英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第2話 襲撃

 着弾した瞬間、ここが狙われていた事を全員が察知していた。

 周囲からの反応はどこにも無かったはず。事実、広範囲にわたって索敵をしていた伐刀者の顔は青くなっていた。

 つい数秒前までは戦勝ムードに浸っていたはずが、一転した事によって理解が追い付かない。だからなのか、眼の前の惨状はどこか現実離れしている様にも見えていた。

 何かが聞こえた瞬間、男の頭部が弾け飛んだのか脳漿をぶちまけたままその場に倒れたのは、これから始まる戦いの合図。

 気が付けば、目の前には六尺以上の背丈の男が仮面を被ったまま、一人の人間の心臓部を貫く様に四指の抜き手が胸から背中へと突き抜けていた。

 

 

「何だ。この程度か。所詮は雑魚の集まりか」

 

 仮面の男の声は戦闘中にも拘わらず、低い声が通るかの様に響いていた。

 抜かれた抜き手の箇所からは血が噴水の様に盛大に噴き出すと同時に、重力のままに膝から崩れ落ちる。確認するまでも無く死んでいるのは間違い無かった。

 突然起こった事実に頭の回転が誰一人追い付かない。周囲の時間が停止したかの様にその場に居た誰もが男を凝視しながらも行動を起こす事は出来ないでいた。

 

 

「くたばれ!」

 

 仮面の男の背後から大太刀を振りかざし、上段の構えから一気に斬撃が振り下ろされる。気が付くのが遅かったからなのか、仮面の男の反応は僅かに鈍かった。

 

 

「一々声を出しながらとは…この素人が」

 

 振りかざした男の顔面には、仮面の男は振り返る事も無く裏拳が入ると同時に、そこを起点に空中で回転していた。

 地面と接触していれば確実に吹き飛ばされる攻撃は威力が強すぎたのか、足場が無いからなのか、その場で回転しながら落下する。

 そんな地面に仰向けで倒れた男の喉元に、ゴミでも踏み潰すかの様に仮面の男は踵を入れていた。メキリと音をたて頸椎が砕かれる。

 既に呼吸はおろか、生命活動の確認すら出来ないそれを一瞥した後、再び行動に出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、俺もそろそろ動くか。このままだと小太郎の独り勝ちになる」

 

 青龍と呼ばれた青年は着弾した事を確認しながら、もう一発だけ銃弾を放っていた。

 今回の襲撃の目的は広域攻撃を可能とした伐刀者の始末だった。広範囲の攻撃を出来るのであれば、当然その範囲までは索敵も可能となっている。全員が全員ではないが、やはり戦場に於いては万全を期すのが当然の対処だった。

 着弾した瞬間に踏み込んだ小太郎の襲撃に、誰もが止まっている。二発目の銃弾の意識が無かったからなのか、青龍が放った銃弾はもう一人の頭蓋を同じ様に破裂させていた。

 

 

「お前達が誰に依頼したのかを、この場から眺めておけ」

 

「あ、ああ」

 

 青龍は放ったライフルを背後にいたゲリラの男に放り投げていた。ここから目的地までの距離は一二〇〇メートル。スポッターが居ない状況での通常の狙撃ではあり得ない距離を難なくクリアしたその腕前に思わず呆然とするしか出来なかった。

 渡した瞬間、同じく青龍はその姿が消え去ったかの様にこの場から離れている。

 気が付けば既に崖を駆け下りているからなのか、その姿は随分と小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!まさかこうまでとは」

 

 伐刀者の一人は思わず声を上げていた。

 先程の襲撃で散った命は四。今回の招集に関しては国際魔導騎士連盟からの指令は速やかな解決だった。これまでの常識を考えれば、単なる内戦に伐刀者を二十名を派遣するのは極めて異例の話でもあり、今回の内乱は事実上の政治的な要素を含んでいるからこその結果だった。

 事実、ここまでの戦いに於いて伐刀者の能力は正に無双とも取れる活躍で、戦線は一気に政府軍へと傾きかけたはず。にも拘わらず、目の前に起こった惨劇に伐刀者が次々始末される事実に理解が追い付いていなかった。

