英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第17話 災禍

 見る目がある人間以外には単なる凡戦でしかなかった予選会は最終試合だったからなのか、その後は潮が引くかの様に観客は居なくなっていた。

 お互いが距離を詰めたはずの攻撃は一方的なカウンター攻撃となり、そのまま意識を失い試合終了。試合を見た殆どの人間はそれで終わっていた。

 

 実際に観客として来る人間の殆どは予選会に参加しない人間。精々が余興程度にしか考えていない連中だった。

 一部の実力者も見ている可能性はあったものの、あれが実際にどれ程異常な攻撃であるのかを理解出来ないのであれば、他の観客と大差無かった。

 元々高度な駆け引きをする必要もなければ、態々殺害する必要もない。寧ろ準備運動にすらならない戦いは龍玄の中で消化不良を起こしていた。

 

 初戦は様子見だった為に然程気にならなかった。しかし、今回の戦いでは明らかに自分よりも格下の戦いに時間を費やすのは無駄だと感じていた。

 それが証拠に龍玄は新たな食材を仕入れに学園内から街中へと移動している。バスの様な公共の交通機関ではなく、自前のバイクを使用しているからなのか、フットワークは随分と軽い物だった。

 軽く流しながら目的地を目指す。今の龍玄にとって学内の予選会の事はどうでもよくなっていた。

 

 

「これ、中々の出物だな。これとこれを頼む」

 

「おっ、良い目利きしてるな。これは今日上がったばかりの品だ。折角だ、これもついでにとうだ?」

 

「そうだな。だったらこれも買うから配送してくれ」

 

「毎度あり!」

 

 破軍に来てからは時間に余裕があれば新たな市場開拓とばかりに出歩く事が殆どだった。

 元々ここに龍玄の地盤は存在しない。貴徳原の会社があるからここに居るだけ。単純にそんな認識しかなかった。

 時間をかけて新規の店を開拓する。今来ている店もまた龍玄が捜し歩いて発掘した店舗の一つだった。

 次々と指定した物を店員が配送の準備をしながら梱包していく。顔さえ見せれば大量購入が当たり前なのか、店員は終始笑顔のままだった。

 

 

「あら、こんな所で会うなんて久しぶりね。仕事はもう良かったの?」

 

「ああ、この前の依頼はもう完了した。後は細かい仕事が幾つかあるだけだな」

 

「折角ここで会ったんだし、偶には食事に行かない?」

 

「お前と行くと面倒事しか湧かない。それなら一人で食った方がマシだ」

 

 龍玄の背後から聞こえた声は妙齢の女性の声だった。

 龍玄は誰が声をかけたのかを理解した上で振り向く事無くぞんざいに扱っている。一方の店員は声をかけた女性に見とれていたからなのか、先程までせわしく動いていた手が完全に止まっていた。

 龍玄に声をかけたのは『十六夜朱美(いざよいあけみ)』長い黒髪は誰が見ても艶やかなのか、光の加減で輪が綺麗に見える。まるで当然だと言わんばかりに龍玄の背中に添える様に手を当てていた。

 

 

「ちょっと酷くないかしら?折角私も時間があったからここに来たんだけど」

 

「最近はストーカーみたいに後をつけるのが流行なのか?」

 

「何だ。気が付いてたの。相変わらず周囲の気配には敏感なのね」

 

 十六夜朱美は風魔の中での諜報を担当する『朱雀』の名を持っていた。

 元々風魔の中での異質な存在である朱雀は基本的には諜報活動がメインではあるものの、いざ戦闘となればそれこそ一線級の能力を秘めている。

 戦国の世より、戦争は常に情報を制する者が上に立つ事が殆どだった。勿論、当時だけでなく現代に於いても情報戦がどれ程苛烈な物なのかは当事者以外には分からない。

 事実、風魔も戦争までは行かないにしろ、幾つかの密偵や草は周囲に放っている。その取り纏めをするのが朱雀の役目だった。

 背中に当たる手をどかすと同時に小さなメモが手に握られている。緊急時の内容では無いが無視する訳にも行かない。

 そんなやり取りをしながらも、龍玄は常に周囲の気配は探っていた。

 

