父親の言葉が過る。自分がどうすれば良いのかは考えるまでも無い。

 しかし、先程の様子を見れば、目の前の男とは少しの動揺も見えなかった。勿論、カナタとて恥ずかしい気持ちが無い訳では無い。

 せめて、多少の反応位は見えても良いのでは。そんな思考が脳内を占めていた。

 

 

「別にバスタオルのままでも俺は気にしないからな」

 

「今日は油断していただけですから」

 

「そうなのか?それとこれからはこれまでの様に遅くなる事は暫くは無いから、ゆっくりしたいなら言ってくれ。部屋から出る位の配慮はするぞ」

 

「そうですか。それであれば事前に連絡しますので」

 

「そうだな。今日は少しだけ目の保養になった」

 

 本来であればセクハラに近いかもそしれない言葉。しかし、元々着替えを持たずに入った為に、龍玄には何の非も無い。

 これ以上この話題は良く無い気がする。しかし、先程の言葉に少しだけ思う部分があった。

 実際に龍玄は自分の事をどう考えているのだろうか。不意にそんな考えが口に出ていた。

 

 

「そうでした?でもその割には何時もと同じ様に見えましたが?」

 

「護衛の任務にはそんな場面に遭遇するケースも多々あるからな。一々感情を昂ぶらせても仕方ないだろ?それとも何か考えでもあるのか」

 

「色々と私にも思う所はありますので」

 

「そうか」

 

 まさかの言葉にカナタは言葉に詰まっていた。まるでこれではこちらが誘っている様な会話。そんなつもりは元々無かった。

 ただ、どうしても自分の父親の言葉が過ってしまう。まるで風魔との関係を作る為には自分の女を利用すればと言われた様な言葉。

 これまでの見ず知らずの男の下に嫁ぐ事を決めた時とは違った感情がそこに乗ってくる。

 実際に目の前に居る龍玄が何を思っているのかは分からない。先程の衝撃から完全に立ち直っていないからなのか、カナタの思考はかなり迷走していた。

 

 

「参考に言っておくが、俺達は色事の訓練もする。色仕掛けに関してはそう気になる事はない」

 

「そうなんですか?」

 

 まさかの言葉にカナタは少しだけ驚くと同時に納得する部分もあった。

 暴力の一面だけが何かとクローズアップされるが、実際には諜報活動もかなりこなしている。そんな中で一々反応すれば任務に影響が出るのは当然だった。

 元々風魔に関しては父親から聞いているだけなので、詳細までは知らない。カナタが持っているイメージは世間一般と大差無かった。

 

 

「この前の件で知っているとは思うが、幾つかの部隊に分けられている。その中に諜報用の部隊もある。少なくとも幹部連中は耐性をつけさせられてるんだ。あんな半裸程度では心も動かん」

 

「……そうですか」

 

 龍玄の言葉にカナタは先程まで迷走しかかっていた自分自身を漸く立ち直らせる事に成功していた。

 それと同時に、少しだけムッとする部分もあった。その言い方からすれば、自分には魅力が無いと遠回しに言われた様にも思える。

 少なくともカナタの女の矜持に少しだけ火が付いたのは、紛れも無い事実だった。

 

 

 

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