 仮面の男は武器らしい物を一切持っていない。伐刀者の能力を考えれば相手も同じ伐刀者である事は何となく理解しているが、肝心の武器となる固有霊装を展開している様には見えなかった。

 無手でありながら繰り出す手刀は刃と何ら変わらない。余りにも異質すぎた戦い方に冷静になれるまで時間を必要としていた。

 

 

「ここは私が!」

 

 一人の少女が居合いの様に刀を鞘に納め、身体には僅かに雷を纏っていた。

 自身の持つ必殺の一撃。これならば如何な襲撃者と言えど何らかの負傷を与える事は可能だと判断していた。

 薄く開いた目に何が映っているのかは分からない。しかし、その意識だけは仮面の男へと向けられていた。

 鞘から走る白刃は射程距離内に入った男に向けて放たれる。刹那の時間と共に疾る刃は自身の純然たる意志だった。

 

 

「愚か者が」

 

 必殺の間合いにも拘わらず、男はまるで意にも介さないとばかりに向けられた刃に向かって拳を突き出していた。

 本来であれば斬り飛ばされるのは男の拳。雷を纏った斬撃が完全に放たれる瞬間だった。

 

 

「う……そ…」

 

 少女は目を見開き驚いていた。疾る刃は完全に抜かれる事無く、不発に終わると同時に自身の拳が潰されていた。

 刃を狙ったのではなく、その持ち手を狙う。神速の抜刀の刃よりも握った拳の方が分かり易かったからなのか、その部分を完全に狙われていた。

 

 刃とは違い、拳の描く軌道と範囲は最初から限られている。幾ら間合が読めない居合とは言え、最初から見える拳だけは別物だった。

 陶器が割れた様に聞こえる音は完全に骨が折れた証拠。利き手でもある右手が潰された以上、攻撃の手段は限られる。

 そんな状態を見たからのか、他の伐刀者が仮面の男へと刃を振るっていた。

 

 

()った!」

 

 下段から振り上げる手斧の一撃は、直撃すれば衝撃と斬撃が同時に発生する。

 この至近距離であれば外れる可能性は無い。仮面の男の意識が完全に少女の方へと向いているのであれば完全な不意討ちのシチュエーションだった。

 下段から来る攻撃は視界の範囲外。未だ気が付かないと悟ったのか、男の口元は歪んでいた。

 

 

「おいおい。俺の事を忘れるなよ」

 

 下から降り上がった手斧は新たな仮面を付けた男の脚によって阻まれていた。

 横から鋭く襲った蹴りが手斧へと直撃する。それによって男は完全に態勢は崩れていた。

 死に体となった今、やれる事は何一つ無い。乱入した男は腰に取り付けてあったガンベルトからハンドガン(M92F)を素早く向け、そのまま引鉄を引く。

 炸裂した二発の銃撃音と、その銃弾が無慈悲に胸部と眉間を貫く。蹴り込んだ体制から放たれた銃弾は体内を突き抜けたのか、小さく無い穴を開け、血が噴出しながら倒れていた。

 

 

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 

「莫迦言うな。俺だけあの距離だぞ。同時は流石に無理だ」

 

「そうか。それとダブルタップは止めろ。銃弾が勿体ない」

 

「了解だ」

 

 死体となった男を無視し、二人の仮面の男はそのまま会話を続けていた。既に周囲にはゲリラがアサルトライフルで撃ち込んでいるからなのか、戦線は既に崩壊している。右手を潰された少女は初めてここが死地である事を理解していた。

 

 

「とにかくあいつらが殺すまでにターゲットを奪取だ」

 

「そうだな。折角のボーナスだ。遠慮はしないぜ。それと、そこの女はどうする?」

 

「もう使い物にならん。捨てておけ。ゲリラの連中が何かするだろ」

 