 

「で、今日は朱雀が何の要件だ?」

 

「つれないわね。偶には相手をしてあげるって言ってるでしょ」

 

「そんな物は要らん。時間が勿体ない。さっさと要件を話せ。こんなメモで何が分かる」

 

 しなをつくりながらもその言葉は誘いをかけている。これが並の男でれば確実に虜になる程だった。

 妖艶な笑みは常に誘い続けていく。既に慣れているからなのか、龍玄は無視するかの様に次の場所へと移動を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長、この後のスケジュールですが………」

 

 学内の予選会が終わると同時にカナタは急遽会社へと向かう事になっていた。

 元々設立した当初は現場に出るつもりは毛頭なかった。そもそもは風魔への報酬の支払いの為に作られた会社ではあるが、想定外の収益をもたらしたからなのか、すぐさま財団の末端から中核へと昇り上がっていた。

 事実、車内で秘書から聞くスケジュールは会社の内容に違いはないが、殆どがあいさつ回り。今日も本来であれば学内で過ごすはずの予定が、気が付けば会社に出向く羽目になっていた。

 

 

「もう少し予定は抑える事は出来なかったのですか?」

 

「申し訳ございません。これでもかなり厳選したのですが、流石に我々としても財界や政界に関しては無碍にする訳にも行きませんでしたので」

 

「それなら仕方ありませんね。ですが、せめて今後はもう少し時間の調整をお願いします」

 

「以後その様にします」

 

 カナタの言葉に秘書は頷きはするが、現状を回避する事は出来なかった。

 既に今日だけで二件のアポイントが入っている。実際には顔を出す程度ではあるが、やはり財界は自分の父親の名代も兼ねている為に回避する事は出来なかった。

 

 

 

「え………」

 

 不意に車の窓から外を見る。偶然ではあったが、カナタの視界に飛び込んで来たのは自分が在籍する学園寮の同居人だった。

 普段はお互いのプライバシーを重視する為に、何をしているのかを知る機会は殆どない。仮に知った所でどうにか出来る事では無かった。

 何時もは何処か冷たい雰囲気が漂っているが、今の姿は普段とは大きく変わっている。親し気に話す相手はカナタがこれまでに一度も見た事が無い女性だった。

 

 

「社長、どうかなさいましたか?」

 

「いえ。知人に似た人を見かけただけですので」

 

「そうでしたか」

 

 片や車内から、片や店舗だからなのか、龍玄の姿は一瞬にして消え去っていた。

 お互いが良く知っている様で実際には何も知らない。これが今のカナタと龍玄の現時点での関係だった。

 出会いは最悪の環境下ではあったものの、実際にここ一ヶ月程で何となくだが人となりを見てきたはずだった。少なくともカナタの記憶の中であんな表情を見た記憶は一度も無い。

 だからなのか、移動する車内の空気は僅かに重苦しさを含んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、実際にはどうなんだ?」

 

「そうね。今の所は目立つ様な動きは無いと言っても良い位ね。流石に表立って動く様な人間は居ないでしょ」

 

「しかし、態々報酬を回収する為だけの会社に小太郎はどうしてこれほど手間をかけるんだ?」

 

「さぁ?私に聞かれても棟梁の考えている事なんて分からないわ。朱雀としては報酬が出てるからやってるだけだし」

 

 朱美は龍玄の言葉をはぐらかしながら出されたコーヒーを口にしていた。

 貴徳原の会社はカナタ自身は気が付いていないが、随分と周囲の会社からやっかみを受けている。

 一番の要因は他の企業の様に殆どの依頼が民間企業によるものではなく、政財界からの依頼が圧倒的な点だった。

 

 財界であれば民間企業に属する事になるが、この財界の場合は殆どが大企業であると同時に、それなりに上位の企業との関連が殆どである点だった。

 やっかみはともかく、カナタとてこの依頼が異常である事は重々理解している。それを前提としているからこその多忙だった。

 それと同時に、風魔が企業防衛の一翼を担っている。面倒事が向こうから来るならば、それはこの国の政治家と力に喧嘩を売ると同時に、企業そのものが消滅する可能性を含んでいた。

 現に数社は半ば見せしめの様に破滅と衰退の一途を辿り、その行く先は消滅しかない。誰に喧嘩を売ったのかを知らしめると同時に、それが基で迎える結末を周囲に知らしめる。そんな思惑も存在していた。

 本来であればそれで終わる。しかし、朱雀が動いている以上、他の企業の情報集と同時に幾つかの企業機密を抜いていた。

 

 

「報酬が出てるのか?」

 

「ええ。知らないなんて事無いでしょ?」

 

 朱美の言葉に龍玄は改めて思い出していた。

 ここ最近の任務の関係でいくらかの報酬が振り込まれていた事実は確認している。しかし、それはあくまでも直接仕事を請け負ったからであって、今回の様な形で貰っている訳では無い。

 龍玄も青龍のトップである為に大よそは知っているが、まさか朱雀が正式に動いているとは思ってもいなかった。

 

 

「報酬が出てるのは知ってるが、まさか正規の任務なのか?」

 

「正規かと言われれば答えにくいわね。知っての通り風魔として動く以上は依頼主の事は言えないのよ。そんなに知りたいなら棟梁に聞いてみたらどうかしら?」

 

「いや、面倒だから聞くつもりはない。それに何を画策しているのか分からんからな」

 

 小太郎に確認したとしても、まともに話す可能性は零である事は龍玄が誰よりも理解している。任務中は悪鬼羅刹の如き働きをするが、それ以外では案外と適当な部分も存在していた。

 仮に聞いた所ではぐらかされて終わるだけ。ならば、このまま己の時間を過ごした方がマシだと判断していた。

 それと同時に少し冷めたコーヒーを口にする。冷えた事によって先程まで飲んでいたそれよりも僅かに苦味が口の中に広がっていた。

 

 

「あら、そう。そろそろ時間みたいね。お嬢さんはこれから商談があるみたいよ」

 

「カナタのスケジュールは俺も知っている」

 

「あら?随分と気にかけてるみたいね」

 

「馬鹿言え。報酬のとりっぱぐれが無いように見張ってるだけだ。それに西京寧音の料金も回収してる。特段問題は無いだろ」

 

「それもそうね。暫くは大きな任務は無さそうだから、何かあったら連絡して。直ぐに駆けつけるから」

 

 お互いに言いたい事を言い終えたからなのか、朱美はウインク一つしてこの場から立ち去っていた。

 元々どんな用事があったのかは分からない。しかし、メモと会話からは会社に対しての悪意が何も無かった事実だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々羨ましいですな。我々も是非参加させて頂きたい。どうでしょうか、今後のお互いの発展を兼ねて業務提携など」

 

「いえ。この会社は私の才覚でやる様にと父より仰せつかっています。勿論、株式を発行している企業ですので私の一存でどうこう出来る訳ではありませんので」

 

「そうですか。今回は残念ながらふられていましましたが、次回、お互いに話す事があれば、良しなに願います」

 

 商談の後の話にカナタはまたかとの思いが先に出ていた。

 実際に今回の様な話は今に始まった事ではない。一番の理由は碌な営業もせずに大物からの依頼が引っ切り無しである点だった。

 当然地道に営業している企業からすれば面白い事は何一つない。それならば逆に業務提携をして自分達にも利が乗る様に働きかけるだけだった。

 ほぼ毎回同じ話題が出るからなのか、カナタの表情は仮面を被っている様にも見える。

 元々表情を表に出さない様に生きてきたからなのか、その鉄壁とも言える仮面が崩れる事は何一つ無いままだった。

 

 

「そうですね。機会があれば是非」

 

 口ではそう言う物の、実際には単なる社交辞令でしかない。それと同時に一つだけ確実にカナタにとっても理解できる事があった。

 この会社の代表はカナタではあるが、実際には飾りでしかない事実。幾ら貴徳原の名前が出ているとは言え、既に成熟した産業に入るにはそれなりの軋轢を生じる可能性は多分にあった。