 蹲る少女など眼中に無いとばかりに二人の男はそれぞれ散開していた。つい数分前までの光景が全て偽りの世界だと言わんばかりに塗りかえられている。

 あまりにも隔絶した戦闘能力に少女は膝から崩れ落ち、呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、この後はどうするんだ?」

 

「まだ残党が居る。依頼通りお膳立てするだけだ。それと白虎。準備は出来てるか?」

 

「既に周辺地域での準備は完了している。後は何時でもやれる」

 

「そうか」

 

 襲撃した戦闘は時間にして十分足らずで完了していた。

 今回の役割は伐刀者の数を減らす事と同時に、裏の任務の遂行。既にターゲットを確保したからなのか、小太郎達は自分達が居る前線基地で今後の予定について考えていた。

 既に戦闘そのものが不可能に近いのは当事者が一番理解しているはず。とれば次に取る行動は撤退の二文字だった。

 もちろん予測出来る事実を見逃す程に手緩い訳では無い。纏めて始末する事すら計画の内だったからなのか、既に政府軍の司令部にはC4が隙間なく詰められていた。

 戦闘による陽動は本部の警戒を僅かに歪める。出先とは言え、派遣された伐刀者の事実上の壊滅はまさに想定外の出来事でしかなかった。

 

 

「で、あれどうするんだ?」

 

「俺達はまだやる事がある。青龍。お前が面倒を見ておけ。もうお前の出番は無いからな」

 

「ちょっと待てよ小太郎。俺はそんな話は聞いてない!」

 

「当然だ。今初めて言ったからな。それと破壊工作はお前の担当では無い。今後の幕引きはクライアントの要望を優先する。先の襲撃でお前の出番は終了だ。それとも単機で政府軍本部を襲撃するか?」

 

「………分かったよ」

 

 小太郎の言葉に青龍はそれ以上は何も言えなかった。既にC4が取り付けられているのであれば、後スイッチ一つで終わる。

 小太郎が言う様に青龍の出番はもう無くなっていた。

 

 

「伐刀者だ。何をするかは分からん。何かあったら責任重大だぞ」

 

「了解だ。ここでお留守番にするさ」

 

 会話が終わると同時に静寂が訪れていた。目の前の少女は既に目隠しと猿轡をし、手は後ろ手になっている。仮に固有霊装を出した所でどうしようもない状態へと陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な!そんな訳あるか!」

 

 国際魔導騎士連盟の日本支部にある一室では、今回の戦闘に対する結果が届いたからなのか、珍しく怒声が響いていた。

 何時もは感情を表に出さないはずの支部長の声に、外にいた職員や秘書は肩を竦め驚きの表情を浮かべている。飛び込んで来た情報を未だ知らないからなのか、誰もが戸惑ったままだった。

 

 

「当然だ。なぜそんな事態になっているんだ………分かった。これからだな。……ああ、こっちの予定は全てキャンセルする」

 

「支部長……何かあったんですか?」

 

 扉を開けて入って来たのは秘書の一人だった。先程の怒声が何を意味するのかは分からないが、状況を察すれば尋常では無い事は間違い無い。だからなのか、感情を表に出さず敢えて事務的に聞いていた。

 

 

「あと1時間後に、ここに北条内閣官房長官が来る。人払いをしておいてくれ」

 

「北条官房長官がですか……しかし、この後は外部との打ち合わせが三件入っています」

 

「緊急の要件だ。今日の予定は大小問わず全てキャンセルしてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 支部長でもあった黒鉄巌の言葉に秘書は言われるがまま予定の変更をすると同時に、人払いを敢行していた。

 本来であれば魔導騎士連盟と今の政府の仲は決して良い状況とは言い難い部分が多分に存在していた。

 それぞれが主張する権利の事を考えれば当然ではあった。お互いの意義がぶつかれば、どちらかが折れるしかない。ここに居る職員であれば誰もが知りうる事実。そんな中で政府の実質ナンバー2がここに来るとなれば異常事態だった。

 時間にはまだ余裕がある。今やるべき事を優先する為に、秘書は己の作業を再開していた。

 

 

 

 

 

「態々すまないね」

 