 事実、この会社を立ち上げてからの業務内容は多岐に渡り過ぎている。その殆どが貴徳原カナタと言う人物を見定める為だった。

 幾ら財団の管理する一企業だとしても、競争原理には抗えない。

 これ程までに仕事を回しているとしても、実際にはどこまで持つのかを高みから見物しているとしか言えなかった。

 口では何も言わないが、眼と態度が如実に語っている。だからなのか、普段以上にカナタも精神的な疲労が滲んでいた。

 

 

「あんなのを相手にするとなると大変ね」

 

「え?」

 

 まるで自分の意識が一瞬だけ途切れた瞬間を狙ったかの様にカナタの背後から一人の女性の声が聞こえていた。

 周囲を見渡すも、誰もがこちらを気にしていない様にも見える。それ程までにカナタに声をかけた女性は同性の眼から見ても美しかった。

 

 黒髪をまとめ上げた髪型には煌びやかな飾りなど何一つ付いていない。寧ろ黒髪の存在が返って邪魔をするのだろうと思える程に艶やかだった。

 それと同時に、来ている服も会場に相応しいドレスなのか、身体のラインがハッキリと浮かび上がっていた。まるで絞り込まれた様なウエストは明らかに自分よりも細い。

 だからなのか、それ以外の場所の主張はかなり激しく見えていた。一言で言えば男好きする身体。それがカナタの第一印象だった。

 

 

「ごめんなさいね。私は十六夜朱美。貴女とは面識は無いわ。でも、共通の知人がいるでしょ?」

 

「あの……まさかとは思うんですが」

 

「それ以上は口にしない方が良いわ。ここでは誰が耳を立てているのかも分からないから」

 

「そうですね」

 

 見た目とは違い、どこかサバサバとした性格なのか、カナタもそれ以上の事を口にするつもりは無かった。

 顔は動かさないが、目線は周囲を探っている。こちらを意識していると思われる人間の姿は皆無だった。

 

 

「龍がお世話になってるみたいね。貴女の事は多少なりとも言ってたから」

 

「……そうですか」

 

 その言葉にカナタはここに来る前に見た龍玄の姿を思い出していた。

 自分が知らない表情を見たからなのか、カナタは少しだけ嫌な気分になっていた。

 本当の事を言えば、龍玄とはそれ程接点がある訳では無い。勿論、今の自分と龍玄の関係は極めて歪だった。

 報酬を待ってもらう側と取り立てる側。誰が何をと言わなくとも当人が一番理解している。そんな事があったからなのか、カナタはそれ以上は何も言えなかった。

 

 

「ああ、気にしなくても良いのよ。あれとは同僚なだけだから」

 

「同僚……ですか?」

 

「ええ。単なる同僚よ。少しは安心したかしら?」

 

 同僚の言葉にカナタはまさかと思う気持ちの方が強かった。

 龍玄が青龍である事は一部の人間が知っているだけだが、その中に自分も入っている。

 それと同時に、棟梁でもある小太郎もまた知ってるのは、ある意味では奇跡に近い物があった。

 

 風魔そのものは、名前は知ってるが実体を知らない人間の方が殆ど。そんな中で当代の小太郎は色々な意味で規格外の人間である事は最近になって教えられていた。

 残虐と暴力を取れば風魔の歴史の中でも五代目が一番のその代名詞に近い。その五代目の再来と言われているのが当代だとは以前に話す機会があった時宗から聞かされていた。

 そんな風魔の中でも四神と言われる青龍・白虎・玄武・朱雀は紛れもなく小太郎の片腕と呼ばれる人間。龍玄が青龍である事実を知っている側からすれば同僚であると言った朱美の言葉は、偏にその四神の誰かでしかなかった。

 

 

「今日は顔合わせだけね。詳しい話は会社から話があるはずよ。機会がありましたらその時に再びお話しましょ」

 

「は、はい……」

 