「そんな挨拶はどうでも良い。先程の話は本当なのか?」

 

 きっかり1時間後に現政府の官房長官でもある北条時宗(ほうじょうときむね)は黒鉄巌と対峙していた。

 通信越しでは盗聴の可能性が高いからと、時宗は端的に事実だけを伝えていた。現在派遣されている内戦に派遣した伐刀者二十名のうち殉職者十名。行方不明者一名。残り九名の内、負傷者五名と言う結果は驚愕でしかなかった。

 事実上の壊滅に驚いたのは魔導騎士連盟だけでなく、現政府も同じ事。そんな事実があったからこそ情報の共有化と称してお互いが膝を突き合わせていた。

 

 

「間違い無い。事実、伐刀者の現状は悪化の一途を辿っている。このままでは残りの人間も討ち死にだろうな」

 

「伐刀者が二十名も居て、どうしてそんな結果になるんだ。あり得ない」

 

 巌の言葉は尤もだった。今回送り出した伐刀者の殆どはBランクと限りなくBに近いCランクの人間。本来であればその半分でも過剰戦力だと思った程の内容だったはず。

 にも拘わらず、事実上の壊滅に近い戦局に今は事実確認を優先していた。

 

 

「今回の件だが、実に簡単な話だ。『あれ』が裏で動いている」

 

「あれ……だと。あれはお前の子飼いだろう。何故そんな勝手な行動をしている?」

 

 時宗の言葉に巌は疑問だけしか浮かばなかった。

 あれが裏で動いてるのが事実だとすれば、送り込んだ精鋭の壊滅はある意味では当然の結果でしかない。

 少数精鋭の存在がどれ程の戦果をこれまで上げてきたのかは時宗以上に巌の方が理解していた。

 

 第二次世界大戦の実質的な立役者でもあり、これまでに起こった内乱の元凶でもある。

 黒鉄家としても、その存在は無視出来る物では無かった。

 戦闘だけでなく情報の取り扱いも超一流。表ではそれ程名は知れていないが、裏の世界では絶大だった。表面的には単なる傭兵。戦力として考えれば敵に回せば最悪の結果を呼び、味方にすれば絶大な信頼となる。そんな存在が時宗の口から出た以上、巌がやれる事は知れていた。

 

 傭兵とは言え、実際には目の前に居る北条時宗の私兵だと言う認識の方が強いのも事実だった。

 そもそも歴史の紐を解けば、戦国時代の北条早雲からの付き合いが今に至る。それは北条時宗と言う人間を熟知していれば当然の様に入る情報。それがあるからこその言葉だった。

 巌は厳しい視線を投げつけるも、肝心の時宗の顔に変化はない。まるで当然だと言わんばかりの表情に巌は苛立ちを覚えていた。

 

 

「巌。いや、魔導騎士連盟日本支部長の黒鉄巌。あれは俺の私兵ではない。俺にそんな制御を期待するのは間違ってる」

 

 元々この二人は大学時代からの友人でもあった。お互い違う道を歩んでいたが、黒鉄家の事を考え、巌は伐刀者から政治への道を選んでいた。

 一方の時宗は最初から政治の道を歩み、現実として若き懐刀として現政権の内閣官房長官を拝命している。お互いが親しいからこそ、その言葉の意味が何なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「だが、『風魔』が絡んでいるなどとは聞いていない。今回の派兵ににはあの貴徳原の娘も行ってるんだぞ。それが耳に入ればどうなるのか位想像出来るだろうが」

 

「ああ。その件なら問題ない。既に別件で依頼済みだ」

 

「どう言う意味だ?」

 

 時宗の言葉に巌は何となく理解理解していた。今回の派兵は元々は国同士の決定によって決められていた。

 しかし、内乱が発生しているあの地域は少しでも政治に明るければどちらに非があるかは考えるまでも無かった。

 悪政を長年続けてきた結果、今回の内乱で遂に破裂した結果だった。事実、一部の国では反政府軍を支持する国もある。本来であればこの国もどちらを支持すれば良いのかは考えるまでも無かった。