 切れ長の目元にある黒子がやけに印象的ではあったが、まるで子供にでも話すかのようにウインク一つだけしてその場から去って行く。

 周囲の喧噪とは裏腹に、カナタの心中は複雑な物となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱美とカナタが邂逅する頃、龍玄はやるべき事を終えたからなのか、先程のカフェで一人寛いでいた。

 基本的には毎日鍛錬と繰り返す日々を送ってはいるが、今日の様に何かの用事があれば鍛錬は自動的に短い物になっていく。

 元々決まっていた予定だった為に、朝の鍛錬を重視し、残りは予選会で何とかするつもりだった。

 しかし、予選会の戦いは事前の準備運動にすらならない。事実上の瞬殺に近かったからなのか、龍玄からすれば完全に不完全燃焼だった。

 そんな中での朱雀とのやり取りはそんなささくれだった気持ちに拍車をかける。これなら手ごろな何かで鬱憤を晴らすのも悪くはない。そんな考えが支配し始めていた。

 今の龍玄は言うなれば抜身の刀と同じ状態。些細な衝突があれば一瞬にしてなます斬りにでもするかの様だった。

 

 

 

 

 

「おい、これって見た事無い車体だな」

 

「確かに……」

 

 声は実際にはそれ程大きな物ではなかった。殆どは龍玄が所有している車体が珍しいからと少しだけ足を止める人間が何人か居た。事実、龍玄もその意図が何なのかを理解しているからなのか、そのまま放置している。

 実際に龍玄の運転するそれはどこのメーカーでも無い珍しい車体だった。

 好きな人間からすれば物珍しいそれは確実に視線を奪う。そんな中で少しだけ系統の異なる声もまた聞こえていた。

 

 

「スゲェなこれ。見た事無いぞ」

 

「そうだな……随分と金がかかってそうだ。ここにあるって事は持ち主が近くに居るって事だよな」

 

 先程までと違う会話は、少しだけ含みを持っているようだった。

 これまでの純粋な視線から、どこか邪な物が混じっている。臙脂色の同じデザインの服を着ている事から、可能性があるとすれば他の学生の様にも見えていた。

 白と黒を基調とした破軍とは違うそれは、龍玄が知る中では貪狼学園のはず。そんな制服を来た男二人組が龍玄の目に留まっていた。

 

 

 

 

 

 二人組を見た龍玄は少しだけ周囲を見渡していた。元々カフェの中から外を見渡すのはそれ程難しい話ではない。

 他にも誰かが居れば色々とストレスが解消できると考えたからなのか、少しだけ冷めたコーヒーを口にしながらも、内心は喜びに溢れていた。

 このまま直ぐに出ていくのは勿体ない。そんな事を考えたからなのか、先程とは違い今は他の獲物が居ないのかを待っている狩人の様だった。

 

 

「そこのカス共。人の単車に何してるんだ?」

 

「お前がこの単車の持ち主か?」

 

 少しだけ周囲を見渡したものの、それから人が来る気配は無かった。

 この二人だけなのか、それとも別件で居ないのかは分からない。少なくともこの二人の力量では自分のストレスの解消にはならないと龍玄は判断していた。

 制服が表す様に基本的にこの貪狼学生の生徒の質はかなり悪い。それと同時に伐刀者である意味を示すからなのか、龍玄の言葉に強い憤りを感じていたのは少なからず実力者の可能性を秘めていたからだった。

 

 

「もう一度言う。カスの分際で人の単車に触るとは些か頭が悪いんじゃないのか?」

 

「お前こそ何頭の悪い言葉を使ってるんだ?お前の方こそ、この単車の鍵を渡せよ。俺達が有意義に使ってやるぜ」

 

「有意義?実にくだらん。言葉の意味を知って使ってるのか?そもそもそれに鍵なんてついていない。どうやって動かすつもりなんだ?」

 

 龍玄の挑発めいた言葉に男達は少しだけ顔が歪んでいた。初めてこれを見た際に、一通り確認をしている。

 通常の単車の様に鍵穴はどこにも見当たらなかった。それと同時にどこのメーカーなのかすら分からない。可能性があるとすればどこかの企業の試作品かとも思えるが、残念ながら二人組はそんな事は頭では考えもしなかった。

 龍玄の挑発によって徐々に怒りのボルテージが上がっていく。こんな人間にそこまで言わる筋合いは無い。二人の思いはそこにあった。

 

 

「だったらお前に直接聞くさ。ボコボコになっても同じ事が言えるのか楽しみだぜ」

 

「それ以上の口は開くな。それ以上開くとただのチンピラか雑魚にしか見えない。面倒だから、この際、お前達のツレも呼べよ。どうせ後から出てきたら何か言うつもりなんだろ?」

 

 何時もと変わらない口調。何時もと同じ雰囲気。殺意はおろか、闘志すら感じさせない淡々とした物言いが癪にさわったのか、既に臨戦態勢に入りつつあった。

 それと同時にこちらに向かう気配が幾つか感じる。その中で一つだけ強大なイメージを持った人間が来る。それを感じ取ったからなのか、龍玄は内心喜びながらもその表情を崩す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お前がこいつらのボスか?」

 

「お前こそ何者だ?」

 

 下らない時間を過ごすと同時にここに向ってきている人間を待つべく龍玄は時間を稼いでいた。

 元々こんな雑魚程度一秒もあれば殴り倒せる。明らかに隔絶した実力差があると感じているが故の余裕だった。

 それとは別に、男達は歪み切った笑みを浮かべると同時に違う事を考えていた。このまま話を長引かせる事で警官が来るのを待っている。そう考えていた。

 カフェの駐車場はそんな空気を感じ取っているからなのか、誰も近寄ろうとはしない。そんな中、一人のサングラスをかけたリーダーらしい男が到着していた。

 

 

「何者だと?人の物を強奪しようと考えていたから説教の一つでもと思っただけだ。それにこの程度の輩ならそれ程時間は要らん」

 

 龍玄の言葉に男達だけでなく、サングラスの男もまた状況を理解していないのかと言った表情を浮かべていた。

 自分達は伐刀者である。それがどんな意味を持つのかを理解させた方が良いだろう。そう考えた瞬間、周囲の雰囲気は一気に変貌していた。

 刹那の間に冷たい物が首筋に当てられた様にも感じ取る。この場でそれを理解したのはサングラスの男だけだった。

 

 

「テメェ、かなりやるみたいだな?」

 

「かなり?雑魚がその程度の事しか認識できんか……まぁ、当然か」

 

「お前、蔵人を馬鹿にしてるのか!」

 

「誰だそれ?ひょっとしてお前の名前か?生憎と雑魚の名前を覚える程俺は暇は無いんでな」

 

 龍玄の言葉にこの場にいた全員の目つきが瞬時に変わっていた。既に数人は固有霊装を展開している。一触即発の空気が周囲を重くしていた。

 

 

「そうか。俺の名は倉敷蔵人。貪狼学園の三年だ。貴様の名は何だ?」

 

「風間龍玄。これでも破軍の一年だ」

 

「破軍…ねぇ……」

 

 蔵人と名乗った男はまるで値踏みでもするかの様に視線を上から下まで見渡す。

 そもそも外出の際に龍玄は制服を着る事は無い。その為にそれが本当なのかすら不明だった。

 未だ止まらない舐めまわす視線に龍玄は僅かに目を細める。それが何を意味するのかは考えるまでも無かった。

 

 

「そんな事はどうでも良い。そうだ。もう少し暴れる事が出来る場所の方が良いんじゃないのか?ここだと他の客の迷惑と同時に、このままだと警察が来る。折角だ。存分にやり合いたいだろ?」

 

「そんな事言って逃げるつもりだろ!」

 

「おい。雑魚に話す口は持っていない。で、お前はどうする?何だったらお前の居る学園でも構わんぞ」

 

 龍玄の言葉に蔵人ではなく他の人間が叫んでいた。

 そもそも龍玄もストレスを解消する為に事実上絡んだに等しい。折角かかった獲物を逃すつもりは無かった。

 だからなのかこちらかも提案をする。それが何を意味するのかを汲み取ったからなのか、蔵人はサングラス越しの眼に愉悦が浮かんでいた。

 

 

 

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