 

 

「なに、あちらの総帥が別件で『風魔』に依頼しただけだ。今回の任務内容は戦力を削ぐ事が目的らしいからな。依頼内容に齟齬が無ければ動くだろう」

 

 時宗の言葉に巌はやっぱりかと言った表情をしていた。

 『風魔』とコンタクトを取るとなれば、誰かが介在する必要があった。幾ら傭兵だとしても、誰の依頼でも簡単に受ける訳では無い。表の顔として受けるのであれば、精々が個人SPか、施設のガード程度。当主でもある小太郎が出てくる事はあり得なかった。

 そんな中で依頼を受けたのであれば、それは目の前に座っている北条時宗自身が介入する以外に無かった。

 

 端的に出た事実に巌は背中に冷たい汗をかいていた。事実上のマッチポンプに近い依頼にはなるが、厳密には内容に絡みは無い。そこに金と契約があるのであれば、それ以上でもそれ以下でも無いと言う事実だけだった。

 しかし、そうなると疑問が出てくる。まさかとは思うが、果たしてそれを聞いても良いのだろうか。半ば非人道的な内容は間違い無く政治マター。だからなのか、一介の支部長でしかない巌はそれ以上の言葉を告げる事はしなかった。

 

 

「巌。友人として言っておく。時には()()()()()()()も必要になるんだよ」

 

「生贄だとでも言うのか?」

 

「人聞きが悪いぞ。今回の件は現政権の考えにも追い風になる。それを知らない訳ではあるまい」

 

「だが、幾らなんでもそんな事実が公表されたら日本の地位が落ちるぞ」

 

「馬鹿馬鹿しい。今の現総理は脱退したいとさえ考えてる。だとすれば多少の犠牲は仕方ないと考えるのは当然じゃないのか?お前だったらどっちの方が重いのか位の判断が出来るはずだと思ったが。それに世論もそちらに傾きつつある。事実、侍局の上層部も同じ考えだ」

 

 時宗の言葉に巌はそれ以上の言葉を告げる事は出来なかった。

 現に今回の派兵にはこの国からの伐刀者の比率が一番多い。幾らゲリラ戦であっても敗戦となればそれだけの責任を負う事になり兼ねない。誰がその責任と取る事になるのか。そんな考えが過ったからこそ言葉が何も出なかった。

 

 

「だが……」

 

「何度も言わせるな。今回の件は高度な政治判断だ。総帥もそれを知ったからこそ依頼したんだろ」

 

 時間ともに巌も冷静になっていた。既に起こった事実を覆す事は出来ない。結果がここに届くのは時間の問題だった。刻一刻と過ぎる時間にこれまでの事実をどう公表するのかを考え出す。

 練られてくシナリオが固まりだしたのか、二人の間には僅かな沈黙だけが存在していた。

 

 

「誤解の無い様に言っておくが、そんな程度の事でうろたえるのであれば、お前はこれ以上の地位を目指すのは止めろ」

 

 永遠に続くと思われた沈黙を破ったのは時宗だった。既に何かを言いたげな表情が如実に出ている。そんな空気を察したからなのか、巌は敢えて口を挟む事は無かった。

 

 

「言っておくが、政治の世界はそんな生易しいもんじゃない。お互いの弱みを握り、己のやりたい事を主張するんだ。今みたいに青臭い考えを持つのならばすぐに足元を掬われるぞ」

 

「俺はそんなヘマはした覚えが無い」

 

「そうか……だとすればお前の子息……確か破軍に通っていたな。知らないとは言わせないぞ」

 

 時宗は何が言いたいのかを巌は理解していた。

 己の家から落ちこぼれを出す訳には行かないからと学校に対し圧力をかけていた。表面的には一定以上の水準を伴うなどと大義名分を掲げていたものの、それが特定の生徒にだけ向けられているとなれば話は別。表情にこそ出さないが、時宗がそこまで掴んでいるとは思ってもいなかった。

 背中に冷たい汗が再び流れる。それを口にした当人は当然とばかりの表情を浮かべていた。

 

 

「まぁ、俺にとっては迷惑さえ掛からなければどうでも良いが、何も知らない人間からすれば随分と傲慢にも見える。上に行きたいのであればそんな事も考える事だ。青臭い気持ちは捨てろ。でないと……足どころか、お前の爺さんの築き上げた名声も地に堕ちるぞ」

 

 時宗は巌を肩を叩き、囁くように告げると同時に、退出していた。言われた事実を覆す事は出来ないが、それを知られている事実に変わりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと。お嬢さん。ご機嫌は如何かな?」

 

「貴方に話す様な事は何もありません」

 

 貴徳原カナタは意識を回復した瞬間、拘束されている事実に気が付いていた。幾ら伐刀者とは言え、後ろ手に繋がれた以上固有霊装を出しても振るう事は出来ない。

 周囲を見れば、自分に話かけてきた男以外に誰も居なかった。

 

 

「…そうか。本当の事を言えば、お前の事などどうでも良い。この内乱が終わるまではこのまま大人しくしてくれればそれで良いだけだ」

 

「……内乱が終わる?」

 

 仮面の男の言葉にカナタは違和感を覚えていた。今回の戦いは既に開戦してからかなりの時間が経過し、反政府軍の負けが事実上確定していた。

 この件に関しては極秘ではない。純粋に今回の内乱は世界中でニュースになっている為に誰もが知っている情報でしかなかった。

 事実、今回の派兵の際にも同じ様な事を聞いている。だからこそ仮面の男の言葉に違和感を感じていた。

 

 

「ああ。直に終わる。それまではここで過ごしてもらうだけだ」

 

「この戦いは既に決まっている様な物よ。内乱が終わるなら貴方達は逃亡以外に道は無いはずよ」

 

「ふ。ふ、ははははははは」

 

「何がおかしいの」

 

 カナタが言うのは当然だった。正しく理解していればどちらが勝つのかは誰もが理解出来るはずだった。

 伐刀者が戦場に投入された以上、戦力差は隔絶した物になる。

 事実、今回の要請は国際魔導騎士連盟の名で招集されている。確かに自分の記憶では何人かは命を落とした記憶はある。

 しかし、その後がどうなっているのかは知る由も無かった。だからなのか、仮面の男の笑いに対し、理解できないままだった。

 

 

 

「何も知らないとは滑稽で哀れだと思ってな。お嬢さん。今、派遣された連中が何人残ってるか教えてやろうか?」

 

 仮面越しの為に表情は分からないが、その言葉には愉悦が感じ取れていた。

 強く否定したいが、それが出来ない。なぜならこの目の前に居る仮面の男こそが自分の意識を奪い去ったからだった。

 あの時の自分は奇襲は受けたが、油断はしていない。

 既に抜刀絶技すら展開した状況下で気が付かれる事無く懐に入られた事実がある。自分はBランクである事は認めるが、それが元で驕る様な事はしない。

 常に研鑽し続けたそれをいとも簡単に上回った事実が今に至るだけだった。

 そんな人物が態々虚言を吐くとは思えない。だからなのか、カナタは男の次の言葉を待っていた。

 

 

「残りは十人。ただし、まともに動けるのはその半分以下だ。尤も、残された連中も後二日で全滅だ」

 

「そんな……そんな事…あり得ない」

 

「どうして初対面のお嬢さんに嘘を言う必要がある?事実、この内乱はそれで幕引きが決定してるんでな。派遣された伐刀者はその場で生き埋めだ」

 

 仮面の男の言葉にカナタは自分と同じく派兵された友人を思い出していた。『雷切』の二つ名を持つ少女。まさかあんなゲリラと戦って討ち死にするとは思えなかった。

 自身も含め、これまでに何度も戦場には出ている。それを考えると仮面の男の言葉を安易に信用する事は出来なかった。

 しかし、命が極めて軽いこの戦場に絶対は存在しない。もし、自分が自由に動けるのなら直ぐにも確認したい。そんな気持ちが表情に出ていた。

 

 

 

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